6:アジュウェル
アジュウェル・エル・エスクランテ。
エスクランテ家はカミラヴィンチ家が帝国吸収以前に小国の王をしていた時から仕える軍閥家系であり、カミラヴィンチ家とのつながりは非常に密接である。
そのエスクランテ家の長女として生を受けたのがアジュウェルである。
アジュウェルの年齢自体はクルァウティの一つ上に当たるが、エスクランテ当主の意向でクルァウティの御学友になるべく敢えて一年遅れて初等学校に入学。以降クルァウティの御学友としての立ち位置であり続けた。
そしてその関係は学校卒業後にも続く非常に長い関係となり、アジュウェルもまたクルァウティに長く仕え続けた忠臣の一人となった。
後世、クルァウティの生涯について書かれた小説などでもよく出る名であり、多くでは夫共々仕えていたように描かれるが、後世に発見されたとある手記でクルァウティによってエスクランテ家の中枢を握る様にアジュウェルはかなり早い段階で命令を受けており、エスクランテ家を影から支配していた事が判明している。
これが後にクルァウティが起こしたクーデターがいつから計画されていたか、という重要な歴史課題に対する推察に大きな影響を与える事になる。
◆
「「「「「おはようございます、クルー様」」」」」
「おはようございます」
嗚呼、怠い。
学校に来て早々この出迎えとは。
その上でロキュメスはいいとして他に4人学校に赴く際に仕える側仕え兼護衛がいる。それは取り巻きも似た感じ。少なくとも1人につき3人以上は側仕えがいる。
どうしてここにリアリティを求めたんだ異母妹は。絵起こしした時は影絵っぽい感じで適当に処理してたけどリアルになるとこうなるか。
わかるよ、普通の貴族系乙女ゲーってなんかみんなフリーダムだもんね。だから普通はこれくらいは警護つけてないとダメじゃない?って理屈は。
でも一々動くだけで小学校の1クラスよりちょっと少ない人数をゾロゾロ連れ歩く事のアホらしさ。
そしてこの緊張感よ。
私が登校しただけ空気がピリついているのがわかる。
少しの不備でもこの女の前でやらかすのは不味いからね。
よくある転生モノなら改心して寛大になるのだろうが。
――――――――何故その必要が?
無いよな。ただ、その厳しさの方向性は変えるけど。
貴族社会ってのは舐められたらお終いだ。
この女に足りてないのは還元だ。
幾らでもビビらせて締め付けてもいい。必要な鞭は振るう。その代わりに飴をこの女は与えないからダメだ。
――――――――――必要かしら?
いるだろう。人心掌握の基礎だ。コイツ返還性の法則とか全く無視して当然とか思ってるな。メンタルが人間じゃない。いいか、急がば回れだ。心からの忠誠を尽くさせる事でより大きな無理だって通せるようになるんだから。忠誠心はあって困るものではない。
そこら辺に落ちている石ころをお前は無視するんだろうけど、石ころだって投げつければそれなりに痛いし上手くやれば人を殺せる。石ころの使い方を理解してない奴はその石ころに蹴躓く、グランドルートのお前みたいに。
さて、革命はここから始めていこう。
第二皇子を担ぎ上げたとて味方がいなければすぐにひっくり返される基盤では意味がない。
まずクーデターの前に味方を作る。政権を取った後に起用する味方を選別する。
挨拶以後、ジッと品定めをするよう目線を向けられて取り巻き達は心なしか背筋を伸ばす。そこで半端な愛想笑いではなく、作られた笑いを維持できるのはまあ良しとしよう。
やはりコイツらは使える。
「一時限目は何だったかしら?」
「上級魔術の炎の授業でございますわ、クルー様」
「そう。…………つまらないわね」
「クルー様の魔法の腕前でございましたら、そうですわね」
この5人の取り巻きのリーダーシップ格は誰だったか。とりあえず問いを一つ投げかけると真ん中にいたやつが答えた。
立ち位置といい、やはりコイツか。
ダメだあまり覚えてない。どっちかと言えばクルァウティの記憶を漁ったほうが良さそうだけどコイツ周囲に関心が薄すぎて家柄と名前くらいしか覚えてない。どうなってやがる。
――――――――だって、必要?
