2:知らぬが般若
前回のあらすじ
豚野郎が死んだ!?この人でなしー!
オトモダチーーーーーーーーー!!
◆1:7:23:14:否ヶ淵TC◆
「出てこい豚野郎!!」
「いらっしゃい、バケツさん」
バケツに描かれたニコちゃんマークがおこりんぼマークになる勢いで息巻いて俺が怒鳴り込むと、部屋にいたメンバーは即座に目を逸らし、1人だけは平然と出迎えた。
「ヘイヘーイ?なんで目ぇ逸らす?仲良くしよーぜ?」
「ひッ!?」
試しに完全にそっぽ向いたやつに友好の徴として肩を組んで話しかけたのに、全力で引かれた。お面のせいで顔はよく見えないが化物がニコニコしながら近づいてきたみたいな失礼な反応である。
傷ついちゃうぞ?拗ねちゃうぞ?やんなっちゃうぞ?殺ん殺ん?
あ、コイツよく見たら金欠中の時にPK金策でもウッカリ刺しちゃったやつかもしれない。あの時はドーモ。愛車を購入したら凄い借金になっちゃってね。あの時は助かったよ。
お裾分けにコイツをあげよう。糖度0%の食べたら頭がパーン!と弾けるミニパイナップルだ。
HAHAHA、なんでそんなビビってるんだ?まるで自決しろと促してるみたいじゃないか?自殺なんて非生産的な事をするなよ。死にたくなったなら俺の財布になっておくれ。
遠慮するな。いいね?死に方の希望にはできるだけお応えするよ。銃殺とかどう?
「バケツさん、そこら辺で」
「んだよ、友好を深めてたのに」
俺に話しかけてきたのは翁面が特徴のプレイヤー。その柔らかい物腰と理性的な振る舞いも相まって仮面そのまま『翁』と呼ばれている。
豚野郎の実弟らしいが、真偽は定かでは無い。興味無いし。間違い無いのは彼は俺の良きオトモダチであると言う事である。
「口裂け豚さんはリアルの用事でログアウトしたそうです。ミッション中に気が散ることを考慮して敢えて連絡しなかったらしいです。会ったら謝っておいてくれ、と」
「本当か?俺の目を見て言える?まあお面で見えないんだけど」
「はい、死に戻りして少し後に」
………………オトモダチ狂いモンスターがどの時点で豚野郎と入れ替わったかは定かでは無いが、マンションに潜入したところまでは確実に本物だった。
怪異にも縄張りがあるからな。マンションに住んでるタイプは自発的にマンションの外には出てこない。
だからタイミングはマンション潜入後。死因は定かじゃ無いが奴は死んで俺より先にこの休憩室に戻ったわけだ。
待てよ、ミッション履歴を確認しよう。それで奴の罪深さがわかる。ふむ、クリアした人数は2人で、クリアの通知がきた時間はこの時間ね。
「アイツ何時ログアウトした?」
「さぁ?」
ミッション履歴では2人でクリアしたことになってる。
そう、ミッションは死んでも終わらない。荷物が完全に破損するかリタイアするまで続く。
そして当然ながら、ミッションは少ない人数でクリアした方が報酬も大きくなる。
本当に奴が心の底から済まないと思うなら、リタイアしてからログアウトできたはずだ。ミッション中にログアウトしようとするとミッションを取りやめるか確認されるからな。
しかし奴はリタイアしなかった。お陰で俺の生存ボーナスまで山分けである。
もし、ミッションコンプリートの通知と同時にログアウトしたのなら完全に黒だ。奴は利益を確保できると確認し、そしてその後俺が怒鳴り込んでくることを見込んでトンズラこいた訳である。
しかもリアルの用事という絶妙に責めづらい理由を盾にしてるのが悪どい。
翁をじっと見つめるが、仮面のせいでその表情を確認できない。
翁は暫定豚の弟で俺のオトモダチだが、どちらかに肩入れしない。“翁なりに”中立でいようとする。
豚野郎の真意を翁が見抜いていても、翁が言わないと決めたら俺にはわからない。
俺は威嚇する様に周囲に視線を向けるが、全員がそっぽ向くかそそくさと退出していった。酷い扱いである。しかし周囲の反応を見るに豚野郎は何かを言ったに違いない。なんとなく気まずそうな雰囲気が感じられる。
「そういえば、クリアランスが上がったんですね。おめでとうございます」
「ん?ああ、今回のミッションでな。それなりに難しかったし、一応最近は大人しくポイントを貯めてたからな」
話を逸らされてる気がするが、いつまでも罪なき者共を詰問する趣味も無い。翁に振られた話題にとりあえず乗っかる。
黄泉比良坂運送会社の社員にはクリアランスというの物が存在する。Lvとは別に、社員としてのランクを示す物だ。
最初はピカピカ初心者、研修中枠のSatellite、次は初心者脱出の証Asteroid。ここまでは会社で言うところに入社1年目といった感じである。
問題はそれ以降。クソ面倒な試験を突破し正式な社員と認められた後だ。
Mercury, Venus, Earth, Mars, Jupiter, Saturn, Uranus, Neptune, Pluto。
太陽系の惑星+1の惑星に準えてクリアランスが設定されている。
しかもこの惑星のクリアランスの中にも更に区分があるので、割と面倒くさい。
因みに、俺達に命令を出してるNPCはクリアランスPluto・Outerらしいので、プレイヤーが実質的に到達できる限界はNeptuneかPlutoでは無いかと考えられている。
