1話 上層部からの命令
ミルはある日、軍部上層部からの呼び出しを受ける。その内容にミルは…。
「ふむ…それではミル博士を派遣しろ__と?」
男は、部屋の中心に堂々と置かれた木製の机に両腕を置いて、
皺枯れた声で目の前の女に問いただす。
「ええ、彼が1番妥当でしょう」
女は少しズレた眼鏡を右指でスッと元に戻しながら答えた。
「年齢的にも実力的にも、ということですな?」
「彼が居なくとも、もうこの街は機能するでしょうし、
だからといってあの船を無駄にするような能力の持ち主ではないでしょう」
「そうですな…」
***
地球から遠く離れた、銀河系の星〈モノアステ〉。
そこには地球のように生命体が存在し、
その生命体はまるで地球のような街を発展させていた。
その生命体の外見はヒトそっくりであった。
それもそのはず、実は地球から他の星へ移住したヒトの末裔が
この星〈モノアステ〉で繁栄したのだから。
地球はかつては様々な国が存在し、
国同士はときには協力、ときには反発し合っていた。
1900年代になると、ヒトが発展させた高度な科学技術を用いて
「世界大戦」が勃発。
「第一次世界大戦」、「第二次世界大戦」と続いて世界大戦が勃発したが、
1900年代後半と2000年代前半までは世界大戦は起きなかった。
しかし2078年、「第三次世界大戦」が勃発。
第二次世界大戦で街を一瞬で無くしてしまう「核兵器」が開発されたが、
それよりもものすごい威力の「核兵器」が開発されており、
様々な国が丸ごと消滅した。
大地は荒れ果て、国という境界線もなくなるほどの事態となったのだ。
そこで、国は国としての権力を失ったため、国よりも上の機関が出来上がった。
それが「〈地球の都〉」である。
最初はそこには国家レベルでの有力な科学者や政治家、実業家が集まり、
再興をしていただけだったが、いつしかその団体が地球全体をまとめる団体となったのである。
いくら実力者揃いの団体であるとはいえ、一種の独裁団体。
特に再興の技術開発に尽くした科学者達の権力が一番高く、
彼らは「機関」と呼ばれる研究島を持っていた。
「地球の都」、特に「機関」の権力は絶対で、誰も逆らうことはできなかった。
そんな状況が長年続いたが、
あるとき「地球を離れる」と言い出した人々がいたのだ。
その人々が、ここ〈モノアステ〉に辿り着き、繁栄に成功した。
当時地球人の間では、「何を馬鹿なことを」
「わざわざ死に急ぐとは…」
などと言われており、
まさか彼らが生きているとは誰も思わなかった。
そのため、この情報は地球の公的な資料には載っていない。
さて、そのモノアステ星の要塞…
(モノアステには街は一つしかないため要塞も1つしかない。
それでも足りるくらいの小さい星なのだ。)
そこは当然軍部のものなのだが、その軍部の中でもトップの人間2人がとある部屋で秘密の相談をしていた。
そして話は冒頭へ戻る。
「そして、ミル博士ほどの頭脳は地球の英雄Mとおそらく同等。
途中で宇宙船に異常が発生したとしても、直せるでしょう。」
「それはそうであろう・・・彼があの宇宙船の開発責任者なのだからな」
そう言って男は低い声で笑う。
「これで今の地球の状況を探って欲しいという、我々の目的が達成されれば良いのですが・・・」
「もう地球とは関わりたくないものですな」
「ええ・・・」
「では、悪いがミル博士に招集をかけてくれ」
「畏まりました、中佐」
***
『航空部研究科所属、ミル博士。至急サルドヌ中佐の元へ。呼び出しがかかっております』
ミルは自身の研究室で文献を漁っていた。
数日後に迫る会議のためであった。
だから、この放送が自分の収集を呼びかけるものなのはわかっていたが、どうも気が進まない。
それに、このような呼びかけに応じて「良いこと」だったことは一度もないのだった。
だからといって応じない訳にはいかないのだが。
ミルは数日間こうやって研究室に篭っていたため、
美しい色の髪はボサボサで、肌の色は白っぽく、
いかにも不健康そうな見た目である。
こんな真面目で格好が良くないミルだが、
普段のミルはここまで酷くない。
余所行きの格好に着替えた彼は誰もが認める美少年だ。
彼はその外見に興味がなく、当然恋愛にも興味がわかなく、ずっと研究ばかり続けていた。
その成果か、この軍部の研究室で評価されている訳だ。
ミルは姿勢を動かさず本に食い入っていたが、
2度目の放送がかかったので、
「…うん、現実逃避するのはやめよう」
…さすがにミルもそう感じたらしい。
ミルは研究室にかかっている軍服を着て、身だしなみを整えて中佐の元へ向かった。
***
「失礼します!航空部研究科 総責任者 ミル・ゴトコフスキです」
「うむ、ご苦労」
扉を開けると部屋の中央には今回呼び出した中佐の机。
そしてそこには中佐が座っていた。
彼には中年の男性というだけでは片付けられないような、
長年軍部にいたであろう風格があった。
そこにいるだけでここまで空気が固くなってしまう存在感というのは、
士官の全員が全員身につけられるものではないだろう。
「急に呼び出してしまって申し訳ないわね、何かの途中でしたか?」
