1:無情なキルログ
頭のネジが飛んでる系シリーズです
ALLFOとはだいぶ毛色の違うVR兼SF
◆1:7:21:30:マンション◆
「ほら、早くついてきておくれよ。君もミッションを受けたんだ。いい加減観念するんだね」
事の発端は、俺が1人の良き社畜をウッカリ巻き込み事故でn+1回目のクローンを放出させた事にある。
いや、正確には俺が殺したと言えないというか、魔がさしたというか、そもそも豚野郎との因縁は奴の組合勧誘を蹴ったところからかもしれないので本当の原因は定かではない。
ただ、無情なキルログさんは『【シロツメ】が【鹿虎】を処分した』と表示しているので、俺は不服ながら自分の罪を認める事にした。
しかし、その償いにミッションの参加を強要するのはおかしいと思う。引っ越しじゃないんだ。宅配ぐらい1人でやりやがれ。
要するに、ミッションを複数人で受注できるようにしてる運営が悪い。
「しかも未開ルートに巻き込むとか、はぁぁぁつっかえ。やる気無くすわ〜」
「良かったね、帰りは解放済みルートで帰れるよ」
「帰れる保証がねえんだよなぁ」
ホログラム表示されたMAPを見ながら俺の前を歩くのは同業者の『豚野郎』。通称、口裂け豚さん。
勘違いしないで欲しい。これは悪口ではないのだ。
社員の中でも、事前申請により特典を配布された連中は何らかの特殊な被り物をランダムで獲得している。奴の場合、それがニチャァと狂気の笑みを浮かべた口裂け豚の被り物だっただけだ。
因みに俺は赤色の金属バケツだった。おもちゃじゃねーんだぞこんちくしょー!もう少しカッコいい被り物よこせ!ご丁寧にニッコリマークのスタンプまでつけやがって!
さて、会社の文句をいつまでも言っていてもどうしようもない。届かぬ文句ほど言い甲斐のないものはないからね。なので目の前の奴に文句を言う事にする。
「そもそも俺のような安全思考な人間はこんな未開ルートの配送なんて受けない主義なんだ。イレギュラーのない安全なルートを通る者こそ賢い者なのさ」
「君はまた屁理屈を捏ねるのが好きだね。では聞くけど、新たな物に挑む者もまた天才では?」
「毒キノコを食べて死ぬ賢人はいない。バカが生んだデータを元に新しきを考えるのが賢人さ。そう、お前みたいな命知らずの連中がデータを集めてくれればいいんだよ。そしたら俺はそれを元に考えて安全に生きるからさ」
「………ふっ」
おっと豚野郎、お前今俺を笑ったな?1回殺せば1回も2回もそう変わらないんだぞ?…………既に1回2回じゃない回数ヤッちゃってるからだ今更感あるぞ?ハートキャッチ(物理)しちゃうぞ?屠殺しちゃうぞ?
なぜ笑われたかは分からないが、いつでも俺は奴の首を獲れるように用意をしておく。ユダはいつだって近くにいるんだぜ豚さんよ。チャーシューになる心構えはできたか?
静かにマンションの非常階段を上り3階へ。外廊下へと足を踏み入れたところで豚野郎がポツリと呟いた。
「まあ巻き込んで悪かったよ。でも悪く思わないでくれたまえ。これでも僕はキミの事を友人だと思ってイッタ!?」
「危ねえな!?急に立ち止まんな!」
「危ないのはキミだッ!なんで真後ろでコッチにナイフを向けて歩いてるんだよ!?」
イヤーウッカリシテタナー。
常在戦場の心意気が行動に現れていつのまにか支給品の高機能ナイフを構えて歩いていたらしい。豚さんが急に立ち止まったから背中に少し刺さった。
「まあまあ、それよりミッションの遂行が先だろ?そんで、何迷ってるんだ?今回は全面的に任せるって言っただろ」
「キミのそれは任せると言うより放任だけどね!さっきから何も手伝ってくれないし!」
キーキー騒ぐんじゃない。屠殺して角煮にするぞ。
はてさて、本当に今回は脳死で豚さんの後ろをついて来たせいで現在地もあやふやだが、まあどうせ碌でもない状態なのは確かだ。
あまりに非協力だったせいで豚さんが拗ねてしまってブツブツと何かを言い始めた。しかしその被り物のせいでホラー映画に出てくる気が触れた危険人物にしか見えない。
「そもそも階数合ってるのか?このマンション自体がP案件じゃねぇの?豚さんは何回もマンション系は潜ってるだろ?似たような事態は無かったのか?」
