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第百六十九話 思い出した役職





「ぶっひゃひゃひゃひゃっ!」


 夜の酒場のテーブル席。俺はグラスを傾けながら、幼女ボイスで下品に笑うパプカの声を聴いていた。

 テーブル席には椅子が三席。俺とパプカに加え、酔いつぶれて突っ伏しているジュリアスの姿もある。

 夜の街に繰り出そうとした矢先に発見されて、財布代わりに連れまわされているという有様であった。


「わたしが居ない一日の間にえらく面白いことになってますねぇ。ミナツと言う人には会いたくありませんが、話を聞くだけなら良い酒の肴です」

「俺としては笑い事じゃねぇよ。つーか、ダンジョン内でえらい目にあったんだから、お前だって他人事じゃないだろ」

「過去の出来事は過去に置いてきました。大人な女性なもので」


 なぜかサムズアップを決める酔っ払いがそこに居た。

 これまでに散々大人の階段についてからかわれたので、そのノリがまだ残っているのだろう。

 つーか、お前は大人の女性じゃねぇ。お前だってまだ未経験だったはずだろうが。


「あれ? というか、いつの間にかパプカのでっち言葉が治ってるな?」

「ああ、あれですか? 正直もうそろそろ良いかなぁって。しゃべりにくくて仕方がなかったですし、今は周りに敬語キャラも居ませんしね」

「なんでお前らはそうキャラづくりに熱心なんだよ。そしてせめてやり切れよ」


 この世界の奴らは変なしゃべり方をする奴や、変な性格を持つ奴などさまざまである。

 だが、それらは基本的にキャラづくり。標準語を標準搭載している奴らが、目立つためにキャラクターを演じているにすぎないのだ。

 敬語で話すのもその一種で、簡単にキャラづくりが出来るからなのかその人口は最も多い。パプカもその一人である。


「今時キャラづくりが出来ないなんて遅れてますよ。だからサトーはモテないんです」

「ほう? ならお前はモテると言う認識で良いんだな? なら聞こう、処女を散らしたのはいつだ? 具体的な時期を言え」

「セクハラぁ!!」


 俺の頭にグラスが飛んできた。


「と、と言うか……わ、わたしが大人であることと処女がどうたらというのは関係ないと言いますか、そ、そもそもわたし位になりますと男をとっかえひっかえと言いますか……処女を散らしたことなんて多すぎて覚えていませんよ!!」

「初体験は人生で一度きりだと思うが……」

「はーん!? わたしはサトーと違って軽い女じゃないんです! 最初は好きな人と決めているもんで!! この素人童貞め!!」

「うるせぇ!! 俺だってできればそうしたいし、そもそも素人ですらお前らに妨害されて卒業できてねぇんだよ!!」


 下の話がヒートアップ。

 気づけば俺たちは、周りの目もはばからず大声を上げていた。もちろん周りの目は冷ややかで、若干居心地が悪くなってしまった。


「こ、この話はこの辺にしておこうか……」

「そ、そうですね……」


 空いたグラスを店員に渡し、新しいものを注文して一息。


「そういえば、帰る準備が整ったので出発は明日になるそうですよ」

「ぶはっ!?」


 飲んでいた酒を噴きこぼしてむせ返った。


「えっ……帰れるって、リール村にか!? しかも明日!? なんでそんな急に……っ」

「サトーが病院で気絶してる頃ですが、マオーさんの使いの……スズキさんでしたっけ?」

「いや、確かタナカだったはず…………サイトーだっけ?」

「まあとにかくその人から連絡が入ったわけです」


 魔の国に来てからはや数日。特にやることもなく街をぶらつき、何人かの魔族と交流を果たしているうちに、帰る算段がついたようだった。

 

