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ALLFO星機構 続書薄物収容施設  作者: セクシー大根教教区長ミニ丸語
シリーズ:外華内貧ラスボス系悪役令嬢の英傑列伝~このアホみたいな世界ブッ壊す~
1/16

1:絶望の果て+2:癇癪姫の散髪

短編で1話だけ投稿してたやつ

このシリーズは結構しっかり目に拷問描写あるから悪しからず



 その女の後世での評価は概ね一致している。

 この世に並び立たぬ者の無い悪女である、と。

 成した悪逆数知れず。殺めた生命数知れず。

 人類史の特異点。数々の国史を学ぶ上で決して避けては通れないその存在感。

 しかしその名は悪逆だけに留まらず。多くの功績を残したことをで後世の評価は真っ二つ。

 残虐女帝、拷問女帝、淫売女帝の異名を持つ傍ら。

 発明の申し子、魔導大帝、近代戦術論の開祖、そして嘗てない数の人命を救った救世の女神。

 

 果たしてそれはプロパガンダの為に作られた虚像なのか。

 真に死と同時に生を齎した神の如き女なのか。

 他国にもその偉業が記された、膨大な異名を持つその女の生きざまは―――――――――。


 



 カッチャーーン!と金属と陶器が激しくぶつかる音が響く。

 その場にいる者がまたいつもの事か、と思いつつも刻みこまれた恐怖が身を竦ませる。


「……不味い」 

 

 唸るような低い声。皿の上に盛り付けられたソレを一口だけ口にして、匙は投げられた。

 癇癪姫の日常。それが真実が否かは関係なく、虫の居所か悪ければいびる相手を探す。機嫌が良くてももっと良くなるためにイジメる相手を探す。その天性のイジメっ子気質に皆恐れをなす。

 そして最近のイジメのターゲットはコックだった。

 

 ピシャリと細長い鞭を一打。

 まるでファミレスの呼び鈴を鳴らすように振るわれた鞭。

 やがて真っ青になって汗びっしょりのコックが生まれたての小鹿のように脚を震わせながらその女の元にやってくると、膝から崩れ落ちるように跪いた。


 そこにピシャリとコックの肩に鞭一つ。痛みでコックは悲鳴をあげる。


 これに正解は無い。立ったままだと下賤の者がわらわを見下ろすとは何事かと鞭打たれ、膝をついても誰が座ってよいと言ったと打たれ、やけになって中腰にすると無様な真似をしてふざけているのかと頬を打たれる。

 

「なんですの、これ」


「あ、アムッシュ魚のテリーヌでござい、ます。そ……あ……」  

 

 コックとしては、本当はどの様な料理なのか、を語るのがマナーだ。

 しかし初日に煩いとしばかれ話す機会が無かった。故に職業病で料理名を告げるとつい補足をしようとしてしまうが、癇癪姫の持つ鞭を見て言葉が消えた。


「もう結構。いつものを用意しなさい」

「はぃ………」

「貴方、家族が嫌いですのね」

「ちがっ!」


 鞭がしなる。強かに頬を打たれたコックは反論を述べようとして床に転がった。


「誰がっ!寝転がっていいと!言った!ですの!」


 そのコックを鋭利なヒールで幾度となくコックを踏みつける癇癪姫。

 しかしその踏みつけはただの踏みつけではない。やけに腰が入っていて、肋骨を的確に抉るように、急所を抉るように蹴りを入れている。


「はぁ………これ、捨ててきなさい」


「承知しました」    


「違うっ!待ってくれ!いやだ!いやだーーーーー!むぐっ、う゛ー!う゛ぅーー!!」

 

