12:精神的限界
私のカミングアウトと宣言を聞き、彼はわかったと頷いた。
この不満は理不尽なモノとわかっている上で言いたい…………婚約者が急に世界のテッペン取ろうぜって誘いを聞いて正気を疑うのではなく、楽しくなってきたみたいな顔をするのはなんなんだ?
驚きはしたけど復帰までもすごい早かったなアイツ。それで私の方もポーカーフェイス崩されたぞ。
あぁ、わかった。
第二皇子に感じていた違和感。対面して感じた不思議な感覚。コイツだけ、なんか乙女ゲーのキャラって感じじゃなくて、ギャルゲーの主人公みたいな感じなんだ。前髪で顔が見えねぇとかじゃなくて、意識が違う。
この世界の人間よりも一個上の次元から世界を見て楽しんでいるみたいな。
かと言って、私と同じ転生者ではない気がする。実娘相手に実父エミュを完璧にできるのは私の父親しかいない。そもそもこのゲーム、販売されてないから詳しい内容を知っているメンバーが超限定されている。一般的なゲーム世界転生モノとは条件が違う。
私みたいに事前知識がいっぱいあるならまだしも、無ければ転生直後から普段通り生活できるわけがない。私ですら現実を受け止めるのに10日かかったのだから。
統合失調になって変な風に世界が見えているのではないかって疑い続けて、そうではないと結論づけるのがどれほど難しかったか。
ムカつくほどに、憎たらしいほどに、この世界は現実だった。
――――――当たり前でしょう?
違う。この世界は虚構だ。存在していない。だって作ったのは私だぞ?その私だからこそ言える。こんな世界、あり得ない。
神がいると言うなら、黒幕がいるなら問いただしたい。未完成の乙女ゲーに製作者を送り込んで何がしたかったんだ、って。
この世界には倒すべき魔王も邪神もいない。
意図がわからん。そして未知は恐怖を呼び起こす。
そうだ。私は怖いのだ。自分の正気を疑い続ける日々が。だって冷静に考えておかしいだろ。なんだよ異世界転生って。自分の頭がおかしくなって変なモノが見えるようになってしまったと考えた方が普通だろ。
気づいたら、点滴を打たれながらベッドの上で固定具に縛り付けられていてもおかしくないんだから。
怖いだろ。
私は本当に正気か?
「助けて……父さん……母さん…………」
怖い。
どうしたいい?
世界制覇しても何もヒントを得られなかったら?
でも、ジッとしていられない。ただただこの世界を受け入れたら、私の心が壊れると自分だからわかる。何かの為に動いていないと、怖いんだ。
成人した娘なのに、情けないけど、追い詰められた私は無意識で両親に縋った。貴方達ならどうにかしてくれないかな、って。
第二皇子と今後の事を軽く打ち合わせして、帰ってもらってから震えが止まらないんだよ。
もう自分でも知らないルートに入ってしまったのが分かるから。既に自分の事前知識と乖離し始めた世界で私は生き延びられるのか怖いんだよ。
――――――情けない。みっともない。
ああそうだよ。私はお前みたいに傲慢じゃないんだ。
自分1人でやれる事なんてたかが知れてるってよく知ってるんだよ。
――――――美しくない。
何がだよクソ女が。
テメェも気に食わないんだよ私は。寄生虫みたいに自我を残しやがって。原作でもそんな要素なかっただろ。
お前がいなければ、私はこの世界を受け入れたかも知れないのに。お前の存在が私をこの世界の異物だって何よりも突きつけ続けてくるんだよ。
――――――そうでしょう?
