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其ノ弐拾参 ~一月ノ告白~

 過去のある日の記憶が、少年を過る。

 いや、それは記憶なのだろうか? 記憶と呼ぶには不鮮明過ぎるかも知れない。

 ある少女の後ろ姿が、少年の前方にあった。

 長めに伸ばされた黒い髪や、彼女が纏う白いワンピースが何処からともなく吹く風に泳いでいる。

 後方に居る少年に気付いたのか――黒い髪を押さえつつ、少女は後ろに向く。


 そして、清廉な微笑みと共に、少女は少年の名を呼ぶ。


 ――いっちぃ――



  ◎  ◎  ◎



「……」


 世莉樺達に写真の少女の事を告げた後、一月は押し黙るように、視線を下に向けていた。

 我に返るように、世莉樺は紡ぐ。


「! すみません、写真、勝手に見たりして……!」


「……いや、別にいいよ」


 一月は、再び世莉樺達の側に腰を降ろした。

 炬白が問う。


「この世に居ないって……その、つまり……?」


 遠慮の気持ちがあったのだろう。

 直接的な訊き方は避け、炬白は抽象的に問いかける。

 一月は特に咎めようともせず、数度、頷いた。


「琴音は殺されたんだ。……鬼に」


「!」


 その一月の言葉に、世莉樺と炬白は驚愕する。

 しかし、直後に続けられた言葉は、さらに信じ難い物だった。


「いや、琴音を殺したのは……僕かも知れない」


「え……!?」


 一月の言葉に、世莉樺は胸元で拳を握りしめていた。

 一体、どういうことなのか。

 悪い冗談なのかとも思ったが、一月の悲痛な面持ちが、真実であることを確かにしている気がした。

 一月は語り始める。


「琴音と知り合ったのは小学校の頃だった。剣道場で初めて会って、それから仲良くなって……一緒に遊んだり、神社のお祭りに行ったりもしたんだ」


 一旦言葉を止めて、一月は部屋の隅に置かれた通学用鞄を指差す。

 学校指定の手提げ鞄、チャックの部分には銀色のチェーンで、クマのマスコットが吊り下げられていた。


「あのマスコット、琴音が僕にくれた物なんだよ」


「あ……」


 以前から、世莉樺は一月が鞄にクマのマスコットを付けている事に違和感を感じていた。

 マスコットは可愛らしい物だったが、冷静な性格の一月が鞄に付けるには、どこか不似合に感じられたのだ。

 しかし、その理由が今、世莉樺には分かった気がした。

 そのマスコットは、大切な人からの贈り物だったからである。


「大事な人だったんですね、一月先輩にとって、琴音さん……」


 秋崎琴音という少女の事は、世莉樺には分からない。

 一月の言葉から想像するしかなかったが――ただ一つ、一月が琴音を大切に思っていたことは、確かな事に思えた。

 今でも一月が、琴音から贈られたクマのマスコットを鞄に下げている事――それが、何よりの証拠である。

 少しの間、雨音に部屋の中を支配させた後、


「……好きだったよ」


 消え行ってしまいそうな声で、一月は紡いだ。

 世莉樺と炬白は、彼の言葉に耳を貸す。


「いや、僕は今でも……琴音が好きだ。真面目でひた向きで、優しくて、何事にも一生懸命だった彼女が……」


 世莉樺は、一月が女性の話題を出した事はこれまで無かったように感じる。

 けれど、一月は一途だった。

 亡くなってしまったとしても、一人の少女の事を思い続けているのだから。


「だけど……どうして琴音さんは、鬼なんかに……!?」


 無意識に、世莉樺は声に出していた。

 思わず彼女は、両手で口を抑える。

 しかし、もう遅かった。

 世莉樺が発した言葉は、一月の耳に入ってしまっていた。


「ごめんなさい!」


 訊いてはいけない事だったのだ。

 それを訊けば、一月の悲しい記憶を掘り起こすことに、彼の心の傷に塩を塗る事に繋がりかねないから。

 けれど、一月は世莉樺と視線を合わせ、首を横に振った。


「いいんだ、気にしないで」


「っ……!」


 世莉樺は謝罪を重ねようとしたが――止めた。

 一月は、視線を窓に向けた。


「鬼は、人の悲しみに付け入る事もある。炬白、そうだろう?」


 話題を鬼に関する事に変え、一月は炬白に問いかけた。

 炬白は頷きつつ、


「その人が何かしら霊的な力を持ってて、鬼が簡単に手を出せない時は、その通りだよ」


「どういう事?」


 世莉樺が問う。


「たまに居るんだ。霊的な力を生まれ持ってて……鬼が、手を出せない人が」


 稀に、霊的な力をその身に宿して生まれてくる者が居る。

