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其ノ弐拾四 ~行止リ~


「別れ際にその子が……千芹が言ったんだ。『いっちぃ』って」


 一月は、世莉樺と炬白に説明を続けていた。

 自らの罪や、自身が体験した鬼絡みの怪異や、その中で遭遇した鬼、そして精霊の事を。


「生前の琴音だけが僕をそう呼んでいた。僕の愛称なんだよ」


 一月が負っていた傷が、世莉樺と炬白に明かされた。

 思いもしなかった事実に、二人とも言葉が見つからない。

 まさか一月が鬼に遭遇していたという事に加えて、彼が想い人であった少女が鬼となる原因を作ってしまっていたとは――。


「……まだ僕は、琴音にちゃんと謝っていないんだ。酷い事を言った事を」


 彼の声色から、世莉樺には痛いほどに伝わってくる。

 いつも冷静沈着な一月は、深い痛みを負っていた。

 自分が琴音にした事を――心の奥底から、悔いていたのだ。


(! 先輩、そういえば……)


 世莉樺は思い出す。

 部室で朱美と佑真が喧嘩をし、互いを罵り合っていた時の事を。

 あの時、一月が二人を仲裁した際に、彼はこう言っていた。


“いいか二人とも……言葉ってのは、刃物と同じなんだよ! 相手の心を深く抉って、一生消えない傷を付けてしまう恐ろしい凶器なんだ!”


 言葉だけでなく、朱美と佑真を仲裁する時の一月の表情までも、世莉樺の頭には残っている。

 普段の一月からは想像も付かないような、威圧的で、悲しげな色を含んだ表情。


(一月先輩、琴音さんとの事があったから、朱美と佑真君に……)


 今ならば、世莉樺にはあの時の一月の気持ちが分かる。

 琴音に酷い事を言ってしまった経験から、一月は人間の言葉に対して敏感になっていたのだ。

 互いを罵り合う朱美と佑真に、一月は昔の自分を重ね合わせたのだろう。

 あのままでは、二人は自分と同じように大切な者の心を、言葉という名の刃物で抉り合う事になる――だからこそ、冷静な面持ちを崩してでも、一月は止めたのだ。

 朱美と佑真に、自身と同じ過ちを犯して欲しくないが為に。


「最低だろう? 軽蔑してくれて構わない……責めてくれてもいいよ」


「! そんな……!」


 世莉樺の言葉は、そこで止まった。

 すると一月はさらに、自責の言葉を自らの胸に突き刺し続ける。


「琴音を鬼にさせた罪から、僕は一生逃れることは出来ない。逃れるつもりも無い。僕は一生……この罪を背負って行くしかないんだ」


 どんな事をしても、死んだ者は生き返らない。

 故に、琴音が亡くなる原因を作った一月の罪も、永遠に消えることは無い。

 自らの罪を背負い、生きていく事。

 一月に残された道は、その一つだけだ。


「罪……私も、一生……」


 胸元に拳を握りつつ、無意識に世莉樺は発していた。

 俯くように、彼女は視線を降ろす。


「世莉樺?」


 名を呼ばれ、世莉樺は我に返るように視線を上げる。

 怪訝に自身を見つめる、一月の顔があった。


「! すいません……!」


 炬白は、世莉樺の顔を見つめていた。



  ◎  ◎  ◎



 世莉樺と炬白、そして悠太は病室に居た。

 一月の家を後にした後、世莉樺と炬白は一旦家に戻り、悠太を伴って病院へと赴いたのである。

 目的は、真由の見舞いだ。


「まだ、目を覚まさないのかな? 真由姉ちゃん……」


 ベッドの上に寝ている真由の顔を見つめ、悠太は誰にともなく漏らす。

 彼の後ろには世莉樺、その隣には炬白が居る。


「大丈夫。真由は絶対目を覚ますから……悠太は何も心配しなくていいよ」


 弟の肩に手を触れつつ、世莉樺は告げる。

 すると、悠太は世莉樺を向く。

 心配げな色を含んだ瞳が、世莉樺の顔を映した。


「……どうして、絶対目を覚ますって分かるの?」


 悠太に問い返され、世莉樺は一時言葉を失う。

 優しげな笑みを、弟に向ける。

 本心では、世莉樺は保証する事など出来ない筈だった。

 真由は目を覚ますか、或いは覚まさないのか――それは、世莉樺にも分からない。

 分からないが、ただ一つ確実な事がある。

 真由が目を覚ますか、否か。それは世莉樺の手に掛かっているという事だ。


「だって、お姉ちゃんだもん」


 世莉樺は、ベッドで眠り続けている妹を見る。

 普通に見れば、真由はただ眠っているだけにしか見えなかった。

 しかし、違う。

 真由は鬼と成った瑠唯の呪いを受け、昏倒してしまっているのだ。


(こんなこと、本当は何の確証も無いけど……)


