4:学習しない馬鹿が3匹
前回のあらすじ
バイブレーションミイラによる正義の鉄拳
我、床とキス
◆1:7:18:45:否ヶ淵TC:KBフードコート◆
「よぉ〜待ってた?」
「待ってない。しっしっ」
「そうそう、およびでな〜い」
「ばんは〜バケツさん」
このゲームには所謂ファンタジー系の世界における街のような拠点は無い。
俺たち従業員にとってのホームはこのTransferCenter、通称TCと呼ばれる巨大な倉庫だ。
この倉庫は商業施設みたいな物も合体しており、だいたいの用事はここで済む。
因みにTCは現在のところ否ヶ淵、不都宮、廻峯金橋、世ッ香美凉の4つが確認されており、同じくらいの割合でプレイヤーが割り振られている。
サーバーごとに区切られているわけでは無いらしいが、他のTCの奴とは直接会った事はない。
そんな否ヶ淵TCの職員食堂。
会社の食堂にしては豪華で、食堂というよりはもはや巨大なフードコートである。というか名前が『KBフードコート』だ。
大体の物は網羅されており、メニューにない物もオーダーすれば提供してくれるぞ。
料金は無料。最高だね。うちの社員食堂は世界一ィィィィ!!!
ただ一つ問題がある。
別に不味いってわけじゃない。むしろかなり美味い。同じものをレストランで食べようとすると安くない出費になるとは皆が口を揃えて言っている。
ただ、この『KBフードコート』で飯を食うとリアルの方で食欲がでないし、かと言ってリアルで食べなくても痩せないという恐ろしい事実が報告されているのである。
仮想世界で飯を食っても腹は膨れない。当たり前だ。その当たり前がここでは通用してない。
まあ血相変えて医療機関に駆け込んでも一切異常が発見されず、あまりに騒ぐと頭の病気を疑われるので考えるだけ無駄である。
食費が浮いてラッキーぐらいに考えときゃいいんだよ。賢く生きようぜ。
千切りキャベツに唐揚げ、きつねうどんの大盛りにメンマ山盛りと大ジョッキの生ビールというマイフェイバリット夕食セットを盆に乗せて歩いていると、知り合い達がいたのでどかりとテーブル席の空きに腰掛け、ゴクゴクとビールを飲む。うんまあ。
「んだよ冷たいなぁ。俺も遂にVenusだぞ。祝福しろぉ…………」
「おせぇよ赤バケツ」
「そうそう、威張る事じゃ無いからね」
「寄り道ばっかしてるからなぁこの人」
知り合いの心ない言葉をキンキンに冷えたビールで流し込みバッと手を広げると、更に心ない言葉が投げつけられた。
「てかまた飲んでるし」
「仕事前だろ、また酔っ払って怪文書を送ってくんじゃねーぞ」
「安全思考とは一体なんなのか……」
るせぇこのヤロォ。俺はコスパのいい酔っ払いだからビール一杯でちょうどいいんだぞぉ。血流良くなって運動能力も思考能力も上がるって寸法よ。SAN値も減りにくい。
となれば酒ってのはまさしく神様の血な訳だ。普通のゲームじゃエリクサーみたいなもんだよ。キリスト教だと神の血はワインだが、多分恵比寿さまか麒麟あたりの血はビールだな。間違いない。
それが無料で飲めるんだからもちろん飲むさ。イッツ賢いシンキーング。
「厄介なアル中みたいな事言ってるし」
「酒に強くない癖によぉ」
「そうそう、それ酒に強い人のロジックだから」
口々に話すのは、三八(仮)トリオと呼ばれてる、俺と同じく予約初日組の連中である。
口が悪いのがウニの被り物をしてる通称ウニ太郎。
人の言葉に乗っかって喋る癖があるのが杏の被り物してるアン二郎。
1番温和なのが牡蠣の被り物してるカキ三郎。
誰が名付けたかは知らないが、ウニを毬栗に見立て、杏は桃で、牡蠣を柿に当てはめ、桃栗三年柿八年から三八(仮)トリオらしい。
人伝なのでよく知らないが、人間の性質と成熟具合が被り物と諺に当てはまってるので認知されている。
ただ(仮)の由来は知らない。
「やい三八トリオ!オメェらちっとは演技でもヨイショできねぇのかこのバ……」
ビールで3倍回転力が増した口で喋り始めたが、俺は途中で口をつぐんだ。
「いいよね、赤バケツさん食堂だとちょっと大人しくて」
「判定微妙臭いのがな」
「その日の気分みたいな感じあるよね」
急に口をつぐんだ俺に対し、三八(仮)トリオは動揺もせずむしろ言いたい放題だ。ここじゃなきゃジョッキで正義のパンチをかましてるのに。チッ。
「んで、どんなイカサマしたんだよ」
「そうそう、赤バケツさん自力じゃ厳しいはずだからね」
「散財癖が無ければ上にいけるのに」
全くもって酷い言いっぷりであるし、今日はなんだか判定甘くねぇかこんにゃろぉ!