「P案件の可能性は高いかなぁ。マンション系は大体異界化必須みたいなところがあるし」
このゲーム、ただの運送シミュレーションゲームの筈なのだが、【あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!「おれは マンションの廊下を歩いていたと思ったら いつのまにか砂漠を歩いていた」
な… 何を言っているのか わからねーと思うが おれも 何をされたのか わからなかった… 】みたいな事態がしょっちゅう起きるので慣れてくると異常事態が起きてもちっとやそっとじゃ焦らなくなる。
バグだったらまだいいのだが、バグじゃないからタチが悪い。
俺が今まで経験した物で例を一つあげると、普通に歩いていたらいきなり建物の壁にめり込んで出られなくなった事がある。
見た目は完全にめり込みバグだが、GMコールで『おんどれぁ!壁にめり込んで動けないんじゃコラァ!どう落とし前つけてくれんだア゛ァン?』という内容を非常に丁寧に連絡したところ『バグじゃないです。不注意のお前が悪いんですバーカ(笑)』といった内容を丁寧に返信してきた。絶許。
因みにその一件は自殺するしか脱出方法がないクソみたいな現象だった。
それらはともかく、これらの怪奇現象をこのゲームではP案件、或いは残禍という。
巻き込まれる条件や解放される条件もそれぞれ違うので、一度巻き込まれるとかなり面倒臭い。
さて状況を整理しよう。
1、着衣。
問題無し。
愉快な被り物にどこぞの宇宙人バスターを彷彿とさせる防護インナー。耐熱耐寒防刃衝撃吸収など様々な機能を兼ね備えた超技術の塊である全身スーツで、普通のファンタジー世界だとエンドコンテンツ級の性能を持っている気がする。
これのお陰ですごい高さから飛び降りて着地しても股と足に凄まじい鈍痛が襲うことはない。
その上からスーツと作業着の中間の様な黄泉比良坂運送会社の制服を着込む。背中には運送会社のマークである地獄門が描かれているが、不吉にも程がある。
これが俺たち社員の正装。カスタマイズもできるが、あまりすることは無い。
なんでかって?どれだけ防御力上げても死ぬ時は死ぬからである。というか即死攻撃が多すぎるんだこのゲーム。
慣れてくるとマンホールが時速300kmでかっ飛んできたりロードロラーが前触れもなく上から降ってきても驚かなくなるぞ。
より具体的に言うなれば、幽霊相手に核シェルターに引きこもっても無駄って言えば伝わるだろうか?格闘モノの漫画の住人をホラー映画の世界に放り込んでも無駄なのと同じ理屈である。物理属性はゴーストタイプに弱い。これテストに出るよ。
2、武器。
さて、そんな吹けば飛ぶような脆弱な我々にも一応抵抗手段がある。
会社から支給される初期武器は2つ。
1つはクロック13。13時まである腕時計型の武器で、手を特定の形にするとモーション認証で拳銃に変形する。
弾薬は自分の命。その代わり無反動無音超高威力のチート武器だ。
しかしこの武器が通用する怪異が少ないので、オブジェクトを破壊する事によく使われる。次点で自決、ハナ差の次点で同僚の頭を吹っ飛ばすのによく使われている。
改めて考えると争いの温床にしかなってない。
まあこのゲーム自決しないと詰んだりするケースが満員電車で臭いおっさんの後ろに立ってしまうくらいの確率であり得るので、割と手放せない。寧ろアバターと合体してるので手放したくても手放せない呪いの武器である。5円くらいは払うから神父様に是非呪いを解いて欲しい。
2つの武器が高機能ナイフ。十徳ナイフの最終形態みたいなナイフで、ミニ鏡、ペン、電灯やライターなど様々な機能を内包したびっくりするほど頑丈なナイフである。
ただ斬れ味は無強化だとそこまで高くないのでカスタマイズは必須だ。
豚野郎の背中を刺したヤンチャボーイもこのナイフである。
他にも武器はあるが、特に問題はなかった。
3、装備。
このゲームはファンタジーワールドではないのでインベントリなんて小洒落た物流破壊兵器は存在しない。寧ろ荷物運びが醍醐味だと謳ってるのでインベントリは絶対に実装しないと運営が言い張っている。
馬鹿なのだろうか?ゲームデザイン優先でUIをゴミにするとかクソゲーフラグですよ。
