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其ノ拾参 ~決意~


「止める……私が?」


 世莉樺が問うと、黒着物の少年は首を縦に振った。

 驚きを隠せない世莉樺、対し炬白の面持ちは毅然とした物を感じさせる。


「そう」


 炬白はその場で踵を返し、窓を見つめた。

 世莉樺は、幼い少年の背中に向かって声を発する。

 動揺しており、荒いだ声を。


「でも、それなら私じゃなくて、炬白がやればいいんじゃ……!?」


「オレの力じゃ、由浅木瑠唯は止められない」


 炬白は即答した。

 彼は世莉樺の顔を見上げつつ、続ける。


「オレに出来るのは、一時的に追い払う事だけさ。姉ちゃんの時みたいにね」


 世莉樺は、笹羅木小学校での出来事を思い出す。

 瑠唯が作りだした黒霧人形を、炬白は打ち払った。

 彼が腰に下げた、眩い銀色を持つ鎖で。


「姉ちゃんが止めないと、あの鬼はこれからも人を殺し続けるよ」


「っ、そんな……!」


 恐ろしい予感に、世莉樺は身が凍りつきそうな感覚を覚える。

 例え自分と全く関わりの無い人間だとしても、誰かが自身のように黒霧で首を吊り上げられ、惨く殺され、天井からてるてる坊主のように吊り下げられる――。

 想像しただけでも、世莉樺は戦慄、そして危機感を覚えた。

 彼女は胸元で拳を握り、目を見開く。


「それに……瑠唯を止めないと、呪いを受けた真由の命も……」


「っ! ……」


 引きつるような声を、世莉樺は発した。

 彼女の脳裏に、真由の姿が思い浮かんだ。

 今現在も病院のベッドの上で昏睡している妹、笑う事も泣く事も、世莉樺の顔を見る事も出来ない、植物状態と同様の真由が。


 双方とも言葉を発せず、世莉樺の自室に沈黙が訪れる。

 世莉樺は困惑し、葛藤するような面持ちだった。

 鳴り渡る雨音が、残酷なまでに二人を包み込んでいた。


「どうしたら……いいの?」


 沈黙を砕く世莉樺の言葉は、どこか震えていた。

 だが――そこには確かに決意、そして強い気持ちが込められている。

 これ以上酷い目に遭う人を出したくない、そして真由を救いたいという、姉として純粋に妹を思う気持ちが。


「止めればいいんだよ、あの鬼を」


 炬白は応じる。

 何も包み隠そうともせずに、世莉樺にとってはかなりの難題となる事を。


「だけど、あんな物に私が立ち向かえるわけ……!」


「立ち向かえるよ」


 世莉樺の言葉を遮り、炬白が発する。


「霊具……それと、オレの力があれば」


「霊具?」


 聞いた覚えの無い言葉に、世莉樺は問い返す。

 すると炬白は腰に掛けた鎖に、指の先で軽く触れる。


「霊力を宿せる道具の事。この鎖みたいにね」


 炬白は続ける。


「先に言っておくけど、この鎖を姉ちゃんに貸すことは出来ないから」


「どうして?」


 世莉樺は訊き返した。

 話の流れ的に、彼女はこう考えていたから。

 自身が炬白から霊具――彼が腰に下げた鎖を借り受け、そして瑠唯に相対する事になるのだと。

 しかし、炬白は世莉樺の考えを否定し、理由を説明する。


「精霊……つまりオレ達は、最低でも一つは霊具を持っていなければならない掟だからだよ」


 炬白は、腰に掛けた鎖を握り、それを両手で持つ。

 まるで鞭を張るように、彼は鎖の両端を引いた。


「だから、これを姉ちゃんに貸したら、オレは掟を破った事になっちゃうんだ」


「掟……」


 炬白が口にしたその言葉が、世莉樺の頭の中で反響するように繰り返される。

 人智を超えた精霊という存在、彼らには守らなければならない決まり事があるようだった。

 気になった世莉樺は、炬白に質してみる。


「掟って、他にも何かあるの?」


「もちろん」


 炬白は頷いた。


「オレは姉ちゃんを助ける為につかわされたから、姉ちゃん以外の人間を助けちゃいけない、とかね」


「……!」


 世莉樺は驚く。

 だとすれば、他の者が鬼に襲われても、炬白が助ける事は出来ない。

 誰かが瑠唯と遭遇してしまえば――その者はもう、死の道から出られなくなる。


「瑠唯ちゃんを止めないと! そうしなかったら、他にも沢山の人が……!」


「そう」


 たった二文字だけの言葉でも、世莉樺には少年の真意が感じられた。

 

