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其ノ四 ~襲イ来ル恐怖~

「はあ……はあ……」


 息を切らせつつ、世莉樺は見上げていた。

 鵲村の廃校となった小学校、笹羅木小学校を。

 雨を浴びながら走ってきたせいで、彼女の制服は濡れきっている。

 茶色い髪が雨水を吸い、世莉樺の額や頬に張り付いていた。


(ここが……笹羅木小学校)


 降りしきる雨の中、笹羅木小学校の廃校舎が、制服姿の世莉樺を見下ろすように佇んでいる。

 何年も人の手が入っていない小学校の校舎――世莉樺にはとてつもなく、不気味に思えた。

 遊園地や学校祭のお化け屋敷が、幼稚に感じてしまう程に。


(……真由)


 しかし、彼女は引き下がるつもりは無かった。

 大切な妹である真由が、この廃校に居るかも知れないのだから。

 彼女の姉として、家族として――世莉樺は、真由を家へ連れて帰る責任を感じているのだ。

 真由がどうして帰って来ないのか、世莉樺には分からない。

 もしかしたら、廃校の中でトラブルに遭い――帰って来られない状況にあるのかも知れなかった。

 手入れも何もされていない廃校、考える必要も無く、危険だろう。

 床が抜けたり、天井が落ちたり――世莉樺が考えるだけでも、様々な危険要素が頭に浮かぶ。


「今、探しに行くから……!」


 本当にこの廃校に真由が居るのか、世莉樺には分からない。

 しかし、彼女は立ち止るつもりは無かった。

 

 こうしている間にも――真由が危険な目に遭っているかも知れないのだから。


「……!」


 顔に張り付いてくる濡れた前髪を払い、世莉樺は笹羅木小学校の校門をくぐった。

 彼女が校庭に足を踏み入れた瞬間、遠方で雷が落ちる。

 


  ◎  ◎  ◎



 笹羅木小学校の入り口は、鍵も掛けられていなかった。

 廃校となった学校と言えども、部外者が校内に無暗に立ち入ることを警戒して鍵を掛ける事はありそうだったが、そのような措置は行われていない。

 電気も付けられていない校内は暗く、数メートル先も満足に見渡せなかった。

 世莉樺は、携帯電話のライトを照らした。

 バッテリーを大きく消費する機能だが、彼女が今何よりも必要な物は、暗闇を照らす明かりである。


(小さな上履き……)


 昇降口を照らし、世莉樺は周囲を見渡す――初めに彼女の目に留まったのは、小さな上履きだった。

 土間に簀子が敷かれており、その側に横長の靴箱が置かれ――そして、周囲に散乱する上履き。

 どう見ても、小学生の足の大きさに合わせて作られた上靴である。


「……」


 持ち主が現れるのかすら分からない、放置された上履き。

 しかし、世莉樺は今、こんな物に気を留めている余裕は無かった。

 片手で携帯を持ち、世莉樺はもう片方の手でメガホンのように口を覆う。


「真由! 真由ーっ! 居るの!?」


 暗い校内に、世莉樺の声が発せられる。

 しかし、返事は無かった。

 ただ、吸い込まれるような暗闇が世莉樺を包んでいるのみ。

 彼女の制服や髪の先から、雨水の雫が滴り落ちる。


(すごく怖いけど……そんなこと言ってる場合じゃない!)


 男でも尻込みしそうな、不気味極まる廃校の暗闇。

 けれど世莉樺は怖気づく事は無かった。

 制服や髪の先から雨水の雫を落としつつ、世莉樺は歩を進め始める。


 土間を上がり、土足のまま校内に踏み入った。

 静寂の中、雨音が校舎を叩く音だけが周囲を支配している。

 世莉樺は校舎一階の廊下を歩く。

 昇降口の側で階段を見つけたが、彼女は一階から順番に探して回る事に決めた。


 携帯のライトを頼りに、世莉樺は手近な教室を順に精査していく。

 一年一組の教室、一年二組の教室、一年三組の教室……どの教室にも小さな椅子や机が粗雑に放置されており、窓ガラスが割れている場所もあった。

 いつ掲示されたかも分からない学級通信は、陽の光に褪せてボロボロである。

 清掃もされていない木目の床は埃が溜まっており、小さな虫が這っていた。


(気持ち悪い……!)


 携帯のライトで照らしつつ、世莉樺は顔をしかめる。

 外観以上に、廃校内部は不気味だった。

 淀んだ空気の所為で、世莉樺は吐き気を催しそうになった。


「真由ーっ!」


 教室から出て、世莉樺はもう一度真由の名を呼ぶ。

 こんな場所に妹が居ると考えただけで、世莉樺は危機感を覚えた。

 

 こんな空気が淀んでいて、不気味な場所に、妹の真由を居させていたく無かった。


(早く、見つけないと……!)


