6:Wanted!
前回のあらすじ
財布奪還計画
◆1:7:19:30:否ヶ淵TC某所◆
1人のハイエナを追い詰める事は簡単なようでいて難しい。
運営の発表によれば、このゲームの現在のアクティブユーザーは日別約10万人程度。こんなクソみたいなゲーム性をしてるのに意外と多い。実質食費タダが強いのかな。人間性とか大事なモノ犠牲にしてそうだけど。
地味に全世界対応のゲームだが、全人類総ゲーマー化が進んでる22世紀から考えるとVRMMORPGの中では割とマイナーに分類される。
この10万人が4つのTCに平等に割り振られていると仮定しても、一つのTCにつき2.5万人が活動している事になる。
因みに、日本武道館の収容人数は約1.5万人、日本では未だに土地面積の説明の際に引き合いに出される東京ドームの収容人数は約5万人だ。
よほど何か目立つ人でない限り、その中に散らばる人々から、案内無しだと迷子必須な巨大さを誇る否ヶ淵TC内で特定のプレイヤーを発見するのはかなり厳しいのだ。このゲームにはフレンド検索機能なんて気の利いたものはない。
だが、喧嘩売りの少女の被害が昼に多い事やプレイスタイルを推測するに、喧嘩売りの少女は高い確率でソロ。俺と同じように特定の根城があるタイプではない。
確かにこのゲームは容姿の変換は可能だが、実はお面や被り物に関しては原則受け渡しができない仕様となっている。つまりある程度は誤魔化せても完全になりすましをするのは不可能に近い。
また、もし組織だって動いているなら、もう少し人数を生かした作戦を取れるはずだ。
加えてハイエナ行為で得られる利益は多いようで少ない。一人で総取りならまだしも分割したらしょっぱいだろう。
かと言って利益を出せるだけハイエナ行為を高い頻度で繰り返せば、流石にニートゲーマー達も地蔵のままではない。目をつけられる可能性が跳ね上がってしまう。
見逃されてるうちが花って事だ。
あと、全く自慢できないが、俺は悪い意味で否ヶ淵TC内だと有名である。その俺に対して喧嘩をふっかけてきた時点で、結構なモグリなんじゃないかと自惚れた考えをしてみる。
金属光沢のある、ニッコリマークが刻まれた真っ赤なバケツ頭はどうしたって皆の印象に強く残る。それで余計に覚えられやすいのだ。
そして俺に関わった連中は口を揃えて俺の事を面倒な奴だの妙に執念深いだの安全思考(笑)などと……やめよう、怒りゲージがセルフで上がってしまった。
とにかく、そんな悪評のたってるその俺を相手に喧嘩をふっかけてくる。メッセ凸でキレ散らかせば皆が苦言セットで“快く”情報提供をしてくれる様な俺をよく知らないと考えられる。
そうなると人物像も見えて来る。
一方で、奴も衝動的に俺に喧嘩を売ったとは思えない。
暴力暴言禁止のエリアで喧嘩を売り、相手が自爆したところでハイエナするのが奴の手段だ。
ここで重要なのは、奴が喧嘩を売った時、高確率でそれに乗ってしまうマヌケを相手に選ぶ必要があるって事だ。
例えば豚野郎。アイツはマヌケじゃないし、下手に喧嘩を売るとかなり面倒なことになる。
具体的にいうと、言葉の釘バットで殴ってくる。ナイフでいきなり刺してこない。釘バットで致命傷を与えない程度に、嬲るように殴ってくるのだ。
そんな奴にうっかり喧嘩を売ると逆に身ぐるみ全部剥がされてもおかしくない。
つまり、奴はなんらかの方法で喧嘩を売る相手を見定めている。しかし異常に慎重という事はない。喧嘩を売る相手を徹底的に分析してから選ぶタイプなら、多分俺は相手に選ばないからだ。
少なくとも、俺は自分相手に喧嘩は売らない。
大方、俺が三八(仮)トリオと仲良く夕食してる時にその内容を盗み聞きし、俺をターゲットに決定したのだろう。もしウニ太郎が俺の罠にかけられていなきゃ、ターゲットはウニ太郎だったはずだ。
極度に慎重では無い。手段は模倣しにくく難しい。
気が大きい訳では無いだろう。しかし小物と断じるには能力値は低くない。
小知恵がまわり、自分の実力をそこそこ高く評価している。
そんな奴がヤられたら嫌なこと。
奴は金が欲しくて動いてる。それを難しくしてしまう。
自分の実力にある程度自信がありそうならばプライドを刺激する。
これらから導き出される対策は?
