お祝い企画 人気キャラランキング結果発表 七個目
「南雲さんが……交通事故に遭ったそうです」
僕は慌ただしく、冷静さを失ったメイド長から受け取った話を聞いて、肩を落とした。
「そんな……」
こんな短い言葉で感想を終えた。
もっと詰め寄る質問があるはずなのに、たった三文字の言葉で僕を抑えこんだ。
「信じられないかもしれません。ですが、本当のことなのです。現在は大学病院で緊急手術を受けておられます。向かいますか?」
息を整えたメイド長の口調は元に戻っていた。
僕は感情のなくなった声で「ああ、頼む」と車の要請を求む。
返事を聞き、メイド長はいつもと多少の差異を見せた足取りで部屋を出ていく。
今日、彼女は両親に会いにいくと外出の許可を取って出かけていた。そんな矢先だったらしい。
どうせ大した怪我じゃないはずだ。
そういうふうに思うことで肩の重さを軽減させた。
早くいつも通りの彼女を見たい、僕に見せてくれる笑顔が見たい。こんな他人行儀な気持ちばかりが脳内を埋め尽くしていた。
僕に非はない。
そうだ。僕は普通に雇い主として、病院に赴けばいいんだ。
雇い主が従業員を心配してなにが悪いという。
僕は一体なにを恐れていたんだ。
――本当にそれだけなのか……?
自分にやましいことをした証拠があるから、動揺しているんじゃないのか?
彼女が僕に気を遣って、部屋に誘われるのを拒まなかったんじゃないか、そう思っているんじゃないか。
それが原因のストレスで交通事故に遭ったんじゃないか。
彼女は誰もが認めるほどのんびりとしていて、どんな人でも優しく接する人。
僕は間接的に自分が悪いことを自覚している。
でも否定しないと彼女と会えなくなってしまう。
彼女の笑顔をもっと見ていたい。
だから、否定したい。肯定なんてできるはずがない。
それが理由。
違うのか――偽装の自分よ。
…………ああ、合ってる。全部。
さすが、本心の自分だ。すべてお見通しってわけだ。
☆
車に駆け乗り、病院までの道のりはおよそ二時間。
そのあいだのことを僕はなにも覚えていない。
メイド長が横から気を遣ってなにかを話していたような気もするけど、内容が頭に入ってこなかった。
着いた病院は、僕が通っている病院より少し小さい病院だった。
けどそんなの今は関係ない。
「メイド長。南雲の病室はどこだ」
「申しわけありません。そこまでは把握しておりませんでした。では私が聞いてまいります」
メイド長が近くにいる看護師に病室を聞こうとする。
しかし――
「その必要はありません」
聞きにいこうとするメイド長を茶髪の女性が制する。
「あなたは」
メイド長の問いに女性は答えず、僕のほうを向き会釈をする。
僕も返すように会釈し、メイド長と同じ質問をした。
「私ですか? 私は――吾妻南雲の母です」
それを聞き、僕は目を見開く。
彼女の母親がここで僕を待ち伏せていた。
どんな理由が待っていようと、僕の未来は変わらないものとなった。
僕は深く頭を下げ、次のことを言う。
「あの、南雲さんは……」
僕の言うことはもっともだ。
母親は「はあ……」と息を吐き、一歩二歩と僕と距離を取る。ハイヒールから響く足音が止まり、振り返る。本当にこの人から南雲が生まれたのかを疑うような目で僕を見る目は冷酷でそれはまるで――
「身体に大した傷もなく二、三日で退院できるらしいです」
「それはよかった」
僕は安堵した。
今からでもその場でへたりこみたいぐらいだ。
「でもね」
母親がまた僕の近くまで来る。
腕を組み、目を細める。まるで、怜悧なナイフのように。
そして、頭を指した。
「頭を強く打ったらしく、一部だけ記憶障害があるらしいわ。まあ日常生活に支障があるわけでもない。おそらくは一時的なもの。そう言われたわ。これが差す意味、わかる?」
僕は喉を鳴らした。
脳裏に浮かぶ次の言葉。
人間、悪い予感だけは無駄に撃っても当たる。なぜだろうか。僕の撃った弾はまたしても外すこともなく、
「『あなたの屋敷で働いていたこと』これだけが綺麗に忘れていたわ。何度尋ねてもあなたのことも従業員の顔や名前もそこまでの道のりも全部『元よりなかった』ようにね」
となりで聞いていたメイド長も驚きを隠せず「あの、私……外で待っていますね」と早歩きで病院から出ていってしまった。
僕が驚愕に満ちた顔で絶句していると母親は、続けた。
「私ね。なぜあなたの屋敷のことだけを綺麗に忘れているのか、これにはきっと理由がある。と屋敷に電話をさせてもらいました。そしたら、メイドの一人にこんな話を聞いたわ」
僕がハッと身体の力が入ると母親が「図星ね」と目つきが一段ときつくなる。
「心当たりがあるようね。私ね。あの娘がここの屋敷の面接を受ける時、あなたの身の回りのことを調べたわ。そしたらどう? あなたは大変な好青年らしいじゃない。だから、南雲も大丈夫ね。そう思って了承したわ」
僕の心がどんどん落ちているのがわかった。早く底に着くのを待っているように。
それに母親も気づいているらしく、たまに哀れに似せた表情をする。
でも情けは不要。
母親は続ける。
「あなた。毎日のように南雲を部屋に連れこんでいたらしいじゃない。これは本当なんですか?」
母親の顔を直視することができなかった。
僕は下を向いて答えた。
「本当……です」と。
パシン、
瞬間――
僕の頬に痛覚が走った。
少しよろめき、でも倒れこまないように踏ん張った。
「あなた、自分がなにをしているのかわかってるの」
「……わかっているつもりです」
「メイドたちに聞きました。あなたが毎日南雲を不純な動機で連れこんで手を出していると、本当なんですか」
僕はなにも答えなかった。すべて事実だったから。
手は出していない。
けど、そんなの信じてくれるはずない。
男女が同じ部屋にいる――これだけで信用性は皆無に等しい。
「無言ってことは、メイドたちの証言は全部本当のようね。もう――」
母親がそこまで言った時、僕の胸の奥がズキンと跳ねた。
俯かせていた顔を上げ、母親と目線がぶつかる。
「南雲に近づかないでください」
つづく
次回の更新も遅れます。すみません、本当に……
友城にい