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第百二十四話 かわいいは正義





「嫌ですよ!! なんで私が色仕掛けなんて…………私は男なんですよ!?」


 岩にしがみついて泣きわめくルーンが居た。その訴えは至極まっとうなものであるが、残念なことに一つ間違いがあった。


「大丈夫だルーン、今は女だから問題ない! むしろ男でも問題ない結婚しよう!!」

「落ち着けサトー」

「サトーくん、ルーンちゃんの事になると我を失いますよね。普段は冷静なのに」


 それだけルーンが可愛いという事なのである。


「まあまあ。ルーン、私とリリアンもやったんだ。そう難しい事じゃないぞ? ただゴブリンに向けて笑顔を…………ふぐぅ」

「自分で傷口抉るなよ。全然フォローになってないし」

「お二人の結果を見て行けるわけないじゃないですか! まして男の私なら失敗するのが目に見えてます!」

「だけどあの数に真正面から戦うわけにもいかないだろ。リリアンが一体倒しただけで、戦力差はほとんどそのままだからな」

「ぐっ……」


 ルーンも事の重要性は理解しているらしい。

 一見して馬鹿みたいな行動である色仕掛けだが、内容は至極まっとうなもの。俺たちの戦力の底上げのため、ひいてはダンジョン脱出のための手段なのだ。

 唸り声を上げて拒否感を示していたルーンだったが、俺達の説得? にとうとう折れた。


「わ……かりました。でも失敗しても怒らないでくださいね?」

「大丈夫だ。お前なら絶対に成功する。俺が保証してやるよ」

「うぅ……サン君は私のなんなんでしょう……」


 一応、ルーンの親父さんらしいぞ。

 俺たちの後押しを得て、ルーンはゴブリンたちの群れへと向かっていった。結構思い切りの良い子である。

 今回対するゴブリンは5体。残存する敵の約半数に値する数だ。

 色仕掛けの囮とはいえ、この数は結構キツイのではあるまいか。


「あ、あのう……」


 恐る恐るルーンが声をかける。

 小さな声は一体の耳にしか届かなかった。しかし、その振り返ったゴブリンは実に分かりやすい反応をする。


「!!」


 人が恋に落ちる瞬間を始めてみた。……いや、相手はゴブリンだが。

 ルーンの顔を見た瞬間に全身に雷が走ったように硬直し、緑色の肌を高調させる小鬼。加えて目は漫画のようにハートマークと化していた。

 そしてそれは一気に周りのゴブリンたちに波及して、あっという間に全員がルーンを追いかけ始めた。


「いやあああああああっ!!」

「おお、やっぱりアイツ男にめちゃくちゃモテんなぁ」

「え、分かってて送り出したんですか? 鬼畜親父ですね、サン」


 ああ、だからこの作戦を言い出した時にルーンの方を見たのか。……やっぱり鬼畜親父じゃないか。


「まあ待て待て。確かにルーンにとっては試練だが、俺の言った通り上手くいったじゃないか」

「確かにルーンは元々男にモテていたが、これほどあっさりとはな」

「魔性の男……いや女…………いやルーンだな」

「あれ? と言うかお前らもしかして知らないのか?」


 サンが俺とジュリアスを目の前に、不思議そうな顔をしていた。


「何が?」

「ルーンがあんなに男にモテるのはいくらなんでも異常だとは思わなかったのか? いや、たしかに母親に似て顔はめちゃくちゃ可愛いが」

「顔以外だと……内面か? 確かにルーンは仕事も出来て気立てもよくて、一緒にいるとうっかりプロポーズしてしまう器量よしだけど……」

「サトー、いい加減気持ち悪くなってきたぞ」


 うるせぇ、俺は本気だ!


「それだとさっきのゴブリンが説明つかないだろうが」


 確かに、村の中でもたまにやってくる他所の冒険者に告白とかされてるしな。一目惚れの確率もかなり高いのだ。


「ええい、もったいぶらずに教えて下さいよ。サンは時々回りくどくていけません」

「分かった分かった。簡単に言うとルーンは────【魅了(チャーム)】の呪い持ちだ」


 魅了(チャーム)。つまり、敵に対して惚れさせる事により、あらゆる行動の手段を奪う、割とえげつない魔法のことである。

 基本的には一部の魔法使いや踊り子などのジョブが用いる魔法なのだが、極稀にその魔法を直接身につけたまま生まれ落ちる【呪い持ち】と言う人間が居るらしい。

 すなわち、サンの説明通りならば、俺や他の男どもがルーンに入れ込んでいたのはそれが原因だということだ。


「そんな! じゃあ俺が毎朝ルーンの寝起き姿にドキドキしてたことも、シャワーを浴びた後の濡れた髪に興奮していたことも、全部チャームの呪いのせいだっていうのか!!」

「あ、サトーくん、ちょっと私達から離れてもらっても良いですか?」


 なんでだろう、女性陣との距離が一気に離れてしまったような気がする。


「ま、まあ呪いとは言ってもそこまで強いものじゃないからな。魔力に当てられやすい魔物なら見てのとおりだが、人間だとそこまで即効性はないぞ? やっぱりそれはルーンの容姿と性格の為せる技だな」

