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其ノ参拾七 ~鬼狩ノ夜 其ノ壱~



今回より、『雪臺世莉樺』の一人称視点で描きます。

鬼との戦い、過去との戦い、究極の戦い――。





 陰鬱に広がっていた雲が、完全に晴れていた。

 薄らと暗闇を帯びた空には、ぽっかりと満月が浮かんでいる。

 ここ数日はずっと雨雲の所為で見えなかったから――見慣れている筈の満月も、すごく新鮮に思えた。

 だけど……月を眺めている程、余裕は無い。

 これから、これから私達は……瑠唯ちゃんの下に向かうのだから。

 悲しい事件の犠牲になって――鬼に変わってしまったあの子を止めて、真由を救う為に。


「……っ」


 いざ、廃校となった笹羅木小学校を目の前にして――私は、身が凍るような気持ちを覚える。

 ……怖い。初めてこの学校に来て鬼と成った瑠唯ちゃんに遭遇し、殺されそうになった時の記憶が、嫌でも頭を過る。

 また、あんな目に遭うかも知れないかと思うと……怖くて怖くて、堪らない。


「世莉樺?」


 隣に居た一月先輩が、声を掛けてくれた。

 不安な気持ちを顔に出さないよう努めていたのだけれど、一月先輩にはお見通しだったのかもしれない。

 初めて会った時から、私は一月先輩がどこか不思議な人に思えていた。

 口数が少なくて物静かで、それでも面倒見がよく人の気持ちに敏感。

 内面は人一倍繊細で――そしてとても優しい人。

 一月先輩に対する私の印象は、そういう感じだった。


「姉ちゃん、大丈夫?」


 私を気遣う言葉に、視線を後ろへ向ける。

 黒い着物を着た幼い男の子――炬白が、私と視線を合わせていた。

 この子が、炬白が居なかったら私は、今頃生きていなかっただろう。

 鬼に成った瑠唯ちゃんの手から救い出してくれて、私が悠斗の事を思い出して折れそうになった時は、優しく励ましてくれた。

 感謝してもし切れない。

 全てが片付いたら、ちゃんとお礼を伝えようと思ってる。


「……大丈夫。炬白、ありがとう」


 炬白は、二本の刀をその両腕で抱えていた。

 一本は、私達が高校の資料室から見つけた霊刀――天照。

 そしてもう一本は、一月先輩が持っていた霊刀――天庭だ。

 炬白は、持っている物を人に見せないようにする事が出来る。

 ここまで来る際に人目に触れないよう、私と一月先輩は霊刀を炬白に預けていた。


「姉ちゃんもお兄さんも……引き返すなら今だよ」


 炬白が、私と一月先輩に忠告する。

 私達の身を案じているのだろう。

 だけど、私の答えは考える間もなく決まっていた。


「引き返しなんてしない。絶対に瑠唯ちゃんを止めて、真由を助ける……!」


 自分でも驚く程、力強い言葉だった。

 隣に居た先輩が続ける。


「鬼の恐ろしさは僕も知ってる、見過ごす事なんて出来ない」


 本来ならば、この件に一月先輩は関係無いのだ。

 先輩は私のように、鬼と成った瑠唯ちゃんと関わりがあった訳でも無ければ、大事な人が命の危機にある訳でもない。

 それでも命を賭してまで協力してくれる先輩に――私は精一杯の感謝を紡ぐ。


「……ありがとう御座います、一月先輩」


 一月先輩が、小さく頷いた気がした。

 炬白が一月先輩に歩み寄りつつ、


「お兄さん」


 両手に抱えた霊刀の内の一本、天庭を差し出した。

 先輩がそれを受け取ると、炬白は私の方へ歩み寄って来る。


「はい、姉ちゃん」


 炬白は、天照を私へ差し出した。

 両手で受け取る――本物の刀の重量、そして言いようの無い冷たい感じが、私の手の平に伝わってくる。

 私と先輩にそれぞれの霊刀を手渡すと、炬白はその腰に下げた鎖を両手で取った。

 ビン、とまるで鞭を張るかのように両手で鎖を伸ばし、炬白は私と先輩に、


「姉ちゃんもお兄さんも、絶対に気を抜かないでね。オレも一緒に戦うけど、二人をフォローしきれる自信は無いから」


 私と一月先輩の希望は、手にしている霊刀。

 そして、私達人間には持ち得ない力を持っている精霊の炬白だ。

 だけど、頼りきりになっては駄目だと思う。

 鬼に立ち向かう力を持っているとは言っても、炬白だってきっと無敵では無いのだから。

 炬白と視線を合わせ、私は頷く。

 一月先輩も、同様に頷いた。


「じゃあ、行こう」


 銀色の輝きを持つ鎖を揺らしつつ、炬白は笹羅木小学校の校門へと歩を進めて行く。

 彼の小さな後ろ姿に、私と一月先輩は続いた。



  ◎  ◎  ◎



 出来る事なら、ここにはもう二度と来たくなかった。

