四十一・九・七 中野家の一族 後編の終わり編~現社長義父編~
四十一・九・七 中野家の一族 後編の終わり編~現社長義父編~
時間を戻し、本筋である四子の話をしようと思う。
高校を卒業後した年の冬、待望の第一子が誕生した。女の子だった。その三年後には第二子を授かり、女の子に恵まれた。
――ここまで行くとおわかりいただけると思うが、中野家は圧倒的に女の子の家系だ。初代の兄弟や親戚も自分以外女の子だったらしい。
四子の姉ら三人も、計八人の子宝に恵まれたが、全員女の子である。血は操れない。だからとどの父母も、ぞんざいな扱いはしなかった。
中野家の教えでもあったからだ。
理由は大きくないみたいだが、一族内の孤立を嫌ったとか。
四子も例外ではなかった。
が、それを抜きにしても四子は、我が子や親族の子だけでなく子が大きくなると同学年の子たちを家に招待し、皆可愛がっていたほどの子ども好きなことで今も健在だ。
男の子たちの初恋泥棒とも呼ばれていたと聞く。
ぼ……夜夏や姫夏も幼少期に遊んでもらったことはたくさんある。とても無邪気な人だ。
四子は二代目の仕事先に同行することも多かった。
出張先での会合のほかに、二代目が単純に絶世の美女の四子を自慢したかっただけというのは有名な話。これのおかげで商談が成立したことも多々あるらしい。
あとは、ってフレーズを使うと軽く思われるかもしれないが、四子における最大の功績が、毎週行われている商品開発のプレゼンテーションの最終審査官だ。
とはいえ部外者。直接会議に参加していたわけではなく、別室で月一の頻度で判断を下していたという。
知っていた者は片手で数えられる人間だけだったみたいだが。
だがしかし、知識や経験がなくともやはり父譲りの『感性』はピカイチで。八割強で人気商品を言い当て、損益は最小限に抑えていたらしい。
現社長が就任するまで、そんな責任ある役を一任していた四子が、第三子、つまり現社長を妊娠したのは第二子から五年後のことだった。
何年ぶりだろうか。
初代はとうに八十を超えている。
それぶりとなる『男の子』の誕生だった。
名前は「皆夏」と名付けられた。由来は文明開化からだ。
男児誕生の吉報は、瞬く間に中野家一族全員の耳に入り、驚かした。おまけにそれが社長の嫁が生んだのだから尚更、衝撃が大きく広がった。
物珍しさとありがたさからか、毎日のように親族が訪ねてきた。お宮参りや七五三あたりまで大変だったらしい。
当の四子はというと、寸分変わらず特別扱いなんて決してせず、上二人と平等に愛し育てた。
年月が流れ、皆夏が十九になる春。大学進学と同時期に父に告げた。
〝社長を継ぎたい。だから仕事も立ち振る舞いもそのすべてを教えてほしい〟
泣くほど嬉しい申し出だったが、二代目はすぐに首を縦に振らなかった。前述した通り、経営状態が芳しくなかったのもあったのだが、なにより皆夏の可能性を潰したくなかったからだ。
とりあえず、もし大学を卒業しても今の気持ちに揺らぎがなかったのならもう一度聞かせてほしい、とだけ伝えた。
しかし皆夏の決心は想像以上に固かった。
決意表明をした翌日には父の勤務する本社に赴き、手伝いという名目で社長の仕事をやり始めた。
継ぐかどうかの判断はとにかく、二代目も出し惜しみはせず丁寧に教えた。大学の講義やレポートの合間を縫っての習得だったが、人並外れた吸収力と初代を思わせるような知識を応用した奇抜なアイデア力。
就任する半年前には、業務の九割はこなしていた。
社内もすっかり歓迎ムード一色に染まる。
ちょうど同じころに相手方の懐妊を機に入籍と挙式を執り行った。のちの姫夏である。ここまで順調そのもの。
社長就任後、第二子を望むことも自然な流れ。
――だったのだが。
母上が妊娠することはなかった。
まずは、サブタイトルの悪あがき感をお許しください。当初の予定よりかなーりずれこんだ結果です(計画性)。
内容の方の大筋は書く前に決定していました。今回の話で描かれた中野家は代々「95%ぐらいの割合で女の子が生まれる」
姫夏の父、三代目の名前を出した理由は「一族の一貫性を持たせる」ためです。明記はしていませんが、名前の夏を「なつ」と読ませると「あなたを一族は見放さない」の想いをこめ、「か」と読ませると「あなたを一族は支えます」と意味合いが変えてます。
詰まる所、三代目の皆夏は生まれる前から運命が決まっていたみたいな感じになります。嫌ですね。
来週の更新で中野家の一族のお話は終わりです。長くしすぎました。今年も残す所9日。一番近くにある日常は、来年の更新はおそらくないです。代わりではないですが、新作を鋭意準備中です。開始した際はお読みいただければ、幸いです。
その前に短編でも書きたいな、とか。
では、また来週(この挨拶好き)
友城にい




