露見
長さで更新速度の遅さをごまかそうとしているのが、バレバレである。
「――汐宮さん! 好きです付き合ってください!」
祥子は昔から、人付き合いが得意な方では無かった。
だが、友人は居た。多くは無くとも、彼女を理解してくれるよき親友たちだ。
今でこそ同級生から、『目つきが怖い』などと遠巻きにされている祥子だが、昔は、そのようにされることは無かったのだ。
問題が出始めたのは、小学校高学年ぐらいになったころからだった。
「ご、ごめんなさい、わたし、まだそういうのわからなくて……」
切欠は、当時のクラスメイトの男子から受けた告白だった。
当時から社交性に優れているとは言えなかった祥子は、その告白を丁重に断った。
――それが祥子の受難の始まりだった。
まず、祥子に告白してきた男子が問題だった。
ジュニアサッカーチームに所属し、学級委員長を務める――モテる男子の見本のような男子だった。
そして、そんな彼が祥子に告白してフラれたという話は、一瞬で広まった。
早速告白された次の日、登校したばかりの祥子は、席についた瞬間、女子に取り囲まれた。
「汐宮さん、何で○○君のことフッたの?」
まず、一番気の強い女子に詰め寄られる。
それに対して、そもそも他の女子が何故告白の件を知っているのか、理解できない祥子は黙りこくるしか無かった。
「はっきりしなさいよ!」
「ひゃっ!」
うつむいたまま黙る祥子に追撃するかのように、最初の女子の友人が机を叩いて威嚇してくる。
机に載せていたランドセルが落ちるほどの衝撃に、祥子は大きくひるんでしまう。
目尻に涙が滲んできた。
それでも、耐えなければ。と、祥子はこらえようとする。
だが、間髪入れずトドメの一撃が飛んでくる。
「汐見さんって、いっつもそうよね。何だかずっと怯えたフリして、男子にこびてて。私あなたのこと大嫌い」
そのセリフを聞いて、祥子はようやく顔を上げた。
そして、自分を取り囲む女子たちの表情を、そのときまで、まともに見ていなかったのがわかった
怒り、嫉妬、嫌悪――そして、自分を嫌いだといった女子の、卑屈な笑顔。
それを見て、祥子は世界がひっくり返る感覚を覚えた。
……その後のことを、祥子はよく覚えていない。
ただ、その時ある決意したことは覚えている。
―――怯えていても、それを表に出さない。
不安な時は、周囲を睨み威嚇する。追い詰められた時は、キツイ言葉で相手を遠ざける。
そんな小動物のような習性を身につけた祥子は、中学、高校一年、と同じ失敗を繰り返すことはない。
――同性でも、信用に足るか見極めてから。異性など、以っての外。
しかし、それなのに。
どうして、自分は倉内相馬のことが、好きになってしまったのか。
「――ちょっと、汐宮さん聞いてるの?」
こうなることは分かっていたのに――。
◆
「昨日倉内くんと一緒に帰ってたけど、どういうこと?」
怪物と遭遇した次の日、祥子はいつも通り学校に来ていた。
一晩中、相馬や雫と話し込んで寝不足な彼女を待っていたのは、かつてのトラウマを彷彿とさせる、クラスメイトの女子たちの手厚い歓迎だった。
「どういうことって、聞かれても、ねぇ……?」
窓を背にしながら、祥子は苦笑した。
――あれから数年、高校生になった祥子は、流石に女子に取り囲まれた程度で泣きはしない。
人数も、小学生の時は十数人程だったが、今回は半分にも満たない、たったの三人だ。
……教室に入ろうとした瞬間、突き飛ばされたのは流石に驚いたが。
「もしかして、付き合ってたりするワケ?」
「それはないから」
「じゃあ、好きなの?」
随分と遠慮がない、と思った。
今こうして、祥子に詰め寄る女子たちは、いつも『汐宮さんコワイ』と言ってくれる人たちだ。
それは祥子にとって喜ばしいことなのだが、今の彼女たちからは、そう言っているときの面影はない。
女の嫉妬か、それとも祥子のメッキが剥がれてきたのが原因か。
理由はおそらく後者だろう。
「早く、答えなさいよ。相馬くんのこと狙ってるの?」
そう思うと、少しだけ腹が立つ。
祥子に対する、『汐宮さんコワイ』のイメージが薄れてきたとすれば、それは間違いなく倉内相馬が原因だから。
頑張って作ったキャラクターを崩されたのも相馬のせい、今女子に威圧されてるのも相馬のせい、授業やバイトに集中できないのも相馬のせい、少しだけ恥ずかし妄想をしてしまうのも相馬の――。
――というか、何を考えているの、私はっ……!