◆1:7:20:01:否ヶ淵TC???プライベートホーム◆
「あのぉ、さっきから何やってるんですかぁ?」
バカを〜釣るなら〜やっぱりこれだね〜ロッ「ちょっとぉ!無視は酷くないっすかぁ!?」
「んだよ。人が気持ちよく鼻歌歌ってるところにカットインしやがって」
「人のホームに無許可で乗り込んできて自分の家の様に作業始める方がおかしいと思うんですけどねぇ!あんさんは図々しすぎるぬらりひょんか何かですかぁ!?」
「ぬらりひょんってあれか。勝手に人の家に上がり込んで、何食わぬ顔して家族の一員の様に飯などをもらい、何食わぬ顔で居なくなる奴。しかも一連の行動中、その違和感に人間は気づけないんだよな。怪異に準えると、認識改変型か?結構厄介だよな」
よくわからないキレ方をしてきた知り合いに対して論点からずらした答えを返すと、知り合いは目をキラキラさせて(見えてないけど多分そう)食いついてきた。
「ぬらりひょんご存知ですか!妖怪いいですよねぇ。でも実はそのぬらりひょんの性質って歴史的な伝承はなくってぇ、旧現代、いわゆる21世紀近辺に確立された後付けの設定らしいですよぉ。妖怪の総大将って言う位置付けも実は――――――」
俺が作業している机に顔と手を乗せてペラペラとマニアックなトークをしているのは青い提灯の被り物をしたプレイヤー。通称、青提灯だ。
模型とか妖怪とか色々とマニアックな物が好みで、スイッチが入ると延々と喋っている。人によってはウンザリするかもしれないが、話は聞いてて面白いので俺は好きだ。妖怪系ネタを振られるとすぐにそっちに食いつくとてもチョロい所も含めて。
青提灯のマニア語りをBGMに俺が作ってるのは手配書だ。
顔写真はないのでメインはネットに転がってるフリーのイラストを適当に切り取り組み合わせて作っていく。フォントもある程度凝った物にして目を惹くデザインにしよう。
いいね、大まかな形ができてきた。
俺が机に投影していじってるのは、『モバイルトランスファーマシン』と同期した物を机に投影したメニュー画面だ。
メニュー画面といっても殆ど別物で、パソコンとかに入ってるプレゼン作成用のツール見たいなUIが独立して存在していて、まず此処で色々とデザインを設定する。
そしてこのデザインを30cm強の棒状の機械に転送。棒を壁や紙になぞるだけで、そのデザインを直接壁や紙に印刷(転写)できる。メニューのUIは一部課金要素で、棒状の機械である『モバイルトランスファーマシン』自体は売店で買える(ただし高額)。
ふふふ、衝動買いしちゃったんだぜ。ゲームだと無駄使いしちゃう、あるある現象だと思う。
これがあればご大層なプリンターも必要なく、手軽に紙の資料が作れちゃうぜ。まあ22世紀だと電子化が進んで今はかなり狭い分野でしか生存が確認できない絶滅危惧種なんだけどね。悲しいな。
因みにこういったニッチな発明品も青提灯は大好きだ。
赤い頭巾に電球のお面。それに重ねて『?』マークをつけて未確認であることを強調。
『Wanted!【喧嘩売りの少女】』と『イベント開催!』いうフレーズをメインに配置。
『喧嘩売りの少女』の性質の要点を記し、まるでその存在が怪異であるように書き立てる。
ポイントは断定しないこと。それっぽく書いて、読み手が勝手に誤解すればベストだ。何事も白黒つければいいという訳ではないという良例である。
実際プレイヤーの確率が高いだけで、俺とて100%その正体がプレイヤーだとは断定できないのだから間違いは書いてない。
現代では昔のドラマや映画でしか見かけない『手配書』の完成だ。
イベント報酬は要相談なんて※つけて非常に小さく1番下に書いとけば完璧だ。『※個人差があります』みたいな定型文だよ。オデ、ウソ“ハ”ツカナイ。
