第百二十三話 不憫な客寄せ
ダンジョン最深部。そこにはお決まりのごとく宝物庫があり、宝を守る最強のモンスターが待ち構えているものである。
しかしこのダンジョンは普通ではない。地下に潜れば潜るほど敵が弱くなっていくというあべこべな仕組みとなっており、サン曰く宝物庫の門番はシルバーランクでも十分に撃退できるモンスター、【ゴブリンナイト】が陣取っていたらしい。
実際、弱体化していたサンはこれを撃退。その後更にレベルダウンしてしまったので今まで避けていたようだが、俺達と合流できたことで勝ち目が出来たとのこと。
目的はあくまで宝物庫に備えられている武器類だが、同時に可能であればレベル上げのためにゴブリンナイトを倒してしまっても良いだろう。
「けど…………正直おっかねぇ」
俺たちがたどり着いた宝物庫。そこにはサンが言っていたゴブリンナイトに加え、十対以上の平ゴブリンに囲まれて宴会をしているようだった。
牙を剥き、よだれを垂らして下品な笑い声をあげている。
雑魚モンスターの代名詞であるゴブリンであれど、冒険者初心者の俺にとっては十分すぎるほどの恐怖の対象であった。
「おいサン、話が違うぞ。ゴブリンナイト一体って聞いてたんだが?」
「いやぁ、復活は想定してたが流石にこれはなぁ……」
「ゴブリンナイトですし部下を連れていてもおかしくはありませんが……で、どうします? 流石にあの数だと私達では全滅必至ですが」
ゴブリンは数が増えれば増えるほどその脅威の度合いが増す。
ゴブリンナイト一体ならば俺たち全員でかかればギリギリ倒せる可能性があるが、その部下を含んだ団体さん相手ではそれも無理だろう。
「と言うか一体相手でもギリギリなんですね、今の私達……」
「気を落とすなルーン。私なんて素の状態ですら戦力に数えられていないんだぞ……」
ジュリアスの場合は素がポンコツだからな。
「せめて敵を分断できれば…………ん?」
「はい?」
サンは顎に手を当て、作戦を考えていたのだが、ふとルーンと視線があったことによって、何かをひらめいたようにニヤリと笑った。
「いいかお前ら。ゴブリンというのはその殆どがオスだ。そのため繁殖こそ出来ないが、別種族に対してもめちゃくちゃ発情しやすい性格を持っている」
「うげぇ……」
「気持ち悪い……」
女性陣の言うことは最もで、女性冒険者なんかは駆け出しの段階でゴブリンに攫われないように、念入りにギルドで講習を受けることが義務つけられているのだ。
「ああ、思い出しましたよ。ゴブリンなんて長年狩っていませんでしたから忘れてました。あの下卑た視線はそれですか」
「まあな。男の性ってやつだが、今回はこれを利用する。名付けて……【色香で誘惑、千イェンポッキリ大作戦】だ!」
俺はハッとした。
そうか、サンがルーンを見て思いついた作戦内容が分かったぞ。
俺は思わずルーンの顔を見た。同時にサンもルーンに視線を移す。
なるほど、ある意味では完璧な作戦かもしれない。そしてこれほどルーンに適任な役柄は無いだろう。
「良いかルーン、アイツらを誘惑できるのはお前しかいな痛たたたたたたたたっ!?」
「くそう、ルーンの柔肌を危険に晒すのは忍びないが背に腹は代えられない。お前だけが頼りなん痛てててててててててっ!?」
俺とサンの頭蓋骨に対して、ジュリアスとリリアンの頭蓋骨を割ろうとする、理不尽なるアイアンクローが襲っていた。
「なんで純粋な女の子である私が最初から除外対象なんですか!? ルーンは元男の子でしょう! どういう了見ですか!!」
「お前のミニチュアボディに引っかかる保証が無いだろうが! 健全な男の子はもっと色んな所が大きな女が痛だだだだだだだ……あ、駄目だこれ死ぬ……」
「サトー! こうも戦力外通告ばかりされると流石に堪える! 私だってたまには活躍したいんだ!」
「まあ今回の作戦的にもジュリアスが適役なのは分かるがな。でもお前失敗するじゃん? だから駄目痛たい痛い痛い痛い!!」
どうやら俺たちの説明にふたりとも納得してくれないようだ。自尊心がどうとか、女の誇りがどうとか。譲れない一線があるのだろう。
ええい! ならばやってもらおうじゃないか! ダメでもともと、ゴブリン相手なら失敗しても逃げ切ることは不可能じゃないしな!
