第百二十六話 賑やかしの駄剣
「だめだ!! この宝箱は絶対に開けちゃだめだ!! 開けたらひどいことになるぞ! 主に俺の胃が!!」
「これを開けたら尋常じゃない最悪が降りかかることになるぞ! 自尊心を崩壊させたくなければこれには触れるんじゃない!!」
俺とジュリアスが必死になって訴えるのは、宝物庫にあった一際大きな宝箱の処遇についてだ。
正確に言うと、すでに開放された宝箱を再度閉じ、中身を取り出してはならないと言うサンとリリアンへの忠告であった。
なぜならば、この中身は俺たちがよく知るとある武器…………と言うか、召喚者だからである。
「何を必死になってんのか知らねぇけどよ、今は非常事態だぞ? 罠が無かったっていうんなら、どんな物資でも無いよりはマシなんだが」
「そうですよ二人共。とりあえずもう一度開けて見せてもらえませんか? 使うにせよ使わないにせよ、判断は全員で決めましょうよ」
至極まっとうな二人の言葉。確かに中々反論のしづらい正論である。
なんと言えば良いのだろう? なんと言えば二人は納得してくれる?
「ウザいから嫌だ」とか「キモいから嫌だ」とか言っても、俺達の人格が疑われるだろう。と言うか客観的に見れば普通に嫌なやつでしか無い。
違うんだよ。彼奴の存在は言葉にするとウザいだのキモいだのとシンプルになってしまうが、その本質はもっと別のところにあるんだ。
しかしそれを的確に説明できるほど、俺の表現力はたくましくない。隣でぐぬぬと唸っているジュリアスも同様だろう。
万事休す。
村を離れて良かったことは、村の奴らからの被害を受けて胃が荒れないという、そのただ一点に尽きるのに、その平穏が脅かされようとしていた。
「おのれこうなったら!!」
「!? ジュリアス、なにか手が思いついたのか!?」
叫ぶジュリアスは意を決した表情とともに、地面に対して大の字で転がった。
「この箱を開けたくばいっそ私を殺せぇぇぇっ!!」
こいつ……そんなに嫌か。
泣きじゃくり、恥も外聞もなく喚く様はこの場の全員をドン引かせた。気持ちは分かるが、流石にそれはやりすぎだと思う。
「ぜぇぜぇ……何してるんですか、皆さん?」
ボロボロになり、肩で息をするルーンが帰還した。衣服は傷つき、肌も汚れているが幸いにも怪我はないようである。
「お、ルーンお疲れ。で、どうだ? ゴブリンにモテモテになった気分は」
「もう二度とやらせないでくださいね……」
心底疲れた表情を浮かべるルーンであった。
「ところで、この状況は? ジュリアスさん、号泣してますけど……」
「いえね? 何故かサトーくんとジュリアスが頑なに宝箱を死守してまして……ルーンちゃんからもなにか言ってください」
「も、もしかして私の囮は無駄だったんですか……?」
「「!!」」
涙ぐむルーン。その光景はショッキングという言葉以外で表現ができない程に、俺とジュリアスに衝撃を与えた。
泣かせてはいけない人物を泣かせてしまう。それはもう、男としてと言うか人間として下劣極まりない行為ではあるまいか。
宝箱を開けるのは嫌だ。心底嫌だが、ルーンを傷つけてしまうのはそれを遥かに上回るレベルの嫌悪感に苛まれてしまうのだ。
「……待てサトー。ルーンなら中身について話せば分かってもらえるんじゃないか? 説得すればあるいは……」
「いや、残念なことにアレとルーンの仲は悪くない。ルーンの包容力ではアレの毒気が無意味になっているらしいんだ……だから「それの何が問題なんですか?」と言われればもう成すすべがない」
ルーンの前ではいつものテンションを下げているというのも大きいだろう。アレにとっても、ルーンは傷つけてはいけない対象なのである。
「ぐ…………わ、分かった。責任は一切負いかねるが、宝箱を開けるのに同意しよう────でもごめん、ちょっとあっちで吐いてくる。おろろろろろろろっ」
「サトーがストレスで吐いた!?」
「一体中に何が入ってるんですか……」
「よし……なら私は開ける前にお手洗いに行ってくるとしよう」
「「本当に何が入ってるんだよ」」
俺とジュリアスは準備を済ませ、意を決して宝箱を臨む。この邪悪なるパンドラの箱を、俺達の手で開放してしまうとは何たる因果か。
いや、中身がこのヘンテコなダンジョン攻略に役立つことは間違いない。その強力な能力はオリハルコン冒険者には及ばないものの、並大抵のクエストなど一笑に付す実力を持っているのだ。
……だがなぁ。いかんせん性格が良くない。最近は結構慣れたと思っていたが、近くに居なければ居ないに越したことはないんだよ。
「じゃあ……開けるぞ、サトー」
「お、おお……」
ゴクリと喉を鳴らし、滴る汗が地面に落ちる。
錠が開く音が響き、とうとう宝箱が開け放たれた。
