辺境の村での初試練
村が見えたのは日が暮れ始めた頃だった。
「ここが……俺の新しい住処か。」
カイは疲れた足を引きずりながら、目の前の光景を見渡す。村は荒廃しており、家々は古びて、村人たちは痩せこけている。まるで希望がすでに失われてしまったかのようだった。
「歓迎されている雰囲気ではないな。」
リックがぼそりと言う。村人たちは遠巻きに二人を見つめ、誰も声をかけようとしない。その視線には警戒と嫌悪が混じっていた。
「それでも、ここで生き延びるしかない。」
カイは覚悟を決めたように前を向き、村の中へと足を踏み入れる。彼の新たな生活が、こうして静かに幕を開けた。
翌朝、村の広場にカイの姿があった。彼は村人たちが集まる中、静かに立っていた。痩せた老人、無表情の農夫、警戒心を隠さない若者たち。その誰もがカイを「余計な存在」として見ていた。
「お前が、新しい住人か?」
村の長老らしき老人が口を開いた。その声は低く、威厳があったが、どこか冷たさも感じられる。
「そうだ。」
カイは簡潔に答える。余計な言葉を省くことで、反感を買わないようにするためだ。
「……ここは楽な場所じゃない。お前も、分かっているだろう。」
「承知している。」
その短いやり取りの中で、カイはこの村での生活がさらに過酷なものになることを悟った。
カイが住むことになった小さな家は、すでに崩れかけていた。窓枠は歪み、屋根には穴が開いている。
「王子様には少々狭いかもしれないがな。」
そう言ったのは村の鍛冶屋だった。彼の目には嘲りの色が浮かんでいる。
「ありがたい。」
カイは無表情で応じた。今の自分に選択肢はない。
部屋に入ると、埃が舞い上がる。寝台代わりの板は木片が欠け、暖炉はすすで真っ黒だ。それでも、カイは荷物を静かに置いた。
「……これで十分だ。」
彼が何を言っても、ここが自分の居場所であることに変わりはない。
その夜、村外れで異変が起きた。
「妙な気配がする。」
リックが低く言う。
「何かが近づいている。」
カイは剣を取ると、リックの後に続いた。村の外れの森で、数体の異形の影が動いていた。それはただの盗賊ではない、何か禍々しいものを感じさせる存在だった。
「やはり、ここは普通の村ではないな。」
カイの胸に再び疑念が芽生える。そして、この村での試練が、彼の新たな運命の始まりになることを予感していた。
影は森の奥に消えたが、その爪痕は明確に残っていた。倒れた木、焦げた草地――それらは魔法か呪いの影響を示しているようだった。
「リック、追うぞ。」
「分かりましたが、慎重に。」
二人は慎重に足を進めた。森は昼間とは全く違う表情を見せている。木々が不気味にざわめき、闇が視界を覆う。
突如、空気が張り詰めた。
「伏せろ!」
リックの声に反応し、カイは咄嗟に地面に身を伏せた。直後、彼らの頭上を鋭い何かが通り過ぎた。枝をへし折る音とともに、何か巨大な影が地に降り立つ。
それは、かつて人間だったかのような異形の生物だった。長い腕、曲がった背、そして赤く光る瞳。その全てが禍々しさを放っている。
「これが……この村の闇か。」
カイは剣を構えた。リックが隣で剣を抜き、静かに戦闘態勢に入る。
「手を抜くな。こいつはただの化け物じゃない。」
「分かっています。」
二人は互いに背中を預けながら、生物に立ち向かった。異形の動きは素早く、しかも力強い。一撃でもまともに受ければ、命はない。
カイは冷静に動きを見極め、剣を振るった。刃はかろうじて生物の肩を捉えたが、肉に深くは届かなかった。それでも、生物は苦痛の咆哮を上げ、一瞬ひるんだ。
「今だ!」
リックが叫び、カイと同時に攻撃を仕掛ける。生物の動きが鈍ったその隙に、二人は連携して止めを刺した。
生物が地に倒れると、その体は黒い煙のように消えていった。跡には何も残らない。
「……呪いか、あるいは。」
カイは剣を収めながら呟いた。この村には、ただの辺境ではない何かが隠されている。その核心に触れるには、さらなる調査が必要だった。
「リック、この件は村の者には話すな。」
「了解しました。」
二人は村へと戻る道を急いだ。カイの胸には、次第に確信が芽生えていた。
「この村には、俺が追放された理由と繋がる何かがある。」
その夜、彼は新たな決意を胸に秘め、闇に包まれた村の中で静かに眠りについた。