現在、黄泉比良坂運送会社がサービス開始してから1年以上が経過したが、プレイヤーの中の最高ランクはEarthの3段回目、『Earth・Moon・B』だったはず。
ようやくさっきVenus になった俺とはえらい差である。どんな分野にもいるけどガチ勢怖いね。
豚野郎?アイツは確かEarthだったはずだ。ハイエナ野郎め。
「まあ、バケツさんは長らくMercuryだった方が変だったので、お祝いするほどでもないかもしれないですね」
「よせやい。褒めても出るのはパイナップルだけだ」
弾けるとこのホームが吹っ飛ぶミニパイナップルをポイっと投げたが、翁は動揺もせずにキャッチすると懐にしまった。
面白みのない奴である。まあピン抜いてないから撃ちでもしない限り爆発するわけがないんだけど。
「リーダーは常々言ってましたからね。『アイツいつまでMercuryなんだ』って」
「余計なお節介じゃい」
口ではこう言ってみるが、黄泉比良坂運送においてクリアランスの有用性はデカい。
支給品の増加、アイテム、カスタムの値引きに、閲覧できる情報、使用できる施設、購入できるアイテム、報酬とボーナスの増加。
デメリットは一切なく、膨大なメリットだけが与えられる。
法定規則と人権がお空の彼方へさよならバイバイしてるゲームだが、このクリアランスが上昇した時の快感にハマりきってゲームをしてる連中もいるくらいだ。
大昔に流行った異世界転生モノのギルドのランク制に近いが、こっちは実利が膨大だから喜びも段違いだ。
まあゲームで威張り散らしても虚しくなるだけだもんな。誰も傅いてくれないし。そりゃ実利を餌にするよな。
…………もしかすると、豚野郎はいつまでもMercuryの俺に痺れを切らしてキャリーをしようとしたのだろうか?
受けられるミッションにはクリアランスも関係しており、自分より高いクリアランスのミッションは受注できない。
ただし、他のプレイヤーが受注したミッションに参加する形だと、自分のクリアランスより高いミッションを受注できる。
リスクはあるが、こっちの方が格段に効率が良いってわけだ。
俺が先程クリアしたミッションもその類。分類だと力技よりも閃きを求める系統のミッションで助かった。力技系は問答無用で殺されるから呆気なく死ぬってお約束だからな。
となると、豚野郎は受注するクエストも、わざわざ未開の危険性が高いものでありながら恐らく俺でも切り抜けられる系統を選んだ可能性がある。
豚野郎は賢い。やることなす事何か理由がある。
うーん、やめだ。なんか豚野郎を許しそうになるので深く考えるのはやめよう。
知らぬが般若でいられることもあるのである。
俺はしばらくして豚野郎の組合のホームを後にした。
◆
「はぇ〜、久しぶりにランクアップしたけど、凄いなコレ」
豚野郎のホームを出た後は、久しぶりに暖かくなった財布を胸にショップへやってきた。
なるほど、Mercuryの時には表示されなかった商品が売られている。カスタムもかなり増えたな。
「このクロック13の『グレイプニル』ってカスタム、試せる?」
「畏まりました。試着室へ転送します」
ショップに在中してる球体に女性の上半身が映っているNPCに話しかけると、視界が切り替わり真っ黒だが明るい部屋に転移する。
「試着室の利用可能時間は最大15分です。『グレイプニル』の使い方のチュートリアルはご利用しますか?」
「お願いしまーす」
「畏まりました」
ぶっ飛んだゲームなのに、プレイヤーが離れていかないのはこの様にサービスが他のゲームよりも格段に細やかだからだろう。
一つ一つの製品、カスタムにチュートリアルが用意されてるあたり、アイテムに関する拘りを感じる。
「『グレイプニル』は、クロック13のカスタムです。クロック13を展開後、追加モーションを設定するか『コード:グレイプニル』の音声認識でクロック13のモードが切り替わります」
俺がそのチュートリアルに従ってコールすると、クロック13の銃身部分がより太く筒状になり、狼の紋章が掘り込まれた杭がセットされていた。
「『グレイプニル』の性能は大きく分けて2つ。糸による移動と糸による捕縛です」
部屋がグニャリと変形し、壁の上の方から柱が迫り出した。
俺はチュートリアルに促されるままその柱に向けて銃口を向けて引き金を引く。すると杭が射出され、柱に突き刺さった。
杭には鎖の様なモノが繋がっており、それが銃口の奥へ続いていた。
そしてトリガーを長押しする事で、鎖が勝手に銃口に吸い込まれていき、クロック13が固定された腕が引き上げられ身体が持ち上がる。
ぐぎぃぃぃ、骨が千切れそうに痛みが腕に走った。明らかに法律で決められた痛覚レベルを超えている。
まあそれはいつもの事なので、チュートリアルに大人しく従う。
長押しで鎖が縮み、短く押すと杭が消えて解除された。
なるほど、トリッキーだが移動方法としては悪くない。なんか怪盗モノの道具みたいでカッコいいし。
ただ捕縛機能はテンでダメだった。自動追尾は素晴らしいが、怪異を捕縛するのに糸の強度が低過ぎる。
小学生が家庭科の授業で使う糸じゃねえんだぞこのヤロー。本返し縫いでエコバッグでも作れってか?