いるだろう。自分が世界で1番価値あるダイヤモンドだと思い込むのは結構だけど、周りにあるルビーと石ころの区別もついてないんじゃただのアホだよ。
えっと、確かこの取り巻きのリーダーは、カミラヴィンチ家の寄り子、カミラヴィンチとはかなり古くからの付き合いであるエスクランテ侯爵家の長女、だったかな?エスクランテ家と言えば軍閥に強い結構なお偉いさんの家系だ。
それにしても、凄いな、この女の自負心は。
でもこのメンタルが強力な魔法の基礎を作ってるから一方的にダメと言い切れないのがなんとも。
私が歩を進めるだけで周囲の声量が下がり、人が通路の先に避けていく。まるで大名行列だ。
内心では溜息でいっぱいだったが、これも仕事だと思う事で私は意図せずまた学園ライフを過ごす事になった。
◆
アジュウェルにとってクルァウティとは。
貴族の子女が幼い時から通う初等学院からの付き合いになるが、アジュウェルはクルァウティほど底の見えない存在はいないと思っていた。
同性でも見惚れる美貌は幼少から一切の陰りなし。
一生懸命生きているわけでも何をやらせても優秀。一つ年上ではあったが、むしろアジュウェルの方が必死で勉強しないと引き離されるくらいにクルァウティは優れていた。その点で言えば、他の貴族子女みたいにうっかり本気だしたら仕えている者より成績優秀で気まずい思いをせずに済んでいるのは不幸中の幸いと言える。手加減などとんでもない。本気でやってもいつも軽く手を抜いている様な余裕綽々のクルァウティに何一つ敵わないのだから。
そんな理不尽さを高貴な家柄ながら幼少期より味わったせいか。
外面はともかくアジュウェルの内面はだいぶ擦れていて肝が異常に太くなっていた。
クルァウティは超巨大な台風の様な女。
半端な覚悟で変に近づけば吹き飛ぶが、台風の目に入れば一応安全だ。
台風の進む方向に足並み合わせて中心に居続ければ大丈夫。アジュウェルはそれを早めに悟れる賢い女だったからこそクルァウティの御学友でありながら病まずにいられた。
初等学院の頃は別の取り巻きもいたが、クルァウティのプレッシャーに耐えきれず体調を崩したり、何かミスをしてクルァウティから『お前いらん』と言われて貴族社会からドロップアウトさせられたり。
結局初等教育時代から続く御学友として残るのはアジュウェルだけとなっていた。
そんな厳しい環境の中でも、アジュウェルはクルァウティの側にあり続けた。そうなる様に立ち回ったから。他の要らない女はアジュウェルが自分の意思で蹴落とした。自分が最古参の御学友という地位を手にする為に。
そしてめでたくこのアジュウェルという女はクルァウティの取り巻きの絶対的第一位の座を確保した。そこはアジュウェルにとっての1番の安全圏。どうせカミラヴィンチ家との縁が切れないならと開き直り、最大限安全に台風と一緒に過ごせる様に立ち回る。
類は友を呼ぶ、と言えばいいか。このクルァウティの傍に居続けられるだけアジュウェルも強かで悪辣な女なのだ。
長く傍らで見てきたからこそ、アジュウェルはクルァウティの変化に気づいた。
今まではどこを見ているのかよくわからない感じの瞳をしていたが、そこに明確に意思が宿った様な。
初めて真っすぐ自分の事を見てきたような感覚。
アジュウェルには分かっていた。なんでもかんでも出来るこのクルァウティにとって、この世界は窮屈でつまらないのだと。外面こそ美しいが内面はどこまでも冷め切っているような。
そんな女が、どんな心境の変化か体調不良で長く休んだ後に急に活力を宿した。
何かが起きる。何かが変わる。長年クルァウティの傍に居たことで育った危機察知能力がアジュウェルの中で大きな警鐘を鳴らしていた。この先、今まで以上に強い風がクルァウティの周囲では吹き荒れると。
改心しないままカスがカスのまま系取り巻き代表