 癇癪姫の命令に一礼。直ぐに従者たちがコックを取り押さえ、猿轡を噛ませてどこかへ連行していく。 

 癇癪姫はそれを見届けるまでもなく、部屋から立ち去った。



◆ 




 ロウムス帝歴74年。

 ゼンプラウ皇国、六大公王カミラヴィンチ家の一人娘、クルァウティ・エル・カミラヴィンチ。御年16才。

 またの名を、癇癪姫。


「クルー様、お食事は」

「お前もぶたれたいの?」

「御意。そこのお前、行け」   


 ツカツカと気分悪そうに廊下を歩き、癇癪姫は自室に入る。

 その部屋に当たり前のようにともに入るは癇癪姫の44代目護衛兼側仕え、ロキュメス。

 公家の血の連なる者に本当に一人の時間はない。常にこのように影として側仕えが1人以上いる。

 本当であればこの家の格、癇癪姫が1人娘という事も考慮すれば10人以上の御付きが居て当たり前だが、癇癪姫に付くのはこの不愛想が服を着て歩いているような異民族の血を引く女ただ一人。

 これはカミラヴィンチ家が貧しいわけではないし、側仕えが用意できなかったわけではない。

 他の側仕えは癇癪姫のお眼鏡にかなわず消されたのだ。


「あ゛ああああああああああああああ!!」  

 

 影は居ない者として扱われる。

 その部屋で何を見ようと、見なかったことにしなければならない。

 見てくれだけは絶世の美女と呼べる女が引き千切れんばかりに髪をぐしゃぐしゃにしてようが、飾れた芸術品やらなにやらを鞭で破壊してようが、獣のように絶叫してようが。ここ10日ほど精神に異常をきたしているとした思えないふるまいを自室でしていても、その外では普通通りにしていたら彼女は口を噤むしかない。

 それが彼女の役目故に。


 ソファに身を投げ出し、苛立ちのあまりヒールを脱ぎ捨て、そのヒールを窓に投げつけようとしてすんでのところで癇癪姫は正気を取り戻したように止まる。荒い息を吐いてソファに項垂れる。それを隙と見てロキュメスはサッと近寄ると乱れた御髪を手早く整える。

  

 ロキュメスがこの癇癪姫に仕えて3年。

 外に聞く噂と実態がこうも違う女がいるのかと最初は驚愕したが、この10日の主人の狂乱振りは何か悪霊に憑りつかれているとしか思えなかった。本当は神官に見せた方が良いのだろうが、外ではいつも通りの為、悪霊ではないだろうとしか考えるほかない。


 では何が彼女を狂わせているのか、ロキュメスには分からなかった。





 不味い。なんだあの血生臭い物は。

 アレが料理?舐めているのか?

 思い出すだけで反吐が出る。吐かずに飲み込んだだけ頑張った、私は。


 一体何なんだこの世界は。

 いや知っている。この世界が如何に描かれたか私は横で見ていた。

 要らないところにまで設定を書き散らす異母妹が書いたソレ。乙女ゲー。


 とにかく見栄え重視の文化の国?

 アホか。主人が旨い物を出せと言ったら出せばいいのに、何故逆らう。殺すぞ。

 なんでこんな設定にしたんだ。

 いや知っている。見栄え重視のこの国だから、見栄えだけはマジで頭抜けていいこの女の横暴が許される。

 そんな国に辟易している攻略キャラ達だからこそ、内面まで重視する主人公(ヒロイン)が輝く乙女ゲー(シナリオ)なのだから。

 

 そのシナリオにおいて、クルァウティ・エル・カミラヴィンチはこの国の歪みの極地の様な存在だ。

 美しいから何をしても許される。例えそれがドブカスの様な中身でも。

 見た目だけは本当に美の女神も斯くやのビジュアルだから。だって私がそう書いたから。


 

 だからってなんで私がソレになってんだクソがっ!


