3:バイブレーションミイラ
前回のあらすじ
『グレイプニル』大値引き……!商談……成立…………ッ!圧倒的感謝ッ!
◆1:7:20:45:否ヶ淵TC◆
「よりによってソレ買ったんですか?」
はぁ〜、と溜息を吐いたのは、頭部がぴっちり包帯でぐるぐる巻きの同僚、通称マミーである。見た目は完全に制服を着たミイラだが、面倒見の良さというかお節介気質から母ちゃんと呼ばれてるとかいないとか。
そんな知り合いに会ったので試しに『グレイプニル』を見せたのだが、予想より引かれた。というか呆れられてる。
両輪駆動のバイク『双角麒麟』を買った時も似た様な反応をされた気がするな。とんだじゃじゃ馬だが、乗りこなせば壁も走る性能を持つバイクで、現状俺しか持ってない。
というのも、イベント期間中限定の売り物で、他のプレイヤーからもかなり資金を融通してもらわないと手が届かないレベルの代物だった。
誰もが買えるわけないと言ったが、それが逆に俺の購買意欲に火をつけた。手八丁口八丁で手当たり次第にプレイヤーに声をかけ1QBでもイイからと巻き上げていった結果、塵も積もればキリマンジャロ、なんと購入できたわけである。
あの時ほど人が動く宝石袋に見えた事はない。
やっぱり日本人ってバカだね。ブームっていうか、そういう一種のイベントというか、みんなやってるって言うとすぐに乗っちゃう。
重要なのは、ちょっとしたイベントへの寄付金的な感じで楽しませて出資させる事。みんなに加わることが楽しい事だと思わせると日本人はビックリするほど脆いって訳よ。
まあ後で豚野郎中心に知り合い共が俺の悪事を暴き立て請求書を叩きつけてきたのは予想外だったが、それもまた祭りの一種みてぇにされると自分でやった手前逃げられない。
そもそも長らくMercuryだったのも、その件の借金返済でまともに装備が買えなかったせいであって、よく考えると豚野郎はマッチポンプな気がするからやっぱり豚野郎は豚野郎である。
因みに、例の一件にはこのマミーさんも参加してる。俺の知り合いが俺を起点に徒党を組むのは正直解せない。アレだよ?俺1人を問題児扱いしてるけど初日組だって最初は血で血を争う内輪揉めをしてたんじゃん?理不尽に死にすぎて「なんやこのクソゲー!!」って一緒に吼えてたじゃん?
サービス開始から1ヶ月はガチで地獄だった。
このゲーム、チュートリアルが異常に丁寧な部分と雑な部分の差が激しい。例えるなら超高層ビルとトタン小屋レベルでクオリティが違う。
この世界はファンタジーバトル用じゃないので、呑気にお散歩気分で外へ出ると最短3歩で死ぬ。
ルートの開拓ができないうちは3歩ごとに地雷が埋まってるイメージで出歩く必要があり、如何に他人を先に進ませるか、命を散らして得た貴重な情報を分取るかでギスってたもんだ。
「いいだろ『グレイプニル』!便利でさぁ!ロマンがあるだろぉ!?」
そんな気心しれた同士に対し「きしゃぁぁぁぁ!」と両手を天に突き上げ威嚇しながら吼えてみるが、マミーに虚仮威しが通じるわけもなく、処置なしと首を横に振られた。
「安全第一と曰っておきながら、結局のところ貴方はロマンというか楽しければどうでもいいみたいな思考回路が透けて見える。普通はですね、痛みを伴うこんなゲーム相手だともっと慎重になるんですよ、ドMでもない限り」
誤解だぜ、それはぁ誤解だ。
ゲームなんだから当然楽しい優先に決まってんだろぉ!?死なない様に全力を尽くすゥ?
だったら究極的な答えは『ログインしない』だ!そしたら死なない!どんな理不尽なろう系チートパンチをかませる敵でもログアウトしちゃえば俺の勝ちって寸法だ!
それをわかっていながら、みんなこんな人権タイタニック号のゲームにログインしてるんだ!何故って楽しみを求めてるからだ!!
この時勢プロゲーマーなんて奴がゴロゴロいるが俺にとっちゃそんなのゲームへの侮辱だね!ゲームは楽しむもんだ!!
つまり!実用性ばかり追求して新たな可能性を求めないやつは大損こいてる訳だ!ゲームっていうのは最適解だけ求めてたら飽きるのも早い。
だからこそ、俺みたいなプレイヤーが新たな可能性を示す必要があるんだ!このゲームにはこんな楽しみ方があるんだぜって、人生をより楽しむ方法はこんなにもあるんだぜって、俺ァ示してぇ!
断じてドMじゃあねえ!それは豚野郎だ!
