4:指針決定
ロキュメス。
非常に人に対しての好みがハッキリしていたクルァウティ・エル・カミラヴィンチが14歳の時に仕える事となった44代目側仕え兼護衛。
ロキュメスの名はクルァウティから送られた物で、とある大貴族の血を引いていると噂こそあれど異民族の女であること以外、年齢本名その他一切不詳。
唯一ハッキリしているのは、44代になるほど気を損ねては処分されていった癇癪姫の変わり過ぎる側仕えは、彼女以降打ち止めになったという事だ。彼女は自分の孫娘に完全に最後の側仕えとしての役割を継承するまで、絶対的忠臣としてクルァウティに仕え続けていたことは歴史のディープな部分を好む者達には有名な話。
彼女もまたクルァウティに近い立場でありながらクルァウティに関する記録をほぼほぼ残さなかったが、役目を継承する自分の孫娘の為にクルァウティに纏わる情報を記した。それはクルァウティの謎に包まれていたプライベートに関する極めて重要な資料として扱われ、その著者として後世に名を残すことになる。
そんな彼女は、今日も煩わし気に髪を掻きむしっている主人の痴態を静かに見ていた。
◆
思案。
料理はギリギリ許せるレベルになった。
人間は衣食住を生活の基礎とする。その中で改善しやすく致命的にストレスを与えてきた食事はかなり手荒だったが改善させた。あと2つは難しい。
けど妥協できる範疇だ。
では次は。
最終目標は現実への帰還だが、私の記憶の限りでは次元を超える技術は設定に存在していなかった。
一方、厨房でコンソメスープ擬きを作成する時に色々と材料を見たが、私が書いた記憶の無いオリジナルの野菜やら何やらも存在していた。つまり、設定に存在しないものもなんらかの補完をされている。となれば設定に無かったからと言って諦めるには早い。
必要な情報。それと技術。研究するなら予算も欲しい。潤沢な資金が。
あと変な横槍も入れられたくない。
再度思案。
生活水準を手っ取り早く上げるには?
この国の価値観を変え、技術発展をさせる。
けど難しい。歴史の教科書で読んだが、発展途上国での発展がかなり遅れた理由について、現地の人たちの教育水準が低すぎて良かれと思って行ったことの意図を理解してもらえない、という事があったそうだ。彼らには彼らの道理があるから仕方ない部分もある。その無理を押し通すには。
権力。これが欲しい。命令権。共産主義の某国みたいに権力で道理を捻じ曲げて我を通すやり方。
その為にはこの国の価値観を破壊する。暫くは混乱もバッシングもあるが、この国の人間でも実利に弱い事を料理人が証明してくれた。つまり成果を出せばいい。美しさより実利を。強さを。
野菜や果実を食して思ったが、ある程度は土壌の改良などでいけるはず。魔法でもなんでもやって無理を押し通す。品種改良の方はかなりロングスパンで見てないと無理。それに、リアルの世界人口が飛躍的に上昇したのは人工的に肥料が作成させるようになり農作物の生産量が大きく上昇したからと科学で習った。
つまり肥料やら農薬技術の発展はこの国の実利になる。農業だけでなく、これは畜産などにも影響があるはずだ。
その時ふと、脳内に富国強兵と言う言葉が浮かんだ。
この国は『美しさが正義』なんてアホな事を言っている余裕がある程度には裕福だ。土地も広い。人もいる。
勿体ない。この国のポテンシャルを上位層のアホな拘りで無駄にしている。
金も権力も欲しい。それが手に入れられればこの世界にある技術の強制徴発ができる。それを漁ればこの世界から脱出するためのヒントを得られるかもしれない。
これを推し進めるのに邪魔なのは。
―――――――――皇帝。
そんな囁き声が脳裏に過った。
亡霊にしてはクソ自我の強い女の声が。
そうか、この女はそこまで大きな野望があったか。
この国を変えるなら。本気でやるなら。
確かに、グランドルートでこの女を蹴落とすには、皇帝の改心が必要だ。この国の変な価値観である美麗至上主義は貴族社会の頂点である皇帝一家を中心に広がっている物。皇帝を味方に付けないとこの女は倒せない。
逆説的に言えば、皇帝くらいしか私の対抗馬はいないとも言える。
それを蹴落とす、無力化すれば?
