格子の内に咲き誇る
勢いだけで最後まで行ってしまったので、言葉足らずなところもあるとは思います。
申し訳ありません。
追記:少し文を増やしました。
この話を今後手直しする事はほぼないと思います。
それは、古い、古い記憶だった。
四方を襖に囲われ、畳の敷き詰められた狭い部屋。
朧気に揺れる景色のなかで、只一つはっきりと見えた、貴女の艶やかな微笑み。
触れれば消えてしまうと錯覚を起こしそうなほど細い肢体。
滑らかできめの細かい肌は白く、薄く紅を引いた唇だけが色彩を持つ。
長い黒髪は束ねられる事もなく、肩から背、果ては腰まで流れている。
ゆっくりと唇が開き、何か、言葉を紡ぐ。
懸命に聞き取ろうとするも、声は聞こえない。
それが、もどかしい。
『……………、…………………』
視界の隅で、蝋燭の炎がちろりと左右に振れ、景色もそれに合わせて僅かにたわむ。
まるで私と貴女の間に見えない壁でもある様で。
『………………………………………て、…………………から…』
甘やかな声がほんの微かに耳朶を震わす。
意味を成さない言葉の羅列が思考を掻き回し、書き換えていく。
まだ、聞こえない。
必死で手を伸ばし、無いはずの壁を壊そうと試みる。
まだだ、あともう少しで。
『…………………は……………、…………きよ』
嗚呼、どうしてだ。
どうして聞こえない。
どうして伝わらない。
……どうして。
突如として荒々しい足音が近付いてくる。
貴女の顔がさっと強ばり、元々白い肌が一層白さを増す。
がたりと背後で響いた音は、おそらく襖を開けた音。
知らない男の声が、汚い言葉を吐き出す。
燭台が倒され、溶けた蝋が畳の上を広がって行く。
灯芯には、まだかろうじて炎が残っている。
置かれていた懐紙。
それに燃え移った炎が、辺りを嘗めるように焦がしていく。
どうして、と。
貴女の声が、聞こえた。
呟く様な、それは独り言。
運命は時に残酷だ。
籠の中に囚われた花は、自由を知らず、だからこそ美しく咲き誇る。
格子に切り取られた狭い空間を、世界の全てと思い込んで。
押し付けられた運命を、自らの意思と信じて。
……なんて、哀しい。
物音が遠退く。
背中に焼けつくような痛みが走り、自分の体が前のめりに倒れるのを感じる。
ばさりと広がった髪の毛に視界が半分ほど塞がれる。
目の前に座っていた筈の貴女が、何故だかとても遠くに見えた。
霞む景色の向こうに、幸せそうな貴女の微笑みが浮かぶ。
ここではない、どこか別の場所で、誰かの手をとって笑っている。
唐突に理解した。
貴女の笑顔が向けられているその人。
はっきりとした景色の中で、その人の顔だけが朧気で。
でも。
きっとそれは、自分ではないのだ、と。
…………なんて悲しい。
ああ、でも。
もしこれが本当になるならば、貴女は幸せになれる。
ならば私の存在する意味は、無い。
貴女が幸せになるのに、私は、いらない。
私の役目は終わったのだ。
それを悟り、私の意識は“今”に帰る。
貴女が悲しそうな顔をしている。
その頬を伝うのは涙。
……でも、これでいい。
やっと手に入れた安寧は、思っていたよりもずっと穏やかで。
それが瞳を覆い尽くすのを感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。
いつか二人が結ばれる事を願って。