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虚無の願いと誓約の勇者  作者: 懺悔
3/7

転入

 普段とは違うざわめきが、教室で上がっていた。

「――倉内相馬です。中途半端な時期からですが、皆さんこれからよろしくお願いします」

「どうして、アンタがここにいるのよっ!」

 相馬が礼をすると同時、教室の後方の席に座る祥子から叫びが上がる。

「汐宮さん、どうしたの? 倉内くんとは知り合い?」

 担任の教師が、祥子と相馬を交互に見て、慌て出す。

 若い女性教師で、経験が浅いせいか、不測の事態に弱いようだ。

「先生は少し黙っていてください!」

 祥子に怒鳴られて、教師の肩が驚きで跳ね、気をつけの体制になる。

 その様子を見て、相馬も、クラスメイト達も少しだけ引いた。

「汐宮、落ち着けよ。どうしても何も、この学校に転校してきたんだから、いるのは当たり前だろう」

「だから、その転校っていうのが信用出来ないのよ!」

「信用も何も、事実なんだから仕方がないだろ」

 そう言って相馬はため息をついた

 彼は今、祥子が通う高校――貴藤《きふじ》高校に来ている。二学期の始めという中途半端な時期での転校生として。

「アンタがこっちに来たのは、昨日のことじゃない! 編入試験はどうしたの!」

「前は、それなりに有名な私立に通ってたんだ。お陰で、書類選考だけで合格だと」

 実際は、編入試験については、書類選考さえ行われていない。

 何故なら、相馬たちの協力者、高藤はこの学校の理事長だからだ。

 つまり、相馬は祥子と接触するためにこの高校に転校してきたというわけだ。

 元々地球の人間である相馬は、当然戸籍が存在する。

 だから過去の経歴もあったのだが、それらに関しては高藤によって、偽装工作がなされていた。

「とりあえず、汐宮さん、落ち着いてね? さて、倉内くんの席は――」

 仲裁に入るようにそこまで言って、担任の顔が急激に青ざめた。

 ――転校生が座るのは空いた席だ。普通に考えて空いているとしたら、窓際列最後尾だ。この教室でも、空いている席はそこ一つだけ。

 一般的にはいい席だ。教師の目も届きにくく、暇な時は窓から外を眺めるのもいい。比較的自由度も高い。

 ただ、例外を挙げるとすれば、隣の席が苦手な相手の時だろうか。

「えっと、倉内くん、……大丈夫、かな?」

 担任が心配そうに相馬を見る。

「問題無いですよ」

 担任に軽く会釈してから、相馬は席に向かった。

 席に向かう途中、他の生徒達からの視線が山ほど注がれる。

 ただその視線も、席に着こうとした瞬間に感じなくなった。

 無くなったわけではなく、ある一つの視線だけ迫力が違い過ぎるのだ。

「……よろしく」

「よろしく、汐宮」

 ――HRはそのままお開きになり、一時限目の準備のために休み時間に入った。

「……どうする、いく……?」

「……でも、怖いし……」

 その間、相馬が窓から景色を眺めていると、周囲からそんな声が聞こえて来た。

 それとなく、視線を向けると、数人の女子やら男子やらが、彼の様子を伺っている。

 その視線は二つの箇所に、交互に向けられていた。

 相馬、祥子、相馬、祥子、祥子、相馬、祥子――。

 交互ではなかった、明らかに祥子を警戒している。

「……ちっ」

 祥子も聞こえたのか、わざとらしく大きな舌打ちをした。

 ……こいつは普段から今のように、不機嫌そうな振舞いをしているのだろうか。

 自分の予想が当たらないよう祈りながら、相馬は再び窓の外を見る。

 ――面倒くさい。

 そして、誰にも聞こえないよう、小さくため息をついた。

     

               ◆


「――ねぇねぇ、倉内くんって、前はどこに住んでたの?」

「有名私立ってもしかして、あの全国に系列校がある、〇〇高校?」

 ――昼休み。

 祥子が友人と連れ立って教室を出て行ったことで、それまで彼女を警戒していたクラスメイト達が、相馬めがけて一気に押し寄せてきた。

 ――正直言って、煩わしい。

 そんな内心を悟られないような作り笑顔をしながら、クラスメイト達からの質問に答えていた。

「うん。家の近くだから、なんて理由で志望校に選んだから、受験勉強はかなり大変だったよ。学校が少なかった、っていうのもあるかな。こっちと比べたら、想像もつかない田舎だったから」

