4話 疑問
ミルと少女【サイファ】の共同生活のはじまり。
そして、ミルは一緒に過ごすうちにサイファが何者なのか気になっていくのであった…。
「ミル、今日も特に何もありませんね」
「はい、そうですね。
やはり僕達以外の生命体にはなかなか巡り会えないということでしょうか?」
「……」
2人の会話はそこで終了。
2人が共同生活を続けて2日が経った。
2日間も一緒にいるが、両人とも円滑なコミュニケーションの仕方を身につけておらず、
2人の関係は何も変わらなかった。
(もっとマシな返しは思いつかないのか僕は!!)
真面目な話しかできない自分を腹立たしくも思いつつ、
ふとサイファが何者であるのか、
自分のことすらも特に語っていなかった事実を思い出す。
(正直…どうすればいいのかわからない…。
彼女は地球人なのか?地球人ですか?って聞いていいのか?
それに、どうして僕達は共同生活なんてすることになったんだろう?)
ミルは思考を現実から逸らし、少し過去へと向けた。
***
ミルとサイファが宇宙船で共同生活を始めることになったのは、
サイファの一言がきっかけであった。
「出会ってばかりで唐突ですが、二人で親交を深めませんか?」
サイファは笑顔でこんなことを言ってのけた。
(何言っているんだこの子は)
意味不明、全くもって意味不明だ。
それに唐突。
話に脈略なんてあったものじゃない。
「…というと?」
「私達は出会ったばかりです。
私には目的がありますが、それを達成するには貴方と仲良くなる必要があるのです。
では、出会ったばかりの人間同士が仲良くなるにはどうすればいいのか?
答えは簡単です、親交を深めればいいのです。
そういうことで、私と暮らしましょう」
「・・・・・・ん?」
(ちょっと待て待て待て。
どういうわけで一緒に暮らす必要があるんだ!?
というか目的ってなんだ?
仲良くなった挙げ句殺すとかそういうヤツ??)
「どうかしましたか?」
「ちょっと待ってください。
僕の理解の範疇を超えているので少し待ってくれますか?」
「わかりました」
(このサイファという少女…
見た目はとても美しいが中身が非常に残念?
何を考えているのかてんでわからん!)
「あの、もういいですか?」
「いや、まだです!!!」
「貴方はもう5分はそうして悩んでいます
これは貴方にとっても不利益なことではないはずです。
貴方にも目的があるのでしょう?」
「・・・」
(いや、たしかにそうだ。
僕には地球の情報を持ち帰るという任務がある。
その為にこうして宇宙を旅しているのだから、
少女の提案に乗るのも案外悪くないのかもしれない…)
ミルは考え込む癖があった。
彼はいつも考えに考え、行動を起こしてきた。
そんな彼は、「思い切って行動する」ことがとても苦手な為、
彼はとても悩んでいた。
もし、失敗したら…。
彼は怖いのだ。
自分の未来が無くなることが。
それにしても、彼がいくら決断を苦手としていたとしても、
このサイファという少女の思考回路は通常のものを逸脱しているのだが。
しかし、ミルは考える。
ここで奇跡にも近いサイファとの出会いを逃してしまって、
次に「地球人」と出会うことはできるのか?と。
このまま地球に行けたとしても、未確認飛行物体の存在を地球の要塞は見過ごす訳がなく、
ただの消し炭になる可能性がとても高い。
この機会を逃すこと自体が失敗なのではないか。
ならば、この可能性にかけるしかないのではないか。
たとえサイファの目的がミルを殺すことだったとしても、
この可能性にかけない限りは自分はモノアステに帰ることなどできないのだ。
「…いいですよ、一緒に暮らしましょう」
「では決まりですね
ミル、宜しくお願いしますね」
「…」
その時のサイファの笑顔がとても美しく、その美しさに当てられミルは暫く放心していた。
