10:ロックオン
「やっと俺の事を、見てくれたね」
目が合うと、第二皇子は嬉しそうに笑った。その目は優しげだが、どこかこちらの奥底まで見通してくるような不思議な瞳をしている。
「失礼しましたわ。何分、久しぶりにお顔を合わせるものですか、何故か気恥ずかしく………」
手に持っていた扇で恥ずかしがるように顔を覆う。取り巻きとかそれくらいなら簡単にこれで騙せるんだけど、コイツ相手ではだめだろうなぁ。
どうやって逃れたものか。
「それはすまなかったね。さて、ようやく顔を見てくれたし、クルー姫にはすまないが僕も代行としての役割を果たしておく必要があってね。一つ聞いておきたい。最近の学院での振る舞い、この意図について伺いたい」
やはり、その話題は避けられなかった。いきなり学院長である皇帝から呼び出しを食らう事はなかったけど、教師ではなく婚約者を使うとは小癪な。
流石にクーデター前の下準備とは言えないし、気まぐれと片づけるには無理な動きをしすぎている。特に、取り巻きへの教育はクルァウティでは考えられない行動だから、探りを入れてくるとは思っていた。この世界に嘘発見みたいな魔法がなくて本当に良かった。
「ガリュー様は、どうお考えですの?」
しかしいたずらに嘘をつくとボロが出る。なのでまずはジャブ。
「俺かい?そうだね、クルー姫がなぜ急に立ち振る舞いを変えたか。君はそこまで波風を立たせて面白がるような人ではないからね。よほど大切な理由があると思うんだよ。少なくとも気まぐれでしているとは思えない」
「…………」
怖い。主目的は見えていないけど、これは大まかに私がしたいことを察しているな。
第二皇子は攻略キャラだけど、私の中ではむしろ裏ボス扱いに近いキャラである。
なぜか。彼だけは普通の乙女ゲーの攻略キャラとは違う。ルートを確定させるまでがまぁまぁキツいのはそうなんだが、問題はルート確定後にベストエンドに持っていく方法だ。普通の乙女ゲーなら最適解を選んで攻略キャラを攻略していくのが普通だ。けど第二皇子は違う。一転攻勢と言わんばかりにむしろ第二皇子の方がこちらを口説きまくってくる。
この第二皇子はクルァウティと婚約者だが、クルァウティ的に執着はない。それはどちらも同じ。
そんでもってこの第二皇子はうちの父と同じで超プレイボーイ気質で優秀な女子を片っ端から食い荒らしているとんでもない問題児という本性を隠し持っている。優秀な中級生徒は結構な割合でお手付き状態だ。妙に生徒間の噂に詳しいのも、食った女子生徒からベッドの中でいろいろ聞きだしているという嫌な裏設定がある。
つまるところ、第二皇子ルート確定というのは、主人公が彼を口説けるようになったのではなく、彼が主人公をロックオンしたという事である。
ここで立ち振る舞いを間違えると弄ばれて最悪捨てられたり、妾で終わったり…………超上手く立ち回らないとベストエンドの正妻エンドにいけない。コイツ正妻エンドルートとかだと嫁にするために平気で主人公の出自偽装したり邪魔な奴消したりやりたい放題するからな。やる気だしたら一番ヤバい。
むしろ攻略されているのは主人公の方で、主人公は簡単に第二皇子に食われないように立ち回ることを求められる。だからこそ、シナリオ終了後の隠し攻略キャラ扱いなのだ。
このいけ好かないイケメンはおもしれー女が大好きなので、普通とは違う事をしていると手を貸してくれる。本編でも主人公に助力したのはそれが原因だ。
そのおもしれー女レベルが一定値を超えると危険なのだが、この感じ………まさかとは思うが、この男、私をロックオンしているような。彼も流石に貴族に連なる上級学院の生徒を食ったりはしないが、私は婚約者だ。肉体関係はまだないが、やろうと思えばできなくもない関係である。婚前交渉がどうのこうのなんてこの男が本気を出したらいくらでも誤魔化してくる。うちの父親はそういう人だった。
