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其ノ拾五 ~天照~



 思いもよらない事態に、世莉樺はどうすべきか分からない。

 これまで、学校の者は炬白に一切の反応を示すことは無かった。

 それもその筈、世莉樺以外の人間には炬白の姿を見ることは出来ないし、声も聞こえないから。

 しかし今、間違いなく一月には炬白が見えているようだった。

 

「見えるよ、普通に」


 何故なら、一月は炬白と視線を合わせ――さらに世莉樺の前で、炬白と会話を交わす事もしてみせた。

 偶然や演技などである筈が無いし、そもそも一月がそんな事をする理由も見当たらない。


(え、ちょっと、どうして……!?)


 内心、世莉樺はパニック状態だった。

 炬白を学校に連れて来たのは、彼が自身以外の者に視認出来ないからこそ。

 得体の知れない着物姿の少年を誰かに見られれば、騒ぎになる事は目に見えていたからだ。

 

「……そっか、だったら自己紹介しないとね」


 狼狽える世莉樺を余所にして、炬白は冷静だった。

 初めて会う一月を前にしても臆することなく、毅然とした面持ちである。


「オレは炬白。……人間じゃないんだ」


 そう言いつつ、炬白は一月に向かって手を伸ばす。

 握手を求めているのだ。


「ちょ、炬白! そんな事言ったら……!」


 世莉樺は思わず、口を挟んだ。

 自分は人間ではない、そんな事を言われれば、大半の者は困惑するだろう。

 しかし、一月は全く動じなかった。


「……金雀枝一月」


 一月は炬白の手を取りつつ、自身の名を名乗る。

 その時、世莉樺には一瞬だけ一月の表情が怪訝に染まったように見えた。


(金雀枝……『儚い恋』か)


 黒着物の少年が心中で呟いた直後に、世莉樺は問う。


「炬白、どういう事……!?」


 しかし、炬白は返事を返さなかった。

 彼の視線は、一月に向けられているままである。

 今し方会ったばかりの一月に、炬白は問う。 


「お兄さん……『鬼』を知っているね?」


 炬白は訊いた。

 いや、それは『訊いた』のではない。

 自分が確信を抱いている事に関して、一月に『確認』しただけだ。


「……炬白、君はもしかして?」


 一月の言葉は、返事とは違った。

 けれども、炬白にはその言葉だけで十分、自身の考えを肯定する材料になる。

 炬白は頷く。


「お兄さんが思ってる通りの存在だよ、オレは精霊なんだ」


「っ……」


 一月は小さく、息を吐く。

 その面持ちには、驚きの色が浮かんでいた。


「炬白、どうして一月先輩には? 炬白の姿って、私にしか見えないんじゃなかったの……!?」


「……姉ちゃん、そう思ってたんだけどね。正直、オレにとっても予想外だよ」


 世莉樺に返事をすると、炬白は再び一月を向く。


「オレの姿が見えるって事は……お兄さんにはきっと、一から十まで説明する必要は無いと思う。いきなりだけど……オレと姉ちゃんに、協力してくれない?」


 部室の中には、雨音が鳴り続けていた。

 少しだけ考えるように黙り込んだ後、一月は世莉樺と炬白に背を向け、部室に置かれた机に歩み寄って行く。

 机の上のプリント類をかき分けた後、一月は一枚の新聞紙を片手に、戻ってきた。

 そして、その見出しを炬白に見せる。


「ずっと気になってた。もしかしてこれ、鬼と関係ある……!?」


 一月に問われるまま、炬白は新聞を確認する。

 彼の隣で、世莉樺も新聞に目を向けていた。

 見出しには、『相次ぐ行方不明、警察の捜索の成果無し。神隠しか?』とあった。


「まさか、あの廃校で瑠唯ちゃんに殺された人達……!?」


 世莉樺が発し、炬白は一月に向かって応じる。


「関係ある……それ所か、大有りだと思うよ」


 一月は数度、頷いた。

 行方不明なっている人々――それらは全て、鬼と成った瑠唯に取り殺された者達なのだ。

 世莉樺が体育館で見た、てるてる坊主のように吊り下げられた死体達。

 彼らこそ、行方不明扱いになっている人々なのである。

 警察がいくら探しても、見つかる筈等無かった。

 もう既に、この世に居ないのだから。


「鬼……由浅木瑠唯って子の事は僕も、前に世莉樺から聞いてた。鬼を止めないと、世莉樺の妹……真由ちゃんが危ない事も」


 以前、世莉樺は一月に鬼――瑠唯や、自身が笹羅木小学校で体験した事を話した事があった。

 一月は、世莉樺と炬白の顔を交互に見つめた後、


「鬼が絡んでいる事なら……僕も少しは力になれるかもしれない」


 一月は続けた。

 物静かで冷静な性格の彼は、決意と真意を込めて。


「協力するよ」



  ◎  ◎  ◎



 正直に言えば、世莉樺は誰かが自身の目の当たりにした現実を受け入れてくれるなど、微塵も思っていなかった。

 鬼となった瑠唯や、突然現れた精霊、炬白の事など。

 どちらも余りに現実離れし過ぎていて、他者に理解を求めること自体が間違いである。

 けれども世莉樺の予想に反し、理解者が現れた。

 時刻にして午後八時過ぎ。

 世莉樺は、その『予期せぬ理解者』――金雀枝一月、そして黒着物姿の幼い少年、炬白と共に資料室へと歩を進めていた。


「姉ちゃん、よく資料室の鍵借りられたね」


「宿題の為って言ったから」


 世莉樺は、先程職員室で借り受けた鍵をくるくると指で回した。

 資料室は普段、鍵で施錠されている。

 けれども、危険物などを保管している訳でも無いので入りたいと望む学生には基本オープンであった。

 最も、教師によれば資料室に入りたいと望む生徒など、ごく少数らしいが。


「ここだね」


 数分。

 世莉樺達三人は、『資料室』というプレートが掛けられた一室の前に立っていた。

 

