宵闇の妖怪が生まれるまで
少女には家族はいた。
少女には友達がいなかった。
少女には自由がなかった。
とある地の領主の娘として生まれたその子は生まれつき体が弱く、
外へ出て遊ぶことができなかった。
領主の娘ゆえ、庶民の子供を館に連れてくるわけにもいかず少女は一人で本を読んだりしていたが
あまり字が好きではない少女にとってそれは楽しいものではなかった。
いつか外で誰の目も気にすることなく遊びたい。
それが少女の夢だった。
少女は夜が好きだった。
夜はすべてを闇でかき消してしまうから。
誰にも見られなければ、もし自分が遊んでいたとしても誰にもばれない。
そんな夜の中、自由に遊びたい。
少女の願望がついに現実化する。
ある日、見張りの従者たちがいないの確認して、
ついに夜の外へ抜けだしたのだ。
行きたいところは決まっていた、自分の部屋の窓から見えるあの花畑だ。
ろくに運動もしておらず、体も貧弱な少女にとってそれはあまりにも遠い距離。
なんとか辿り着いたものの、少女はそのまま、花々に向かって倒れこむ。
「つ、ついた~~~。」
花はよく従者の人が持ってきてくれてたけれど、数が違う。
素敵な香りが鼻を突く。
服は土で汚れてしまうがそんなことは気にしない。
月の灯がわずかに照らすだけの花畑。
日の照る世界では見れない世界がそこにはあった。
ガサッってという物音に少女は我に返る。
(何かがいる?)
獣だろうか、分からない。
少女は初めて恐怖を感じる。
「誰!?誰か居るの?」
精一杯の叫び声。
ザザッという音とともに何かが花畑から浮かび上がる。
少女が見たことのないものだった。
一言でいえば、黒い靄のようなものだった。
球体っぽいようにも見えるが、徐々にその姿は変わっていく。
自分の身長ぐらいの人型になったところで靄の動きはとまる。
「あなたは誰?」
靄は答えない。
少女は獣ではないとわかり安心する。
よくわからないものではあるが、少女にとってそれは些細な問題だ。
「わたし、ルーミアっていうの。あなたは?」
「……ッ………」
靄はなにか音を発したが少女にはわからなかった。
子供ゆえに恐怖より好奇心が勝ったのだろう。
少女は靄の手と思えるところを引っ張ろうとする。
不思議と靄には感触が有り掴むことができた。
「ねぇ?一緒に遊ぼ?」
少女は靄に問いかける。
「……ア…ソブ……?」
「そう、遊ぼう!」
なにか変わったことをするわけじゃない。
手のようなとこを引っ張って花畑の中を駆けずり回るだけだ。
少女にとって、黒い靄はもはや初めての友達であった。
少女は、朝日が登る前に家に戻った。
しかし、少女が家から出たことは、汚れた靴と服であっさりバレてしまった。
少女の親は激怒し、彼女の部屋に鍵をかけた。
もうでれないように。
一方で、領主である親たちには別の問題があった。
幽霊騒ぎである。
少女が夜遊んでいた花畑は実は墓場であり、その周辺で民が何かに襲われる事件が頻発していたからだ。
獣や山賊ではないと民たちはいう。
ならばと、領主は金を払い悪魔祓いを館へまねき、事件の解決を図ろうとしていた。
悪魔祓いの男が領主の館についたのは、少女が夜抜けだした日から二日後のことだった。
男が言うには、やはりあの花畑の周辺には何かがいるとのこと。
ただし、人を襲えるほどの脅威ではなく、自分であれば一夜で退治してみせよう。と自信満々で述べた。
領主はその風貌と態度にいささか不安を持ちながらも、彼を頼ることにした。
どうせ駄目だったら、金も払わず追い出せばいいだけの話である。
食事分は損をするが、その分税を課せばいいだけである。
その夜、少女は親たちと悪魔祓いの男とともに食事をする。
体が弱い少女はよく自室で食べることにしていたが、
この日は親にも言われたこともあり、参加していた。
少女が男に感じたのは嫌悪感であった。
顔は美男子のように見えるが、その顔色は決して健康的ではなく、
何かをずっとぼそぼそと言ってるように見えたからだ。
少女は少し食事を行うと、気分が悪くなり自分の部屋へと戻った。
悪魔祓いの男は、領主の娘が危険だと申告した。
悪魔の残滓とでも言うものが、彼女に憑いているというのだ。
花畑の悪魔は決して恐ろしい存在ではない。
だが、もし人を取り込めば力は格段に増すことになる。
悪魔は今の状態では人を取り込むことなどはできないだろうが、もしあれに魅了されたり、
あれに取り込まれることを望めば別だ。
明日にでも退治するべき、そして彼女を絶対に外へ出さないように。
と進言した。
領主は驚きながらも、その進言を受け入れ、少女の部屋の鍵をさらに念入りにしドアには人を立たせるようにした。
次の日。
少女は部屋から一歩も出せてもらえなかった。
今までなら昼間であれば館の中ぐらいであれば歩かせてもらえたのに。
親や従者たちは今日はただ部屋にいろというだけであった。
夜になり、少女はずっと窓を見ていた。
あの花畑が見える。
でも、今までよりはるか遠くに見える。
この前は辿り着けたあの場所が、手の届かない場所にある。
少女にとって本当に辛かった。
もう、寝よう。
今日は良くない日なのだ。
きっと明日には親たちの機嫌も良くなっているに違いないと少女は思い、
床に就こうとする。
(何かが聞こえた…!?)
