死ぬこと
「それじゃあ、まずは死ぬことから話そうか。」
”それじゃあ、まずは部屋の掃除からはじめようか”くらいのノリでこんなトンデモナイことを話し出すあたり、やっぱりこの人は変人なんだと思い知らされる。
「キミは、死ぬってどういうことだと思う?」
「……人生が終わること?」
私の当たり障りのない答えに、博士はふーんとだけ言って頬杖をついた。
「宗教的観点から見ると、いろいろあるんだよね。例えば、永遠に続く輪廻の区切りのひとつ。これはタイかどっかの仏教的思想じゃなかったかな。善行を積めばよりよい生物へと来世に生まれ変わることができるってあたり、日本の仏教に通じるものはあるね。死ぬことは天に召されること。仏の、そして神の御傍に召されること。……こんだけ聞くと、死ぬのも別段悪くないよね。」
「神様のそばに行けるんだもんね。」
「話の途中なんだけどな。」
「……どーもすいませんー。」
「……かつて孔子は死についてこう述べた。”生すら且つ知らず、況や死を知らんや。”ってね。」
「いわ……え、何?」
「いちいち自分のセリフに解説をつけることほど至極面倒くさいことはないよね。」
「どうもすいませんー。」
あぁもう、さっきから私謝ってばっかり!私が何したっていうのよ、別に悪いことなんて特にしてないじゃない……!あー、理不尽!理不尽ったらありゃしない!
「さくっと訳すとね、”生きることさえよく知らない、まして死ぬことはなおさらよく知りはしない。”ってとこかな。生きるとはどういうことかさえ分かっちゃいないのに、その先の死ぬことなんて分かるわけないって意味さ。」