 怒りが再燃し手に掴んだ物をぶん投げる。

 机の上に物がある事に苛立つ。そして最後に掴んだ手鏡に写った自分を見て、頭に上がり切った血が引いていく。これが現実だと見せつけられたように。

 

 10日ほど前。

 親父の作ったゲーム会社で、異母妹がシナリオを書き上げた乙女ゲームのイラストを描いていたのは覚えている。AIに幾らでも書かせられるご時世なのに、お姉ちゃんの絵がいいとか抜かした奴のせいだ。VR全盛期の世界、VRで恋愛シミュレーション系は禁止されている為、ジャンルは必然的に2D。3Dモデルにしなくていい分工数は減るがアホみたいな量の差分を要求されてキレた。AIに書かせられると言っても最終的なチェックなどは私がするのだから。


 いい加減にしろ。これもう分岐型アニメじゃないか。そんな事を言って喧嘩したのは覚えている。

 オーバーワークでフラフラで。それで気づいたらこのクソみたいな世界に居た。


 理解できなかった。

 無論、その手の小説やらゲームは参考資料としてふれたことがある。

 異世界転生?アホか、と思いつつ。

 だったらなんでこっちの世界に一人も来てないんだ、と思いながら。

 極まれによくできている物はあるけど、あとは大体設定が破綻しているようなものばかり。

 悪役が急に善人のように振舞いだしたらハッピーエンド?そんなわけない。牙を抜かれた猛獣はここぞとばかりに狩られる。積み重ねた恨み辛みは簡単に消えない。人の理不尽さを軽く見過ぎている。自分に置き換えて考えればいい。大嫌いだった上司がある日急にいい人になったら。好きになるか?そうじゃないだろ。不気味に感じるだけだろ。何か悪いことを考えていると思って蹴落とすだろ。 

 正ヒロインが悪女?なぜ?わけわからん。都合よすぎない?だったら正ヒロインに転生して真っ当にやればいいじゃん。あ、でも転生者同士でバチバチしてるのは好きだ。

 逃げ出す?それは血筋をなめてないか?やってること結局我儘じゃんね。血税で成り立ってる女が自由に振舞うだぁ?

 

 だからそう言うのはやめろと、シナリオライターである異母妹には事前に言い含めていた。気に入らんシナリオに絵と言う命を与える気はない、と。


 で、持ってきたシナリオがこれだった。

 何が大問題かと言えば、このゲームはまだ完成していない。正式な名前すらない。

 一応四字熟語から『外華内貧』と仮称を付けていたが、その時の異母妹の顔は「ないわぁ」と言いたげだった。だったらお前が付けろ。

 チャートやメインキャラはある程度形になっているけど、それ以外が未完成。しかもあの凝り性の女は余計な設定を大量に書いていた。それがもし全部反映されていたら、ヤバい。あの女はハッピーエンドの後にうっすら不穏な空気を作るのが大好きな変態だったから。


 それでもってこの体もだ。

 自分で言うのもなんだけど、私はおしとやかな性質ではない。複雑な家庭ゆえ兄弟姉妹が沢山いたので、その家庭でやりたいようにやるなら強くなるしかなかった。おしとやかにしてたらほしい物は持っていかれるのでハングリー精神が嫌でも鍛えられた。

 ただ、ここまで暴力的でも衝動的でも無かった。

 しかし怒りを火種に、この中身の魂が暴れ出す。

 人を虐げる事にこの魂は悦びを感じてる。


 クソみたいな魂だ。

 私に乗っ取られていても、まるでこのまま死んでやるものかとクルァウティはしがみついている。

 各攻略キャラにメインとなる妨害キャラはいるが、その中でもこのクルァウティは全部のルートで敵対する。全面抗争はグランドルートであるハーレムエンドだけだが、このクルァウティはあの異母妹が作り上げたラスボス系キャラだ。

 主人公は中身を重視すると言ったが、このクルァウティは見た目が最強だけでなくそれ以外も強い。頭もキレるし、この世界に存在する魔法の才能も天賦の才なのだ。グランドルートの終盤なんか貴族社会的に追放して終わりかと思いきや開き直って化物みたいになったクルァウティを物理的に消滅させるシナリオになっていた。

 異母妹的には、本当に命を絶たない限り幾らでも再起するクソみたいなラスボスのイメージなんだろう。


 性格以外全てのスペックがMAXみたいなこのラスボス系悪女は、魂になっても私に抗ってくる。

 絶望して転生3日目で自殺を試みた時に身体が全力で抗ってきたから間違いなくまだ生きている、その意思が。

 

