第百六十三話 悪ふざけ
「ガルルルルルッ!」
「ルーン、バインドはしばらく解かなくて良いですわ。サトーが落ち着くまでこのままにしておきましょう」
「はい……すみません、サトーさん」
ミナツの言動に煽られた俺は、感情のままにその姿を映すシシィに殴りかかろうとしたところをルーンの魔法、バインドにて拘束された。
そんな俺の姿を見て大笑いするミナツの表情に、俺の怒りは収まる気配を見せていない。
あれか? ヘイトを自分に集めるという挑発スキルでも使っているのかこの爺さんは。
『ほっほっほ。しかし可愛らしいお嬢ちゃんじゃの。正直ドストライクじゃぞ。え? 男? むしろそれが良い。あの世に来て息子をフ〇ックして良いぞい。あ、これセクハラかの? 正直すまんかった、反省はしてない』
「ひ、ひとまず【クーリングオフの判子】について聞いてみましょうか。ダンジョンについてはその後ということで」
「おらセクハラ爺ィ! ちゃっちゃと白状しろやぁ!!」
『おらじじぃwwちゃっちゃとはくじょーしろやーww』
「ガァーーー!!!」
「本当に話が進みませんわね」
最終的に口にバインドを噛まされて、ようやくミナツから事の説明が始まった。
『あの判子はマオー社長から頼まれて作った物でな。理不尽な契約を結ばされた奴への救済措置として作ったんじゃが』
「じゃが?」
『制約とか制限とか、そういうの完全無視で、ありとあらゆる契約を完璧に白紙状態に戻してしまう効果を持ってしまったんで、社長直々に封印指定にされたわ』
「それって何か問題あるんですか? 凄いことだと思うんですが……」
『例えば、国家間で金銭の貸し借りがあったとするじゃろ? 借りた側がこの判子を使えば、金は受け取っていたとしても返す義務がなくなるという訳じゃ。実際、この情報が漏れた時、辺境の部族間で判子をめぐっての大戦争に陥るところじゃったらしいぞい。わっはっは!』
「笑い事ではありませんわ。魔の国の辺境の部族って、つまり国に属していなくても成り立つような化け物級に強い連中ですのよ。仲裁に社長とワタクシが直接出向く羽目になりましたわ」
それってハルマゲドンが起きかけたってことじゃねぇの?
「むー、むー」
「あ、はい。サトーさん、どうしました?」
「そんな世界の歴史はともかく、そしてそんな核爆弾を俺が持ち歩いていたこともさておいて」
「さておいて良いんですの?」
「よせ、深く考えたくない……いや、ともかく! 俺が知りたいのはあのでたらめな呪文の方だ!」
そう、俺が怒り狂っている理由の一つとして、この判子を使用する際に行うでたらめな呪文の事があった。
ジュリアスからエクスカリバーを引きはがすために人前で行ったあの呪文。なぜか複数のレパートリーが存在するが、そのことごとくが使用者を貶めるために設計されたとしか思えないようなものである。
日曜日の朝方に放送されていそうな魔女っ娘の呪文(振り付け付き)。そして同じく日曜日の朝方に放送されていそうな戦隊モノの変身用決め文句(振り付け付き)。
思い出すわ恥辱。目の前の爺さんが、その時のエクスカリバーと重なって見えるのも怒りの原因なのだろう。
『呪文? あの判子に呪文なんぞ必要なかったはずじゃが?』
「「は?」」
『いやだって、特定の手順を踏んで起動するタイプじゃし────あ、もしかして緊急用の起動キーの事を言っているのかの?』
「き、緊急用……?」
『先に行った通り、世界戦争まで起きかねない性能じゃからな。複雑な手順で起動するようにしたんじゃが、複雑すぎてワシ自身ど忘れしてしまっての。そんな時用に作ったのが緊急用起動キーじゃ』
「と、と言うことは……あの踊りと呪文は必ずしも唱える必要は……」
『無いの。と言うか────ぶっふぅーっ(笑)! え、マジ? マジであんなこっ恥ずかしい呪文を唱えたのかの? ワシですらドン引きするレベルの宴会芸を酔った勢いで組み込んだんじゃが、本当にやってしまったのかの? しかも人前で? ぶひゃひゃひゃ(笑)!』
相手を小ばかにすることに関しては、この世界で一番なのではなかろうか。
「──い」
「る、ルーン?」
見ると、ルーンが顔をうつむかせて小刻みに全身を震わせていた。
「下がっていてくださいサトーさん。最大魔力で行きます……っ!」
「ルーンがとうとう切れた!?」
ルーンはどこからか取り出した魔法の杖を構え、俺ですら感じとれるほどの魔力をみなぎらせて攻撃態勢を取っていた。
どうやらシシィの治療は本当に効いているようだ。レベルダウンしていたルーンのままでは、これほどの魔法を放つことはできないであろう。
しかし、温厚でエクスカリバーですら怒らせることのできなかったルーンをここまで憤らせるとは、この爺さん、本当に凄い奴なのかもしれない。
「なんでちょっと感心してる風なんですの!? 止めるのを手伝いなさいな!!」
「いや、俺は今縛られて動けないし。何なら縛られていなくても止める理由がない。ルーン、遠慮はいらない、消し炭にしてくれ」
「ちょっと!? 映像はともかく本体はシシィさんですのよ!?」
すまないディーヴァ。そしてシシィ。
恨むならミナツと回想に出てきたエクスカリバーを恨んでくれ。何もかもこいつらがウザいのが悪いんだ。