7:ずっと友達
「であるからして―――――――――」
つまらない。
異世界の授業だから少しは面白いかと思ったけど、そう言えば私は基礎的な世界観、つまり真理に近い物が頭にあるのだから、聞いたところで何か得られる物は薄かった。
これが中級なら色んなアプローチで火を強めるとかやるんだろうけど、上級学院でやる魔術の授業は最低限できたら後はどちらかと言えば芸術性を問う感じ。つまり火で何をどう表現するかみたいな授業だ。
これは第二皇子が上級を嫌がるのも納得だ。
そしてこんなことをやってるからこの貴族社会に美麗至上主義がより強く根を張ってしまう。
もっとこう破壊力とかを追求した方が楽しいのに。
ほんとにつまらない
――――つまらない。
「では実技に映る」
授業の半分を芸術の授業か何かと間違えている教師の声を聞き流し今後のプランについて考えていると、ようやく実技になった。講義室から隣の実技室に移動。ここはなかなか広い。普通の家の4階分の高さくらいは吹き抜けになっている。当たりを見渡すと、他の生徒たちが思い思いの火を動物や何かの形に変えようとしている。
特に魔法そのものに関心は無いけど、先ほどから気になるのは、 エスクランテ家の子、確かアジュウェルだったかが、こっちを見ている事。
「アンジュ、何か御用?」
「い、いえ!」
「けどこちらを先ほどから見ていたのではなくて?」
圧を込めて問うと、サッとアジュウェルの顔が青ざめた。クルァウティの記憶を漁る限り、この子がこのような失態をするのはかなり珍しい。何かに気づいた?立ち振る舞いはクルァウティをコピーできていると思ったけど。言動でも大きく不自然な事は無いはず。
「そう………では、アンジュ。丁度良かったわ。実技で少し手をお借りしたいですの」
「クルー様が、私にですか?」
「ええ。そうね…………そこに立っていればいいわよ」
疑問でいっぱいと感じのアジュウェル。
明らかなミスをしたのに叱責も罰もないという謎。一度として周囲の手を借りようとしないクルァウティの方から助力をお願いしている謎。そしてその指示の内容も意味不明。彼女の中には疑問がいっぱいだ。
そして目の奥には恐怖がある。そういう音が聞こえる。
私には現実で生きていた時から母親の持っている音に関する共感覚を受け継いでいた。クルァウティがそれを持っていたという設定は無いはずだけど、この共感覚が徐々に強くなってきている。 脳みそが変わったから消えたのかと転生当初は思っていたけど、まるで思い出していくように感覚がハッキリしてきた。
別にアジュウェルがクルァウティの変化に気づいてもどうだっていい。
必要なのは忠誠だ。
一応授業中だし、腰から抜いた杖を手に取る。
長さ30㎝より少し短いか。世界樹の枝と不死鳥の羽とスタードラゴンの血で作り上げた芯材を魔法金属であるアダマンタイトとミスリルで包んだ杖。超硬いはずのソレに彫り込まれた見事な意匠は神話の一節を彫り出した物。これ一本で上級の貴族の屋敷3つくらい建ててお釣りが出るらしい最高級の杖。
それに魔力を通しただけで杖が伸びてレイピアの様になる。
これがこの世界の杖。
この世界の魔法使いは遠距離だけでなく近距離戦もカバーする。なのでレイピアの扱いも授業にある。
最もこの女はミスしたヤツを打擲する事に使っていたようだけど。
その切っ先をアジュウェルの顔に向ける。
他の取り巻きも何かが普段と違うと気づいたのかハラハラとした顔で見ている。
アジュウェルは善人ではないが、悪人達は悪人達になりに友情とかがある。これでもアジュウェルは慕われているようで、アジュウェルに不幸が降りかかりそうだと嬉しそうな感じの取り巻きは居ない。私の場合、表情で取り繕っても『音』で分かる。彼女達は本心でアジュウェルを心配している。
私は内心でアジュウェルの評価を上げた。人心掌握と言う点ではクルァウティよりもアジュウェルの方が良くできている。
さぁ、思い描こう。
杖は魔法発動の触媒。補助装置。私のイメージではペン。魔力は絵具。素手でも絵具で絵は描けるけど、ペンがあった方がより緻密に描ける。
「ねぇアンジュ、わらわの事、信頼しているかしら?」
「もちろんです、誰よりも信頼していますわ」
「そう。それが聞けて良かったわ。では、“何があっても”決して動かないようにね」
「承知いたしましたわ」
青ざめながらも迷いなく即答するアジュウェル。嘘の音が聞こえるけど、すぐに言えるだけ立派だ。
私は一つだけ警告をし、アジュウェルの背後に誰も居ない事を確認。
私の杖の先端から業火が噴き出しアジュウェルを呑み込んだ。
辺りに響く絶叫。
それを見ていた取り巻き達から悲鳴が上がる。