 世莉樺は、一階の他の教室も探して行った。

 給食室と保健室を探した後、他と違って、教室名の記された札が無い教室の前で彼女は足を止めた。


(ここは……?)


 世莉樺の見た所、結構な広さを持つ教室だった。

 真由が居る可能性を考え、彼女はこの教室も調べることに決める。

 部屋の窓に、体当たりをするように雨水がぶつかっていた。

 携帯のライトを左右に揺らしながら、世莉樺は室内を確認する。


 その時――ライトに、顔の皮が剥げた人間の顔が映った。


「ひいっ!?」


 世莉樺は悲鳴を上げた。

 そこにあったのは、紛れもない『死体』だったのだ。

 顔だけでなく、腹部を裂かれ――内臓が剥き出しにされた状態で仁王立ちにされた、人間の死体。

 世莉樺は思わず、尻餅を付く。


「う……いやああああああああっ!」


 制服のスカートが捲れ、世莉樺の白い太腿が露わになる。

 けれど、彼女にそんな事を気にする余裕など無かった。

 彼女は今、自分の目の前にある物が信じられなかったのだ。

 内臓を剥き出しにされた、人間の死体。

 恐らくは誰かに殺され、そのような状態にさせられたのだろう。

 絶命する間際、きっとこの人間は苦痛に苛まれた筈だ。


「はあ……はあ……!」


 世莉樺の心臓が、本人の意思とは関係なく鼓動を早めていく。

 彼女は、口の中がカラカラに渇くのを感じた。

 眼前の光景に、恐怖が溢れ出そうになる。

 肌に付いた雨の雫が、世莉樺は一層に冷たく感じた。


「ふっ……ふう……! ……ん……!?」


 数秒後、世莉樺はふと気付いた。眼前にある死体の、不自然さに。

 蠅もたかっていないし、何時からここに放置されていたかも分からないにも関わらず、腐敗した様子も無い。

 何よりも、その剥き出しにされた臓器の質感に、世莉樺は最も違和感を感じた。


(……じ、人体模型……!?)


 そう、それは人間の死体などでは無かった。

 人間の内部構造を見る為に作られた、人体模型だったのである。

 周囲が暗闇だった為、世莉樺には本物の死体に見えていた。


(……何だ……)


 荒らぐ呼吸を戻しつつ、世莉樺は立ち上がる。

 スカートに付いた埃を払いつつ、胸に手を当てた。

 世莉樺の心臓の鼓動は、まだ正常な速度に戻ってはいない。


(ふう……びっくりした……)


 人体模型の横に置かれた棚には、カエルのホルマリン漬けや虫の標本が置かれていた。


「……気持ち悪い……!」


 世莉樺は忌々しげに呟く。

 彼女は既に理解した。

 人体模型や、カエルや虫の標本――ここは理科室だ。

 世莉樺は携帯のライトを照らすが、教室の中に人の気配は無かった。


(こんな所……早く離れよう……!)


 駆け出そうとした時――世莉樺の足元から、ガサッと言う音が響いた。

 何かが足に当たった感触を覚え、世莉樺は明かりを下へ向ける。


(新聞……!?)


 世莉樺の足に当たったのは、古ぼけた新聞だった。

 思わず足を止め、無意識に世莉樺は印刷された内容に目を向ける。

 その見出しは――。


『笹羅木小学校に通う女児一名、同校の裏山にて遺体で発見される』


 見出しから既に、世莉樺は猟奇的な雰囲気を感じた。

 新聞に書かれていた内容を、世莉樺は携帯のライトで照らしつつ、読み始める。


『鵲村村立、笹羅木小学校。

 村内に幾つか存在する小学校の中でも、割合歴史のある小学校だ。

 同校に通う女子児童が一名、遺体となって発見された。

 発見当時、女児は同校の裏山にてうつ伏せに倒れており、警察の現場検証の結果、足を滑らせた事により急斜面を転がり落ち、その際に地面の石に頭を強打した物と見られる。

 死因は頭部外傷による失血死と見られ、警察ではさらなる捜査を……』


 新聞に記載されていたのは、この笹羅木小学校に通っていたという女子児童の、不慮の死に関する事だった。

 世莉樺が新聞の内容をそこまで読んだ時。

 校内の何処からか、絶叫するような悲鳴が聞こえた。


「!?」


 世莉樺は、新聞から視線を外した。

 聞き間違い等では決してなく、正真正銘の、人間の悲鳴である。

 何処から発せられたのか、誰が発したのか、世莉樺には何も分からない。


「真由……!?」


 世莉樺は、不気味な人体模型や標本が放置された理科室を飛び出した。






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