その代わり会社から我々は幾つかの支給品を受け取り、好きな物を選ぶ。
チェストリグにウェストポーチ、業務用バッグパック。状況と容量に合わせてお好きな物を。
このゲーム、やる事は配送だが実態は出会って5秒でデスゲームなので役に立つ物は持っていて損は無い。今回のミッションは豚野郎に丸投げする気満々だったので、今の俺の装備はショルダーポーチと自分で購入しカスタマイズした肩掛けカバンだけだ。
肩掛けの鞄の中身は特に問題無し。薬品だの糸だの携帯食料だの魔剤だの色々と社畜必須な物が入ってる。
問題はショルダーポーチ。案の定、中身が“空”だ。薄情者がヨォォォォ……。
「はー……つっかえ」
「なに、そんな溜息ついてさ。確かに巻き込んで悪かったけどさ、僕は僕なりに色々と思うところがあってだね……その、キミとは良き友人関係を築たいと思っているんだ」
「やめてくれ、虫唾が走る」
その豚面でモジモジするんじゃない。人気のキャラのパッケージのお子様カレーレベルでマイルドに表現してもキモい。
「ひ、酷いな!確かにらしくない事を言っているとは思うが、そこまで言わなくていいじゃないか!僕たちは友達じゃないのかい!?」
本格的に拗ねた様なブツブツと何かを呟く豚さん。その豚さんに俺はため息をつくと苦笑する。すると、豚さんは少し期待するようにコッチを見た。
その期待に応えてやろう。俺はそっと手を差し出した。
豚さんはキョトンとしたようにその手を見つめていたが、直ぐに意味を察して握手をしようと手を差し出した。
次の瞬間、差し出した手に展開したクロック13が豚さんの頭を吹っ飛ばした。
無音で飛び出す青白い弾丸。クローンの生命力が削られる。軽い虚脱感。少し力を込めすぎたらしい。
このゲームは難易度が常にルナティックデスゲームなので、デスゲーム物の主人公ではない我々はポロポロ死ぬ。ミッションを請け負っても、装備の修復や必要物資の購入で常に赤字スレスレ。利益を上げるのは慣れないと難しい。
一応、P案件などの解決や怪異の討伐でボーナスは入るが、それに期待していると全く稼げない。
そして賢い社員は気づく。周りにいる脆い金袋の存在に。自分と同じくひ弱な存在に。
このゲーム、運送シミュレーションの癖にPKができるのである。馬鹿なのだろうか?
PKが金策の一つに数えられてる時点で察して欲しい。
豚野郎は安定思考の俺からは理解し難いほど、採算度外視で危険なミッションをよく受ける。それでいて黒字を出せるのは豚野郎のプレイヤーとしての高い能力を如実に表しているのだろう。
「なんでわかった?」
そんな豚さんだから頭が吹っ飛んでも死なないし喋れます。
んな訳あるか。本来なら脳漿ぶちまけて床に転がってるはずだ。しかし豚さんの死体は、頭を無くしても立っていた。話しかけてきた。
「高ランクのプレイヤーがよ、クロック13が装着された方の手を差し出されて無警戒で握手に応えるわきゃねぇだろ」
「…………なるほど、しらなかった。というより、おまえ、ようしゃないね」
カチカチとトリガーを引いて死体撃ちしてみるが、豚さんの体に穴が開くだけ。血も出ないし倒れもしない。
何故か敵が若干引いている様な気がするが、意味がわからない。
「でもためらいがなかった。きづいたのはもっとはやかったはず」
バトル漫画ではよくある展開だが、敵を目の前にしてベラベラおしゃべりするのはバカのする事だと思う。
しかし相手がなにをしてくるか分からないので、とりあえず話を引き伸ばしつつ堂々と反撃の準備はしておく。
ほら、今は会話シーンだから。俗に言うTASさん泣かせのムービーパートである。しかしムービーパートでも俺は動けるので当然自衛行動をする。
「1番はアレだな。高ランクの配送ミッションの癖に異常が起きなさ過ぎた。起こるはずの異常が起きないってのは既に異常なんだよ」
ゴクゴク、プハー。まずい、もう一杯!
明らかに人間が飲んではいけない味と色をしている身体強化薬を飲み干して、俺は思考を巡らせる。
話していてなんだか矛盾している様な気がしたが、要するに、一定時間経過したところで俺は気付いてないだけで既に異常は始まっていると色々と警戒してたんだよ。
では異常とは?