しかしただただ大義なく皇帝を潰すのは困難。かと言って穏便に退けても価値観の革命には至れない。
やるなら、同等の権威で対抗…………そこでふと、とある攻略キャラの存在が頭に過って顔を顰めた。
リアルでもクーデターをやるのは全く知らん貴族とかじゃなくて、同じ王家や将軍家から出てくるものである。つまり、皇帝の血筋から神輿を作ってクーデターを起こすのが一番楽。
そこで都合の良さげなキャラがいる。
基本的に常に主人公の味方のお助けキャラ。ルートの開拓のヒントも教えてくれる。グランドルートでは一番の援護射撃をしてくれるのにもかかわらずそれでも攻略できず、グランドルートが終わってようやく攻略可能になるキャラ。しかも攻略可能になっても落とすまでが激ムズのソイツ。だってヒントくれるソイツが攻略対象になるってことはヒント無しになるってことだからね。
皇帝の第二子。ガリュエス・ロウムスジェア・エル・ゼンプラウ。
あまり表だって動くことはないが、その能力は恐らく第一皇子を余裕で超えている万能野郎。素のスペックは作中唯一このラスボスに張り合える能力値を持つヤツ。変な選択肢を選びすぎて敵対すると詰みなソイツ。
なぜソイツを思い出すと顔をしかめるのか。キャラ造詣が気に入らないわけではない。ヒントキャラだけあって下手すると攻略キャラより見る機会が多く、隠しキャラだけあってビジュアルに全く妥協がなかったせいかあの異母妹からクソみたいな量のリテイクをくらったから…………いやこれもかなり大きな原因に思えるけど、それが一番の問題ではない。
似ているのだ。父に。キャラの中身のモデルが明らかに私達の父親である。
指摘すればあの異母妹は決して認めないし躍起になって否定するしむしろ嫌いだというだろうが、私には分かる。あの女は重度のファザコンを拗らせて面倒なツンデレみたいになっている。
しかしだ。フィクションでもキツいのに、血のつながった妹が実の父にファザコン拗らせているのを見せ付けられるのは大分……その…………言葉を選ばないと、かなりキモい。生理的嫌悪感がヤバい。
別に私は父親は嫌いではない。変な人だとは思うけど。良い父親かと言われると賛否両論あるけど、結構色んなことを自由にやらせてくれたし滅茶苦茶忙しいだろうに面倒も見てくれた。反抗期には暴言を言ったこともあったけど、大人になった今では最終的に良い父親だとは思っている。
ただ、かと言ってその父親にガチの性欲向けている妹は理解できない。
拗らせた挙句最終攻略キャラのモデルにしている辺り拗らせ過ぎだ。会社の社長が父なのだし、故に作品を必ずチェックするし、あの父親の事だから自分がモデルだって速攻で察するだろうけどあの異母妹はその致命的な事実に気づいていなかったのだろうか。
まああの業の深すぎる異母妹はまぁいい。知らん。私は手遅れだと思っているのでファザコン加減に関しては既に見捨てている。
それはそれとして、父親を知っている私からすれば、あのキャラを味方に付けたらかなり難易度が下がる事を察してしまった。加えてクーデターの神輿に都合が良すぎる。
美麗よりも実利を大事にする第二皇子。だから彼は内面を大事にしようとする主人公の味方をする。
その彼が価値観の改革、富国強兵を掲げてクーデターを起こしたら?
それなりに上手くいってしまうのでは?
というより、そう、思い出してしまった。
この女の婚約者、それがあの第二皇子である事を。
実の父親をモデルにした男が婚約者と言う事実に鳥肌が立つ。
こっちでは倫理的な問題はない。だけどこの嫌悪感は理屈ではない。
だけど、アイツを味方にしないと、うぅぅぅぅ…………。
どうする?避けようとすれど避けようがない。だって婚約者だから。
明日絶対に学校で嫌でも会うから。
あの人がモデルなら、第二皇子は確実に私の変容に気づく。そういう父親だった。察しが良すぎる人だった。
腹をくくるしかないのか。
考える、考える。いやムリだ。婚約破棄の理由もなければ現状私の嫌悪感解消以外に婚約破棄はデメリットしかない。
あの第二皇子をどうにか焚き付けてクーデターを起こす。それにより美麗主義を変える。その後は皇帝の妻として富国強兵を推進。文化の改革及び技術発展を行い、技術徴発を実行。
現実に帰る為の手段を模索する。
これだ。これでいい。中の女もそれでいいと頷いている。
この選り好みの激しい我儘女でも良いと思う程度にはこの女的にはあの第二皇子を評価している。この穴だらけの策謀をあの男を利用して現実的なものとする。
よし、決まった。
やろう、革命を。