『ははん? さてはこの同人作家、おねショタとショタおねの区別がついていないでござるな? なるほど、タイトルと表紙と中身の乖離はそこから…………おやサトー氏、先程ぶりでござる』
大きめの宝箱。その中身は、大量のお菓子と同人誌。そして同人誌を読むためのライトが光り、ほのかにヒンヤリとして空調すら完備している快適環境。
その中心にギラリと光る、趣味の悪い装飾に彩られた一本の剣。
エクスカリバーがそこに居た。
* * *
「まず始めに聞きたい。なんでお前がここに居る?」
『それはこっちも聞きたいでござる。ここは拙者が見つけた秘密の読書スポット。そこがなぜ姫の手によって開放されたのでござる?』
「私を姫と呼ぶな! 読書ならわざわざダンジョンの宝箱に入らなくても、村で読めば良いじゃないか!」
『分かっていないでござるなぁ姫。健全な男の子が周りに人がいて同人鑑賞なんて出来ないでござる。紳士の嗜みというものでござるよ』
だからダンジョン内にある宝箱の中身を個室並みに改造したのか。
「でもどうやってここに? 私達は生ける絵画に飛ばされて来たんですけど、エクスカリバーさんは自分の意志で来れるんですか? 村から近いという事でしょうか?」
『それはハズレでござるルーン氏。正確に言うと拙者もこのダンジョンがどこにあるか知らないでござるから』
「ならどうやって?」
『異世界の女神様より賜りし我がスキル、無限大の中二設定による新たな力! 遊覧転移の効果で偶然この宝箱を発見したのでござる!』
「あいも変わらずルビがめちゃくちゃで意味が分からん」
『簡潔に言うと、ランダムでテレポートが可能ということでござる。最初の転移先は選べないのでござるが、一度訪れた場所は記憶できるので次からはいつでも転移できると言う能力でござるな』
本当にこいつは能力だけは規格外だよなぁ。
転移系の魔法はオリハルコンクラスの冒険者でないと使うことが出来ない物のはずなんだが。
「あ!? という事はサトー! その能力を使えば私達も帰れるんじゃ……」
『それも無理でござる姫』
「姫と呼ぶな!!」
『残念なことに、拙者の能力で飛ばせるのは一人だけ。しかもそれは拙者を含んだ人数なので、実質自身のみのテレポートスキルなのでござる』
使えない奴め。
「ま、まあまあ。でも、これで助けを呼ぶことは出来るじゃありませんか。エクスカリバーさんに村に戻ってもらって、捜索隊を派遣してもらえば……」
『うーむ、申し訳ないがそれも難しいでござるルーン氏。このスキルは強力が故、もう一度使うには一週間ほどの時間が必要なのでござる。さっきここに来たばかりなので、次はまるまる一週間後でござるな』
本当に使えない奴め!!
「おーい、盛り上がってるところ悪いが、俺達も話に加えてもらえないか?」
話に割って入ってきたのは、不満げな表情を浮かべるサンとリリアンであった。
『おや、新顔でござるな。では自己紹介──我が名は聖剣エクスカリバー! 女神様より賜りし姿と能力で、異世界を救うために舞い降りた召喚者でござる!!』
「超強力な能力を持った馬鹿だ」
『あれぇっ!?』
簡潔にまとめるとそうなっちゃうよなぁ。
「召喚者で、インテリジェンスソードって事ですか? はぁ……召喚者は色んな形態があるとは聞きますが、物好きも居るものですねぇ」
『でゅふふ、照れるでござる』
「褒めてませんよ?」
サンとリリアンもエクスカリバーに返すように自己紹介。
サンはルーンが居る手前、勇者であることや父親であることの説明は出来なかったが、そんな事はどうでもいいと言わんばかりにエクスカリバーが食いついたのはリリアンの方であった。
『合法ロリ! 合法ロリでござるか!? パプカ氏に続いて二人目でござる! おっほほ! 眼福眼福!』
「サトーくん、この駄剣叩き折って良いですか?」
「「どうぞどうぞ」」
『あれぇっ!?』
まあ多分今のリリアンのレベルでは無理だろうが。
『ところで、その合法ロリ一号のパプカ氏はどこでござるか? 話を聞くと、飛ばされたのはサトー氏と姫、ルーン氏とパプカ氏なのでござろう?』
「ああそれなら、俺の背中に居るぞ? ほれ、パプカ」
「むぅ……?」
俺の背中で眠っていたパプカは、眠たげに目をこすりながら目覚めた。大きなあくびと共にエクスカリバーを一瞥し、眉をひそめて機嫌が悪そうに唸った。
『ろ…………』
「ろ?」
『ロリがペドに! ロリがペドになってるでござる!! 流石にそれは倫理的にどうなのでござるか!? イエスロリータノータッチ! ノーペドフィリアノータッチ!!』
「しゃんだーぼると」
『ほぎゃあああああああああああっ!?』
機嫌を悪くしたパプカによる魔法がエクスカリバーに直撃した。
この冒険は一体これからどうなっていくのだろうか……