 その力を持つ物を判別する事は不可能だが――鬼には分かるのだ。

 そして鬼は、容易にその者に手を出すことは出来ない。

 自覚が無いにせよ、鬼を寄せ付けない術を持っているからだ。


「けど、そういう力は弱まってしまう事があるんだ。例えば……」


「その人が、深い悲しみに心を支配された時」


 炬白が続けようとした言葉を、一月が代弁した。

 彼は続ける。


「琴音もそうだったんだ。彼女は家系柄……生まれつき、鬼を寄せ付けない力を持ってた。だけど……」


「何かあったんだね? その……琴音が、深い悲しみに沈んでしまう出来事が」


 遠慮しつつ、炬白は問う。

 世莉樺は傍らで、二人の会話を見守っていた。

 一月は息を吐く。


 話すべきなのか、一月は思い悩んだ。

 これまで誰にも話さなかった、自分の罪。

 これを話せば、世莉樺も炬白も、自分の事を軽蔑するのではないだろうか――。


「……二年前の、九月二十三日。その日僕は初めて……琴音と喧嘩をした」


 世莉樺とも炬白とも、一月は視線を合わせていなかった。

 彼は告白し、懺悔する。


「切っ掛けは、僕の亡くなった父さんの事だった。父さんが亡くなった時、落ち込んでいた僕を……琴音は気にかけてくれた」


 陰鬱な雨音が、一月の言葉を吸い込んでいく。


「今になって分かる……琴音は、僕を励まそうとしたんだ」


 世莉樺も炬白も、何も言葉を発せようとはしない。

 二人共ただ静かに、一月の言葉を待つ。


「それなのに、僕は琴音に八つ当たりして、そして……」


 自身を気にかけ、励まそうとしてくれた琴音。

 あの時、その彼女に何を言ったのか――今でも一月は、覚えていた。

 彼女の心を抉り取り、深い悲しみに陥れる引き金となった、その言葉を。


“君には分からない! だって君にはもう、お母さんもお父さんも居ないじゃないか!”


 その言葉を吐いた自分の口を、一月は抉り取りたくなる。

 思い出す度に、後悔と自責の気持ちが、彼の心を覆い包む。


「酷い事を……幼い頃、両親を亡くした琴音にとって一番残酷な事を、言ってしまった」


 一月の瞳から、一雫の涙が頬を伝う。


(一月先輩……)


 世莉樺は初めて、一月の涙を見た気がした。

 否、涙だけでは無い。

 冷静な面持ちでいつも隠されていた、一月の素顔が見えた気がした。

 震えるような声で、彼は繋げる。


「ずっと悔やんで来た、あの日に戻って取り消したい……そう何度も思った」


「……」


 世莉樺には、一月に返す言葉が見つからなかった。

 きっと、炬白も同じなのだと思う。


「そして、その事が引き金となって、僕の所為で琴音は絶望して……鬼に殺されて、取り込まれて……再び、僕の前に現れた」


 一月が依然、鬼絡みの怪異を体験したことがある、その事は既に、世莉樺も炬白も知っていた。

 炬白の姿が一月に見えた時点で、予想しえた事だ。

 今――その事に付いて、一月の口から語られる。


「真っ黒な霧に身を包んだ、恐ろしい鬼に……その姿を変えて」


「!」


 一月が述べた鬼と成った琴音の姿は、世莉樺が見た瑠唯の姿と同じだった。

 だとするならば、世莉樺にはその後の事も予想がつく。

 鬼と成った琴音は、恐らく――。


「鬼に成った琴音は、僕を凄く恨んでた。僕を襲って、殺そうとしたんだ」


(? でも先輩は……)


 世莉樺は思う。

 殺されそうになったにも関わらず、一月は今こうして存命だ。


「精霊が現れたんだね? お兄さんを救う為に」


 炬白が問うと、一月は首を縦に振る。

 世莉樺にも、恐らくそうなのだと予想は付いていた。

 自分も同じ目に遭ったのだから、世莉樺にも分かる。

 鬼は到底、人間の抗いが通じる相手では無い、抗えるのは、同じく人智を超えた存在――炬白のような、精霊だけだ。

 一月を助け出せたであろう存在は、精霊だけなのだ。


「『千芹ちせり』っていう白い和服姿の、小さな女の子の姿をした精霊だった。その正体は……」


 一度、一月はそこで言葉を止める。

 彼は視線を、机の上に置かれた写真立てに向けた。

 もう見ることが出来ない、秋崎琴音の笑顔が、そこにはある。


(千芹……彼女が……)


 炬白は心中で呟く。


「……先輩?」


 世莉樺が言葉を掛ける。

 すると一月は、世莉樺と炬白に向き直った。


「千芹の正体は……きっと、本来の琴音の人格だったんだと思う」






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