「ちょっと、聞いてんの?」
そんな女子生徒の声は、もう祥子に届いていなかった。
祥子の思考は、そのままどんどん加速していく。
――そもそも、何であんな話を聞いたり、あんなことがあったりした後なのに、こんな乙女全開の思考回路をしてるのかな、私は。雫さんから『ヴォイド』とか、『姫巫女』の話をせっかく聞いたっていうのに、もっとそのことへの対策とか、倉内が怪我しないようにどう動くべきか、とか。あぁ、そう言えばあの時は、『ヴォイド』に驚いてばっかりだったけど、倉内カッコよかったなぁ……ってそうじゃなくて。
自分に詰め寄る女子達のことも忘れ、祥子の思考ともいえない思考は、結論を出す気配もなくどこまでも暴走していく。
「……ちょっと、ヤバイんじゃない」
「アタシ、止めとけって、言ったからね」
「はぁ!? 何よ、責任逃れするつもり!?」
「ちょっと、止めなって――」
「大体、アンタが言い出して――」
トリップした祥子を見て、女子たちは何を勘違いしたのか、責任の押し付け合いを始めた。
被害者はトリップしてうわの空。加害者は混乱して言い争い。それを見ている野次馬たちも更にざわめき立つという、実に奇妙な状況が出来上がっていた。
「――騒がしいわね」
高圧的な、しかし、綺麗な響きの声がその場に響き渡った。
トリップしていた祥子も、言い争っていた女子たちも、ざわめき立っていた野次馬たちも、一瞬で沈黙し、視線を声の主の方へと向けた。
全員の視線が集まる中心、そこには制服を着た女子が一人立っていた。
何故誰も、そこに立っているのか気付かなかったのが、不思議なくらい美しい少女だった。
視線を受ける彼女は、楽しそうに自身満々な笑みを浮かべている。
「こちらの人間は、いつもこんな風に騒がしいのかしら」
その黒髪の少女は周囲に問いかけるように続けた。
「――あなた達、私のカレがどこに居るか、ご存知ないかしら? とても素晴らしい方ですもの、誰も知らないということは無いはずだわ?」
◆
「――それじゃ、俺は学校に行ってくる」
双葉荘の門前で、つま先を地面について靴の踵を整えながら、相馬はミースティアに告げた。
「あぁ、行って来い。腕の調子は問題ないか?」
「大丈夫だ、昨晩も言ったとおり、しっかりくっついてるよ」
ミースティアの問いに対して、相馬は左肩を回しながら答えた。
昨晩、ドラゴンの一撃によってちぎれた彼の左腕は、何事もなかったかのようにくっついていた。
「相変わらず、魔法ってのは便利だな。傷跡もさっぱり残らない」
「便利とは言え、限りがある。魔法具は貴重なんだ、君が勇者だからあんな湯水の如く使うことが許されているんだぞ」
「俺だって、エーデリア国民の平均年収分を、一晩で使い果たすようなことはしたくない。それにちぎられたくて、千切られたわけじゃない」
「……そうか、それならいい。私は、今日学校には行かないから、祥子のことは頼んだ」
「あぁ、分かった」
相馬がそう返事をすると、ミースティアは双葉荘の中に入っていった。
そして、相馬も学校に向けて歩き出した。
◆
貴藤高校は、双葉荘から徒歩で行ける距離に存在している。
昨晩祥子と共に歩いた道を、相馬は一人歩いていた。
朝とはいえ、高藤学園の始業時間を考えた場合、現在は遅刻ギリギリの時間帯だ。民家が少ないことも相まって、相馬以外の生徒の姿は、あまり見られない。
――思ったより、静かなもんだ。
田舎暮らしの相馬は、都会の朝は騒がしいというイメージを抱いていた。
車も殆ど走っておらず、人通りも少ない。
――騒がしいのが好きなわけじゃないがな。
大体、通学路は静かでも学校に着けば、すぐに騒がしくなるだろう、と思いながら歩いていると、相馬のポケットから、携帯電話の振動が鳴り始めた。
ポケットから取り出し画面を確認すると、表示されていたのは、今さきほど別れたばかりのミースティアの名前だった。
「――もしもし?」
『もしもし? 聞こえるかい?』
電話にでると、聞こえて来た声は当然ミースティアだった。
「何の用だ? 知っての通り、俺は登校中なんだが」
『歩きながらでも電話は出来るんだろう。そもそも、それがこの携帯電話の利点なんだろうに』
「ただ、電話をしてみたかった。――なんて理由だったら今すぐ切るぞ」