うめき声のような何か。
微かにだけ聞こえた声。
「タスケテ」と言っているように聞こえたのだ。
あの時黒い靄
少女は居ても立ってもいられない。
だが、部屋の外にでることは出来ない。
暴れても意味は無いだろう。
少女はさっきまで見ていた窓を思い出す。
あそこからなら抜け出せる!
窓は半分しか開かない程度であったが、彼女の体なら何とか抜け出すことができた。
もし、前回こうしていたら窓も開けられないようにされていただろう。
裸足のまま、花畑へ向かう。
少女の全速力で。それは決して速くはないが、彼女にとってはそれが限界なのだ。
花畑にたどり着く。
明かりが見える。
少女は息を潜め、慎重に進む。
昨日の夜いた男が見えた。
何かを言っているようだが、見つからないように隠れておく。
男は館の方へと戻りだす。
少女は男の明かりが見えなくなるまで隠れていた。
火の明かりが見えなくなり、月と星明かりが花畑を支配する。
少女はようやく花畑の中から身を出す。
誰もいない花畑。
それが当然だったのだが、彼女にとってはあの子がいるのだ。
名前も知らない、顔もよくわからない、人間であるかすらわからない子。
でも友達なのだ。自分にとって唯一の。
花畑を歩きまわりようやく見つける。
黒い靄はもう姿が消えそうになっていた。
「なにがあったの!?」
「コワ……キ…エ…」
靄は何かを伝えようとする。
恐怖なのだろう。でも少女には術がわからない。
「私で良ければなんでもするから!!」
少女は靄に触れながら、思いを伝える。
友達を失いたくない、その気持ち一心だった。
「ナン…デモ…?」
靄は震える。
靄は少女の右手を包み込む。
彼女の右手はもう彼女についていなかった。
「なにをするの!?」
少女が初めて感じる靄への恐怖。
靄の右手と思える部分は、いつの間にか手のようなものができていた。
いや、手そのものだった。
「ワタシ…アナ…ヒツ…ヨウ。」
靄は少し話せるようになったようだ。
靄の右手は少女の左手を握る。
少女の両手がなくなっていた。
「いやぁ!!近寄らないで!!!」
少女はようやく気づく、それが危険なものであると。
自分の命が危険なのだと。
だが、体が動かない。
恐怖が自分の体を支配していた。
「ルー…ミア…トモ……ダチ…。」
少女は自分の名前を呼ばれハッとする。
そう、靄は自分の助けを求めている。そして唯一の友達なのだ。
「痛くしないでね…?」
靄は、すでに自分の下半身を取り込もうとしている。
少女に怯える気持ちはすでになくなっていた。
「そうだ、このリボン。大事なものなの。だからもし私を食べちゃっても…それ、つけてほしいの。」
親から誕生日にもらったリボン。
嫌いな親だったけれど、でも親との大切な繋がり。
「ワカッタ…」
靄、いやもう半分以上人に見えるその存在は、少女に約束する。
自分によく似ている気がする。
黒い靄の残りが少女を包み込む。
「ゴメンナサイ…」
それが少女が聞いた最後の言葉だった。
「くそ!!なんて日だ!」
男は悪態をつきながら花畑いや墓場へ戻る。
悪魔を取り逃したもののあの状態であれば、今夜にも消滅するだろう。
あとは、領主の館で酒と美味しい料理でも食べていれば終わる。
楽な仕事だ。
領主の娘が行方をくらましたなんて話さえなければ。
彼女は悪魔の残滓がついていた。
おそらく、悪魔に出会ったことがあるのだ。
最悪の事態が男の脳裏に浮かぶ。
もし、彼女が取り込まれていたら?
自分には対処できるかどうかわからない。
このまま、逃げ出してしまうのもひとつの手だったかもしれない。
ようやく、墓場に辿り着いた。
悪魔の気配は感じない。
消え去ってくれれていば幸いだ。
で、娘をとっとと連れ帰り、贅沢三昧だ。
墓場の外れで少女を見つける。
良かった。無事だ。
最悪の事態は免れた。
男は安心する。
「大丈夫か!さぁ、家に帰ろう。」
少女は何も答えない。
男は彼女を背負い、館へと戻ろうとする。
男は気がついてなかった。
自分に最悪の展開が訪れようとしていることに。
「ねぇ、おにいさん?」
少女は男に尋ねる。
声を出してくれたことにホッとしながら返答する。
「なんだい?早く帰ろうじゃないか。」
帰れば全て終わるのだ。こんなろくでもない夜はとっとと終わらせたい。
その刹那、男の視界が闇に包まれる。
「おにいさんは…。タベラレルニンゲン…?」
東方二次の短編です。
機会があれば、リグル編も書きたいかなとか思っております。