紹介
ミースティア・バレーという女性について、知っていることを、相馬は適当に整理をしてみた。
彼女は異世界『トラウム』に存在する国家の一つ、『エーデリア』において、国軍諜報部所属の少佐を務める人物。
特技は、変装、偽装、潜入、隠蔽、幻覚魔法など、正に諜報員としてうってつけの人材である。
そして、一年前、相馬の目の前に現れ、彼を勇者として、『トラウム』に連れて行った本人だ。
相馬がこちらに戻る何週間か前から、その姿を見かけることがなかったが、どうやら一足先に『霧谷雫』という偽名で、このアパートに潜入していたようだ。
相馬の転移先が、このアパートの軒先だったことも、これが理由だったのだろう。
「――大変だったんだ、右も左も分からないこの地球で、警察の職務質問を受けないように協力者や『姫巫女』を探しだすのは」
唇をすねたように尖らしながら、ミースティアは相馬に文句を言った。
見た目通り、相馬より幾分か歳上のはずなのだが、その仕草はまるで子供のようだった。
相馬が先ほどの二人相手に比べて、少々態度が大きめなのも理由かもしれないが
「それはご苦労だったな、事前に言ってくれればもっと良かったが」
「そうだろう、そうだろう! もっと褒めてくれ!」
少々皮肉が混じった、相馬の褒め言葉に、気づいていないからなのか、それとも気づいていないふりをしているだけなのか、ミースティアは誇らしげに胸を張った。
異世界でも、プレイベートでは、相馬が知るかぎりは基本、彼女はこうだった。そのせいで、相馬にとってミースティアが、『凄腕諜報員』として活動している姿は、あまり印象に残っていない。
「もっと褒めてくれ!」
「……お前、どうやって情報収集してたんだ? 人に聞いて回るなんて、こっちの都会じゃ、まず不可能だぞ?」
子供のように胸を張るミースティアを無視して、相馬は話を進めた。
「流石にそれはしないさ。そこはほら、君に以前聞いていた『アレ』を使ってな」
そう言って、ミースティア示したのは、部屋に一台だけ置いてあるノートPC。どうやら、情報収集はインターネットで行っているようだ。
「どうやって手に入れた?」
「ああ、事前にこちらの協力者に連絡を入れておいたんだ。その人物は、以前から何度かコンタクトをとれていてね、明日にでも、クラマには会ってもらおう」
異世界にいた時もそうだったのか、ミースティアは相馬のサポート役らしい。
事前に聞かなくても予想はしていたのか、相馬は慣れた雰囲気で、事務的に質問を続けた。
そしていくつかの質問を終えた後、一度ため息をついてから、彼はもっとも重要な話をすることにした。
「――本題に入ろう、ミースティア。今日、俺がこちらに戻って来るまでに、『姫巫女』は何人見つかった?」
勇者としてトラウムに呼ばれた相馬だが、実際のところ、彼個人の能力は常識の範疇を超えてはいない。
彼を勇者たらしめる、唯一にして、絶対の個性――それを使うための条件が『姫巫女』だ。
その名の通り、女性のことだ。彼女たちの存在も、勇者やヴォイドと同じく、『予言の書』に記されていた。
全部で八人予言された彼女達は、相馬がヴォイドを撃退した時は、四人しか確認されていなかった。
ヴォイドの地球侵略記述発見に際し、残りの四人も地球に居ることが確認された。
「その件に関しては、良くも悪くも微妙だな。今のところ、場所も名前も、特定できているのは一人だけだ。何分、姫巫女は勇者やヴォイドよりも、記述がひどく曖昧だ。個人が特定しづらいのは、君も知っているだろう」
「一人居れば、当面は問題ない。リーゼロッテ達がこちらに来るまでの時間稼ぎには、問題ないだろう」
世界間での転移は、時間も労力も多大に浪費する。姫巫女が居なければ、能力を使うことが出来ない相馬にとって、地球の姫巫女を見つけるのは急務だった。
しかし、一人見つかっていれば、彼の言うとおり問題は無かったはずなのだが――。
「『良くも悪くも』って言うのはどういう意味だ?」
「先程までは、ただの良い知らせだったのだが、ちょっと事情が、今さっき変わった。こちらの人と私達とは、少々感覚が異なるらしい」
「重ね重ね聞くが、どういう意味だ?」
そう相馬が聞くと、ミースティアはバツが悪そうに笑った。
「さっき、下で君を睨みつけていた、黒髪の子が居ただろう? 彼女――汐宮祥子が、姫巫女なんだ」