「姉ちゃん……やってくれる?」


 世莉樺は考え込む。

 瑠唯――鬼を止めるという事は、あの恐ろしい存在と再び対面するという事になるだろう。

 自身が遭った恐ろしい体験を思い返せば、世莉樺はもう二度と、あんな場所には行きたくなかった。

 しかし――自分がやらなければ、他にも多くの人が瑠唯に取り殺される。

 理不尽に、不条理に、まるでゴミのように――地を這う虫ケラを踏み潰すように、人の命が奪われていく。

 何よりも、呪いを受けた真由の命が危ない。


(それに……)


 さらに世莉樺は、瑠唯の事が気にかかっていた。

 自身が良く知っている少女が、どうしてあんな姿で――黒霧にその身を埋めた鬼へと姿を変え、人を殺し続けているのか。

 蝶が大好きだった、あの可愛らしく心優しい少女が、どうして――。

 とにかく世莉樺には、瑠唯を放って置く事など出来ない。

 もしかしたら、弟妹を持つ姉としての性格が現れているのかも知れなかった。


(もしも出来るなら、瑠唯ちゃんの事も救いたい……!)


 もう、世莉樺に拒否する余地は無かった。

 炬白と視線を合わせ、彼女は力強く応じる。


「誰かが私と同じような目に遭うなんて嫌……真由の事も助けなきゃならない。それに、瑠唯ちゃんの事も……!」


 黒着物の少年は、何も言わずに世莉樺の両目を見つめていた。

 世莉樺は、その後に言葉を繋げる。


「方法を教えて炬白。私に出来る事があるなら、やる」


「……姉ちゃんだったら、そう言ってくれると思ってたよ」


 少女が出した答えに、炬白は小さく笑みを浮かべた。

 世莉樺は真剣な眼差しで黒着物の少年を見つめ、頷く。

 その表情は真剣で、勇ましく――毅然としていた。


「それじゃあまず、霊具を見つけないと」


 霊具とは、霊力を宿せる道具の事だと炬白は言っていた。

 炬白が腰に下げている、銀色の鎖のような。


「けど私……炬白みたいな事なんて出来ないよ?」


 例え、霊力を宿せる道具――霊具を手にしても、世莉樺には炬白と同じような事は出来ない。

 いや、恐らく誰にも出来ないだろう。

 何の種も仕掛けも無い道具に紫色の光を宿す事など、人智を超えた存在でも無ければ成しえない事である。

 そう、炬白のように。


「その事は、今は心配しなくても大丈夫」


 しかし、炬白は世莉樺の懸念を払拭する。


「とりあえず、霊具が無ければ鬼には立ち向かえない。姉ちゃん、何か心当たりない?」


「ええっ!? 私がそんなの知ってる訳無いじゃん……どんな物なのかも知らないんだし」


 炬白は「そっか」と呟き、世莉樺の部屋の椅子に腰かけた。

 短パンのような着物の下と足をぶらつかせつつ、彼は世莉樺を見つめる。


「霊具……霊具……」


 世莉樺は指を顎に当て、うわ言のように呟く。

 掘り返すように自身の記憶を探り、一つ、世莉樺に思い当たることがあった。


「!」


 考え込むようだった世莉樺の表情が、はっとした物に変化する。

 彼女の表情を読み取った炬白は、問いかけた。


「何か、思い当たる事でもあった?」


 世莉樺は、数度頷いた。


「前に朱美が言ってたんだけど、何か高校の資料室に……」


 しかし、世莉樺はそこから先が思い出せなかった。

 さほど興味が湧かない話だったので、朱美の話を聞き流していたのだろう。

 頭に浮かんで来たのは、朱美が高校の資料室には何かがある――と言っていた事のみで、それ以上の事は思い出せなかった。


「……何だったっけ? ちょっと朱美に聞いてみようかな」


 と思った所で、世莉樺は思い出す。


「あ、そっか……今私、携帯持ってない」


 そう、世莉樺は携帯を廃校に落してきてしまっており、持っていない。

 今の彼女には、朱美に連絡を取る手段が無かった。


「心当たりはあるんだね? 霊具の事に」


 炬白が問いかける、世莉樺は頷いた。


「けど、もしかしたらただの噂で、霊具とは違うかも……」


 世莉樺は懸念していた。

 朱美に聞いた話などただの噂で、霊具とは関係ないのかも知れない、と。

 言い淀む世莉樺に、炬白は発する。


「とりあえず、オレが一目見ればそれが霊具かどうかは分かるから。ちょっとでも思い当たる物があるなら、オレをその場所へ連れて行って」






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