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1話:追放されし王子

「無能者にして、王家の汚点。」


その言葉が何度も耳にこびりついて離れない。


カイ・エルバスは、壮麗な玉座の間に跪きながら、冷ややかな視線を浴びていた。黄金の装飾が施された大広間は、かつて自分が憧れていた場所だった。それが今では、最も屈辱的な場となった。


「カイよ、お前には失望した。」


父である国王の声が響く。冷淡そのもので、かつての優しさは微塵も感じられない。大臣たちは嘲笑を隠さず、侍従たちですら興味を失った目で彼を見ている。


「継承権は剥奪する。今後、お前が王家を名乗ることは許されない。」


宣告が下る。剣で刺されるよりも重い一言だった。


「……承知しました。」


カイは顔を上げることなく答えた。その目に宿る怒りや悔しさを見られぬように。だが、心の中で静かに火が灯る。それは復讐ではない、証明するための決意だった。


大広間を去る足音が冷たく響き渡る。大臣たちの侮蔑の視線を背に受けながら、カイは城の外へと歩みを進める。風が冷たく肌を刺す夜だった。


外に出たカイを待っていたのは、古びた馬車と無表情な護衛だった。王族としての威厳もなく、贅沢な荷物もない。あるのは追放という現実だけ。


「カイ様、馬車はこちらです。」


護衛の男、リックが短く言った。彼はカイの護衛というよりも、監視役として配属された一兵士にすぎない。かつての王子に対しても特別な感情を抱いているわけではない。


「……ありがとう。」


カイは無表情のまま馬車に乗り込む。だが、その内心は煮えたぎるような思いで満ちていた。これが自分の終わりではないことを、自らに言い聞かせる。


馬車は静かに動き出し、カイの故郷である壮麗な城から遠ざかっていく。夜空には雲が垂れ込め、星の光すら見えない。長い旅路の始まりだった。


馬車の揺れが単調なリズムを刻む中、カイは窓越しに外の景色を眺めていた。王都を離れるにつれ、石畳の道は砂利道に変わり、華やかな街並みは荒れた農村に姿を変えていく。


「……これが、俺の新しい生活の始まりか。」


自嘲気味に呟いた言葉に、返事はなかった。リックは前方を睨むように座り、何も言わない。護衛というより、あくまで追放された王子を連行する役割のようだった。


カイはふと自分の手を見る。そこにあるのは、かつて剣を握り、栄光を掴むために努力したはずの手だ。だが、今は何の力もない。周囲からは「無能」と蔑まれ、王族としての誇りを失った。


だが、心の中で小さな疑念が生まれていた。


「なぜここまで急に追放されたのか。」


王宮での生活では確かに多くの過ちを犯した。だが、それは誰もが経験する範囲の失敗であり、王子としての地位を奪われるほどのものではなかった。


馬車がガタガタと揺れ、突然止まった。


「ここから先は歩きです。」


リックが短く言った。辺境の村への道は荒れており、馬車では進めないらしい。カイは何も言わずに荷物を背負い、馬車を降りる。


「案外遠いな。」


「辺境とはそういうものです。」


リックの無表情な返答に、カイは苦笑を浮かべるしかなかった。


道は泥濘み、周囲には鬱蒼とした森が広がっている。かつての華やかな生活を思い出すと、この環境はあまりにも対照的だった。


途中、森の中で狼の遠吠えが聞こえた。リックが剣に手を伸ばし、カイにも警戒するよう促す。


「これも、辺境の洗礼か。」


「いえ、これ以上悪くなる可能性もあります。」


カイはわずかに眉をひそめた。辺境の地では野生動物だけでなく、盗賊や追放者たちの隠れ家としても知られている。自分の身の安全を確保するには、リックだけでなく、自分自身も何かを学ばなければならない。


村が見えたのは日が暮れ始めた頃だった。


「ここが……俺の新しい住処か。」


カイは疲れた足を引きずりながら、目の前の光景を見渡す。村は荒廃しており、家々は古びて、村人たちは痩せこけている。まるで希望がすでに失われてしまったかのようだった。


「歓迎されている雰囲気ではないな。」


リックがぼそりと言う。村人たちは遠巻きに二人を見つめ、誰も声をかけようとしない。その視線には警戒と嫌悪が混じっていた。


「それでも、ここで生き延びるしかない。」


カイは覚悟を決めたように前を向き、村の中へと足を踏み入れる。彼の新たな生活が、こうして静かに幕を開けた。


翌朝、村の広場にカイの姿があった。彼は村人たちが集まる中、静かに立っていた。痩せた老人、無表情の農夫、警戒心を隠さない若者たち。その誰もがカイを「余計な存在」として見ていた。


「お前が、新しい住人か?」


村の長老らしき老人が口を開いた。その声は低く、威厳があったが、どこか冷たさも感じられる。


「そうだ。」


カイは簡潔に答える。余計な言葉を省くことで、反感を買わないようにするためだ。


「……ここは楽な場所じゃない。お前も、分かっているだろう。」


「承知している。」


その短いやり取りの中で、カイはこの村での生活がさらに過酷なものになることを悟った。


だが、同時に新たな目的が浮かび上がる。この村で起きる不自然な事象、住民の怯えた表情。その全てが何かを隠しているようだった。


「俺はここで、何を見つけるのか。」


彼が影で動き始めるのは、もう少し先の話だった。



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