場所に関しては特に異常無し。五感はOK、一点を除き武装もOK、というかその一点で確信した訳だが、そこまで語る気は無い。
となると、豚野郎に異常が起きてるor起きる可能性がある。
もともと高ランク帯のプレイヤーだ。船頭多くして云々を避けるために敢えて今回は豚野郎に丸投げした。お互いのスタイルもわかっているからそこに文句を言う事はない。
俺だってむざむざ死ににきた訳じゃない。ある意味信頼してるから任せたんだ。
そこに文句を言う時点でかなり変だった。
決定的なのは、友人なんて言葉を持ち出した事とナイフで刺された件だな。
豚野郎は友人なんて言葉を言い出したりするタイプでもない。もっと面倒な言い回しをする。
そして奴は賢い。
俺がうっかりを装ってナイフで刺してきた時点で有無を言わさず反撃してくる。むざむざ殺されるほど馬鹿じゃないし可愛げもない。俺がなにも言わずにナイフを装備してた事に対して違和感を感じて強く追求するだろう。
なのにオマエはあっさりと引き下がった。
「――――――まあ、結構擬態はうまかったぜ?握手のミスさえなければ、確信はできなかったしな」
全てのプレイヤーがお互いを敵と思ってるわけではない。寧ろ少数派だ。握手ごときで一々警戒する訳がない。どこの殺し屋だっての。
ただ、俺と豚野郎にとって、握手は特別な意味がある。特にクロック13を装備してる手を差し出した時点で、本物ならキレて即座に俺の頭を撃ち抜いてくるだろう。
『ははははは、なるほど。まけたよ。きみとはほんとうにオトモダチになりたいな』
さて、お喋りしてるうちに色々と準備はできたが、もしかすると判断をミスしたかもしれない。
偽豚さんの足から黒い液体が漏れ出し、寂れたマンションの廊下を覆っている。いや、完全に囲まれたか。エレベーターは……ダメだな。待ってるうちに死ぬ可能性が高い。非常階段は閉じられたか。
飛び降りるか?いや、準備無しでは少し無理があるな。
フィールド支配型?非実体型?
コイツの性質はなんだ?攻撃を完全無効できてないから実体はあるはず。マンションと一体化してればもっと派手だろう。
となると条件は?
本物の豚野郎からの連絡はないから、つまりはそう言う事なのだろう。
探れ、違和感を。考えろ、打開策を。
奴の行動原理は?捕食?幽閉?
…………“友人”?
やたらと友人だのトモダチだのさっきからコイツは煩い。殺せばいいのに殺しもしない。つまり殺すのに条件がある。その条件は?
「――――お前と友達にはならない。お前、オトモダチになるって言うとアウトの類なんだろ?」
俺がそう言うと、首無しで立っていた偽豚さんの死体がグニャグニャと溶けていった。
『ひひひ『死ね』ひひひ、かしこ『小賢しい』い。きっと『オマエも』いいオトモ『こっちへ来い』ダチになれるのに。ヒヒヒヒヒッ』
黒い液体の塊から何重にも重なった声が響く。
その黒い液体がゴボゴボと泡立ち、俺の姿や豚野郎の姿、或いは見たことある連中の姿を一瞬模しては崩れていく。
その黒い液体はマンションの一室に吸い込まれていき、廊下には背負子と銀色の箱だけが残された。
メニュー画面から伝票確認。地図と照らし合わせれば、荷物の届け先はまさかの黒い液体が吸い込まれていった部屋だった。
ミッションは荷物が無事な限り続く。例えば相方が死んでも。自分自身が死んでも。荷物が無事な限り、リタイアしない限り、ミッションは終わらない。
届先が配送を妨害しているのだが、届けてほしくないのか届けて欲しいのかどっちかにしてくれ。
まあ、届先の本命は荷物じゃなくて配達員だったというオチなんだろうけど。
俺は荷物を持ち上げようとして、予想外の重さに手を滑らせた。
防護スーツはパワードスーツみたいな役割も兼ね備えているので、重い荷物も対応できる。しかしこれは箱のサイズに対してやたら重かった。
だいたい60〜70kgだろうか?箱からは仄かに生肉の腐った様な香りがした。
豚野郎、よく文句も言わずに背負い続けた物である。
さて配送方法だが…………あああクソが!!置き配じゃない!!!