相馬が言うと、電話口から大きなため息が聞こえた。
『まったく、君はつれないな。せっかく人が慣れない機械に挑戦してまでお喋りしたがっているというのに』
「コンピュータを使いこなしている異世界人が、慣れない機械だの何だの、よく言えるな。さっさと用事を言えよ」
ミースティアの冗談めかした言い方と、最近多くなってきた彼女との、この周りくどいやりとりに、相馬は辟易していた。
冗談を言うのは、以前からだった。しかし、地球に来てからというものの、彼女は相馬に対して、話題を中々切り出そうとしない。
『――ただの雑談だと言ったら、どうする?』
「だとしたら、切る。……大体、そんなことを言ってる時点で、ただの雑談じゃないんだろう。最近、お前はダラダラと話を引き伸ばしすぎる」
『まぁ、確かにただの雑談じゃないな、むしろ、説教と言っても過言じゃないな」
「説教?」
「あぁ、そうだ」
「昨晩のことか? 魔法具の浪費については、今後気を付けると、さっき言ったばかりだろう」
『違う』
ミースティアの語気が強くなる。
『祥子のことだ』
「汐宮がどうかしたのか、まさか、怪我でもしていたのか?」
『違う、少し黙れ。質問にだけ答えろ』
「……分かった」
ミースティアの荒い語気は、彼女が苛立っているのを感じさせた。
『単刀直入に聞くぞ、クラマ。何故、君は昨晩、祥子と一緒にいたんだ?」
「……何故も何も、姫巫女である汐宮と交流するのは、当然だろう?」
『嘘はやめろ。もう祥子からは聞いたんだ。君は、嫌な予感がするから――そう彼女に言っていたらしいな。どうして、私にはそう言わないんだ?」
「…………」
『本当に嫌な予感がするなら、君は祥子と行動を共にするわけがない。君と一緒に居たら、ヴォイドに襲われる危険性があるというのに』
――現在、地球には、貴藤高校と双葉荘を中心として、大規模な魔法が仕掛けられていた。
トラウムの主要国家群が、多額の資産を投じて用意した大量の魔法道具を、高藤家の力を使い世界中に仕掛ける事で、完成する結界。
その効力は、地球に転移してくるヴォイドの軍勢を全て、相馬の下へ誘導する。
そして、ヴォイドが出現した際は、その周辺に『一般人がその場所を避けるようになる』効力の結界を展開し、一般人にヴォイドの存在を知られること無く避難させる。
『魔法文化の無い地球では、ヴォイドと異世界の存在は、余計な混乱を招く――そう言ってこの仕掛を考案したのは、他でもない君自身だ。忘れたとは言わせない」
「……別に、嫌の予感と言ってもヴォイドに限った話じゃ……」
『先日、わざわざ高藤の爺に、祥子の警護をやめるよう言ったらしいな。彼女が気にしているだの何だのと』
祥子には、日頃から高藤家のSPが、秘密裏に警護を務めている。姫巫女である彼女が、事件や事故に巻き込まれないためだ。そしてまた、双葉荘に彼女が住んでいるのも、高藤家の根回しによるものだ。
『私にウソをつき、警護を外させ、祥子をわざわざ危険な結界内に留まらせてまで、君は何がしたかったんだ?』
「ミースティア、お前は俺を買いかぶりすぎだ。俺はそんなに、四六時中何かを考えてるわけじゃない」
『…………』
ミースティアが一瞬話を止め、そして、今度は穏やかな口調になって、再び話し始めた。
『――百歩譲って、君が祥子を危険な目にあわせたのが、故意ではなく、只の過失だというのなら、そういうことにしておこう。だが、私が聞きたいことはもう一つある」
「何だ」
『クラマ、どうして本気を出さなかった?』
「……どういう意味だ?」
『しらばっくれるな。祥子の前では言わなかったが、あの程度の雑魚に君が苦戦するわけが無いんだ』
相馬の答えを待たず、ミースティアはそのまま続ける。
『――昨晩現れた個体は、ワイバーン級一体。――ヴォイドが恐ろしいのは単体ではなく、集団になった時だ。ワイバーン級一体程度なら、君でなくとも、それこそ私一人でも倒そうと思えば倒せる。はっきりいって、雑魚だ』
「…………」
『答えろ、ク――』
「――それで結局ミースティア、お前は俺にどうして欲しいんだ?」
『……っ、君は……』
急に淡々とした口調になった相馬の台詞に、ミースティアが、悔しげな呻き声を漏らす。
一瞬沈黙し、そして、電話口からまた悲しげなため息を、相馬は聞いた。