というわけで、まずはリリアンのターン。お手並み拝見である。
「いいかリリアン。酒盛りをやっている本隊じゃなくて、見回りに出てる二、三体をここに引っ張ってくるだけだからな。ゴブリンナイトには見られないようにしろよ?」
「分かっていますよサン。可愛く接しやすく、客引きを見事成功させてきますとも」
そう言ってリリアンのサムズアップ。うーん……不安。
ともかくここは任せるしか無いので、いざとなったら出ていけるよう、付かず離れずの距離でリリアンの動向を見守っている。
「ギッ?」
「あ、一体こっちに気づいたぞ!」
見回り中の一体が、リリアンの姿を見てこちらに近づいてきた。
警戒心は強いものの、見た目がただの子供であるリリアンに対し、本隊に連絡する素振りも見せず油断しているようだ。
すでに本隊からは見えない位置まで来ているが、奇襲をかけるにはもう少し距離が欲しい。
ここからがリリアンの腕の見せ所だ。
「きゅるりーん! ラブリー天使なリリアンちゃんだきゅーん! あなたを天国へ連れて行ってあげちゃうぴょーん!」
「「「「!?」」」」
衝撃的光景であった。
リリアンが自信満々に行動に移した客引きのテクニック。それはいわゆる魔法少女が使うような不可思議ポーズと、時代錯誤甚だしい謎の言語によるものであった。
謎言語は語尾すら統一できておらず、あまりの痛々しさに俺たちの胸が締め付けられる思いである。
「しまった! ドワーフの異次元美的センスを忘れていた! 彼奴等寿命が長いから流行とかめっちゃくちゃなんだよ!」
「いえ、待ってください! あのゴブリン、まんざらではなさそうですよ! こちらへ近づいてきます!」
「なるほど、趣味嗜好は人それぞれということか……」
痛々しいリリアンの姿が逆に良かったのか、ゴブリンは警戒しつつもだんだんと近づいて来た。
「ギギギ……ギ?」
「どうしたきゅん?」
ゴブリンの動きは止まり、そしてその視線はリリアンの胸部へと落ちた。
「…………はっ(嘲笑)」
「ふん!!」
ズガァンッ!!
リリアンの棍棒が炸裂し、彼女の胸を鼻で笑ったゴブリンが壁にめり込む音である。
「て、撤収! 撤収ー!!」
俺たちは怒りに震えるリリアンを羽交い締めにし、全員で宝物庫から距離をとった。
敵は追いかけてこず、あれだけ大きな音を立てたのにもかかわらずこちらには気づいていない様子だった。
「お前何しとんじゃぁ! 危うくバレるところだっただろうが!」
「あちゃぁ、棍棒が壊れてしまいました。同じ作戦はもう使えませんね。せっかく上手く誘惑できたんですけど、残念残念」
リリアン的には先程のゴブリンからの嘲笑は無かったことになったらしい。
「お前にはもう二度と同じマネはさせねぇからな…………じゃあ次だ! ジュリアス、行け!!」
「ようやく私の出番だな! 大丈夫だ皆! こう見えても、私はスタイルだけは自身がある!!」
そう言って胸を張るジュリアスの身体は、確かに男心をくすぐる完璧に近いプロポーションを誇っていた。
イカンな、ルーンでさえ顔を赤らめている状況だ。鼻を伸ばす素振りを隠そうともしないサンはともかく、俺も下品な顔になっていなきゃ良いけど。
という訳でジュリアスのターン。不安という言葉以外が頭に浮かんでこない。
壁にめり込んだゴブリンがいるのとは別の場所で、新たなる客引きに挑戦。今度は三体のゴブリンがジュリアスに気がついたようだ。
「なあサトー、今度は成功すると思うか?」
「いや無理だろ。あいつはジュリアス・フロイラインだぞ? これまで俺の期待を裏切ったことは一度もない女だ」
「なんか凄くひどいこと言ってません、サトーくん?」
さて、ついにゴブリン達がジュリアスに接触。ここからどうやって失敗に持っていくのか見ものである。
「う…………」
「う?」
「うっふーん!」
「「「「!?」」」」
なんか…………ジュリアスがくねくねしている。
髪の毛を振り回し、親指を噛みながらたらこ唇。目をうるうるさせて、おかしなステップを踏んでいた。
「な、なんだあれ? 髪の毛に虫でも入ったのか?」
「なんで親指を噛んで……あ、あれですか? パプカちゃんの真似をしてるんですね? 赤ちゃんプレイってやつでしょ!」
「そんなまさか、何かの作戦の一環なんじゃ……サトーさん、何か分かりますか?」
「いや、あれは俺が見るに…………根本的に色気と言うのがどんなものか分かっていないただの馬鹿だ!」
何やら必至に【色気っぽい事】を実践しているようだが、実際にやったことはないのだろう。何一つ身についておらず、気持ち悪い様を表しているだけだった。
だんだん本気で涙ぐんでいるところを見ると、そろそろ彼女の羞恥心も限界の様子である。
「ていうか馬鹿! ちゃんと前見ろ! 近づかれてるぞ!!」
この作戦はあくまで敵をおびき寄せるもの。手が触れるほどの距離に近づかれてしまえば、その後は悲惨な結果しか待っていない。
そんな根本的なことを羞恥の末に忘れてしまったのか、ジュリアスの肩にゴブリンの手が触れてしまった。
「ひっ!?」
「ギ…………ギィ」
しかしゴブリン達はジュリアスを害そうとしていない。肩を数回ポンポンと叩いた後、ジュリアスの手に何かを握らせて見回りに戻ってしまった。
しばらくして、ジュリアスが俺たちの元へと帰還。結果を報告した。
「なんか…………十イェンくれたんだが」
「「「「不憫に思われてる」」」」
なんだか悲しい結果に終わってしまった。