 こんなところで死んでたまりませんわ、と。

 わらわはまだ終わってないわよ、と。


 なんて化物を作ってんだあの異母妹は。


 この世界の魔法は自意識の強さが強さに直結する。

 主人公はこの国を変えたいという強い信念をベースに力を覚醒させるが、この悪女は素で強い。

 目に見えるモノ全部奴隷みたいなイカれた自意識が強大な魔法の行使を実現させている。


 故に皆この女を恐れ、逆らわない。権力だけじゃなく武力にも秀でる本当に質の悪い女だから。


「あはははははははっ!」


 あーもうなんか笑えてきた。これ知ってる。躁鬱だ。変に楽しくなってきた。

 いい。わかった。このクソ女が。

 お前の本当の願いが為ってみて分かった。お前野心家過ぎるだろ。そりゃ魔法も強いよ。

 『世界の天辺に立って全部支配してやる』なんて莫大な野望を魂に宿しているアホ女なんだから。


 いいだろう。私もこの見た目ばっかでスカスカのこの国をぶち壊したいと思っていた。


 正ヒロインのやる温いやり方じゃダメだ。

 粛清でもなんでもやってやる。

 私は旨い飯を食いたい。肌触りの良い服が着たい。22世紀生まれの贅沢育ちを舐めんなよクソ世界。

 こちとらVRの世界で好き勝手やるのが当たり前の世界から来てるんだ。

 その世界まで技術を進歩させるのは不可能でも、やってやる。


「あははははははは!ハハハハハハハハッ!」

  

 おい異母妹。お前の世界ぶっ壊すけど、ごめんな。 

 私、この世界壊すわ。






 フィラゥツェル・ヴォーミッシュ。

 クルァウティ・エル・カミラヴィンチが16歳の時に専属料理長に任ぜられ、後継にその座を譲るまでの50年間その任を務めた男は、仕えし主に関して一切の記録を残さなかった。

 次期六大公王と目される存在の専属料理長ともなれば、料理の研究を怠るのは恥。また、その研鑽で得た知識の継承は料理人の役目でもある。仕えし主に関する好みを研究するのも料理長の仕事だ。その人物の人柄やその時々の健康状態を推察する上で、専属料理長の残す研究手記は歴史家達から重要視される資料の一つである。

 しかし、後年彼が記したはずの手記は終ぞ発見されなかった。

 革新的な料理を数多く考案しながらも、彼は息絶えるその時まで、その着想の源泉を決して誰にも口にする事はなかったと言う。





「――――――――――――」


 男が目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。

 次いで異臭が脳の覚醒を促す。

 そして気付く。自分の口に金属の何かが装着されている事を。手足胴も何かに固定されている。椅子の様なものに座っているのはわかるが、椅子の背もたれと脚の部分に変な角度が付いているため、強制的に中腰の様になって苦しい。その上椅子は棒だけで形成されていて体重をかけてしまうと肉が食い込んで痛い。


 痛みと苦しみで意識がハッキリしてくるが、目も耳もまるで深い水の底にいるかの様にぼんやりしている。それでもこの薄暗い部屋に似つかわしくないとても美しい女がいるのを理解した。