 けれど――今となってはそんな事を言う意味すらも無い。

 今、私は廃校となった笹羅木小学校の中に歩を進めているのだから。

 ただ、最初に来た時とは違う事がある。

 今度は私一人では無く、一月先輩と炬白が一緒に居る事。

 二人が一緒に来てくれているだけで、この不気味極まりない廃校の雰囲気も少しはマシに感じられた。

 ……だけど、この湿った空気や荒廃した校内はやはり、私の生理的嫌悪感を存分に煽る。


「っ……」


 でも、前に進む以外――私に道は残されていない。

 迷う事も、引き返す事ももう、私には許されていない。

 瑠唯ちゃんの為にも、瑠唯ちゃんのお母さんの為にも、そして真由の為にも――私は、鬼と成った瑠唯ちゃんを止めなければならないのだから。


「気味が悪い……!」


 私の隣を歩いていた一月先輩が、発した。

 きっと誰もがそう言うであろう――この荒廃した学び舎の感想を。

 湿った土やカビの匂いに、先輩は袖で鼻を覆っていた。


「体育館は……こっちだね」


 存在意義すらも無くした小学校には、明かりなど在る筈も無い。

 暗闇の中、炬白が私と一月先輩を先導する。

 一度この場所に足を踏み入れた私も、なんとなく地形に覚えがあった。

 そう。鬼に成った瑠唯ちゃんが居た場所――体育館は、今炬白が差した方向。


「一月先輩、行きましょう」


 一月先輩は頷く。

 それから私達は、体育館へと進んで行った。

 私は(一月先輩も恐らく、同じだと思う)、出来うる限り息を吸わないように努めていた。

 思い切り息を吸ってしまうと、周囲の淀み切った空気が鼻の中に流れ込んで来る感覚を覚えて、吐き気を催してしまいそうになるから。


「酷い空気だね、相変わらずここは」


 私や一月先輩と違い、炬白だけは平然としていた。

 淀み切った空気に花を覆おうとも、表情をしかめる事すらも無い。

 けれど、その手はしっかりと鎖を握っている。

 表情には出さなくとも、炬白も私達と同様、緊張しているのかも知れなかった。

 私達が暗い周囲に注意を払いつつ、体育館に向かって進んでいた時――。


《るてぼーずー……あーした天気に……》


 その声が、微かに――しかし間違いなく、聞こえた。

 そして、それは一月先輩と炬白の耳にも届いていたらしい。


「今の声……?」


 一月先輩が発する、その直後に炬白も発した。


「間違いない、瑠唯だ」


 気が付いた時、私は天照を握る手に力を込めていた。

 この霊刀を抜かなくてはならない時は、遠くないだろう。

 不安が、頭を過るのが分かる。

 私は、これを使いこなせるのだろうか。

 鬼に成った瑠唯ちゃんを、止める事が出来るのだろうか――。


「……行きましょう」


 その言葉と共に、私は不安を打ち払う。

 そうだ……出来るか出来ないかじゃない。

 出来なければ、真由を救えなくなってしまうのだ。

 ここで怖気づいたら、私はさらに重ねてしまう事になる。

 あの時――食器棚に圧し付けられた悠斗を救えなかった所か、怖くて逃げ出した無力な自分自身を。

 私達は、体育館へと進んで行った。

 その声が――てるてる坊主の童謡を歌う声が、次第に鮮明に耳に届き始める。

 歌声は幼くて可憐なのに、とても不気味に感じられた。


《てるてるぼーずー……るてぼーず……あーした天気にしておくれー……》


 私達が体育館に踏み入ると同時に、歌声が間近な物となる。

 そこには、居た。

 レモンのような黄色いパーカーを着て、ボリュームのあるショートの髪型がとてもキュートな幼い女の子。

 けれど、誰が見ても彼女が生きた人間では無い事は明白だと思う。

 だって……あの子の体には真っ黒な霧が渦巻いていて、その瞳はまるで泥のように濁り、生気の欠片も無い。


《……待ってたよ》


 ――由浅木瑠唯ちゃん。

 悲劇の犠牲となり、多くの人を呪いの捌け口にする恐ろしい存在へと姿を変えてしまった、可哀想な女の子。

 私も一度、殺されそうになった。

 でも、きっと瑠唯ちゃんこそが一番の被害者だと思う。


「瑠唯ちゃん……!」


 私は、天照の柄を握る。

 一月先輩は天庭を、炬白は銀色の鎖をしっかりと握り――身構えていた。

 きっと、二人も私と同じ気持ちなのだと思う。

 瑠唯ちゃんをここで止め――これ以上犠牲者を出さない事、悲劇の連鎖を断ち切る事。

 悲しみと血を重ねるこの怪異に終止符を打つ為に、私達はここに来たのだから。






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