 彼が勇者として異世界に行ったばかりの頃も、こうだった。

 誰も彼も、知的好奇心の赴くまま無遠慮に、根掘り葉掘りなんでも聞いてくる。

 知られている方が悪いかのように、ずけずけと、馴れ馴れしく。

 それを不快に感じつつも、相馬は当り障りのない返事を返していた。

「汐宮さんとはどういう関係なの?」

 何度目とも知れないこの質問に、相馬は呆れを通り越して感心すらしていた。

 ――男子も女子も、正に異口同音って奴だな。

「もし、違ったら、その、よかったら私と……」

 質問をしに来たその女子生徒は顔を赤くして、俯きはじめた。

 その後ろでは、仲が良いのであろう女子二人が、励ますように声をかけている。

 そして、少し待ってから、決心したように顔を上げた。

「良かったら、私と――」

「倉内くん、少しいいかな?」

 顔を真っ赤に染めて女子が声を上げるのを遮るように、闖入者が現れた。

「ミ……霧谷、先生」

 白衣とメガネを身につけたその女性は、ミースティアだった。

 いつからいたのか、気配一つ感じさせなかった彼女の登場に、クラスメイトが静まり返る。

 もちろん作為的なもので、彼女の特技の一つだ。

 それが分かっている相馬は、他に気付かれないよう驚いたふりをした。

「……ぷっ」

 その急な沈黙の中、ミースティアは小さく吹いた。

「――『先生』、か。クラマ、そう固くならなくてもいいだろう?」

「先に『倉内くん』なんて、他人行儀な呼び方したのはそっちだろ。雫」

 硬直する周囲を気にしていない、ふりをしながら、相馬はミースティアと話を続ける。

「公私混同は良くないと思ったが、やはり、慣れないことはするものではないよ。これからも普段通りでいいか?」

 わざとらしく、いつもの笑みを浮かべながら、彼女はそう言った。

 相馬に言っているように見えるが、視線は周囲の生徒達にちらちらと向いている。

「あ、あの……、霧谷先生?」

「ん? どうかしたのかい?」

 先ほど、相馬に話しかけようとした女子に、今気づいたというように――これもまたわざとらしく――ミースティアが振り向く。

「く、倉内くんと、どういう関係、ですか?」

「あぁ、別に大したものではないよ、ただの幼馴染だ」

 そう言いながら、女子生徒に歩み寄る。

「――――」

「えっ――」

 ミースティアが耳元で何かを囁いた途端、女子生徒の目が大きく見開かれる。

 そのまま、女子生徒は硬直してしまった。

「それじゃあ、彼は借りて行くよ。インタビューは、また後日にしてくれ」

 他の生徒達の驚いた様子を、教室に現れた時と変わらぬ微笑みで――心なしか満足気にも見える――相馬の腕を掴んで教室から連れだした。

 彼らが教室を出てすぐの階段を登る寸前、教室からざわめきが上がったのは、言うまでもない。


                 ◆


「――まったく、お前は役者の真似事が趣味なのか? いちいちわざとらしい」

「何だ、それは褒め言葉と受け取っていいのかい、クラマ?」

「あぁ、褒めてる、ものすごく褒めてる」

 適当に相馬が言うと、小さなテーブルを挟んで、彼の向かいのソファーに座るミースティアは「ならよし」と言って、心底嬉しそうに微笑んだ。

「――しかし、アレだな。我らが勇者様は、相変わらず女をたらし込むが得意なようだ」

 彼女にしては珍しく、呆れ顔でため息をつきながらミースティアが言った。

「初日から女子に、『良かったら、私と――』、だなんて君は本当に、どうかしているだろう」

「知るか、俺は何もしていない」

「それが良くないんだよ、クラマ」

 相馬を咎めるように、彼の眉間に指を突きつける。

「君はいつも不機嫌そうな顔をしている――これは本来ならマイナスだが、それでも造形は整っているから、妙に気を引くんだ。加えて他のスペックも高いから、落ちる女は簡単に落ちるんだ。いい加減、自覚しろ」