「クルー姫は学院の教師の質に、疑問を感じているようだ。しかし…………貴方と比べればほぼ敵う人などいない。そんなこと分かりきっていた事だ。今に始まった話ではない。君は初等の時点で家庭教師を追い抜いて泣かして返したそうじゃないか。だから気になるのは、なぜ急に今になってわかっていたはずの問題を掘り起こし始めたのか。いやそれだけならまだ気まぐれの範疇かもしれない。せっかく上級に進んでも授業がまるで面白くないから教師をどうにかしろ、と君の立場なら言えなくもない。しかし、君の友達たちを鍛え始めたのが俺にはすごく気になるんだ。皆は教師より上手く教えられることを証明しようとしているのではないか、と囁いているが、俺はそれだけじゃないと思うんだよ」
違うかい?と彼は非常に楽し気な表情でこちらを見ている。クルァウティの記憶の限りでは、この婚約者がこんな楽しそうな顔をしているのは初めてのようだ。
「噂の通りですわよ」
嘘ではない。教師の質の問題提起をするうえで、客観的にそれを示すには、ただ実力で負かすのではなく、指導力でもこちらが上回ると示せばいい。
そうすれば彼らのメンツを完璧に潰せる。
「本当にそうかな?それで教師を変えさせて、授業が楽しくなればクルー姫は満足なのかな?そもそも今の教師も、OBっていう条件なら悪くないんだよ。もちろん家柄や性格……あと容姿にかなり重きを置かれている部分はあるけどね。変えようとしても、やってくるのはまた似た感じのOBだ。教師歴が短い分むしろ劣化する可能性の方が高い。この選定は皇帝陛下の名で行うから、流石の君でも口出し可能な領分じゃない。目標の達成方法にしては、君らしくない気がするんだよ」
…………コイツ、滅茶苦茶厄介だ。さすがにクーデターが目的であると発想を飛躍させてはないと思うが、私の教師への弾圧は手段でしかないことを彼は見抜いている。
しかめっ面にならないように、できるだけ平静を装うように彼を見つめる。
すると彼は手で周囲に合図した。それを見て、周囲の人たちが部屋から出ていく。
さらには懐からベルのようなものを取り出した鳴らした。
アレ、知っている。防音結界を作る国宝級アイテムだ。
こいつはそれを学院で女子生徒を密かに手籠めにすることに悪用しているのだ。
とんでもない不良皇子である。
この場にいるのは、私、ロキュメス、第二皇子、そして第二皇子の最終護衛役を担う騎士。名前はなんだったか。コイツ第二皇子が平民から拾ってきたクソ強い騎士なんだよな。ロキュメスと同じく、側にはいるけどいない者として扱われる人だ。
「学院としては、俺に君を止めてほしいとのことだ。だが、俺はむしろ君に協力したい。あのつまらない上級学院を変えてくれるなら俺は歓迎だ」
「ほぅ………………」
まあそんなキャラとは知っていたけど、皇帝の方針にもハッキリ逆らうのか。コイツの最終的な評価基準はおそらく面白くないか面白いかだからな。主人公の動きが面白いなら幼少期からの婚約者だろうが蹴落とすヤバい男だ。
主人公視点だと第二皇子は強力な味方だろうが、視点を変えるとコイツの言動はかなり怖い。
聞こえる『音』的に嘘をついている様には感じないが……私の父の様に嘘をついているか非常にわかりにくい人は存在するから過信は禁物だ。
「殿下、もう一度お聞きしますわ。殿下はわらわがなんの為に動いたと思っているのですの?」
チャートは狂ったが、ここで下手に誤魔化せば厄介な事になると私は直感した。今はまだその発想に至るヒントが足りないが、私がこれ以上派手に動けば好奇心全開で更に探りを入れてくるだろう。
狐と蛇の化かし合い。
厄介だが少し心地良さもある。
この世界の創造神の一角を名乗ってもいいはずの私ですら、この世界では全てが思い通りに動かす事が出来ない。
忘れかける緊張感を適度に引き締め、自分を律する。
暫しの無言。
第二皇子が急に席を立った。