置き配なら、荷物をドアの前に置いて、それをスクショして完了のメールを送るだけでいいのに。
『手渡し』となると、届先と会う必要がある。
配送ミッションは『置き配』か否かで難易度が大きく変わると言っても過言では無い。
正気の奴なら置き配以外は選ばない。それぐらい危険度が段違いなのだ。
『オトモ『来い』ダチ、オ『いるだろ』トモダチ、オトモダ『無視するな』チ、オトモ『ミロ』ダチ、オトモ『欲しい』ダチ、オト『なれ』モダチ』
届け先が人間なんて保証は無い。寧ろ人間に会った方がビックリである。
こんなイカれた場所に住んでるのは同じ化け物だ。つまり、依頼主と会うという事は確実に危険な状態に陥るという事である。
…………豚野郎、ハメやがったな。やけにあっさり死んだと思ったが1番のリスクを避けた訳だ。
ガタガタなる扉。聞こえる声。
依頼主がどんな奴かわからない恐怖に怯えるのも嫌だが、既に答えが判ってる状態というのも嫌だということを知った。
直接配送の完了条件は、荷物の全てが玄関の境界線を越えること。つまりおいても投げ込んでもOK。チャンスは一瞬。
試しに覗き穴を覗いてみたが………………うん、多くは語るまい。奴さんは準備万端だ。
退路は確保した。
こっちも準備はできた。
鞄から安心と信頼の伸縮式10フィート棒を取り出し、扉の影からインターフォンを押す。その瞬間、10フィート棒を跳ね飛ばす勢いで扉が開いた。
『オトモダチーーーーー!!!!』
ゾゾゾゾゾゾゾゾと黒い液体の手が飛び出す。真正面にいたらアウト確定。嫌なトラップだ。その手とクロスする様に俺は手に持つ物を投げ込む。
一拍、次の瞬間、目を閉じていても世界が白く染まるほどの強烈な閃光が炸裂する。
『う゛ああああああ!!』
視覚や聴覚を持っていそうなので閃光音響弾をとりあえず試したが、かなり効いている。予想通り半実体型だった。
奴が身悶えしている間に俺は荷物を蹴り込み、そして廊下の手すりに引っ掛けた糸にナイフのフックをかけて高速で滑り降りていく。
『オトモダ『待て』チオトモ『こい』ダチオトモ『逃げるな!!』ダチーーー!!!』
追い縋る様に伸びる手。捕まったらアウト。
早く!早く!急げ!!ここまで来て失敗はダルいんだよ!!
『ミッションコンプリート。おめでとうございます。クリアランスがVenusに上昇しました』
キタ!ミッションコンプリートの通知!しかもクリアランスがアップ!
罠に嵌めた豚野郎を角煮にしようと思ったが生ハム程度で許してやる!
これで死んでも一応セーフ。だがそれでは豚野郎と同程度。ソイツは面白くない。
ピンを抜いて放るはミニパイナップル。それをクロック13で撃ち抜く。ミニパイナップルは爆発し、衝撃で下へ落下していた俺の体は大きく右へ逸れ、追ってきていた腕もダメージこそ受けないが爆風で押し戻される。
気分は振り子の重り。凄まじいGと爆発で目がチカチカするがまだ動ける。放射角をざっくり計算。だいたいの位置でフックを外し飛び出す。
「こえええええええ!」
死なないと分かっていても紐なしバンジーは怖い。
だがまだだ。まだ。耐えろ、耐えろ……ここだ!
「コード:マルドナ・ディオ・プレマティオ!」
背中に集まる火傷しそうな程の熱。肩甲骨に明らかに法定規則以上の痛みが走る。そして萎びた手の様な形をした翼が背中に突き出す。
人間には本来無いはずの感覚が脳に割り込んでくる。その感覚を頼りに風を掴む。
今日の天気が晴れで良かった。釘雨とか斬霧だった詰んでた。
山勘で場所を割り出し、駐車場の屋根を突き破る。
そこに留められているのは愛車の両輪駆動のモンスターバイク。着地と同時に強引に跨がれば即座にエンジンが目を覚まし獣の様な唸り声をあげる。
「あばよー!とっつぁーーん!!」
『オトモダチーーーーー!!!』
こうして俺はなんとかオトモダチ狂いモンスターから逃げおおせる。
これが黄泉比良坂運送会社の社員の日常である。