「ロキュメス、薬が強すぎたのではなくて?」


「瞳孔の動きが安定してきておりますれば、あとは少々の痛みがあれば良いかと」


「アレは?」


「こちらに」


 頭がボーっとして内容が頭を滑っていくが、それが言葉であることはわかった。非常に耳障りの良い美しい声だった。ずっと聴いていたいと思うほどの心地よさだった。

 それが地獄に変わるのはすぐだった。


「所有物には名前を書いておかないといけないわよね。先生に叱られてしまうわ」


 その冗談めかした明るい言葉と共に腹部が冷えた。

 人の肉体はあまりの高熱にいきなり晒されると感覚が一瞬麻痺する。男が感じた冷たさはその錯覚。次の瞬間が激痛が腹から脳髄まで貫いた。


「ん゛ンンンンーッ!」


 肉の焼ける匂いは料理人である彼にとって慣れ親しんだもの。だが、それが自分の腹部から発生する経験は初めてだった。

 彼の腹に押し当てられたのは焼きごてだった。もがけど腹部まで食い込む様にキッチリ金属で椅子に固定されているため逃れられない。


「漏らしてみなさい。お前のその矮小なそれをコレで焼き切るわよ。あー、そうしたら貴方の明日の朝食に困らないわね。焼け焦げたソーセージが一本できますもの。ミートボールもお二つお付けしますわよ」


 脳の神経を棘に押し付けられた様な激痛に脳が支配されそうになる。それにより他の部位の制御が甘くなるのは人として当然。しかしその女はそれを見越した様に脅迫する。

 イカれてる。ハッキリ覚醒した男の脳が叫んだ。何が1番怖いかと言えば、女がとても美しい笑みを浮かべている事だ。愉悦でも冷徹でもなく歪んだ情欲でもなく、統制の取れた笑み。まるで芸術品を眺める様なその目。


 時間にして10秒近いそれは男にとって1時間以上に渡る地獄に感じられた。それでも全神経を総動員し膀胱をなんとか死守した。


「ふぅふぅふぅふぅ」


 金属製の猿轡のせいでうまく息ができない。口が閉じられないせいでダラダラと唾液がこぼれる。

 それでも必死に肉の焦げた匂いのする空気を肺に吸い込んで正気を保とうとする。


「次は背中ね」


 故に、その一言で全身に鳥肌がたった。


「コックですもの。商売道具の手は傷つけたらいけませんわ。脚も………何か移動に不便で料理を失敗されても癪です。口や鼻も、感覚を鈍らせては本意ではありませんわね。けれど、料理に腹と背中は関係ないですものね」


 熱せられた焼きごては空気に取り出され幾分か光を弱めていた。つまり温度は下がっている。耐える。耐えなくては。浅い息を速めながら男は緊張に体を竦ませるが、男はまだこの女のサディストの程度を甘くみていた。


「熱が弱まっているわね」


「もう一本御用意しております」


「結構。それでは火力が“弱い”わ」


 女は、クルァウティ・エル・カミラヴィンチは敢えて男の眼前に焼きごての先を掲げた。

 

「焼き加減はベリーウェルダンがお好み?」


 その焼きごての先を支える様にもう片方の手を下から翳す。一拍間を置いてクルァウティの手から炎が噴き出して天井を舐め上げた。

 桁外れの魔法出力。それも杖無しの無詠唱で。

 噂には聞いていたがそれ以上の火力。

 しかしそれでは終わらない。火が縮んで火力を弱めたのかと思ったが違う。クルァウティは焼きごての先端を効率よく熱するために火を圧縮したのだ。

 高等な魔法の行使。それをただこの拷問だけに使うという冒涜。いやだいやだと首を振ろうにも、固定された顔面はビクともしない。

 

 直接触れていなくとも、顔の近くで強大な熱が放たれることで顔が焼ける様な痛みを味わう。眼球が煮立ちそうになり思わず目を閉じようとするが、クルァウティに仕えし女、ロキュメスが顔面の器具の一部を動かすと目を強制的に開かせられる。