「だから、知るか。いいから、さっさと本題に入れ、わざわざいらん演出までして、この教室まで連れてきたんだ、重要な話があるんだろ?」

「はっ、重要な話? 何だそれは、そんなもの無いに決まっているだろうが!」

 気持ちいいほどの開き直りを見せて、分からない相馬のほうがおかしいと言わんばかりに、ミースティアは言い切った。

「私は君が女子と親密になるのを、邪魔したかっただけだよ!」

 その発言に少しだけ、相馬の眉間のシワが深くなった。

「お前、よくそれで生徒相談室の教師なんて出来るな」

「ふん、人と話が出来れば、誰にでも務まる仕事だからよ。それに案外人気なんだぞ、霧谷先生の淹れるコーヒーは」

 したり顔で言いながらソファーから立ち上がり、彼女はコーヒーを入れる準備を始めた。

 ――この貴藤高校にも、ミースティアは当然のごとく潜入していた。

 役柄は、生徒相談室顧問――要するにカウンセラーだ。今しがた彼女自身が言ったように、人と話せれば務まる仕事、要するに生徒が来ない時間帯は好き放題出来て、特に怪しまれることもない、潜入にはピッタリだった。

 その根城である生徒相談室に、相馬は現在連れ込まれている。

「しかし、女子と親密になるのを邪魔するって、俺達の目的にまるっきり反してるだろ」

「もちろん、姫巫女は例外さ」

 ――当然だろう、と続けながら、相馬にコーヒーを差し出す。

 相馬は、その態度に少々苛つきながらも、彼女からコーヒーを受け取った。

 そのまま自分の分を持ちながら、彼女は窓の近くに向かう。そして、窓から中庭の方を眺めつつ続けた。

「――とでも言うと思ったか」

 その発言に、相馬は軽く吹きそうになった。

「姫巫女だろうと関係ない、私は、自分以外の女が君に近づくだけで、ひどく妬ましくて不愉快だよ」

 眉間にしわを寄せながら、本当に不愉快そうに、ミースティアは言った。

「そしたら、何でこの学校にいるんだ。姫巫女の――汐宮とのことを協力するためじゃないのか」

「全く、違う」

 まだ湯気の立つ淹れたてのコーヒーを、彼女は一気に飲み干した。

 そして、一息ため息をつくと、表情をゆるめた。

 ただ、少し悲しげに。

「――なぁ、どうしても祥子の協力が必要なのか?」

 一歩ずつ、相馬の方に歩み寄る。

「私が居るだろう? 君とともに、戦ってきた姫巫女の一人である、私が」

 遂には相馬の膝の上に跨った。

 両腕を彼の首に回し、ミースティアは耳元で言う。

 彼女、ミースティア・バレーも姫巫女の一人だ。

「新しい力なんて必要ない、私一人分の『誓約魔法』があれば、君は十分戦える――いや、勝てるはずだ」

「……無理に決まってるだろうが、半年前の戦いがどれだけ辛かったか――」

「嘘を吐くな」

 普段の彼女とは違う、冷淡さを帯びた声が発せられる。

「君はあの時、目の前の敵なんて意にも介していなかった。 圧倒的な力で敵をなぎ倒し、斬り伏せ、遂にはほぼ無傷で生還した」

「…………」

 ミースティアの顔が、相馬の目と鼻の先まで迫る。

 少し動かせば、唇が触れ合うぐらいに。

「君が力を欲しがっているのは、敵に勝てないことへの不安じゃない。あの時のように『特別』を作って、それを失うのが怖いだけだろう?」

 ミースティアの瞳に、涙が浮かぶ。

「……落ち着け、ミースティア」

「落ち着け? 落ち着いていられるものか、君はこうでもしない限り、話をしようとしないだろう?」

 涙を浮かべた目を、再びすがめてから、相馬の胸ぐらを掴む。

 そして、唇を相馬の唇に押し付けた。

 キスをしながらも、ミースティアの眼は相馬を見据えていた。

「…………」

 時間としては、ほんの一瞬。しかし、ミースティアは名残惜しそうに、長い時間をそうしていたかのようにゆっくりと唇を離した。