「そうか……なんか、ずいぶんと長い間滞在してたように感じてたんだが、逆にまだ数日しか経ってないんだよなぁ」

「サトーの話を聞くと、すさまじく濃い数日だったみたいですしね」

「と言うか出会う奴らが濃い奴らだったからな……」

「おぉ……サトーが遠い目をしています」


 魔王軍のトップ、マオーとの邂逅からはじまり、魔王軍四天王の三人目と出会ってコンプリートが現実味を帯びてきて、世界を裏から管理する団体(笑)との話し合い。

 病院ではルーンの息子を取り戻した。

 諸悪の根源ミナツに憤り、野菜市場で神様と謁見。意味不明なうちにこの場へと至る。


「改めて思い返すと、よく俺今生きてるよなぁ」

「世界最高峰の実力者たちと出会いすぎなんですよ。わたしのお父さんやお母さんよりも格上ばっかりじゃないですか」

「好きで会ってるわけじゃないんだが……まあでも、そんな心労ともおさらばと考えると気も楽だな! もうそろそろ年末だし、後は帰って年末休みとしゃれこもうぜ!!」


 「いえーい!」とハイテンションでパプカと何度目かの乾杯をした。

 ダンジョンでの苦労も、魔の国での寿命の縮まりも過去の事。終わったことばかりに精神をすり減らすのは健康的ではない。

 酒をかっくらい、ホテルのふかふかベットで魔の国最後の夜を良い思い出として残そう。そうすればこれまでの苦労なんてなんのそのだ。


「ふがっ!? 年末!?」


 程よくアルコールが回ってきたところで、酔いつぶれていたジュリアスが復活した。

 口周りによだれの後をこさえ、机に押しつぶされた頬をそのままに、ジュリアスは寝ぼけているのか冷や汗をかいて焦っている様子であった。


「おう、起きたかジュリアス。お前も飲め飲め! どうせマオーさんから貰った生活費だ! 俺の金じゃないし使いきってなんぼだ!」

「わっはっは! そういうせこい所がサトーっぽいですね! まあそういう所は嫌いじゃないですよ? ジュリアスも早く酒を頼みましょう!」

「あ、ああ……いや、と言うか酔いが冷めて思い出したんだが────今年末だよな?」


 一年が365日でそのほかの暦も完全に地球世界と合致するこの世界。

 同様に仕事納めがあり、それを終えれば一か月以上の年末年始の冬期休暇に入る。ダンジョンへ飛ばされてからの期間を考えると、年が明けるまであと数日と言ったところだろう。


「サトー……年末の書類仕事って終わってるか?」

「ああ? 一応村に居た時にあった分は終わらせてたぞ? だからギルドの修理なんかも手伝ってたんだけど」

「いや、うん……そうか。それは良かった……んだが────支部長としての年末書類の処理は終わっているのか?」


 支部長。

 長らく忘れていた、俺の役職。

 正確にはその前に【代理】とか【臨時】とかの但し書きがつくのだがそれはまあいい。ひっくるめて支部長という役職であることは間違いなく、リール村における冒険者ギルドのトップであるのはこの俺だ。

 そしてここに来て、俺はようやく歯切れの悪いジュリアスの言わんとしていることが理解できた。

 そう、俺が終えていたのはあくまで以前の仕事だけ。

 支部長と言う仮にも地域のトップに当たる役職ならば、その分だけ仕事量が増えて当然なのである。

 以前に居た街で支部長の仕事を見たことがあるが、年末の仕事については「残業が当たり前」という状態で、支部長の死にそうな顔が現在も脳裏に焼き付いている。


「酒飲んでる場合じゃなかった!!」


 俺はグラスをテーブルへとたたきつけ、急いで帰り支度を始めた。

 思えば本当に酒を飲んでいる場合ではなく、一刻も早くホテルへと戻り、書類作成の準備に取り掛からなくてはならない状況であったのだ。


「あわわわ……私もリンシュへの報告書が溜まってたんだった。遅れたら……どんな目に合うか……っ」


 どうやらジュリアスはジュリアスで仕事が溜まっている様子。確かにリンシュへの報告書など遅れでもすれば、どんな目に合うか分かったものではないな。

 そんな俺達二人の様子をケラケラと笑いながら見るパプカ。一人だけ余裕そうで、他人事ゆえに笑って酒の肴に変えているようだ。


「大変ですねぇ。ああ、サトーはお金を置いて行ってください。わたしはもう少し飲んでから帰ります」

「お前……っ! 年末のポーションの納品は大丈夫なんだろうな!? 数がそろってないと、来年以降お前に頼めなくなるんだぞ!?」

「はうあっ!? そういえばジュリアスのクエストに付き合うついでに素材を集めをしようと思って……全然準備で来てません! ど、どうしましょうサトー!!」

「俺が知るか!! いや、と言うか納品してもらわないとこっちも困る! なんとかしろ!!」

「サトー! 私の報告書の作成に付き合ってくれ! 資料が無いと書式も何も分からないんだ!」

「俺もそんな場合じゃ…………ああもうっ!! も、もうだめだー!!」


 魔の国滞在最終日前日。俺たちは泣きながらホテルで夜を過ごすことになった。



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