俺はキッと天井を睨みつけるが、ライトが煌々と照らすばかりで何も無い。
「イカサマじゃねぇよ。豚さんだよ豚さん。アイツにハメられたの」
真相は闇の中なので決して感謝はしないよ。俺はあくまで巻き込まれたんだ。なんなら被害者である。慰謝料を請求しよう。
「でたよ、まーたツンデレやってんの?」
「お互い素直じゃないよね」
「そうそう、ちょっとキツいわ〜」
ねぇマジ今日判定甘くなーい?おかしいなぁ。
俺は憤りを喉越しのいいうどんを啜って飲み込み。今日は相当判定が甘いらしいので嫌がらせに勢い良くうどんを啜ると、ブルルルァンブドゥルルランとうどんが乱舞し汁が盛大に飛び散る。
「おい!汚ねーぞバカ!」
「「あっ」」
見た目通りの喧嘩っ早いイガイガボーイであるウニ太郎は俺の仕掛けた罠にあっさり引っかかった。
そんなウニ太郎に対してアン次郎とカキ三郎が間抜けな声を漏らす。
次の瞬間、天井から関節が30ほどある半透明の白い百足と腕の中間の様な生物の塊現れて、抵抗もできないスピードでウニ太郎の頭を槍で貫き、そのまま死体を抱えて天井の異空間へ消えていった。
普通のファンタジーワールドでは、街とかホームってのは絶対の安全地帯だ。
でもこのゲームは違う。
TCの中にも怪異は普通に存在するし、P案件を利用した施設も普通に存在する。このフードコートもその一つだ。
このフードコートは従業員もいないはずなのにどんな飯でもタダで提供される。その代わり、喧嘩は御法度だ。人の悪口に迷惑行為、場合によってはマナー違反もアウトだ。
と言っても愚痴ってたように判定の厳しさは日によってまちまちなのだが、バカとかアホとか罵詈雑言は絶対のNGワード。言った瞬間にアウトである。
よって俺にバカと言ったバカなイガグリボーイは殺された。日によってはうどんの汁飛ばした俺も殺されるが、今回はかなり判定が甘いと読んだ俺の勝ちである。
ウニ太郎の落とした財布はキチンと俺のポッケに入れておいた。ありがとう。
「あーあ、やっちゃったね」
「アホだねぇ、コウくんも」
「「あっ」」
間抜けは見つかったようだな。
一瞬にして串刺しにされたアン二郎。俺はポケットから見えたパンパンの財布を目敏く見つけると、白百足腕に天井に引っ張られる瞬間に『グレイプニル』を射出。財布に巻きつけて華麗に回収した。
どれどれ。ベベベベベベッと、おーーー結構もってんじゃん!!ごっつぁんです!!
因みに『KBフードコート』では当然ながら犯罪行為も禁止だが、死体は判定外である。だから財布を回収しても問題無し。物分かりが良くて助かる。
なんならフードコートでハイエナしてる『喧嘩売りの少女』なんて呼ばれてるプレイヤーも最近いるらしいし、これはれっきとした金策である。
やったね。
リスポンしてアチアチになって破裂寸前のイガグリボーイと、バカ二号ことアン二郎がここに突撃してくるのにはまだ時間がある。
俺は急いで飯を掻っ込むと最後にビールを一気に飲み干した。
「ぷはぁ、ごっそさん!うまかったわ!んじゃまたな」
「いつもはびっくりするほど遅いのに凄い早食いですね…………」
うるせぃ。兄弟姉妹が多くなると食卓は戦争なるんだよ。貴様らは大家族の食卓の地獄を知らねんだ。
唖然としてるカキ三郎に別れを告げると、俺はフワフワした足取りでフードコートを後にした。
おっと前方に赤い防災頭巾に電球のお面をつけたプレイヤー。熱々の大きな石焼きビビンバをトレーに乗せてフラフラしてる。
レッツ酔拳。千鳥足も極めりゃ予即不可能なスーパーステップよ。
と思ったが一気飲みがいけなかったらしく、千鳥足ステップが絡まり電球頭の前でコケて、俺の方へ吸い寄せられるように倒れてきた電球頭が予想外の回避に足を滑らせ、俺の横を通ろうとした見知らぬプレイヤーの顔面に石焼きビビンバが綺麗にゴールした。
ナイッシューーー!!
「アッツぁぁあ!?何してんだこのクソ野郎共!」
彼はそれを遺言に死んだ。
バカが3匹。
『KBフードコート』では如何なる理由でも罵詈雑言は御法度である。
白百足腕に串刺しにされて死んだ3匹目のバカのポッケから財布が落ちる。多分ゲーム形態が違かったら俺のカットインが入っただろう。
電球頭と視線が交差する。
次の瞬間、電球頭の姿がブレたかと思うとその手には財布が握られており、奴は颯爽と駆け出した。
見事な手腕である。
ただ一つ見逃せない事がある。
「床汚したまんまにしてんじゃねーよバカやろー!片付けろよなー!……あっ」
床にぶちまけられた旨そうなビビンバを放置して逃げた不届き者の背中に、正義の味方こと都合のいい自治厨である俺は一言申してやったのだが、バカは俺もだった。
俺は死んだ。
因みに最高速のダッシュで『KBフードコート』に戻ったが、俺の財布もウニ太郎の財布もアン二郎の財布も無くなっており、先に『KBフードコート』に到着していた2人と揉めて罵ってまた死んだ。
学習しないバカが3匹。カキ三郎くんは呆れていた。