「……確かに、面倒だな」
姫巫女を見つけるだけでは、相馬は力を使うことが出来ない。彼と姫巫女の間で、お互いに同意する必要がある、行為をしなければならない。
相馬自身は、それに対して抵抗は薄いのだが、きっと彼女――祥子はそうでないのは明らかだった。
「だから、微妙なんだ。私も正直驚いた、リーゼロッテ様に転移先をこのアパートにするよう連絡したが、まさか軒先で、私よりも早く発見されるとは思わなかった」
「それについては、服をこちらに合わせてなかった俺も悪かった。予定はある程度立っていたのか?」
「あぁ、本当はもっと穏便に顔合わせを行うつもりだった。合わせて、その後のプランも立ててはいた。だが、第一印象で失敗したのは、本当に痛い」
そう言ってミースティアは、軽く爪を噛んだ。
その仕草に、彼女の完璧主義が少しだけ覗いた。
それを見ながら、参ったと、相馬も心のなかでため息を付いた。『良くも悪くも微妙』というのは本当だった。
初対面の悪印象――それが人間関係の構築を、どれだけ面倒にさせるか、彼は十分に承知していた。
ヴォイドのことを話して、義務感に訴えるという手もあるが、今回の事態は地球の一般人にとって、あまりにも現地味がなさすぎる。
その後二人が話し合った結果、当面は様子を見るという結論に至った。
「……そう言えば、俺の部屋は? まさか、お前と同じじゃないだろうな」
「そのとお――睨むな、拗ねるぞ? 隣の部屋だよ」
「ならいい、とりあえず晩飯にしよう。近くに食事ができるところは?」
時計の針は既に七時を過ぎていた。外も暗くなり始めている。
起きていたら彼女――ミースティアに絡まれそうで面倒なので、という理由で、相馬は早く寝ることにした。
「食事は、外ではしない」
先ほどの言葉通り、拗ねて口を尖らせていたミースティアが答える。
「ん? じゃあ、この部屋か? お前、料理なんて出来ないだろう、食材もないだろうし」
「このアパートでは食事は一階のダイニングで、入居者が揃って食べることになっているんだ」
「……時間をずらすのは?」
「もちろんダメだ」
相馬の顔が苦々しげに歪む。
その顔を見たミースティアがいたずらっぽく、楽しそうに微笑んだ。
「どうした勇者様? 早く食事にしようではないか」
――相馬はこの時、彼女が居て安心したことを、誰にも言わないと、心に誓った。
◆
「……ふっ、ふふふっ……」
「いきなり思い出し笑いをするな、気色悪い」
次の日、相馬とミースティアは、共にある場所を訪れていた。
「いやぁ、すまない、でも昨日の君は、本当にケッサクだったよ……。あの嫌そうな顔と言ったら! 祥子とまるっきり同じなんだからな」
「……黙れ」
相馬は、隣で爆笑をこらえながら歩くミースティアの頭を、軽くはたいた。
彼女が言っているのは、昨夜の食事の時のことだった。
昨夜、アパートの習慣で、相馬と祥子は、共に食事をすることになった。この時の二人の間は、本人とミースティアが予想していた通り険悪極まりなく、相馬と祥子はにらみ合い。それを見たミースティアは大爆笑をして、管理人は朗らかに見守るのみ。
特にミースティアは、その時の相馬と祥子の顔がおかしかったのか、一日経っても思い出し笑いを続けている。
「で、ミースティア、昨日言っていた『協力者』はここで働いているんだろう?」
「働いている、というより働かせている、が正しい気もするがね。
「どういう意味だ?」
含みのある言い方をするミースティアに、相馬が首をかしげる。
それに対して彼女は、すぐわかる、と適当に返して、首を振りながら言った。
「まぁ木ニルするな、とりあえず女じゃないから、安心したまえ」
「そうか、本当に安心だな」
相馬がそう言うと、ミースティアは苦笑いを浮かべた。
「なんだ? また思い出し笑いか?」
「いや、君の女嫌いは変わらないな、と思って」
相馬の眉間にしわが寄る。
彼とミースティアは、数週間ほど会ってはいない。しかし、それは相馬にとって、しみじみと言われるほどの時間ではない。
そんなミースティアの態度と、『異性が嫌い』という――少なくとも相馬にとっては、的はずれなことを言われて、少々癪に障ったようだ。
「まぁ、いいさ。嫌でもこれからから君は、存分にその女たらしの才能を発揮しなければならないわけだがね。――さぁ、ついたよ」