「青提灯よぉ、紙って沢山在庫ある?」
「――――――よってぬらりひょんの様な認識改変型のような能力の存在は侵標霊の中にも数多く存在して……え、紙ですか?ありますよ」
怪異のモデルに関して青提灯がペラペラと喋り続けているのをぶった斬って話しかけると、青提灯は少ししょぼんとしつつも答えた。
心なしか被っている青い提灯もシワシワになったように見える。
「バイト代あげるからさ、とりあえずB5サイズで500枚用意できる?」
「できますけど……500枚でいいんですかぁ?」
こういう時、青提灯は従順で扱い易……素直でありがたい。豚野郎あたりにこういったことを頼むと何を考えてるのか根掘り葉掘り聞かれる。いや、アイツの場合先読みして余計な口出しをしてくるな。
「とりあえず500枚で大丈夫だとは思う。むしろ多いかもな」
青提灯は「面倒なことには巻き込まないでくさいねぇ」などと失礼な事をブツブツ言いながら引き出しをガソゴソ漁ると、紙袋に包まれた紙束を引っ張り出してドンッと机の上に置いた。
普通のホームはこんな量の紙束を常備してない。
そりゃそうだ。紙ってのはゲームの攻略には関係ないほぼ完全にお遊びに分類される類のアイテムで、その上ちょいと割高ときてる。ノリや遊びで買うにはハードルが高い。
では何故青提灯の所属するチームのホームにはこんな紙束をポンと出せるぐらい在庫があるのか。それは青提灯のチームが一般的なVRMMORPGで言うところの『情報屋』兼『考察班』みたいな存在だからだ。
有志で侵標霊(怪異)やP案件(怪奇現象)の情報を収集。独自の指標を導入して危険度や対処法などをイラスト付きで図鑑に纏めてそれを売ってる変わり者たちだが、その腕は確かなのだ。PK集団も手を出さない中立国家みたいな扱いになっている。
ここで発行してる『否ヶ淵TCガイド(ver3.01)』にお世話になった新規は非常に多いはずだ。
否ヶ淵TCは非常に広いが、初期のチュートリアルで説明してもらえるのは仕事に関係する類に限定されていて、それ以外の事は殆ど教えてくれない。
となると先発プレイヤーが先輩風吹かせてでしゃばるところなのかもしれないが、いちいち説明するには否ヶ淵TCは大きすぎて皆が嫌がる。
想像してみて欲しい。ロクな資料もなしに基礎知識一切0の相手に某夢の国2つ分の敷地のある場所について全て語ろうとした時の労力を。うん、嫌だね。その上専門用語だらけでそれを説明してるだけで日が暮れる。
そもそも、このゲームはMMOの癖にソロ向きとしか思えない仕様なので、このゲームのユーザーは個人主義寄りが多い。団結力を期待するのは無駄である。
そんな中、右も左も分からん初心者のバイブルとして発行されたのが『否ヶ淵TCガイド』だ。
野生の公式などと言われるほどアミューズメントパークのパンフレットの様に情報が丁寧に纏められており、そのクオリティは公式がアナウンスで認めたほどだ(いいのかそれで運営は)。
そんな感じでプレイヤーに役立つ情報を集めて宣伝する事を生業とする青提灯の所属のチーム『文房具』には、それに使われる紙が大量にストックされてる。
青提灯が俺に対して協力的なのは『否ヶ淵TCガイド』の草稿の際に俺が多くの情報を提供したからだ。というか書くことを決める段階より前、このチームの設立段階からガッツリ俺も関わってる。
俺は我関せずでホームでトランプのスピードをして遊んでた奴らも強引に引っ張り込み、500枚の紙全てに印刷を行い手配書の作成をした。
さあ、本格的に捕獲作戦の開始だ。
あの人の狂気と厄介さを1番強く受け継いでいる子




