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はじまりはじまり

 わたし、アスカ。ちょっと前に引っ越してきたんだけど、最近のわたしの一日は、とある憎たらしい毒舌博士の自論を聞くことが軸になってきてる。わたしの住む住宅街からほんの少し離れた荒地に、ポツンと建つ馬鹿でかい屋敷。一見すると幽霊屋敷だけど、住んでいる女博士は幽霊より偏屈なんだ。たまたま好奇心で屋敷に入り込んで、博士に見つかって、自論を聞かされて以来の付き合い。今日も、わたしはあの屋敷へ行く。博士に会いにじゃなくって、話を聞きに。


 屋敷には、普通に入る。鍵なんてかかっていたためしがない。もっとも、誰もこんなぼろっちい家、狙わないだろうけど。大きな扉を開けて中に入り、一言博士を呼ぶ。そうすれば、博士は至極面倒くさそうに現れるのだ。

「あ、来たの。随分とまぁ、気楽に人んち訪ねるもんだね。」

いちいち、言い方にカチンとくる。ムッとした顔をすれば、博士は鼻で笑って踵をかえした。愛想のカケラもないことなんていつものことだし、何を言ったって口で勝てたためしなんてないから、そのまま博士の後を追う。

「もう少しさ、歓迎の態度示してくれたっていいじゃん。」

私がそう言うと、博士はくるりと振り返って腰をかがめる。羽織っている薄汚れた白衣がふわりと舞う、軽い振り返り方。博士の癖だ。

「それは心外だね。そもそも私は、キミを招いた覚えなんてないのだけれど?」

「……そりゃそうだけどさ。」

「キミは、いきなり見知らぬ人が家に上がりこんできて歓迎しろなんて言われたら、はたして歓迎しようなどと思えるのかい?」

「それとこれとはちが「違わないね。」

ほら、私の話なんて、最後まで聞きゃしない。

「キミの言っていることはまさにそのことさ。……ま、キミの場合見知らぬ人ってわけじゃないのが多少なりと違うだけだけどもね。一方的な好意に、同等のお返しなんてする必要はないさ。」

「博士の自論ってわけ?」

私のセリフに、博士の口はにんまりと三日月形の弧を描いた。

「そう、自論。」

自論。こうやって、博士はいくつもの自論を持っている。博士いわく、世の中の常識なんてものは個々の自論が世間一般に広まったものであり、先に広まった自論が常識になるんだとか。これも結局は博士の自論に過ぎないんだけど、どこか納得させられるものがある。そりゃあ半分以上は屁理屈だと思うんだけどね。私は毎日、ここに来て博士の自論を聞いているのだ。

「でもその自論、言っちゃえば屁理屈でしょ?」

「どう思ってもらおうが一向に構わないよ。私はキミに、私の自論を飲み込むことなんて強要してないからね。それに、私はいつもキミが帰るとき話しているはずだけど?」

再び博士の口が、三日月形の弧を描く。そう、こんな笑みを浮かべたとき、博士は自論を展開するのだ。

「またねとは言わないよ……ってね。そこにはふたつの選択肢しか残されていない。」

博士の細くて白い指が、ゆっくりと曲げられる。このとき私は、一種の催眠術にかかったかのような不思議な感覚に囚われるのだ。

「ひとつは、ここに来ないこと。もうひとつは、ここに来ること。”また来てね”なんて言ってないのだから、キミにはここに来なければならない理由などない。しかし、”もう来るな”とも言ってないのだから、キミにはここに来てはならない理由もない。キミにはこのふたつの選択肢が残っているわけだ。どちらをチョイスしてもらっても一向に構わないよ。」

博士はいっつもそう。こちらには一方的に選択肢を与えるだけで、博士自身はそれ以上深入りしてこない。そうして選択肢の前に悩み迷う人をじっくりと観察し、ひとり楽しんでいるのだ。悪趣味にもほどがある。

「そんなこと言うなら、私がここに来たって、面倒だったら追い返せばいいじゃない。」

「あぁ、追い返してもいいのかい?私なりにキミに対して必要最低限の敬意を払っていたつもりなのだけれど。キミがそれでいいというのなら、丁重にお引取り願おうかな?」

「何それ、ひっど~い!」

「おやおや、キミが自分から言い出したことじゃないか。もちろん、今までの住居不法侵入についてもいろいろ話さなくちゃならないだろうけれどもね。」

博士は至極楽しそうに私の反応を見ている。落ち着け私、ここで変に憤慨しては向こうの思う壺だ。

「……どうもすいませんでした。」

「分かればよろしい。」

博士はしれっとそう言って再び歩き始めた。憎たらしい~!!いつか絶対に参りましたと言わせてやる!

「今日は、どんな自論?」

私がそうつっけんどん聞くと、博士はいつもの肘掛け椅子に座り、つまらなさそうに

「キミ、死にたいと思ったことある?」

とトンデモナイことを聞いてきた。思わず声を荒げようとしたけど、博士にあっさりと阻止されてしまう。質問に質問で返した上にこの態度、ホントに頭にきちゃう。

「あー、別に答えなくていいよ。キミが死にたくなるほど絶望してるかなんてさらさら興味ないからね。あぁでも、どの程度の絶望が人に死を思わせるのかは気になるけど。……今日の自論は、生と死についてってとこかな。キミも一度は考えたことあるでしょ?天国や地獄はあるのかとか、人は死んだらどうなるのかとか、死ぬ瞬間はどういうふうなのかってさ。」

「少しなら……。」

「あっそ、少しだけ?私なんか、実際に人を殺したらどういう心境に陥るのかってとこまで考えたことあるけど……。つまんないの。」

アンタが異常なだけでしょ……!!

 こうして、とある毒舌博士による自論の展開が始まった。

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