コイツ……煽りとかでもなく単純な事実として言っているのが分かるのがムカつく。
正気を失ってしまいたいのに、この亡霊が私を幾度も現実に引き戻す。
死にたいのに死を許さない。
なんなんだお前は。本当に。
あの第二皇子もだよ。
何つうことを交換条件に約束を結ばせてんだ。信じられないよほんと。ウチの異母妹の性癖はどうなってんだよ。
第二皇子襲来の夜、私は第二皇子の提示した交換条件を思い出し、転生以来久々に震えながら、自分に魔法をかけて意識を失うように眠りにつくのだった。
◆
機嫌良さげにその男は寝台に腰掛ける。
「でんか……?」
「眠ってていいよ」
「はい……」
興奮を抑えきれずにメイドを抱いてみたが、一夜明けてもまだワクワクしている。
この男にとって、生きていく事は「つまらない」と言う感覚に常に付き纏われていた。
顔が良くて、勉強もなんでもあまり努力せずに熟達できた。
第一皇子の3歳年下だが、皇帝の正妻の第一子と言う御家騒動待ったなしな立ち位置で、正妻も生粋の箱入り娘なので野心のヤの字もなく、第二皇子がただ健やかに育つことを望む人だった。
むしろ率先して貴方は兄を支えていくのです、と第二皇子に言い聞かせた。幼い頃の第二皇子はそれに疑問は持たなかった。成長した今では皇帝なんてクソ面倒な地位だなとしか思っていない。
けど、何もないというのはつまらなかった。
彼を担ぎ上げて悪い事を企む者もいたが、何も面白くなさそうだったので父親に告げ口して消してやった。
彼とその女の婚約は、彼が6歳の時に決まった。
婚約者候補は沢山いたが、その中でも1番優秀な子供が選ばれたと聞いている。
確かに美しかった。単純な見た目の良さだけだったら今でも1番良いと第二皇子は迷いなく言える。だが顔合わせして思ったのだ。この女はつまらないな、と。
自分と同じで、自分の地位に応じた立ち振る舞いをする事に慣れすぎていて、まるで人形と向かい合っているような。そのうえ、生命としての熱が薄い。
やる気とか熱意とか喜怒哀楽がすっぽ抜けたような、目に映るもの全部石ころに見えているかのような瞳。
ここまで人として関心がないという態度を取られると、第二皇子も一周回って気が楽になった。見た目と実力はあるから、まあ問題はないかと。
まだ幼い時は他の女に粉をかけて気を引こうとした事もあったのだが、この女は私に関係ないならどうでもいいと言わんばかりに全く近寄ってこなかった。
それならいいかと他の女に堂々と手を出し始めたが、それでも態度は変わらない。
そんな関係でいいと思っていた。
幾ら女遊びをしていても何も言わない正妻。むしろそれは自分にはとても都合が良い存在なのではないか、と。
そんな女が。
魂から熱意を奪われる代わりに美貌を得る契約を悪魔と結んだと言われても信じられる見た目の女が。
自分の目を見て、縋ったのだ。
助けてくれ、と。
どんな魂胆があるかはわからない。世界征服を目指してその先に何を得ようとしているのかイマイチあやふやだから、何かをまだ隠しているのはわかる。
だが、嘘をついていないのはわかった。
第二皇子も昔からなんとなく周囲の人物が嘘をついているかいないか見分けられる特技を持っていた。
常にクルァウティを演じる事に徹していた女には常に嘘の臭いで満ち溢れていた。しかし今日のクルァウティは誤魔化す様な気配はあれど、嘘を吐こうとする素振りはなかった。
具体的な言葉こそ避けていたが、あの女の目指すところは一つ。
皇帝をその座から引き摺り下ろして国を大きく変える。
つまり、自分を担いでクーデターを起こしてやろうというのだ。
そう聞けば彼女の行動にも納得の行く部分はある。と言っても策としてはまだ穴だらけに感じたが。何か生き急いでいる様な感覚がある。アレは一旦落ち着かせないと計画を起こす前に破綻するだろう。
一体何が彼女を変えたのか。
なぜ焦っているのか。
世界を支配して何が欲しいのか。
わからない部分だらけだ。
しかし一つ言えることがある。
前のクルァウティと今のクルァウティを選べと言われたら、自分は迷いなく今のクルァウティを選ぶと。
この国の歪んで面白くない部分を詰め込んだ様な女から、楽しいことをしでかしてくれる波乱の気配を纏う女に変わったクルァウティの方が第二皇子は好きだった。
だから迫った。
そこまで言うなら、言葉に二言無しと証明しろ。
その為には、お前の身体を差し出せ、と。
以前の貴族令嬢の化身であるクルァウティなら絶対に許さない命令。貴族の令嬢にとって貞操は重い、何よりも。
一度純血を捧げてしまえば、あとはその相手と添い遂げるか、変えるなら相当下の家格の相手になるしかない。この国は近隣諸国と比べても殊更処女性に重きを置くところがある。
だからこそそれを差し出させる事は第二皇子にとって楽しい事なのだが、クルァウティは顔を赤らめた後、少し青ざめさせ、動揺を押し殺す様に唇を噛み、最後には涙目になって、俯いた後に小さく頷いた。
その表情を見ただけで、第二皇子の中にかつてない興奮が湧き上がった。
あの美しく歪みのない表情を顔面に貼り付けた女が、弱りきった様な顔で、捨てられた子犬の様な目でこちらを見た事にゾクゾクとした形容し難い欲求が湧き上がった。
第二皇子は強く思った。
身体も心も自分のものにしたい、と。
閨の寝台の上で組み伏せながら、何を隠しているのか全て吐かせたい、と。
この女が欲しい。第二皇子は初恋を知った少年の様に胸を高鳴らせながら、同時に老獪な瞳でさてどう調理していこうと輝かせ、クルァウティを完全に手中に収める方法について思案し始めた。
自分が正気か分からない、って状況
如何にメンタルの強い人でも容易く壊れる環境だと思うんだよね
あと多分いないとは思うんだけど、ALLFO未読でこれ読んでたら主人公が何を第二皇子相手に焦ってるかイマイチ伝わんないんだろうな感。
億が一ALLFO未読だったら其方を先に読んでいただけますと…………