 とにかく今は、悠太に余計な心配を背負わせない事――世莉樺は悠太に、


「悠太がこんなに真由の事、心配してるんだもの。神様だってきっと、真由の味方してくれるよ」


 長女という立場故か、世莉樺は小さな子供を安心させる術には覚えがあった。

 小さい子は大概、『神様』という言葉に反応する。

 悠太は頷き、


「……そうだよね。それに、真由姉ちゃんが負ける訳無いよね」


 世莉樺は頷き返す。

 すると安堵したのか、悠太は安心したような面持ちを見せる。


「ごめん、ちょっと僕トイレ!」


 そう言い残し――悠太は病室から出て行ってしまった。

 彼が残した声は、普段と全く変わらない。


「流石姉ちゃんだね。小さい子を安心させる方法、ちゃんと知ってる」


 世莉樺を称賛しつつ、炬白は真由の頬に触れていた。

 彼が手を触れても、真由は全く気付かずに眠っている。


「炬白、真由はどうなの……!?」


 悠太の前では決して出さないよう努めていた本心を解放しつつ、世莉樺は炬白へ問いかける。

 そう。本当は、真由が心配で堪らなかったのだ。

 妹を救うタイムリミットは、もう過ぎてはいないのか。

 真由を呪いから助け出す事は、まだ可能なのか――。


「……まだ大丈夫、呪いはこの子の命を奪うまでには浸食してない」


 一旦、世莉樺は安堵を覚える。

 しかし――その安堵は炬白の次の言葉で、幾分縮小した。


「けど、猶予はもう……多くない」


「! そんな……」


 世莉樺は絶望する事はなかった。

 しかし、このままでは状況は絶望的――その事には、寸分の違いも無い。


「姉ちゃん、もう一度天照を」


 炬白の手の中から、突然天照が現れる。

 悠太を迎えに家に寄った時、彼は他の人には見えない状態で、天照を持ち出していたのだろう。


「! うん」


 世莉樺は、真由を救うための武器――天照を炬白から受け取る。

 やはり、一月が持っていた天庭とは違う雰囲気だ。


「んっ!」


 世莉樺は柄を握る。

 天照を抜く条件、それは瑠唯の事を知り、彼女の身に何が起こったのかを知る事だった。

 前回とは違い、世莉樺は瑠唯の母から彼女の事を聞いている。

 今度は抜ける筈――そう思い、世莉樺は柄を握る手に力を込め、天照を抜こうとする。


「! あれ……!?」


 しかし――天照は抜けなかった。

 世莉樺は、柄を握っていた手を離す。


「どうして……!」


 絶望的な気分になった。

 天照が抜けなければ、瑠唯に相対する事は出来ない。

 つまり、真由を救う事も出来ないのだから。


「……理由は一つ」


 炬白の言葉からは、冷静な感情が読み取れる。

 しかし、黒着物の少年の面持ちには、どこか思い詰める物が籠っていた。


「天照は姉ちゃんをまだ認めていない。姉ちゃんがまだ、瑠唯の事を理解していないから……」


「でも、私さっき瑠唯ちゃんのお母さんから……!」


 そう、世莉樺は先程、一月の家に行く前に瑠唯の母の下へ赴いた。

 そして、瑠唯の母から瑠唯の事を聞いた。

 にも関わらず、何故天照は抜けないのか――理由は炬白の言う通り、世莉樺がまだ、瑠唯の事を理解し切っていないからだ。


「瑠唯の母さん……何かを姉ちゃんに隠していたでしょ?」


「!」


 炬白に言われ、世莉樺は思い出す。


(もしかしたら、その事が関係しているのかも……!)


 可能性は、十二分にあるように思えた。


「だったら、もう一度瑠唯ちゃんのお母さんに……!」


「ダメだよ」


 世莉樺の提案を、炬白は一言で一蹴した。


「姉ちゃん自身も分かってるでしょ? 下手に詮索したら相手に失礼だし、それに姉ちゃん……どうやって訊くつもり?」


「っ……!」


 世莉樺は口を噤んでしまう。

 炬白の言う通りだ。

 亡くなった娘の事、それも瑠唯の母が自身に隠したがる事を――どんな顔で、どんな言葉で、瑠唯の母に尋ねたら良いのか。

 もしも、瑠唯の母の機嫌を損ねるような事にでも繋がれば、瑠唯の事を知る事は出来ない。

 真由を救う道が閉ざされる事と、同義だ。


「じゃあ……じゃあ、どうしたらいいの!? このままだと、真由が……!」


 炬白の言う事も、間違いなく正しい事だ。

 しかし、それでも世莉樺は引かない。引くことが出来ない。


「分からないよ、オレにも……」


 炬白は固く目を閉じ――応じた。






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