第百八十九話 マフラーとタバスコの香り
時は遡る事30分。
年末と言うのにギルドにやって来た俺は、自分のデスクの中身を探っている。
人並みに整理されたその引き出しには、何枚もの書類が入っており、目的はその内の一枚であった。
「まったく、年末にまで働かせやがってリンシュの奴……」
なんでも「リール村にある書類が急に必要になった」という訳だそうで、こうして休日出勤をしているわけなのである。
と言っても、書類の内容を魔法で転送するだけなので、そこまで理不尽という訳でもない。転送魔法にしてもようはFAXみたいなもので、ボタン一つで終わる作業なのだ。
暖房の付いていない室内は冷え込んでおり、外套を羽織っていても肌寒い様子である。
「さて、転送も済んだことだし、凍えないうちに帰るとする──」
ブツリ
急にあたりが暗闇に包まれた。
灯りに慣れた目は完全にブラックアウト。どうやら天井に取り付けられた灯りが切れてしまったようだ。
「何も夜中に切れることないの……どわたたたっ!?」
暗闇に包まれ、さらに天井の様子を見ながら歩いてみれば、机の角にぶつかって派手に転んでしまった。
椅子と机を巻き込みながら地面へと顔面を打ち付けて、周りには書類や職員の私物が散乱した。
「ぐあぁ……やっちまった」
痛む鼻を手でさすりながら、余計に増えた片づけを始める。暗闇の中手探りで書類を集め、そしてとある物に手が触れた。
「はうあっ!? こ、これは……っ!!」
絹のような肌触り……と言うよりも実際に絹製品のそれは、普段からルーンが愛用しているマフラーであった。
そう言えば先日の雪合戦の時に濡れてしまったため、ギルドで乾かしてそのまま忘れてしまっていたと聞く。
暗闇で何も見えずとも、ほのかに薫るルーン印の最高級フレグランスは隠せない。鼻から脳天へと突き抜け、麻薬以上の快楽と依存度を誇るソレを俺は手に入れたのだ。
「うおおおおおっ!! 家宝に……家宝にしよう!! 子々孫々潰えるまでルーンのマフラーを家宝にするぞ!!」
マフラーを天へと掲げ感涙にむせびなく俺の姿は、少し後、冷静になってから見てみると非常に気持ちが悪かった。
と言うかルーンの私物を勝手に貰っていいはずがない。
「────はっ! 殺気!?」
何かの気配を感じ取った俺は、すぐさま隠れる場所を探し出す。
デスクの下? いや、覗かれれば途端にバレる。
階段を上がって宿舎に駆け込むか? いや、俺の鈍足では間に合わないだろう。
そして俺の目に留まったのは、普段から使用している掃除用具入れ。モップや塵取りが入れられたその場所は、人間一人くらいならば隠れることが出来るだろう。
※ ※ ※
────そして現在。俺はルーンのマフラーを抱えた状態で、掃除用具入れに隠れているという訳である。
…………何やってるんだ俺は。
「まあとにかく、明日サトーの誕生日な訳だから、誕生会を開かないとな」
「でも今から準備をしても流石に間に合いませんよ? 料理くらいなら私が作れますが、その他に関しては……」
「あ、閃いた。明日は年始の祭りがあるだろう? その飾りつけをいくらか失敬して【新年あけましておめでとう】を【サトーあけましておめでとう】にするんだ」
それだと俺の頭がおめでたいみたいになっちまうだろうが。
「そ、そこは【サトー誕生日おめでとう】にしようか。確かに、書き直すだけなら今夜中にもできるだろうし、飾りつけ自体は済んでるからそれしかないか」
「やっつけ仕事みたいで気は咎めますが、仕方がありませんね」
──こういう裏事情を見てしまうと、ちょっとどう反応すればいいか困るな。
怒れば良いのか、喜べばいいのか……
「じゃあ後はプレゼントだな。流石に今から用意するのは難しくないか?」
「仕方がありません。各自、家にある不要なものを持ち寄ることにしましょう。ラッピングすればそれっぽくはなるでしょう」
パプカがゴミを押し付ける気満々な件について。
「お、じゃあ俺は秘蔵の酒でも贈ってやろうかな。前にサトーと飲んだ時、えらく気に入ってたやつだから喜ぶだろ」
よしよし。流石アグニス常識人。
俺の好みも分かってるし、アグニスに関しては心配することはなさそうだ。
「────地味ですね」
馬鹿野郎!!
パプカの唐突な地味発言。絶対に面白がって事を荒立てようとしているに違いない。しかも、アグニスに対して【地味】と言う言葉は禁句だ。気にしてるんだよ止めて差し上げろ!
「そ、そんなっ!? 俺はこれ以上のプレゼントが思いつかないんだが、パプカちゃんには何か考えがあるのか!?」
「ふふん。確かにサトーはお酒好きです。ですが、そのままお酒を送るのでは捻りがありません────まず、酒瓶に激辛タバスコを仕込みます」
馬鹿野郎!!
「安心してください、パーティーグッズの安全な奴です。想像してみてください、祝いの場。タバスコ一気、吹き出すサトー…………ぷふっ」
俺の誕生日プレゼントの話をしてるんだよな?
「そ、そうか! 俺に足りなかったのはそういう奇抜さだったのか!!」
だから俺の誕生日の話をしてるんだよな!?
「ふっふっふ! 良いですよ滾ってきました!! 楽しい誕生日になりますよ!! 覚悟してくださいサトー!!」
誰かこの暴走幼女を止めてくれ。