四十一・三 中野家の一族 前編~中野グループの歴史編~
四十一・三 中野家の一族 前編~中野グループの歴史編~
本編に出すタイミングがなく、この先もおそらく出てこないので。
前話四十一で触れた中野グループの歴史。そして家のことについて説明しようと思う。
気にならない方はスキップしてもらって大丈夫です。
本編とは無関係の設定です。
まずは会社概要。
中野グループは今年で創設九十周年を迎えた大正から続く大企業だ。看板商品は初代社長が一から開発し、生みだしたと言われる大人から子どもまで老若男女に長年愛されている清涼飲料水だ。
が。今日日、飲料のみでここまでバカみたいな富豪になるのは現実離れでしかないだろう。
中野グループは、飲料のほかにも何個かのブランド、宿泊リゾート、学校の経営、そして提供も積極的におこなっている。
たとえば牛。もっと広く言えば畜産を手がけている。
そう、ランキング回に登場した『中野牛』もその一つだ。とはいえ、あくまでも中野牛は今も販売等していない。義父が主催するパーティーなどでしか出されない特級ブランド牛となっている。
世に展開しているのはもっと質の高い黒い牛だったり、脂身を絞った豚だったり、馬やニワトリなどのお肉の主役。に加えてヒツジ、ヤギ、ウサギなどのお肉を含めた毛皮を活用したアパレル経営もやっている。
元々は初代が社長を退き、会長職に就いてしばらく経ったあとに独断で始めた事業だったと聞いているが、これも大当たり。二代目の不安を解消する結果となった。
二代目が主に力を注いだのは、スポンサー・CM契約による広告戦略だ。
時は70年代。空前のテレビブーム。社会現象を起こしているドラマなどに自社製品を登場させれば飛ぶように売れだした時代だ。
日本人を中心にトップアスリートのユニフォームにロゴを入れてもらい、スタジアムの看板に売れ筋商品や新発売の飲料に人気芸能人を起用し、デカデカと大々的な宣伝活動で定番を確立させた。
これもどうやら会長のアドバイスだったらしいが……。
と、中野グループも安泰のように思えたのだが、所詮は会長におんぶにだっこ状態。会長は高齢だったこともあり、この世を去ると数年もしないうちにバブル崩壊の波を直接的なダメージは受けなかったものの経営が傾きだした原因にされてしまった。
まあ、二代目(祖父)は初代が気に入っていた部下を婿養子として迎え、後継者に選んだだけだからな。負い目として責任を感じていたのだろう。
それでも三十五年社長を務めた祖父(現会長)を僕は少なからず尊敬できるが、失敗だったとボヤく役員も多い。
なぜ婿養子に継がせたのかは、あとで話すとして。
で、今の社長――最高責任者が二代目の息子だ。
今年で十八年。二十六で社長に就任し、直後に父になった。結婚相手(義母)は幼なじみの人だと言うから当時かなり誠実だ、と話題になったらしい。
ビジネスの腕もたしかで、幼少期から培われた知識と感性、決断力を武器に次々と改革案を打ちだし、今から六年前ついに全盛期の最高年商を十倍更新させた。
これにより、見事、世界長者番付のランキング入りを果たし、現在は二十位以内らしい。けっこうな額の資産ヒメが使いこんでそうだけど、よく怒らないな……。
後編は少々お待ちください。個人的にはここの部分を紹介したかったのに、なぜか進んでおりません。すぐ出します。
友城にい
追記
最高年商は5兆円のつもりです。全盛期はおそらくバブル期かと。個人資産は10兆円程度。ヒメが使いこまなければもっと上だったのかもしれません。




