9:襲来
呼び出しを食らった。
私として初登校し、力の足りていない教師をボイコットし始めてから早30日。
取り巻き以外にも擦り寄って来た生徒達にも指導を開始して自派閥にガッツリ組み込み、それらのまだ失っても惜しくない駒を上手く使って密偵まがいの事をさせて情報収集能力を強化し、その手を中級にも伸ばし。
ジワジワと、ゆっくりと。私の教室を起点に根を張り巡らせていたら、婚約者である第二皇子からお手紙をいただいた。
実は転生して直ぐから文通そのものはしていた。
良いとも悪いとも言えない関係だが、一応婚約者なので文通くらいはする。これがゲームからリアルになった事で色々と面倒だったのだが割愛。
平安貴族よりかはマシ、とだけ言っておこう。
ゲームだと古典の添削ミニゲームみたいする予定だったからなぁコレ。
そんな第二皇子は体調不良の名目で休んでいる私に返信不要としつつ心配の旨を記した手紙を毎日送って来た。これは純粋に心配しているというより、女に卒がないのだろう。
女は自分が弱っている時の男の態度を忘れないのだから。私が病が移ったりしたら嫌だから、という名目で面会謝絶にしなければ会いに来たとは思う。ウチの父親はそういう人だった。
しかし学校に通い出せばもう会ってもいいわけで。
それでもなんとなく顔を直接会わせにくく、手紙こそ来たが私は病み上がりで〜、だの、10日分の遅れを取り戻すのが大変で〜、だの、のらりくらりと直接顔を合わせる事を徹底して避けた。
わかってる。今後神輿に担ぎ上げるなら第二皇子との連携は必須だと。けど、やはりそのキャラのモデルとなった人物がチラつくとどうにも、心理的に会いにくい。
これで彼が素直に上級学院にいたら簡単に会えただろうけど、彼は影武者を使って中級にいる。なら一日くらい入れ替われば、とも思うだろう。
というか原作でも彼は似た事をしてたまに上級にいた。
しかしそこは彼のキャラ設定を知っている私である。どうやったら接触回避可能か熟知している為、色々と策を弄して上手く逃げた。
こうなるとだんだん意地になってくる。
それは彼も。
手紙で遠回しに『なんで?』と聞いてくるけど、こっちはお前が中級に通ってる事見逃してるんだぞ、とアピールしつつ何かと回避する理由を捻り出す。
あっちからしても御飾りの婚約者に関心がある様なポーズをとっていただけだろうに、だんだん本気で私と会おうとしている様に感じた。特に私の教室革命の噂が中級にも広がり始めた5日位前から。
そして今日、休日。学校のない日。つまり皇子がある程度自由に動ける日。いよいよ強めの口調になってきた呼び出しを躱し、いつも通り家を出たり姿をくらませて第二皇子から逃げてやろうとしてやると、夜明け前にアポ無し突撃をされるに至り遂に逃げ切れなくなった。
これは貴族的に、というかそうでなくても超失礼なので、怒ったフリして逃げたいところだったけど、起きたら寝室の前の廊下に陣取ってやがった。
本心では起きるまでベッドの横で陣取りたかっただろうけど、それは流石に自重した様だ。私も流石にネグリジェのままで窓から飛び降りて逃走しようとまでは思わない。
正直ウチの家臣どもには何勝手に家主の許可無く通してんだ殺すぞ、と打擲して回りたいが、相手は第二皇子。しかも今回は学院から命令書まで携えていた。
学院から出る命令書などと言っているが、学院のトップは即ち皇帝。つまり彼は皇帝の代理と言う肩書きを引っ提げて登場したのだ。これには家臣たちも抵抗できなかったのだろう。
ロキュメスだけはどうします?、つまり多少無茶な手を使ってもどうにかして追い出しますか?と伺ってきたが、冷静になればこんな事でロキュメスという駒を無駄に使いたくない。私はようやく腹を括り『身だしなみを整えるから一緒に朝食をとりましょう。それまで待ってろ』と第二皇子の呼びかけに回答した。
◆
久しぶりの、私が転生してから初めて対面した第二皇子との会談は、序盤から腹の探り合いだった。
まず体調不良の事から始まり、学院の話に。と言っても私の最近の振る舞いでは無く近々開催される学院の行事についての話だったが、お互いに核心的なところを避ける様な。
私も敢えて第二皇子の無礼過ぎる目覚ましドッキリには言及せず務めて自然に振る舞った。
しかし、違和感が強すぎたらしい。
「クルー姫、今日はどうして俺の顔を見てくれないんだ?」
人は後ろめたいことがあると、目を逸らす。無意識にしていたソレ。私がもうだんだん聞き流すモードになって心のガードが軽く下がったのを見計った様に、話の流れをぶった斬って第二皇子は強烈なフックをお見舞いしてきた。
