第百四十一話 彼女の正体
メテオラと言う男がいる。
魔王軍四天王にして異世界最強の一角。エンシェントブラックドラゴンという伝説級の魔族であり、数千年も昔から人間の驚異として恐れられていた。
というのは人間側の基礎知識。
しばらく前にリール村へと降り立ったメテオラの正体は、ただのオタクであった。
もちろん巨大な体と魔力を見ればその実力に疑いようはないが、人の姿に変身したあとの行動はまさしくオタクとしか言いようがない。
リール村ではエクスカリバーやリュカンと合わせ【オタクトリオ】と呼ばれている。
そんな奴が何故か俺の前へと降り立った。当然ながらここはリール村ではない。彼とはエンカウントするとは思っていなかったのだが。
「な、なんでアンタがここに居るんだ!?」
『言っていなかったか? そろそろ正月だからな。魔の国に帰省していたのだ』
根本的な話、彼の故郷はこちらだったな。確かにこの場合、普通訪れることが出来ないはずのこの国に居る俺のほうが部外者か。
地面へと降り立ったメテオラはドラゴン形態から見慣れた人形へと変身した。
「あぁ、正月休みか。最近ドタバタしてたから忘れてた」
この世界は西洋ファンタジーのくせに正月という風習が存在する。説明するまでもなく、導入したのは大昔の召喚者であったらしい。
ちなみに余談だが、この世界にはクリスマスやバレンタインデーなど、日本では恋人と過ごすタイプの風習は廃れてしまっている。
そもそも異世界に召喚される連中は非リア充が多く、恋人がイチャコラするような風習を導入したがらないのだ。
まあ、召喚者体質によってその後ハーレムを築く奴が大半なので、恋人が出来上がったあとは気にせず作ろうともするのだが、それは召喚間もない連中に阻止されるというサイクルが完成しているのである。
つまり、正月が忌避感なしに受け入れられているのも、恋人イベントではないことが大きな要因となっているわけだ。
「年末にヴォルフの街で開催される同人誌即売会の折には一度リール村に戻るつもりで居るが、それまでにこちらの仕事を済ませておこうと思ったのだ」
「本業は魔王軍四天王だもんな……ああ、いや。正確にはマオー軍か? そう言えばメテオラのところの社長に会ったぞ。色々濃い人だったな」
「なぜサトーが社長を……そもそも「なんでここに居る?」はこちらのセリフなのだが」
俺はことのあらましを説明した。最近説明ばっかだな。
「なるほど、それで残念娘もここに居るわけか」
「なんか凄い副音声が聞こえた気がするんだがスルーしておいてやろう」
「ジュリアスにとってはかなり良い時分にやって来たものだな。小説の件はもう耳に入っているのか?」
どうやらメテオラも【ミナス・ハルバンの大冒険】の新刊についての情報は持っているようだった。やはり、人間界だけでなくこちらでも同じような人気を誇る作品らしい。
「今日はあのお花畑がサイン会を開くらしいからな。作者のサインが貰えるのだ。これが魔女っ子リン☆リンのサインであれば俺様も小躍りして喜んだだろう」
「な──なにぃっ!? ささささ、作者!? 作者がサイン会を開くのか!? あの正体不明の作者が来るのか!?」
「む? そっちは知らなかったのか……あ、そう言えばサイン会はサプライズ演出だったか。すまん、今のは無しだ。続きは直接お花畑から聞くと良い」
さっきから【お花畑】って言うのは何なんだ。作者のペンネームかなにかなのだろうか?
「【お花畑】って言い方やめろって言ってんでしょうが、この駄龍!!」
いつの間にか空気になっていた少女がようやく口を開いた。と言うか叫び声を上げた。
何故か俺の背中に隠れるように身をかがめていたミューズ。メテオラの【お花畑】と言う言葉に反応し、額に青筋を立てながら彼に食って掛かったのだ。
「え、知り合い?」
「頭お花畑ではないか! なぜここに……この時間はサイン会のハズだろう!?」
「その言い方はやめろォ!! 変に勘違いされちゃうでしょ!!」
言い争うミューズとメテオラ。どうやら二人は知り合いの様子だった。というより、先程から言っていた【お花畑】というのはミューズの事を指していたらしい。
なるほど、確かに彼女が頭に乗せた花の髪飾りを見れば、【頭お花畑】というのは言い得て妙だ。その表現だと別の意味に捉えられてしまう心配もあるが、ひと目でミューズのあだ名だとわかる。
だがミューズにとってそのあだ名はお気に召さないらしく、繰り返してその名を呼ぶメテオラと取っ組み合いでもしかねない言い争いをしていた。
「え、あ……うん? あ、あの……メテオラ? 情報を整理するともしかしてミューズって──」
「ん? ああ。【ミナス・ハルバンの大冒険】の作者、ミューズ・リンドブルムだ」
「えええええええええええええええええええええええええっ!?」
目玉が飛び出るのではないかと思うほどの驚きがジュリアスを襲っていた。
俺の知る限り、ミナス・ハルバンの大冒険の最も過激なファンは彼女である。それは普通のファンの俺からして異常と言わざるを得ないレベル。
そんな彼女が、一般的に公開されていない作者と対面したのだ。その驚きも無理からぬ事なのだろう。
もちろん俺も大層驚いているが、目の前にこれほどうろたえる人間が入れば一周回って冷静になるものらしい。
「ちなみにこいつ、世界樹のプラントで魔王軍四天王の一人なのだ」
「えええええええええええええええええええええええええっ!?」
そんなサラッと言うなよっ!!