 それと同時、相馬の手の甲に、ぼんやりと光る幾何学的な模様が浮かぶ。

 誓約が成立した。

 それが光を失うと同時、昼休みの終了間際を告げる、予鈴が鳴った。

「……教室に戻る」

 ミースティアに背を向けて、生徒相談室を出ようとする。

「待ってくれ」

 相馬がドアに手をかけた瞬間、彼をミースティアが呼び止める。懇願するような声に、足を止めた。

「何だ」

 振り返らないまま、問う。

「何度言えば、君に伝わるんだ? 何度近づけば、君に届く? 教えてくれ」

「…………」

 その質問に、相馬は答えなかった。

 そのまま、ドアを開けて廊下に出る。

 廊下に出ると、他の生徒達は自分たちの教室に、駆け足で向かう最中だった。

 それに倣って、相馬も教室へ向かう。

「――まだ君は『彼女』を忘れられないのか」

 ドアが閉まりきる直前、それが最期に聞こえた。

「……忘れられるわけ無いだろうが」

 そう独り言を呟いたのは、教室の前に辿り着いたのと同時だった。

 席についた後、相馬から少し遅れて教室に入ってきた祥子が、彼を見て顔を赤くして目を逸らした。

 そんな彼女の振る舞いに違和感を覚えつつも、相馬は見なかったふりをして、窓から空を見上げた。

 そこにはもちろん、いつか彼が彼女と見上げた空は広がっていなかった。


                ◆


 丘の上、斜面に腰掛けて星空を見上げながら、少女が歌っていた。

「――何を歌っているんだ?」

 少女の背後から、少年が――相馬が声をかける。

 少女は振り返り、

「――邪魔しないでください」

「…………何を歌っているんだ?」

 呆れ気味にため息をつきながら、相馬は少女の隣に座った。

「歌です」

「……そういうことじゃない」

「――平和と豊穣を祝う歌だそうですよ。来月のお祭りで歌うそうです」

「そういえば、リーゼロッテに借りた本にも載ってたな。聞いたことのある歌詞だと思ったんだ」

「気楽なものですよね? 明日には世界が滅ぶかもしれないというのに」

「そんなものだろう」

「まあ、実際のところ、今私の隣に座っている勇者様が、不安を微塵も感じさせないせいでしょうけどね」

「不安がってどうする? 勇気がある者、と書いて『勇者』だ。何も間違っていないだろう?」

「何をマトモなふりをしているんですか。どうでもいいだけなくせに」

「…………」

 少女の皮肉めいた口調に、相馬が沈黙する。

「……何をニヤニヤとしているんですか?」

「いや、変わったもんだな、と思ったんだ。初めて会った時から、な」

「何が、『から、な』ですか。柄にもなくカッコつけて」

「そういうところだよ、ミースティアやらリーゼロッテから、妙な影響受けすぎだろ」

「嫌いですか?」

 少女の声色が少しだけ変わった。

 不安で震えているようにも聞こえる。

「こんな私は嫌いですか?」

「――急にどうした?」

「嫌いですか? 答えて下さい、最後かもしれないんですから」

「……馬鹿なことを言うな」

「だとしても、最後じゃなくても、答えて下さい」

 その問に対して相馬は、

「…………」

 何も答えなかった。

 二人の間に、沈黙が流れる。

「――まあ、いいです。がっかりな結果なのは予想通りですから」

 呆れ気味に微笑みながら、少女は立ち上がった。

「それでは、クラマ様。また明日」

 そう言って、少女はゆっくりと丘を降りていく。

 先ほど歌っていた歌を口ずさみながら。

 腰まで伸びた黒い髪は、夜の闇の中でも艶やかな光を帯びている。

 一歩進む毎に小さく髪が揺れているのがわかる。

「…………」

 相馬はその背中を、ただ見つめるだけだった。


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