「なるほど……安心しろジュリアス! リリアン! 俺がルーンに惚れたのは呪いのせいじゃないってさ──ってあれぇ!? 距離がさらに離れないか!?」


 もはや声がギリギリ聞こえる距離まで二人は離れてしまっていた。


「つまりサトーくんは……」

「素であんな性格だったんだな」

「ち、違う! 誤解だ! 俺のルーンを愛する気持ちはもっと純粋なものなんだよ!!」


 


「何を仲良く喋っているんですか!! 早くゴブリンナイトの元に向かってくださいよ!!」



 俺たちが談笑している中、全力疾走を続けるルーンが叫んだ。凄いな、ルーンが叫ぶ姿なんてレア過ぎる光景だ。

 とはいえ、たしかに仲良く喋っている暇もない状況。俺たちは我に返り、急いでゴブリンナイトが待つ宝物庫へと走った。



「お? よし! 計画通り、ゴブリンナイトとその子分が三体しか居ないぞ! これならやれる!」

「これもルーンの尊い犠牲のおかげです。後でお線香をあげてあげましょうね」


「まだ死んでませんからね!?」


 まだ突っ込む余裕はあるらしい。



「とにかく! 敵は半減した! ルーンが死なないうちに全力で突っ込め!!」

「「おおっ!」」


 先導するサンの姿は、子供ながらやはり中身は勇者なのだろう。

 勇猛果敢で仲間たちを鼓舞し、勇気を与える人類最強の守護者。それがサンドリアス・ストーリストなのだ。


「うおおおおおっ……ってあれ? サトーは来ねぇのかよ!?」

「俺が行くわけ無いだろうが! パプカを寝かしつけるのも大事な仕事なんだよ!!」


 その証拠に、サンの激励に俺だけが返事をしなかった。

 だってせっかく寝かしつけたパプカのそばでそんな大声を放ったら起きちゃうだろう? 赤ちゃんは寝るのが仕事だ。それを妨げるなんて行為、俺には出来ない。


「何カッコつけてんだよ! もういい! リリアン、ジュリアス! 俺たちだけでもやるぞ!!」


 気を取り直して再び突撃。頑張ってくれよ、俺の命運はお前たちにかかってるんだからな!!


「ふぇ……」

「…………ん?」

「おぎゃあああああああっ!!」


 ああもう、サンが大声出すからパプカが起きちゃったじゃねぇか!

 しかも間の悪い事に、ちょうど接敵する直前。ゴブリンナイトとその子分たちに、サン達が奇襲をかけるその瞬間での出来事。

 つまり、奇襲は失敗。こちらに気がついたゴブリンナイトはニヤリと笑って迎撃体制を整えた。


「何やってんだサトー! 子守がお前の仕事じゃなかったのかよ!」

「すまーん! でもできればもっと声を落としてやってくれ! 全然泣き止んでくれないんだよ!」

「びゃああああああっ! おぎゃああああっ!」


 最大の敵が身内に居たとは以外である。……いや、赤ん坊に何の罪もないよな。危うく無垢な赤子に罪を押し付けてしまうところだった…………痛でででででっ!


「こら、鼻先に蹴りを入れるんじゃありません!」

「やーっ!!」

「くそう! 俺の父性では足りないってのか! やっぱり女が良いのか! ボインか!? ジュリアスちょっとこっちこい!!」

「普通にセクハラだぞサトー!!」


 こんなポンコツ達を目の前にしたゴブリン達は、ゲラゲラと余裕の笑い声を上げていた。

 最弱級のモンスターである自分たちよりも、更に下が居たとはそりゃ笑うしかない。俺たちはよほど滑稽に映っていることだろう。

 真正面から戦うことになったサン達も、随分と苦戦させられているようだ。


「おぎゃああああ────」

「ん?」


 なぜか、パプカの鳴き声がピタリと止んだ。

 ゴブリンたちの笑い声が癪に障ったのか、眉を潜めて睨みつけているようだ。


「ぶぅーっ!!」

「え、ちょっ……」

「あいやーふぉーる」


 直訳するとファイヤーボール。

 威力的には大したことのない低級呪文だが、そこはパプカの凄まじい魔力によって増幅されて高威力化。しかも相手は雑魚のゴブリンたちだ。

 放たれた炎の弾は、軽々とゴブリンたちを吹き飛ばして黒焦げにしてしまった。


「…………はんっ」

「…………もうお前一人で良いじゃないか?」


 小賢しい作戦を立てるよりも、パプカに頼る方が早い気がしてきたよ。



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