デモンストレーションで擬似的に作られた怪異ですら捕縛できてない時点でお察しである。真面目に武器として使うなら、お金をかけて相当強化しなきゃダメだ。
そんで問題はそれだけではない。
「あの、身体が持ち上がる時に腕がかなり痛いんだけど、どうにかならないですか?腕から木を切る様な鳴っちゃいけない音がするの」
『ステータスをアップして肉体強度を強化しましょう』
クロック13の弾丸の原材料がクローンの肉体のナニカの時点で考慮すべきだったが、『グレイプニル』の杭も鎖も構成する度に虚脱感がヤバい。
鎖に至っては伸びる程に痛みが走り、Gがかかると引きちぎれそうな嫌な感覚がする。
今日オトモダチ狂いモンスターから逃げる時にやった様なワイヤーアクションをしたら、途中で腕がブチッと御別れを告げて身体と地面が熱いキスをしそうな予感がする。
それをどうにかできないか、と聞けば、武器の強化ではなく、肉体の強化をにこやかに勧められた。
ふむ…………普通に設計ミスではないだろうか?
機械の機能向上より人体改造を勧める世界などディストピアでもなかなか見ないぞ。
いや、わかってるさ。
所謂、産廃カスタム、お遊びカスタム、地雷カスタム。
ゲームによくある要素だ。選択肢は多くても実際に使える、使われる武器やカスタムが偏る。“正解”が生まれてしまうのは仕方のないことだ。
人間も一緒だ。色んな要素があっても実用性を持つのは一握り。
ネタ方面に走るならこれでもいいが、ガチ勢ではないがネタ方面に走る気もない。
俺は一旦グレプニルを保留にして別の武器やカスタムも試してみる。
そう、全ては有料なのだ。勢いで買ってはいけない。黒字を出すのが精一杯のゲームでまとまった金を用意できる機会は少ないのだ。
しかし、ここで俺の悪い癖がでた。
色んな武器もカスタムも試せど、脳裏にチラつくのは『グレイプニル』くん。
未練を断ち切れてないのに半端に納得して別の武器を色々試したせいらしい。脳内で新しい武器やカスタムの論評をしていても『グレイプニル』くんが囁いて妨害してくるのだ。
買うしかないのか?嫌でも、絶対産廃枠なんだよなぁ。豚野郎とかが見たら「よりによって何故それを?」と絶対に引き気味で聞かれる類の武器なんだよなぁ。
「お悩みですか?」
「ああ、いや、うーん……」
NPCとは思えない気遣いありがとう。実際は悩んでると言うよりは、自分を納得させようとしてるだけなんだ。すまない。
時に店員に話しかけられるのは嫌だという人種がかなりの数いるらしいが、俺はむしろ話しかけて欲しい。餅は餅屋に任せた方が大概上手くいくんだ。責任も押し付けられて万々歳である。おっと本音が。
そんな悩める俺に、天使の様な甘美な声をした悪魔の囁きが聞こえた。
「『グレイプニル』……欲しいですか?」
なに!?何故わかった!?
怖いわ〜このゲームのAI怖いわ〜。
いや〜でもね〜カスタムお高いじゃないですか〜?で、他に有用な武器があるとなかなか手が出ないんですよー。いや〜まいったなー。それにしても今日も売り子さんは勤勉でお美しいなぁ〜。
手揉みゴマすり、なんなら靴も舐めちゃう。売り子さん球体状で足がないからできないけど。
しかし売り子さんがパチンと指を鳴らすと、なんと『グレイプニル』の売値に【35%引き(今だけ!?)】のマークが!?売り子さんのデフォルメしたびっくり顔まで印字されてて芸が細かい!
というかそんな権限あったのか!?
「買った!」
「お買い上げありがとうございまーす!」
うん、多分運営も不人気になる自覚はあったのかな。見事に買わされた。
いや〜AI怖いわ〜。