「一月先輩、ここに入った事無いんですか?」


「うん。僕も今日が初めてだ」


 内心、世莉樺は後ろめたさを感じていた。

 その理由は、資料室に入る口実に嘘を用いた事、それからもう一つ。


「ここに『霊具』があったとして、それを勝手に持ち出すのって、いいんでしょうか……」


「でも姉ちゃん。霊具が無いと鬼を止められないし、真由も助からないよ?」


 炬白の言う通りだった。

 

「世莉樺、資料室の備品点検は毎週一回。今週は昨日行われたばかりらしいし、第一ちゃんとやってるかなんて分からないだろう?」


 一月の意見にも、一理あった。

 このような生徒も殆ど立ち入らない資料室の備品点検など、学校はきちんとやっているか、確かに疑わしい物がある。

 何にせよ、世莉樺に迷っている手は無かった。

 このまま手を拱いていては、多くの人が瑠唯によって殺されることになるかも知れないし、真由は助からない。

 第一、ここに霊具があるかどうかもまだ、定かでは無いのだ。


「それに世莉樺。さっきも言ったけど、ここに『霊具』が無かったとしても、僕には心当たりがあるから」


 資料室へと向かう最中――世莉樺は、一月に霊具の話もした。

 すると一月は、『心当たりがある』という返事を返したのである。

 世莉樺はどういう事なのか訊いたが、彼は詳細を教えてはくれなかった。


「姉ちゃん。とにかく今は、ここを調べてみようよ」


「……分かった」


 炬白に背中を押され、世莉樺は資料室の鍵穴に鍵を差し込む。

 時計回りに鍵を回す――ガチャリと言う音と同時に、開錠された。

 鍵を引き抜き、世莉樺はドアノブを回す。

 ギギィ……と音を立てつつ、資料室への入り口が開けられた。


「ん、埃っぽい……」


 三人の中で、一番初めに資料室に入った世莉樺。

 ドアを開けた際に舞い上がった埃に、彼女は表情をしかめた。

 口と鼻を手で覆いつつ、世莉樺は電気のスイッチを入れる。

 何処の何とも分からない物品が寄せ集めるかのように保管された資料室が、明るく照らされた。

 世莉樺に続いて一月、そして炬白も資料室へと踏み入る。


「……気味が悪いな」


 資料室を一瞥した一月は、吐き捨てるように呟く。

 壁には、どこかの民族の面らしきものが幾つも掛けられ、棚には何かの液体が入った瓶(ラベルの文字は、陽に晒されて褪せていた)。

 他にも、一体何なのかすら分からない物――鉄製の四角い籠のような物や、ガラスの棒のような物などが見受けられる。

 中央には大きな机が置かれ、部屋をドーナツ状に仕切っていた。

 机の上にも、新聞だと思しき紙類が散乱している。

 

「絶対これ、掃除してないですよね……!」


 世莉樺が発すると、一月は頷いた。

 まさか、こんな不気味な場所が自分達の通う高校に存在したとは、と世莉樺はにわかに驚きを覚える。

 資料室というよりも、世莉樺に言わせればまるで『物置』だった。

 空気が淀んでいて、息を吸うたびに鼻腔に不快感を覚える。


「!」


 不意に、炬白が世莉樺と一月の間を通り抜け、資料室の一角へと走り寄る。

 世莉樺は袖で口を遮ったまま、黒着物の後ろ姿に呼びかけた。


「炬白! こんな散らかった所走り回ったら危ない……!」


 世莉樺の言葉も聞かずに、炬白は資料室の隅――堆く積み上げられた、畳まれた段ボール箱を横へと無造作に退かし始める。

 その度に埃が舞い上がったが、彼に気にする様子は無い。


「炬白、ごほっ! 何して……?」


「っ……そこにあるの?」


 埃に咽びつつ、世莉樺と一月は問いかける。

 すると、炬白はようやく段ボール箱を退かす手を止めた。

 彼の前には、長方形の形をした埃を被った木箱が直に、リノリウムの床に置かれていた。


「炬白、それって……?」


 世莉樺の言葉に応じずに、炬白は木箱の蓋を開ける――そして、それが姿を現した。


「姉ちゃん、見つけた」


 炬白は世莉樺を振り返り、


「霊刀……天照あまてらす。これ、霊具だよ」


 木箱の中には、一本の刀が入っていた。

 不気味な程に古びた――傷だらけの暗い青色の鞘に収められた、一本の真剣が。

 心なしか、世莉樺はその刀を見た瞬間に、周囲の空気が冷たく感じた。






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