けれど、サイファがもう1度ミル?と呼び掛けたので、ミルは慌てて返事をした。
「はい、こちらこそ」
サイファに差し出された白い手を、ミルがとる。
(…冷たい)
サイファの手を握ったミルは、その手の冷たさに驚いた。
(…まるで、血が通っていないみたいだ)
ミルは一瞬そんな風に思うが、思考を振り払う。
(そんな訳がない、少なくとも地球やモノアステ星では、人間を完全に模した機械を作れる技術はない)
だからこそ、ミルのエネルギーを循環させる宇宙船が評価されたのだ。
もしも、ヒトを機械にできるのなら、真っ先にこのような身体の仕組みをまず捨てるだろう。
そしてヒトが求めた最高の禁忌、不老不死を実現するだろう…。
「ところで今気付いたのですが、この宇宙船では【呼吸ができる】のですが、私達が生存できるだけの酸素を通わせているんですよね?これが足りなくなることはありますか?」
「いえ、ありません」
「そうですか…それを聞いて安心しました」
本当はミルは安心などできていなかった。
何故そう言いきれるのか。
彼がサイファと触れ合えば触れ合う度に疑問がわく。
(僕の船のような、ヒトとしての生き方を捨てたような方法でしか、僕はこの1ヶ月生活できなかった。
それを…このサイファの船は、普通の家のような見た目で【少なくとも数10年はサイファが生存できるだけ】のエネルギーを循環できている)
何故なのか、それを説明して欲しいとミルは思うけれど、
サイファが「少なくとも味方ではない」僕に出会い頭にそんな重要な機密を漏らす訳がない。
(やはり仲良くなるしかない、か…)
こうして奇妙な共同生活が始まったのであった。
***
そして話は冒頭へと戻る。
共同生活から2日。
ミルとサイファは仲良くなるどころか、重い空気の中生活していた。
それはミルに対人能力が欠如しているからだけではなく、
サイファ自身も対人能力が欠如しているからであった。
ミルはとにかく、サイファの行動を観察していたが、
ふと気付いたことがあった。
「そういえば、サイファはいつ食事をしているですか?」
暫し沈黙。
サイファにとってはあまり答えたくない質問だったのだろう。
少し表情を曇らせたようにミルには見えた。
「……私は食事が必要ないのです」
沈黙の末、そうサイファはミルに打ち明けた。
「えっ?そうなのですか?」
正直、ミルは聞いて驚いてはいなかった。
どちらかというと「だろうな」と思っていた。
「はい」
そう、サイファは2日間1度も食事を摂っていない。
ミルですらぼそぼその軍事用の塊でエネルギーを摂っているというのに。
(地球の技術はどこまで発展してるんだ?
もしかして、サイファは身体の一部を機械化しているのか?)
しかし、地球ではそのような非人道的なところまで科学を進めていなかったとノアステ星では伝わっている。
それはある時期から生まれた、倫理的な考え方で、
人間は人間の範疇を超えてはならないという暗黙の了解だった。
それはミル達移住者一族モノアステ星にも受け継がれている思想である。
実際のところ、マッドサイエンティスト的な存在が全く存在しないとは言いきれないが。
「あの、それは…」
ミルは聞いてみようとする。
というか、聞き出さなくてはならないのだ。
「ごめんなさい、説明はできないです」
サイファは察したのか、ミルが言う前に聞かないでくれと拒否をした。
(こんな風に拒否されたら、無理矢理聞き出すことになる。聞きたいけど、聞けないよな…余計な不信感を与えたくない)
(聞き取らないと僕は家に帰れないというのに、自分が情けない)
ミルが思考の海をさ迷っていると、サイファは唐突にこう言った。
「けれど…あの、少し待っていてくれますか」
「え、はい?何故ですか?」
「ごめんなさい、数分で戻ります」
そう言ってサイファは奥の部屋へと戻って行った。
(…相変わらず、よくわからない人だ…)