 やがて焼きごての先端が白くなり、金属があまりの高熱で溶け始めたのか輪郭がぼやけ始める。


「さぁ、準備できましたわね。菊紋を焼き塞がりたくなくば、もう一度頑張りなさいな」


 そして男の絶叫が再度響き渡った。




「わらわは一つ聞きたいのだけれど、どうして料理人なのに髪を剃り上げないのかしら?」


 腹と背中に焼き印を施された男は息も絶え絶えだった。それでも本能的に不味いと思ったか、この女なら本当にやると思ったからか、肛門周りはまだ無事だった。


 しかし、彼女は終わりなどと一言も言っていない。


「もし万が一、毛先の一つでもわらわの食すものに混ざっていたら、どうする気なのかしら。ねぇロキュメス?」

「…………死罪では、温いかと」 


 ロキュメスは主人の望む答えを口にする。そこに善悪は関係ない。

 主人が白と言えば白。黒ならば白に変える努力をする。

 その忠実さと空気を読む力をクルァウティは非常に気に入っていた。 


「そうよね。でも貴重な人材を少しの不備で一々殺していては勿体ないわ。だったら、命を失うくらいなら、そんな髪なんて要らないわよね?」


 このゼンプラウ皇国では何よりも美しさが崇められる。

 特に貴族社会では美しさの水準が厳しく、ハゲは非常に恥ずべきモノとして扱われる。男であっても軍人でもない限りある程度髪を長めにしたほうが美しいとされるのがこの国の文化だ。

 故にこそ、ことさら短く、ましてやハゲなどもっての外。


「喜びなさい。このわらわ自らが散髪をして差し上げますわ。六大公王に連なる者に散髪をされるなんて、お前が初めての栄誉かもしれないわね。しっかり切った具合がわかる様に鏡も用意してあげましたのよ」


 ロキュメスはキャスター付きの鏡を男の前に寄せた。

 汗をびっしょりとかき、薄い服は体に張り付いて。涙と汗と鼻水と唾液で顔は見るに耐えない。

 それをわざとこの女は見せつけた。お前は今こんなにも醜いぞ、と。


 切ってあげる。そう言いつつ一向にクルァウティはハサミを用意しない。淡々と拷問をサポートするロキュメスも何もしない。

 クルァウティは震える男の後ろに回り込む。そして男の内心を読んだかのように告げる。


「ハサミなんて要らないわよ。これがあるもの」


 クルァウティは白手袋に包まれた手を男の頭に翳す。

 それが先ほどの光景と重なり男は叫ぶ。やめてくれと。何をするか分かってしまったために。


「大丈夫よ。制御は完璧ですもの」


 クルァウティの手が火に包まれる。普通なら大火傷のソレ。しかしクルァウティはまるで痛がらない。凶悪な炎を完全制御出来ているのだ。そしてもう片方の手にはどす黒い何かを纏った。

 その炎に包まれた手と闇を纏った手をクルァウティはゆっくりと頭に近づける。


 あまりの高熱に髪が燃えるよりも焼き焦げて切れていく。ゆっくりと下げられた手はやがて頭部を直接なぞる様に動く。それを追うようにどす黒い手が頭を滑る。


「毛根までキッチリとベリーウェルダンにしてあげますの。治癒魔法なんて無粋な魔法が効かない様に高濃度の呪詛も刷り込んであげますわよ。妾はね、全ての魔法が得意ですのよ。たっぷり味えることを光栄に思いなさいな」


 痛みで心をへし折り、続いて尊厳を奪い心を更に死体蹴りする。クルァウティはいい笑顔のまま男の拷問……教育を続けた。




「前任のお馬鹿さんには失敗したと思ってますの。先にしっかり教育をしなかったせいか、妾がそうしなさいと命令しているのにくだらない常識やら拘りなどを持ち出してきて。お願いではなく、命令をしたのですよ。なのに…………ふふふ、小煩かったのでアレは貴方の明日の朝食になりますのよ。そのご家族も。あははは、そんな顔をして。冗談ですわよ。笑って頂戴な。ね?朝食だけじゃ足りないですものね。お昼もお夕飯も、明後日のご飯も食べたいですものね?ストックは沢山あるから安心しなさいな。子供のお肉は柔らかいそうですよ?」


 本気なのかどうか、その統制の取れた笑みを見ているとわからない。従者もまるで表情が変わらないので真偽が定かではない。ただ、ここまでの事をやるからにはやりかねないという気迫があった。