杖の先端から出ているだけでもかなりの熱量だ。
その炎の波にアジュウェルを呑み込ませ、背後の壁に当てる前に上に曲げる。
曲げた炎の形状を龍に書き換える。炎の龍が色を虹色に変えながら空に飛びあがる。
私の杖の素材の一つであるスタードラゴンは、確かオーロラの様な輝きを纏う龍なのだ。神話の時代から生き残る希少生物で、狩られることはまずなく、私の杖に使われているものもたまたま人里近い場所で亡くなったスタードラゴンを使っている。
そのスタードラゴンをイメージして炎を描く。取り巻きの悲鳴で他の生徒たちも教師もこちらを見て、そして天井を飛び回る龍を見て絶句する。
スタードラゴンはとあるイベントで出すからと書かされたからかなり自信がある。凝り性すぎるあの異母妹が鱗の形状にまで口を出してきた時は殺意が湧いたが、今はそれが緻密な龍を描くことの一助になっている。
天井を3周ほど周回。
皆がポカンと見上げて、視線が完全に龍に集まっている。
それを見て私は龍を急降下。また“無傷の”アジュウェルに落とす。
業火に再び飲まれる。皆の視線も当然龍が落ちた先のアジュウェルに。
先ほどよりも大きな悲鳴。
業火が散らされ、現れたのは炎の虹をドレスの様に纏うアジュウェルだ。
熱いには熱いけど、火傷しないギリギリまで温度は下げている。
この炎は本当の炎とは違う。ある種私が作り出した空想の産物。故に温度も色もコントロールしようとすれば可能だ。ここまで緻密なコントロールは杖ありきだけど。
一応学校に通うまで、体調不良の名目で学校を休んでいた間に色々練習はしていた。拷問の時に使った力任せの火力特化の炎なら補助具無しでも大丈夫だけど、緻密にコントロールするには杖がいる。当面の目標は杖無しでここまで出来るようにすること。
熱いはずのなにアジュウェルの顔は恐怖で真っ青だった。それでも忠告を守って動かなかったお陰で少しも焦げることなくアジュウェルは立っていた。涙目で、震えていたけど、ちゃんと言いつけを守り切った。
「ク、クルー様………」
すがるようなその目。嗚呼、いい。その潤んだ瞳。さぞ怖かったことだろう。けど妄信的な忠誠、というよりは魂にまで刻み込まれた保身への嗅覚で彼女は耐えた。
私は自分が思い描く中で一番良いと思う(鏡を見て練習した)微笑みを浮かべると、炎のドレスも散らした。
そしてアジュウェルに歩み寄り、恐怖で震えているアジュウェルの手を取る。すると限界を超えたのか膝から力が抜けてアジュウェルは座り込んでしまう。それ咎めもせず、私もしゃがみ込みアジュウェルの目を真っすぐに見つめる。
「良かったわ。貴方の信頼を感じることができて。もし少しでも動いていたら、魔法の炎のドレスが本物の炎のドレスになっていたもの」
「わ、わたくしは………」
「いいのよ、アジュウェル。私の一番の親友。病み上がりのわらわが心配だったのよね。でも安心して欲しいわ。これほど魔法を問題なく扱えますもの」
両手でアジュウェルの手を握る。ジッと目を見つめる。
セルフウィリアムテルごっこ。頭の上のリンゴと言わず、全身で信頼を2度試されたアジュウェルには深い恐怖が刻まれ、同時に一番の親友と言われたことで今は脳内がグチャグチャになっているのか目の動きが忙しない。少しでも変な刺激を与えたらこのまま気絶…………というより普通の令嬢なら最初の業火の波で気を飛ばしているだろうけど、耐えきったのは軍閥の家系だからか。
この世界では、本名を呼んでいいのは家族や配偶者に限られる。あるいは相当特別な時に限る。
私はここで敢えて、アジュウェルの一般名であるアンジュではなく、本名で呼んだ。
「だから、信頼して、ね?アジュウェル、私の一番のお友達」
「は、はひ……」
胸いっぱいの恐怖。怪物を見る様な目。けどその怪物から特別扱いを受けている事への優越感。この娘、やはりなかなか良い根性をしている。
今までのクルァウティは長い付き合いの癖に全くアジュウェルに気遣ってやらなかったから、かなり効いたはずだ。
ちゃんと今までも見ていたよ。お前が一番特別だよ。信頼に応えてくれてありがとう。
そう伝える。
人を上手く使いたいなら同列に扱わない。ちゃんと順位付けする。
表向きのお友達一位はアンジュに私は定めた。
私の可愛い可愛いペット。ちゃんと可愛がってあげるから、期待には応えてね?
お前の家柄の力、最大限使い倒すから。
ずーーーっと、お友達でいましょうね?
◆
後世、アジュウェルの忠誠心を示すエピソードとして語られるこのウィリアムテルごっこ。
学生時代からの圧倒的なクルァウティの魔法技術を表すと同時にアジュウェルとの関係性を表すのによく引用され美談として扱われるが、実態は脅迫だったとは知る者は居ないのである。