第百二十話 階層守護者
おかしなダンジョンに放り込まれ、俺達は絶望的な状況に陥っていた。
高レベルな仲間は軒並みレベルがダウンして、一人は性転換。一人は幼児化してしまうという有様。途中出会った新たなる仲間は、肩書は凄いものの今やポンコツ。前途多難な状況であった。
しかし、事態というのは好転することもある。
ザコ敵をちまちま倒すうちに、なんと俺の能力が開花したのだ。
レベルの上がり具合が尋常ではなく、気がつけばステータスと共にカンスト。魔法やスキルは軒並み習得し、世界でも数人しか使えないような強力な必殺技も覚えた。
今までの事務職員としての人生は何だったのかと思うほどの順調な成長。今までは事務職が俺の適正だと思っていたのだが、いざ冒険者の真似事をやってみるとよほど俺に合っていると思う。
ジョブの適性診断はギルドで行えるし、俺も定期的に行っている。そこではやはり事務職適正が強く、ほかは剣士適性が若干あるというレベルだった。
つまり、その診断では冒険者になってもせいぜいシルバーランクが関の山と言う結果だったのだ。
だが蓋を開けてみればどうだ? 俺は今人生の絶頂期に居る。
強力なモンスターをちぎっては投げ、地形を変えるほどの魔法を連発。ラッキースケベに鈍感反応。やらかしても「俺何かやっちゃいました?」ですっとぼけ。
これこそが召喚者人生。設定山盛りで苦労の無いイージーモード。ここから俺の召喚者無双が始まるのである!!
「サトー、そろそろ起きろ」
「んがっ?」
と言う夢を見た。
洞窟系のダンジョン内のため、時間間隔はよく分かっていないのだが、少なくともすでに数日が経過していた。
顔には無精髭が生え、寝具などあろうはずもない睡眠は逆に体力を削る始末。地底湖で洗濯と水浴びはしているが、洗剤やシャンプーがないのでべたついて仕方がない。おまけにパプカの夜泣きはひどい。
すでに満身創痍。心身ともに限界の一歩手前まで来ている状態。
夢の内容はともかく、やはり俺には冒険者としての適性など欠片も無いようである。
「なあジュリアス、俺達このままここで暮らす事になる気がしてきた」
「気持ちは分かるが現実逃避はやめよう」
数日レベリング作業を行った結果、サンとリリアンのレベルが1づつ上昇。それでもまだ一般人の俺よりも低いので、当然戦力としては微妙であった。
幸いと言うのか、リリアンの方は人種的な補正が効いているため、素で攻撃力のステータスが高い。
元が魔法使い職だったため棍棒を振るう姿は不慣れな様子であったが、雑魚モンスターと戦う内にだいぶ慣れてきた様子だった。
「攻撃力だけならゴールドランク並みですよリリアンさん。一桁台のレベルでこの数値は驚異的です」
「いやぁ良かったなリリアン。腕力はゴリラ並だってよ」
「喧嘩なら買いますが、良いんですかサン? 今の状況なら私の一撃で貴方は即教会行きですが」
「な、ゴリラだろ?」
「ウッキー!!」
ゴリラがウッキーと鳴くのかは知らないが、元から同じパーティーと言うこともあり、サンとリリアンはずいぶんと仲が良いようだった。
「サンど…………ごほん! サンとリリアンは付き合いは長いのか? ジョブが変わってちぐはぐだが、それでもかなり息が合ってたように思うんだが」
「ん? いや、元々ヒュリアンの関係で顔は知ってたけどな。パーティーを組んだのは……一年くらい前だっけ?」
「そのくらいだったはずです。私達は一般的なパーティーと比べて、戦闘系のクエストがメインなんです。数もこなしてるので、息があっているように見えたのはそのおかげでしょう」
「サン君、そんなに苦労していたんですか? 私よりも若いのに大変ですね」
「ん……ああ、おう」
自分の息子(現在は娘)から子供扱いされるというのは居心地が悪いらしく、サンの返事は歯切れが悪かった。
「うちのパーティーは入れ替わりが激しいんだよ。怪我とかそういうんじゃ無いんだが、一身上の都合で辞めていくやつも多い」
「今のメンバーだと最古残はティスカですね。【上忍】と言うシーフ系ジョブの最上位職の凄い人です」
「へー、シーフ系ジョブの────」
「おいサトー、なぜ私を見る必要が?」
「いや、同じシーフでもお前はポンコツだなって」
「せめてはぐらかせぇ!!」
殴られてしまった、痛い。
「けど、そんなに凄いシーフが居るのにはぐれてしまったんですか? 罠にも気が付きそうな物ですが……」
「このダンジョンには変なトラップも多々あるが、それ以上に厄介な呪いがかけられてるんだよ」