 鏡に映る男の様子は惨憺たるもので、美しい金髪を長くのばしていた頭は今や焼けただれ、髪の毛一つ見当たらない。毛根を皮膚ごと焼き固められ、呪いで固定化している。呪いを解くことも出来なくはないが、これほどの強力な呪詛となると相応の金額を教会から要求されてしまう。

  

 激しい痛みでようやく頭から薬が抜けてきた男は、徐々に自分の境遇を思い出す。


 男はカミラビンチの家の寄子に当たる貴族家で専属料理人を務めていた。血筋を辿れば貴族の血も混じっているが、妾腹の為に大して影響力もなく、そんな境遇の者はこの国の貴族社会には珍しくない。男はその自分の境遇を悲観せず、むしろ料理を楽しんでいた。天職だと思っていた。

 そんな時、急にカミラヴィンチ家に仕えるように命令された。男はよくわからないままクルァウティに謁見し、その食事をいつも通り、むしろ六大公王の家の為か素材が潤沢な分、自分の技術の粋を凝らして作ったはずだ。急な出向に釈然としないものを抱えつつも、優れた料理に貴賤はないと信じて。


 しかしクルァウティはスープを口に一口含んだだけで表情が一切抜け落ちたような顔つきになり、気づけば男は此処に居た。


「わらわは舐められる事が心底不快ですの。御分かり?」


 クルァウティは何に使うのかわからない、先端に棘のついた長めの棒で男の腹から顎までゆっくりと撫で上げる。

 男には何を誤ってしまったのか理解できなかった。

 無論、急に連れてこられた身の上なので文句の一つも言いたい。何故かクルァウティに関する研究手記が殆どこの家には無かったのだ。それでも、元から仕えている料理人たちから好き嫌いはリサーチ済み。その時彼らは、これと言って好きなモノは無いと困ったような顔で言っていた。もしここで本来嫌いな物を好きだと勧められてこのザマなら嵌められたのだと思うが、そうではなかった。

 男は決して、クルァウティをなめたつもりなど無かった。むしろ自分の技術を見せ付けるつもりで頑張ったのだ。


「分からない、と言った目をしているわね。不愉快だわ。ロキュメス、料理する時に片目は無くても大丈夫だと思う?」

「ン゛ッ!?ん゛ーーーーー!!」


 固く締めあげた筈の膀胱が震える。その細長く棘のついた棒の用途を察してしまい。

 金属で固定された顔面はまるで動かない。男は懇願する。弁明する。しかし猿轡をされた口では満足に話すこともできない。


「物の目利きや刃物の取り扱いに、誤りが出る可能性がありますかと…………」 

「そうね。なら目はやめておいた方がいいかも。では逆に閉じさせましょう」

「承知しました」  


 そんな男を救ったのはロキュメスの一言。髪だけでなく目も失えばこの国ではいよいよ生きていけない。

 九死に一生を得たように感じたが、ロキュメスが顔の器具を弄ると今度は視界が闇に閉ざされた。


 強制的に開け続けられていた目が潤いに歓喜の声を上げる。

 だが、その闇は次の地獄の始まりだった。


 プスッと、膝を太めの針の様な物で急に刺された。


「んぐっ!?」 


 焼きごてなどの痛みに比べたら痛くは無い。しかし、視界が閉ざされているせいで嫌でも他の感覚が鋭敏になる。背中、腕、頬、太もも、首…………不規則なリズムで針を刺される。今まではとは別種の恐怖。


「ご存知かしら?人は自分の身体の30%以上の血を失うと死んでしまうそうですよ?それとこの針には毒蛇から採取した特殊な毒が塗ってありましてね、血が止まりにくくなりますのよ」


 閨で聴く恋人の睦言の様な甘い囁き声。だがその内容は彼の心を恐怖で締め上げた。

 刺され続ける体。針の差し込みが少しずつ深くなっていくような感覚。それが錯覚なのか真実なのか闇の中ではわからない。もう刺された数を数えきれなくなったところで、急にバタンと金属の扉が閉まり、ガチンと何かが閉じる音が少し遠くでした。