『……次からは気をつけろ。最悪、勇者としての特権を君から、全て剥奪する可能性もある。それだけだ』
「そうか、分かった。じゃあ、ちょうど学校についたから電話、切るぞ」
『そうか、それではまた後で、な』
「あぁ、じゃあな」
そう言って、相馬は電話を切った。
携帯で時間を確認してから、
「まだ、時間には余裕があるな」
そう呟いてから、まだ見えない校門に向かって歩く足のペースを落とした。
◆
『あぁ、じゃあな』
電話が切れたことを確認すると、ミースティアは携帯をズボンのポケットにしまった。
「……君は本当に、どうしようもないな」
「――雫さん?」
ミースティアがため息と一緒に、つぶやきを漏らした瞬間、背後から、彼女のもう一つの名前を呼ぶ声が聞こえた。
「双葉か、何のようだ?」
ミースティアが振り返ると、そこには『双葉荘』の管理人である双葉が、放棄を手に立っていた。
日課の掃除だろう。
「何のようだも何も、管理人が住人に挨拶するのは、当たり前のことですよ? それと、私は雫さんよりも年上なんです。いい加減、下の名前を呼び捨てにするのはやめて下さい」
「只の癖だよ。別に君を馬鹿にしてるわけじゃないから、気にしないでくれ」
「まぁ、それについては、おいおい直していただければいいんですけど。そういえば、今日雫さんは学校に行かれなくてもいいんですか?」
「いや、学校には行くよ。ただし、職員としてではなくてね。午後からだから、午前中はゆっくり休むつもりだよ」
言って、ミースティアは背筋を伸ばした。
凝り固まった筋肉から、パキパキと小気味良い音がなる。
「雫さん、昨日は徹夜だったんですか?」
そんな彼女を、双葉が心配そうに見つめる。
「まあね、ただ眠くは無いんだ。双葉、今日は君、空き時間はあるかい? 一緒に何処か出かけないか?」
「あら、デートのお誘いですか?」
ミースティアが問うと、双葉はそれに対して笑みで返した。
「人妻に手を出す趣味は無い。ただ、そのだからこそ意味があるというか、その、だな。――人生の先輩である双葉さんに、相談があるんだ。そのついでに食事でもと思ってね。美味しそうなランチを出す、喫茶店を見つけたんだ」
いつも通り、冗談で返したように見せて、その台詞はミースティアらしからぬ、歯切れの悪い返事だった。
「何の相談ですか?」
「いや、その時になったら話すさ」
「何の相談ですか?」
「…………」
まったく変化しない笑顔に威圧され、ミースティアが、少しだけたじろいだ。
――この場に、クラマが居たら、今の私を見て、驚くか笑うか……おそらく、両方だろうな。
その状況と、その時の相馬の表情を想像して、ミースティアの頬が赤くなる。
そんな彼女の珍しい表情を見て、少しだけ双葉は驚きから目を見開き、そして、さっきよりも嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……言わなくては、ダメ、か?」
「ダメです。先に言わないと、付き合ってあげませんよ?」
双葉はミースティアの、言いたいことに薄々感づいていながらも、イタズラっぽい声音で追い詰める。
「……年上の余裕か」
「なめてると痛い目見ますよ?」
その双葉の言葉で観念したのか、ミースティアは目を閉じて、大きく深呼吸を始めた。
頬の熱を、逃がそうとしているのだろう。――まったく効果は無かったが。
「…………男女の、その、恋愛について、相談しても、いいだ、ろうか」
深呼吸を止め、ようやく絞り出したミースティアの台詞は、歯切れも悪く、声も消え入りそうな大きさだった。
先ほどまで感じていた、苛立ちや悲壮感など、どこかに消え去り、今ミースティアの感情は、羞恥心だけで埋め尽くされていた。
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
そして、
「……ごめんなさい、雫さん。聞こえなかったので、もう一度お願いします」
「…………っ!」
結局この問答は、ミースティアが茹でられたタコのように赤くなり、双葉が幸福の極みのような、満足した笑顔になるまで続いた。
――この出来事を、ミースティア・バレーが他人に語ることは、これから先の人生、一切なかったという。ただ、かけがえのない経験であったと、双葉に対しては感謝したそうだ。