俺が演説を終えるとパチパチと複数の拍手がなった。ありがとう、ありがとう。どうも、どうも、ありがとう。
こんな人通りのある通路で大声上げてたらそりゃ注目が集まるよな。お布施はこのバケツに入れてくれ。
うん、どうも。応援ありがとう。誰だドサクサに紛れて釘を投げつけてきた奴。危ねえだろ。
クラフトに使わせてもらうぜ。
そこの君、いいカスタムだ。装備に拘る奴は信頼できる。フレンドになろう。どうも。お近づきの印にミニパイナップルをあげよう。食べるなよ。頭弾けるぞ。
俺が胡散臭い政治家の様に周囲のヒヨッコに友好的に応対していると、横から深いため息が聞こえた。
「どうしてそう口が回るのでしょうか?。まるでとても真っ当な事を言われてる気分になります。貴方は生まれる時代が違えば怪しい新興宗教を立ち上げて詐欺か何かで捕まったでしょうね」
「真っ当な事を言ってるから間違ってないさ。宗教は嫌だね。おっかないし。てか捕まるのかよ」
ウチのサーバーの連中は特にノリがいいので、バケツがあっという間に満杯になった。俺を的にダーツをやってた奴らは顔を覚えたから後で〆る。
てかほとんどゴミじゃねーか。これゴミ箱じゃねーんだぞ!
ホラ散った散った!お遊び終わり!
このゲーム、配送に全振りみたいなとこあるから、ちょっと何か催し物があるとプレイヤーはイナゴの様に集まってくるんだ。ブーブー言うな、金取るぞ。
そうだ、自己紹介が遅れたな。俺の特技は闇討ちだ。
はい、解散!
「よし邪魔者が消えたから話を続けよう」
「貴方ほっておくと永遠に喋りますよね」
「人間は全生物中最も高度なコミュニケーションができる生き物だ。つまり人とお話するってのは御先祖様に報いる素晴らしい行いなんだぞ」
少なくとも俺はそう信じてる。
「その話は一旦置いておきましょう。それより『グレイプニル』です。結局楽しみを求めても使えなければ意味がないでしょう?私も試しましたが、完全に使いこなすには『生物学者』のアビリティやCONのパラメータをかなり強化しなきゃいけません」
痛いとこ突いてくるじゃないの。まあ俺『哲学者』アビリティ信者だし、肉体強度に関しては同格と比較すると脆い部類に入るから尚更不向きなんですけどね。
でも俺は男だから虚勢を張る。
「いや、悪かねぇよ」
ハンドモーション三指銃。クロック13モード『グレイプニル』展開。標的正面・ロック。トリガー。
目視出来ないスピードで装着されたクロック13から放たれた杭。それは一瞬にしてマミーの身体に巻き付いた。
「…………なんですか?」
いきなり攻撃してもマミーさんは動じた様子が無い。肝が据わり具合がそんじょそこらのヒラやヒヨっことは違う。
しかしグッと力を込めて糸の拘束から逃れようとして、初めて動揺らしきものを見せた。
「んっ……!ふぅッ…………!き、切れない?」
まぁね、割引してもらった分予算が浮いたから糸の強化をしてみたんだ。
本当は腕周りの強度を強化すべきだが、腕が千切れても最悪防護スーツがあるからそれが皮の代わりになってくれるさ。
耐熱耐刃に耐久強化だ。ちょっとやそっとじゃ切れねぇぞ。
うん、よく考えるとコレPK向きなんじゃないか?金策が捗りそうだ。さっき俺をダーツにしてた絶対に許さないリストに登録された奴らの顔がチラつく。
「…………コード:形質・内捌斬」
次の瞬間、俺はとんでもない痛みに身悶えすることになった。
かなりイメージし辛いが、腕は無傷で中の骨だけバッキリ折られたような痛みが襲ったのだ。
んぎぃぃぃ!悲鳴を口で噛み殺す。
どうやらマミーさんは鎖を切って脱出したようだ。腕のサイドから仕込まれた刃が出ている。
マミーさん肉体改造教の教祖みたいなヤツだからな。やっぱり危険だ。
それにしても痛んだ位置が骨らしいって事は、やっぱり『グレイプニル』の鎖はクローンの骨から編んでるみたいだな。
てかチュートリアルの時の1.5倍くらい痛い。騙された気がする。
やっぱり産廃武器かもしれない、そう囁く悪魔の声を俺は振り払う。
「面倒ですが対処できない事はありません。次は無いでしょう」
ツカツカと立ち去っていくマミーさん。そう、俺とマミーさんは仲がいいってわけじゃ無い。緩い同盟関係なのだ。つまりいつでも闇討ちできる。
しかし一方的にドヤ顔バイバイされるのも癪なので、もう一度『グレイプニル』を射出。今度は脚に標的を絞ってその脚に引っかかった瞬間に勢い良く引っ張ると、マミーさんは案の定コケた。
ビターン!と顔面からいった。いい音だ。アレは痛いね。
本部のつるりとした通路の真ん中。いきなり転けたマミーさんに注目が集まる。よく見れば羞恥でプルプル震えている。世にも珍しいバイブレーションミイラだ。
俺はそれを見てソローッと静かに立ち去る事に決めた。一流紳士はクールに去るぜ。
次の瞬間、バイブの運動量を濃縮してかっ飛んできたマミーさんに後頭部を思い切りグーで殴られ目から綺麗な火花が散り推定樹脂製の緑の床と熱いキスをした。
いいパンチだ。お前がナンバーワンだ。