そこで私は反射的に顔を上げてしまった。
そして私は、転生以来ちゃんとその顔を初めて見た。
銀色の髪にアイスブルーの切れ長の瞳。
見た目だけならリアルの方の長男、異母兄に似たところがある。あの異母妹の要望でリテイクを食いまくって書いたそのビジュアル。最終的にやけっぱちになって異母兄を更に親父に寄せつつ書いたらOKが出てしまった時の私の心情を50文字以内で答えよ。
親父を外人ぽい感じにメイクしてアニメ調に超美化しつつ落とし込んだらこんな感じかな、という顔をした男がそこに居た。
嗚呼、不気味だ。
容姿というより、彼から聞こえる『音』が。
顔を見た事でそれが一気に鮮明になり、その『音』が親父によく似ていることを理解してやはりあの異母妹は本当に自らの父親を攻略キャラにしてしまったのだと確信する。
私の持つこの共感覚は、母の持つソレほどハッキリはしてないらしい。会話していない相手の内面を言い当てたり人が嘘をついても即座に見破るみたいなものではない。
それでも、何か嘘をつかれたりすると違和感みたいなものは感じる。その表情から感情を聞き取れる。
この共感覚は魔法の発動や調整にもかなり役立っているのだけど、これも今は割愛。
私の父親は、不思議な音色の人間だった。
感覚的な話になるので伝えにくいけど、普通の人から聞こえるリズムは一定だ。早かったり遅かったりはあるけど、基本一定。けど父のソレは一定ではない。かと言って規則性のないものでもない。周囲に合わせて自分が1番目立てるリズムに調整してくる。
音色も、普通の人は和音単発に近い。これが才能があったりするほど複数の音色が混じるし、我が強いほど和音では無くなったりする。
ウチの家族はどういうわけか一人一人が不協和音の大合唱みたいな人ばっかりだったけど。余談だけど、私の母は同じ共感覚でも私ほど音楽っぽく聞こえてないらしい。もっと波とか雷鳴とか風とか自然の中で聞こえる音が聞こえている様で、それを知った幼き頃、自分とその母の事ながら面白いと思った記憶がある。なんでそんな違いがあるのだろうかと。
そんな奇人変人天才気質だらけの兄弟姉妹の祖である父は、不協和音だらけなのに耳障りにならない凄く不思議な音をしていた。
これが変則可変的リズムと合わさって、誰も彼もが自然と無視出来ずに聞き入ってしまう様な音色を奏でる。
意識的な人たらし、と言えばいいのか。
共感覚という人にない個性を持つ私にも父は他の子と変わらない様に接し、自分の子として愛を与えてくれた。それには感謝している。
けど、幼い時はあまり疑問に感じなかったけど、そんな不思議な音を持つ父親が実は凄く1番変な人なのではと思い始めたのはいつ頃からか。
共感覚を持っていないはずなのに、なんでも見通している様な黒い瞳。日本人の瞳は本当は茶色がかっているけど、父のそれは本当に黒に近い感じがした。
その目で見ると全てが暴かれていくようで、兄弟姉妹で父親を騙せた子はいなかったと思う。今思うと、騙されたフリはしてくれたのだろう。全部手のひらの上だっただけで。
そうでもなければあんな破天荒な大家族の家長でいられなかったはず。
それに気づいた中学生の時。反抗期が始まった頃。私はいつしか父の目を見るのが苦手になっていた。反抗期ですらも全部見通されて可愛がられているのがわかってしまって。反抗する気が中途半端に失せてしまった。
仏の手のひらの上にいた孫悟空の気持ちが私はわかった気がした。
その時に生まれた苦手意識が私にはまだある。
嫌いじゃない。嫌い=苦手ではない。むしろ一般的な父娘の関係としては、苦手と言いつつ実家にいたし父親が本業とは別に気紛れで立ち上げた会社のスタートメンバーに立候補したり仲はとても良い方ではある、見た目だけは。
血の繋がった親子だけど、雇用関係になって私達の関係はようやく一つの安定をしたとも言える。それぐらい私の煮え切らない反抗期は尾を引いた。
それで一度はなぁなぁで流せたのに。それを察していたからか父からも積極的には接して来ず、私から歩み寄るのを待ってくれていたのに。
なんでも見通している様な父親をモデルとしたキャラ、けど流石にそんな事情までは知りようもないもないので第二皇子はガンガン来る。
これがどうでもいい人なら退けてお終いなんだけど、どう考えても現実への帰還の足掛かりに必須級の駒だからなぁ。
嫌だなぁ嫌だなぁ。そう思いつつ私はちゃんと腹を括って、改めてその顔を見返した。