「呪い?」
「深く潜れば潜るほどレベルが低くなっていく呪いだ。いわゆるレベルドレインってやつだな」
聞くと、階層を潜るごとにレベルが吸い取られ、なおかつその事に全く気が付かないという内容だそうだ。
いかに強力な冒険者であろうとも、レベルが低くなればただの人。スキルや魔法は一定のレベルが伴わないと使えない物もあるので、元々の能力が万全に使えなくなっても仕方がない。
「そんな厄介な呪いがあったなんて……はっ!? ま、まさかサトー! 私のレベルが低いのはその呪いのせい……」
「いや、お前のレベルは元から低いだろジュリアス」
こんな状況でボケるんじゃないよ。
「今のアイツは冒険者ランクで言えばゴールドランクってところだな。戦闘力もだいぶ落ちてた…………まあそれでも俺達よりも相当強いが」
「────あれ? その口ぶりからすると、ティスカって人とは会えたのか?」
「ん? ああそうか。一回会ってみた方が早いかもな」
「あの状況はねぇ……実際に見ないと分からないでしょうからねぇ」
サンとリリアンが遠い目をしている。
そもそも俺達がレベリングしている理由は、彼らが仲間と合流するために、より強いモンスタが居る上の階層へ移動するためだ。もちろん、その仲間という中にはティスカも含まれているはずだ。そうでなければこの場に居ないとおかしい。
そんな俺達の疑念をよそに、二人の案内で俺達は移動を始めた。
拠点と化している地底湖から離れるというのは心細いが、これも必要なことなのだろうと歩を進める。
大した距離ではなかったが道中何度かの戦闘を経て、たどり着いたのは見慣れぬ空間。これまでの洞窟とは打って変わって、石畳が敷かれて石柱が天井を支え、奥には巨大な扉が待ち構えていた。
「うぉー凄っ!」
「壮観ですねぇ……」
「どうやってこんな洞窟内に資材を運び込んだんだろう……」
ロマンの欠片も無いジュリアスの感想はともかく、俺達は現れた人工物に少なからずの感動を覚えていた。
しかし、この中で二人。なぜかため息を付くサンとリリアンの姿があった。
「え、何? 何か問題でも?」
「と言うかここ、階層を隔てる門ですよね?」
「ああ、よく知ってるなルーン。良いか、ダンジョン初心者のサトーにも分かりやすいように説明してやろう。こういう階層があるダンジョンでは、こういった階段の前に門があるのは珍しくない。かなり立派な造りだが、そこは問題じゃないんだよ」
「問題とは?」
「門には必ず【階層守護者】っていう強力なモンスターが居るんだ。そこらに居るモンスターよりも、遥かに強い奴らでな」
確かに、座学で聞いたことがある。
ダンジョンで最も厄介な存在は、はびこるモンスターやトラップではなく、階層守護者という門番であるらしい。ダンジョンで帰らぬ人なる奴らは、大抵この守護者にやられてしまっていると言う話だ。
「なるほど、ではサン達が次の階層に進めないのは、ここの守護者が強いから何だな?」
「…………半分正解だジュリアス。だが、もっと問題な点が一つある」
サンは人差し指を立てて門へと指した。
すると、門の前でもぞりと動く一つの影。寝転んでいた何かが起き上がり、大きく背伸びをして────消えた。
「おや? お仲間が増えているでござるな」
「おわぁっ!?」
直後、俺達の背後で声がした。
驚きとともに振り返ると、そこには長身の女性が立っていた。
金色の短い髪の上に猫耳を乗せて、忍者服に身を包む。糸目でニコニコ顔の女性。言葉が通じるので、少なくともモンスターではなさそうだ。
「ちゃんとレベル上げはしてきたでござるか? この前のサン殿とリリアン殿では、今の拙者でも勝つことは出来んでござるよ?」
「いや、今回は新しい仲間の顔見せだ。戦う気はねぇよ」
「お久しぶりです。そちらはちゃんとご飯食べれてますか?」
「お気になさらずリリアン殿。階層守護者は何かと高待遇でござるから。三食おやつに昼寝付きでござる」
何故か階層守護者と自称する女と、親しげに話すサン達。その表情には緊迫感の欠片もなく、普通の世間話をしているようにしか聞こえない。
「え、えっと……?」
「あ、悪い。えーっと…………つまり、こいつがさっき話した俺達の仲間で──現階層守護者だ」
呆然とする俺たちに対して、サンはいけしゃあしゃあと言い放った。
「やあやあ我こそは! 深きダンジョンに眠りし最強の一角! 第十階層守護者、ティスカ・ヴォルフ・ルートヴィッヒでござる! かかってこいでござる下郎ども!!」