中佐に目を奪われていたミルは横にいた女性に気付かなかった。
この女性は中佐に比べると若く、しかし少佐という地位にいる。
中佐との年齢差を考えると、この少佐がエリートであること、
そして家柄も良かったのだろうと予想ができた。
「いえ、とんでもないことでございます。
わたくしは軍部の方のお役に立つためにここにいますので、無理難題でも何とか頑張りたいと思っています」
「ミル博士は謙虚ですのね」
「そう言っていただけると、とても有難い。
早速本題に入るが、今回君を呼び出したのは他でもない、頼みごとがあったからだ」
「頼みごと…でございますか。何か開発したいものがおありでしょうか?」
「ミル博士、この間開発された宇宙船で宇宙の旅に出てもらえないだろうか?」
「えっと、それは…役に立たないから左遷…ということでしょうか?」
ミルは焦っていた。
内心かなり動揺していて、心臓はバクバクだ。
何かまずいことをしてしまっただろうか…という不安が一気に頭を駆け巡る。
「…ふ。ミル博士は直球なのだな。
そのようなつもりは全くない。信じて欲しい。
実は地球の様子を見てきて欲しいのだ。
あの宇宙船が仮に不良品でも自力でどうにかできるくらいの頭脳の持ち主は貴方しかいないのだ」
「地球の様子ですか…たしかに心惹かれるものはありますし光栄ですが…さすがにそれは…今の研究を中止しなければなりませんし…」
「ああ、そちらは大丈夫だ。それは緊急性の高いものではないだろう?」
「はい。生活を更に高度化するための研究を行っておりますので…」
「だったらちょっと任務をこなしてもらえないかしら?」
「……」
ミルは唇を噛む。
いくらなんでもあんまりだ。
自分は研究員なのだ。それに家族だっている。
地球の様子を見ることに緊急性はあるのか?
そもそも記録では地球人は僕たちが生存しているというようにはとらえてなさそうなのに。
ミルのそんな表情を見て悟ったのか、女の方が更に言葉を続ける。
「報酬は弾むわ」
「報酬の問題ではありません…
緊急性が感じられないのです。
それにわたくしは軍部所属の研究員です。
そのようなスパイのようなこと、できそうもありません」
「なるほど…確かにいち博士に頼む依頼でないことはこちらも承知しています。ですが、宇宙船の開発者は博士ではありませんか。スパイの訓練をしている人が乗っても宇宙船のことがわからなければ死んでしまう可能性が高いのです。そして知っての通りこの宇宙船は長時間飛行可能ですが乗れるのは人1人だけ。」
「では緊急性はあるのでしょうか?」
「…うむ、さすがに誤魔化せないな。
では言おう。これは極秘事項なので絶対に口外しないように。
国が落ち着いてきた今、この星内での戦争はほぼ起きないのはわかっている。
では、宇宙戦争の可能性はあるのか?
これについてはどう思う?」
「他に生命体がある星は見つかっていないので可能性としてはそんなに高くないでしょうね…地球を除いて」
「そう、地球だ。宇宙戦争に繋がる可能性が僅かにでもあるのであれば、黙っている訳にもいくまい。今我々上層部ではそのような判断がなされたのだ」
「だから、次なる危険は地球だと上層部では考えられているということですね」
「ああ、逆に言えばここ1000年間何故この対策をしなかったのかとも思ってしまうがね」
「……」
「必要性はわかっていただけまして?」
「・・・ええ」
「報酬はきっと貴方が大喜びするものを用意しているわ。
貴方の実家の地位を上げます」
「…っ」
「そんなに怪訝な顔をしないでくださいな、
ミル博士は弟がいらっしゃるんでしょう?
彼に最高の技術を使った手術が必要と聞きましたよ?」
「…何故、それを…」
「聞かなくても、わかっているでしょう?」
ミルは俯く。
軍部上層部に、いち研究者の自分の情報が詳しく伝わっているなんて信じたくもなかったし、
それを使って無理矢理任務を行うことになるなんて、思いもしなかった。
けれど、彼らの権力を考えればそれができても不思議ではないのも事実だ。
この星、モノアステでは家柄が非常に重視される。
軍部にどれだけ家が貢献しているか、
国のためにどれだけ働いているかで、
受けられるサービスに格差ができる。
ミルの家は特別身分が低い訳ではないが、
特別高い訳でもない。
中の上くらいが妥当だろう。
父は一部では有名な学者であるが、国にすごく貢献した学者ではないのだ。
だから普通のサービスは受けられるし、普通に生活する分には不自由はない。
しかし、高度なサービスとなると話が違ってくる。
ミルの弟には、難病があることが最近明らかになった。
普通の病気であれば治療を受けられたが、難病ということはそれだけ高度な治療が必要になる。
よって、家柄が足りず、彼の寿命は確実に減っているのであった。
そんな彼の家の事情につけ込んで、軍部はミルに大役をやらせようとしている。
腹が立つ。腹が立つが、従えば、弟は助かるかもしれない。
1mmでも可能性があるなら、懸けない訳にはいかないのだ。
ミルは長い沈黙の後、
「・・・有り難く受けさせて頂きます」
と答えるしかなかった。