安堵
――祥子が目を開けると、そこには見知った天井があった。
双葉荘の天井だ。
そこで祥子は、布団の上に寝かされていた。
「おはよう祥子、気分はどうだい?」
「雫……さん……?」
ぼやける視界の中に祥子は見知った顔を見つけた。
「自分の名前を言ってくれ、あと年齢も」
「汐宮祥子、十七歳」
「うん、ショックで幼児退行したりはしていないな。それじゃあ、昨晩のことは覚えているかい?」
そう言われて、まだ判然としない意識の下、祥子は昨晩の記憶を掘り返す。
――相馬の冷たい眼差し、空から落ちてきた化け物、そして、宙を舞った腕。
「ひっ――ん――!」
「おっと、あまり大声を出さないでくれ、双葉が起きてしまう」
悲鳴を上げようとした祥子の口を雫がふさいだ。
「彼女は知らないんだよ。配慮してくれ、な?」
そう言って薄く笑みを浮かべる仕草は、祥子が知っている雫だった。
それを見て安堵すると同時に、祥子は不安を感じていた。
「――雫、さん。教えてください、あなたの、知っていること、全部」
雫の手を退けて、証拠はたどたどしく切りだした。
「倉内は、無事、なんですか?」
「……それは――」
祥子の問に対して、雫は言いよどむように俯いた。
その仕草を見て、祥子は自分の息が詰まるのが分かった。
――まさか。そんな不安がよぎる。
「雫さん? 倉内は? あいつは無事なんですか、雫さん! 早く答えて下さい!」
祥子は飛び起きて、雫の肩を激しく揺する。
意識が途切れる直前、祥子は見たのだ。自分を庇った相馬の腕が、怪物の爪によって千切られる瞬間を。
一気に吹き出し彼の血を見て、怪物が目の前にいるというのに、祥子は気絶した。
そんな自分が、こうして五体満足で双葉荘に戻っているということは、一緒にいた相馬も生きているはずだ。
――そう冷静に考えつつも、祥子はやはり不安が拭い切れないでいた。
「…………」
「雫さん! どうして答えてくれないんですか、雫さん!」
確かな答えを知っているはずの、雫は下を向いたまま答えようとしない。
そんな彼女の様子が、ますます祥子の不安を煽る。
それを表すかのように祥子が、雫の肩を揺する力も段々と弱くなり、遂にはその手を降ろした。
「そんな……」
「くっ……くくっ………」
祥子が脱力した途端、それまで無言だった雫の肩が震え始めた。
「くっ……はははははっ!」
震えは徐々に大きくなり、遂にこらえきれなくなったか、雫は大声で笑い始めた。
「雫さん!? もしかして、私の事からかってたんですか!?」
「いや、すまない。クラマのことを心配して焦っている君が、とても可愛らしくて、とても面白かったから、ついふざけてしまったよ」
「こんな時にふざけないでください! 私は真剣に話してるのに!」
笑みを浮かべながらおどけた調子で謝る雫を、祥子は怒鳴りつけた。
「……次は真面目に答えてくださいよ」
そう言いつつも、祥子は心の中では安心していた。
こうやってふざけるのは、彼女の知る、『霧谷雫』だったからだ。
事情を知った祥子に、雫は態度を豹変させるのではないのかと、祥子は不安に思っていた。
あの冷たい眼差しをした、相馬のように。
「――それで、雫さん。本当に倉内は無事なんですか?」
「あぁ、ピンピンしてるよ。治療が終り次第、この部屋に来るように言ってある」
「そうですか、良かった……」
雫の態度から、ある程度は察することができていたものの、改めて言葉で確認して、祥子は安堵のため息をついた。
腕を切り落とされることは、常識で考えれば相当な重傷だが、それについてはあまり心配していなかった。
真っ二つにされても動く怪物を見たあとだ――人のちぎれた腕が元通りになるぐらいでは、驚かない自信が祥子はあった。
………優劣をつけている自分に少しだけ幻滅したが。
「さて、祥子――聞きたいこと、クラマに聞ききれなかったこと、色々あるだろう? 勇者様に代わって、私が何でも答えてあげよう」
向かい入れるように腕を広げながら、雫は言った。
「――同じ姫巫女のよしみだ。どんときたまえ」
表情は笑みだった。
だが、祥子には、いつものように彼女が楽しんでいる風には感じなかった。