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番外編 青春時代 その3

番外編につき時系列が違います





「ほわぁっ! こ、これは東部では売り切れ続出のシリーズの最新刊!? 向こうではまだ販売の一報も入っていなかったのに! ああ!? あっちは幻の番外編!? 東部じゃ在庫がなくなったと聞いていたけどこっちじゃ普通に売ってるの!?」

「あの……もう少しお静かにお願いします、お客様」


 王都にはこの国有数の図書街というものがある。一つの通りがほぼ全て書店で埋まるという、地味ながらも壮観な場所だ。

 流通の関係で地方では売り切れた書物でも、ここに来れば大抵は手に入れることができるらしい。

 俺としては勉強用の本を買いに来る以外に用事がないのであまり気にしたことはないが、読書好きの人間からするとかなりテンションが上がるスポットらしい。


 そんな図書街のとある書店。店員さんに諌められつつ、テンション爆上がりのリアさんが店内をスキップしながら見回っていた。


「これ、やっぱりここだけで一日過ごせるんじゃないか? 疲れるとか絶対嘘だろ」


 あまりのはしゃぎっぷりに呆れつつ、しかし本人の希望でもあるため街巡りのためのリサーチは怠らない。

 俺は現在、リアさんから離れた場所で観光地価格の旅行ガイドブックに絶句していた。なんとか金を払いたくないので必死に頭の中へと情報を詰め込んでいる最中だ。立ち読みで店員さんの横目が非常に気になる所であるが、中身も確認せず本など買えるか! という言い訳を心のうちにしまいつつ、その視線を無視することにした。


「城壁から望む街の全貌……は移動だけで一日終わるな。中央区だと、和風建築の日本街……確か東部にも日本街ってあったよなぁ。うーん……」


 唸り声を上げ、いくつかの候補を見つけては駄目な理由が浮かんでしまう。

 いくらリアさんが気安い性格だとしても令嬢は令嬢。貴族であり、しかも新サブマスターの娘ということは権力的にも凄まじい。だとすれば中々ふさわしい観光場所が見つからないのもさもありなん。

 いつもとは違うタイプの苦労にため息が出る。隣にはホクホク顔のリアさんが居て、俺達は通りの真ん中を歩いていているが、悩んでいるうちに日が暮れてしま────ってあれっ!?


「俺達、いつの間に店出ました!? と言うか本!?」


 冷や汗が一気に額から吹き出た。

 手元にはガイドブックが一冊。俺には店を出たことも会計を済ませたことも記憶になかった。そもそもガイドブックは買う気は全く無かったのに、手元にあるのは更におかしな話である。

 もしや知らずのうちに万引きをしてしまったのではと焦る俺に、疑問符を頭の上へ浮かべたリアさんが口を開いた。


「え? さっきお会計済ませたでしょ? 私も隣で自分の本買ってたし」

「え? 全然記憶にない……どんだけぼんやりしてるんだ俺は」


 やっぱり疲れているのだろうか? ワーカーホリックって、自分でも知らないうちに過労で倒れてあの世行きって事もあるそうなので、もっと気をつけることにしよう。 

 空を仰ぎ見てみれば、いつの間にか太陽が真上にやって来ていた。朝方に家を出たので、少なくとも数時間は書店で過ごしていたようだ。

 自分の体内時計の狂いに呆れていると、先程俺の立ち読みを睨んでいた店員さんが駆け寄ってきた。


「すみませんお客様。送り先のお控えと、購入者特典をお忘れでしたのでお持ちしました」


 と言って控えとレシート、特典と言う髪留めを俺に手渡した。

 深々と頭を下げて「またのお越しをお待ちしております」と決まり文句を言い放つ。中々仕事熱心な店員さんである。


「ちっ!!」


 店員さんが店へと帰る時、なぜか舌を打ったような音が聞こえた。しかも店員さんの方向からだ。同時に道につばを吐く姿が見えたような気がするのは気の所為だろうか? 

 あんなあからさまな敵意を客に見せるわけがないよなぁ。今日は随分ぼんやりしてるし、幻覚でも見てしまったのかもしれないな、うん。

 受け取った特典と送り先の控えをリアさんに手渡して、その際にふとレシートに目が行った。


「随分と長いレシートですね。一体どれくらい買った────っ!?」


 レシートにはこれまで見たことのない数のゼロの数字が描かれていた。すなわち大変高額なお金が動いたということみたいだが、本だけでこの額になるとはどれほどの散財なのだろうかと絶句した。


「いやぁ、流石にお父様に怒られちゃうわね。お小遣い使い果たしちゃった」

「小遣いでこの金額って、貴族の金銭感覚ぅ……」


 おまけで添えられていた俺のレシートと言えば、観光地価格で高くなったガイドブックであるが常識の範囲内の金額。この一冊だけで俺の財布は空になったので、庶民と貴族の金銭感覚の差に大きなため息が漏れた。

 リンシュもリアさん並にとは言わないが、もう少し散財する癖をつけてもらいたいものだ。貴族として、貯めるだけでなく金を回すのも仕事のうちだと思う。決してお手伝いさんを雇ってもらい、自分が楽をするための言い訳ではないぞ。


「あ、と言うかお金。すみませんリアさん、お互いお金がないということは、この後案内する場所はかなり限られてしまいそうです」

「あらら……でも、お忍びで貴族とバレずに居たいわけだから、お金を取るような場所じゃなくても良いんじゃないかしら。」

「お忍びにしては派手に金を使ってましたけどね」


 俺の言葉に少し照れたのか、後ろ髪をかきながら顔を赤くするリアさんが大変可愛らしい。だがそれはそれとして、せっかく高いガイドブックを買ったのに無駄になってしまいそうだ。

 何ページかガイドブックをめくり上げるもいい場所が見つからず、ふと自分たちが通りの真ん中で立っているのに気がついた。

 調べ物をするにしても、もう少し腰を据えることの出来る場所のほうが良いだろう。貴族のお嬢様を棒立ちにさせておくのもよろしくない。


「と、とりあえずあっちに行きましょうか。中央広場の噴水近くなら座れる場所もあるでしょうし」

「ふふっ、エスコートよろしくおねがいしますガイドさん」


 年上から来る余裕なのだろうか。からかうような笑いがこちらの余裕をなくしてゆく。

 額と背中と手のひらから流れる大量の汗を拭いつつ、話す時早口になっていなかったかと思い返しているうちにあっという間に中央広場へと到着した。すると、



「「「「「カップル死すべし慈悲はない!!」」」」」



 と叫ぶ覆面姿の集団が闊歩していた。



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