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第百九話 普通




「最近俺、影薄くね?」


 と、某司令官の様に両肘をテーブルに付きながら口を開いたのは、我がギルドの稼ぎ頭。夜のギルドを取り仕切るバーテンダー。アグニス・リットンであった。

 表情は真剣なものであるが、しょうもない内容にため息ものである。だがここは忘年会。愚痴の一つくらい聞いてやってもいいだろうと、俺は問いを返す。


「藪から棒になんだよ」

「最近酒場に来る客がさ、ことごとくキャラが濃いんだよ」

「ああ……」


 察するほか無いリール村の現状。というより惨状? ともかくこの村に居る人間ならば大抵が酒場の利用者だ。すなわち、アグニスが「キャラが濃い」と言う連中も当然酒場の常連と化している。

 すなわち、具体的な名前を上げるのならば、パプカやジュリアス。ゴルフリートのおっさんにエクスカリバー。リュカンとメテオラ、最近ならアヤセやディーヴァ。ハルカやティアルなんかもリストに入るだろう。

 確かに、そんな連中と毎晩顔を突き合わせているのであれば、自分のポジションについて悩んでしまうのも仕方がないのかもしれない。俺でさえ、流石に毎日連中と会っているわけではないのである。


「でも、あいつらと張り合ったら駄目なんじゃないか? 多分、一部は世界有数のキャラの濃い連中だぞ」

「まあな。でも俺、ギルドでは結構古株だろ? なのに、彼らに出番が食われて影が薄くなっている気がするんだ。俺ってなんというか……『普通』過ぎないか?」


 『出番』と言う言葉の意味はわかりかねるが、どうやらこっちが彼の悩みの本筋であるようだった。


「だから今日は! サトーに俺のキャラ建てについて相談に乗って欲しいんだ!!」

「お前変なテンションになってるけど、酒飲んでないよな?」


 彼は下戸で、酒を飲んだら最後。この村で最もキャラの濃い人間に変貌するのである。


「じゃあ……そうだな。特徴的な喋り方をしてみたらどうだ? 簡単な方法だし、今の喋り方だと俺とほぼ変わらないからな」

「喋り方かぁ…………わかりやすく、いつも敬語で話すってのはどうだろう?」

「ルーンやパプカと被る」

「じゃ、じゃあ語尾に特定の言葉をくっつけるとか?」

「アヤセやエクスカリバーと被る」

「…………いっそ中二病っぽく話すのは……」

「リュカンとメテオラに被る。ディーヴァもある意味それだな」

「…………………喋り方は諦めるよ」


 懸命な判断である。思えばこの村は、特徴的な喋り方をする人間の見本市みたいな事になっている。これらを超えるには、相当にオリジナルティ溢れる喋り方でないと勝てないだろう。


「いっその事見た目を変えるってのはどうだ? モヒカン刈りにでもすれば、少なくとも現段階では村にたった一人の男になれるぞ?」

「羞恥心を捨てたいわけじゃないんだよ! 何だその奇抜なファッションは!」

「失礼なやつだな。中央じゃ割とポピュラーな冒険者ファッションなんだぞ? 肩に棘付きパットも標準搭載だ」

「中央ってそんなに世紀末な有様なのか?」


 その昔、悪ふざけした召喚者が流行らせたらしく、今でも一部の冒険者の中では受けがいいコーディネートなのである。


「じゃあ設定で攻めてみよう。俺の知らないアグニスの裏設定とか無いのか? 自己アピールをお願いします」

「就活かよ…………えーっと、酒を飲んだら記憶が飛んで……」

「それは知ってる。知ってるからお前には二度と酒は飲ませない。だからそれはいわゆる死に設定だ」

「俺ってそんなにサトーに迷惑かけたのか? 反省しようにも全然説明してくれないし……」


 これはアグニスの名誉のための措置だ。飲んだときの性格が世に知られてしまったら、彼の社会的地位は相当な勢いで落下することだろう。


「他にないのか? 実は国の王子様がお忍びで店長やってるだとか。召喚者の子孫で特別なスキルを持っているだとか」

「一般農家の次男坊にそんな裏設定はない。ステータスに関してもサトーとそう変わりないし」


 まあ知ってるけどな。このギルドで働いている職員の経歴なんかは、一応の支部長として網羅しているつもりだ。例外なのはリンシュ直属のジュリアスくらいのものだろう。

 もちろん嘘をついているのならばその通りではないだろうが、その場合経歴詐称で解雇通知を出さなければならなくなる。

 よって、アグニスは紛うことのない普通の一般人だ。酒さえ飲ませなければ、友人づきあいも楽しい人柄であるし、大抵の女性から好意を持たれるような中々のイケメンである。

 …………一体これになんの文句があるのだというのだろうか? 彼の設定を普通に並べてみてみれば、基本的に俺よりも恵まれている境遇ではないか。

 根本的な部分を見直してみれば、彼はかなり贅沢な悩みをぶちまけているように思える。普通で影が薄いのが駄目? 駄目なワケがないだろう。

 俺は頭を捻って結論を出し、その結果をアグニスへと告げた。


「普通なのが一番だよ」

「すげぇ、サトーが悟りを開いた表情をしている」

「穿った設定を持たない一般人が無理をするとな…………こうなる」

「すげぇ、サトーが死にそうな表情をしている」


 確かに、毎日キャラの濃い連中と顔を合わせているアグニスにも、かなりの苦労が有るのだろう。そこは否定しない。

 だがしかし、苦労の度合いで言えば俺は彼に負けない自信がある。なぜならば、濃い連中の事後処理をしているのは主に俺なのだ。そして巻き込まれるのも俺である。

 言ったとおり、穿った設定を俺は持たない。召喚者としての巻き込まれ体質『だけ』を持ち、それに対処する能力をまったくもっていない。

 つまり普通。一般人。そんな俺が世界有数のキャラ設定を持つ連中の相手をさせられているのだから、その苦労を理解してもらいたい。

 俺が何を言いたいか理解してもらえるだろうか? すなわち『普通なら普通の生活をするのが一番』ということだ。濃い連中は同じく濃いお仲間に任せておくのが、自然の摂理というものだろう。

 だから俺は叫び声を上げる。酒に酔ってるとか、日頃の鬱憤が溜まっているとかも相まって、思いの外大きな声になってしまったのが少し気恥ずかしい。


「普通バンザイ!!」

「どうした!?」

「影が薄くてもキャラが濃くなくても、普通で良いじゃない人間だもの! 魔王退治や大冒険は人外連中に任せておけば良いんだよ!」

「わ、わかった! わかったから胸ぐらを掴まないでくれ! 酔ってるのか!?」

「それが何だお前は! 普通が駄目みたいな事言いやがって! この場にいるほとんどの人間が普通だ! ほら! 周りにいるモブ冒険者さん達に謝れ!」


「「いや、それはまずサトーが俺たちに謝れ」


 酒の勢いって怖いなぁ、と言う話であった。



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