嫌味を言いながら、ミースティアがあるドアの前で止まる。
「成程、働かせている、というのはこういう事か」
その部屋を見てから、納得したように相馬が言った。
只、それを確認しても特に気負うことはなく、彼は適当にノックをして中に入った。
「――驚きですね、ノックをしたのに、返事を待たないとは」
部屋の中にいた男性は、入ってきた相馬に対して、苦笑いを浮かべていた。
「初めまして、勇者です」
事前にミースティアに指示されたとおり、出来る限りフレンドリーな挨拶を、相馬は機械的に済ました。
「……高藤陽一です」
そう名乗った男性は、少し疲れたように、もしくは呆れたように、ため息をついた。
その視線の先は、相馬ではなく、彼の後ろで、ニヤニヤと半笑いを浮かべているミースティアに向かっているのを見て、相馬は何となく事情を察した。
イタズラの手助けをさせられたことを不愉快に思いつつも、相馬は、高藤のことを観察し始めた。
見た目は純日本風の初老、年齢は四十代といったところ、それでも、就いている職にしてはだいぶ若いかもしれない。
そんな人に不躾な対応だったと、反省しつつも、相馬は謝りはしない。
「…………」
「何か?」
相馬が気づくと、ミースティアに向けられたのと同じ半目が、彼にも向けられている。
「……最近の若者は嘆かわしいものですね、世界の将来が心配です」
「そんなしみじみと未来を憂いていると、また白髪が増えるぞ? 高藤」
遠い目になって、窓から外を見る高藤に、ようやくミースティアが話しかける。
お前が間に立たないと、話が進まないだろう、と相馬は内心で舌打ちした。
「さて、この爺がどういう経緯で我々に協力しているか、覚えているかい、クラマ?」
ミースティアが高藤を人差し指で指しながら、相馬に聞く。
あまりにも不遜なその態度に、相馬は一瞬不安になったが、当の高藤は、穏やかな笑みを浮かべていた。
その表情に、少しだけ相馬は既視感を覚えた。
「百数十年前、世界間転移技術を開発、実験に参加した人物の子孫。実験の際、魔力の大半が消失。魔力の希薄な地球では、帰還できるほどの魔力回復は見込めず、そのまま連絡だけはトラウム側と取れる状態を保って、地球とトラウムとの仲介役を請負う」
「――うん、よろしい。相変わらず、案内役に優しい勇者だな、クラマ。同じ話を何度もせずに済む」
教科書を暗唱したように、ほぼ教えられた通りの説明をした相馬に、教えた本人であるミースティアが、関心したように頷く。
「私が探した勇者は、随分と優れた方のようだ。まぁ、性格に難はあるようですが」
最期の一言が余計だ――相馬の中で、高藤の評価が少しだけ下がった。
――ミースティアによると、相馬を勇者として、予言の書を手がかりに見つけたのは、彼らしい。
だが、相馬は地球にいた頃、この周辺には住んでいなかった。高藤なんていう名前は聞いたことがなかった。
「? 何か?」
「いえ、何となく」
もう一度観察するように、柔和な笑みを浮かべる高藤を見た。
――離れた場所に住む人間を探せる上に、戸籍が無いはずのミースティアがアパートに入居できている時点で、偽装工作もできている。
これだけの能力が、目の前のこの人の良さそうな男性個人に寄るものではないように、と相馬は少しだけ祈った。
「――さて、そろそろ本題に入ろう。話している時間は、もうあまりない。改めて紹介するよ、この爺が我々の協力者、高藤陽一だ。そして――」
急に仕切りだしたミースティアが、いつもの底意地の悪そうな笑みを浮かべる。この顔の時、彼女は大抵の場合、ろくでもないことを考えている。
相馬と、そして高藤もそれをわかっている。二人揃って、苦笑いを浮かべた。
「――キミと祥子をつなぐ、愛のキューピッドだ。これから世話になるぞ?」
◆
その時、自分が何を考えていたのか――相馬はいつまでたっても思い出せないでいた。
「私、あなたのことが大好きなんですよ。知ってましたか、クラマ様?」
そう言って彼女は、いつもの美しい笑みを浮かべながら、彼にキスをした。
二人にとって、とても長く感じられた一瞬だった。
「――愛してます、これからもずっと。あなたの傍で生きられないとしても」
唇を離し、愛の告白と別れを同時にして、彼女は眼を閉じた。