 体を覆う液体は汗か血か。この部屋に満ちていた据えた臭いがなんだったのか否が応でも理解させられる。

 男は闇の中、前触れもなく急に放置された。


 ポタリ、ポタリと体から液体が流れ続ける感覚がする。

 過るクルァウティの声。自分は今、どれくらいの血を今まで流したのか。

 求めていた闇と静寂と平穏のはずが、今までのなによりも大きな恐怖となり男の中で大きくなっていく。


「ふぅふぅふぅ!」 


 自然と息が荒くなるが、相変わらず呼吸はし辛い。


 そのまま、男は闇の中に放置されることとなった。



 

 

 懐に忍ばせた護身刀に手を這わす。

 その途中で手が突っ張るような感覚がして腕が動かなくなる。まるで抵抗するかのように。


「はぁ、はぁ……」 


 やり過ぎだ。この()は法と言う楔が無いとここまで残虐になるのか。 

 椅子に座り込み頭を抱える。躁鬱の鬱が強く来たような感覚。

 異母妹が書き連ねた膨大な設定資料のたった一文。クルァウティは拷問を芸術品の如く愛している。具体的なエピソードや描写は乙女ゲーの本質から逸れるために殊更フォーカスされはしなかったが、その特性が実際に反映されるとこうも悍ましいのか。


 怖い。

 クルァウティの魂に影響された、という言い訳はできる。

 けど違う。そうではない。私はこの女のやり方に馴染んでいる部分がある。あまりに流暢に言葉がスラスラと出てくる。身体が動く。それが最適解だと。

 私は今まで悪役令嬢の転生モノを読んで思ったはずだ。どうして悪女に善人の主人公が転生するのだと。作品の都合上、最初に大きなマイナスを作りやすいためにのちはプラスに持っていくだけだから初心者でも書きやすい、などと言う分析はできる。けどその疑問は設定に対して投げかけられていた物。

 私にはわかった。私とクルァウティはよく馴染む。この世界のどのネームドキャラよりも。

 

 きっと22世紀に怠惰に生きているだけなら気づきもしなかったソレ。

 旨い飯、なんだかんだ好きな家族、友人、ゲーム、書籍など、欲求を晴らす先が幾らでもあったから表出する事なかった本質の一部。

 私は、拷問が得意だ。

 

 事の発端は簡単だ。粛清したコックの代わりにやってきた男に私はまた命じた。

 美味しい飯を作れ、と。それを第一にやってみろ、と。

 そして失望した。味こそ前任よりましだが盛り付けに拘ったせいか冷めている時点で論外。貴族の社交場なら仕方ないにせよ、内内で一人で食すものまで何故こうでなければならないのか。

 

 世界の強制力みたいなものが働いているみたいな問答無用の法則があるならまだいい。

 しかし私の傍らにいるロキュメスは質を取れる。つまり可能なのだ、主人の指示を第一として動くという事だ。


 となると、あの男は、私がアレだけ事前に丁寧に優しく言って聞かせても自分の常識と拘りを優先したという事。

 『お願い』と『命令』は違う。命令と言うのは、その行動に纏わる責任をこちらが取るからヤレ、という物である。そこに私情やら何やらを挟む余地はない。その分こちらが責任を取るのだから。

 だから私はあの男に『命令』した。

 なのに無視された。


 仕方ないのかもしれない。料理人はこだわりが強くなければなれない。また、美しさを毎日幾度も求められるためにその美意識が他の職種よりもより強固なのだろう。

 であるならば、叩き直す。命令してもダメならその強い固定観念を生命の危機と尊厳破壊を持って0にする。そう思った時にはロキュメスに拷問の用意をするように命令していた。


 一歩前進。一歩前進だ。殺しはしなかった。髪以外に不可逆の損傷を与えなかった。耐えた。私は衝動に耐えた。吐きそうになるが吐き出すものがあまりない。やってしまったらもう引き返せない。あの男は飼い殺す。そう、私の食生活の為に。

 私はそう強く決意した。

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