マナーも何もなっていなかった愚かな令嬢が、結婚し執着していた夫と別れて幸せになるまで
「お義姉様なんて大嫌い。何で私よりいい物を持っているの?何で婚約者はダレス王太子殿下なの?何でお義姉様だけ最高の物を与えられているの?ズルいズルいズルいっ」
マリリアは義姉、エメルディシアの部屋で喚いた。
エメルディシアは優雅に紅茶を飲んでいたが、マリリアの侵入に顔を向けて、
「はしたなくてよ。マリリア」
「だってお義姉様がっ。私だってロデルク公爵のっ。お父様の娘なのに。何で扱いが違うのよ」
エメルディシアは18歳、マリリアは16歳。
共に父に似た銀の髪に碧い瞳の美人である。
マリリアは先月、市井から引き取られてきたロデルク公爵の庶子である。
母を亡くし、生きるのもやっとな貧乏生活。
野菜売りの手伝いをしてかろうじて生きてきたマリリア。
それをロデルク公爵である父が迎えにきてくれた時は嬉しかった。
自分の事を忘れないでいてくれたんだ。
時々、母の元を訪ねて来てはお金を渡してくれて、マリリアを可愛がってくれていたロデルク公爵。
母が亡くなって二月経ってから迎えに来た事は許してあげる。
これからは食べる物にも困らない令嬢としての生活が待っているのよ。
マリリアは期待に胸を弾ませて、ロデルク公爵家に行ったのだが。違った……
義姉エメルディシアが全て優先される生活。
ドレスも何もかも一流の物を身に着けているエメルディシア。
このフィレス王国の未来の王妃になるエメルディシアなのだ。
公爵夫人は3年前に亡くなっている。
だったらすぐにも母と私を迎えに来てくれれば、母は死ななくてすんだのに。
母は流行り病で亡くなって、野菜売りの仕事を手伝ってかろうじて生きてきた。
父を恨みに思わなくもない。
でも……この公爵家の屋敷に引き取られて、自分に貴族の生活は難しいということがマリリアにはよくわかった。
作法一つ、義姉のエメルディシアは違うのだ。
父も義姉も優雅なマナーで食事をする前で、マリリアは作法の一つも出来ない。
家庭教師がマナーを教えてくれるも、フォーク一つどう使ったらよいのか、なかなか覚えられなかった。
お腹がすいたら、好きに食べていいじゃない?
そう思ってパクパク食べる。
注意することもなく、父も義姉も無言で食事を優雅に食べている。
欲しいドレスとか小物とか、強請れば買ってもらえる。
マリリアに取っては、信じられない位、高いドレスとかアクセサリーなのだけれども、公爵家にとっては実はたいしたことがないのだ。
しかし、エメルディシアの持っているドレスやアクセサリーの方が、ものすごく高くて品が良い。見ただけで違いが解る位、物が違うのだ。
本当にズルい。羨ましい。
とある日、夜会に出かけるエメルディシアの飾り立てる姿を見て、悔しさを感じた。
自分は夜会にも連れて行って貰えない。
父に頼んでも、
「マナーの一つも出来ないマリリアを連れて行くわけにはいかない」
と許可が下りないのだ。
あの藍色のキラキラしたドレスで、美しい婚約者であるダレス王太子殿下とダンスを踊るんだろうな。
ダレス王太子は絵姿が人気になる程、美しい王太子殿下である。
だから、だから、だから、ズルいズルいズルい。
同じ父から生まれたというのに、義姉は未来の王妃、自分はどうなるか解らない身。
父、ロデルク公爵は、
「マナーも何も覚えられないお前は、この公爵家で婿を取って継ぐことも出来ないだろうな。私の目の黒いうちに、生きるのに困らない位の物を渡せるようにしないとならないな」
と、酷い事を言われた。
何で?同じ公爵家の娘なのに、
だから、エメルディシアの部屋に突入し、喚いたのだ。
「お義姉様なんて大嫌い。何で私よりいい物を持っているの?何で婚約者はダレス王太子殿下なの?何でお義姉様だけ最高の物を与えられているの?ズルいズルいズルいっ」
エメルディシアはマリリアに、
「わたくしは5歳の時から、ダレス王太子殿下と婚約して王太子妃になることが決められていたのよ。ダレス王太子殿下と歳が同じで、我がロデルク公爵家は名門ですから。だから、わたくしは王家からの王妃教育をダレス王太子殿下の婚約者になった時から、学ばなくてはならなくて。本当に自由がない生活。それが羨ましいって?わたくしの肩にはこのフィレス王国の未来がかかっているのよ。他の貴族に対して威厳を示す為に、酷い恰好は出来ない。最高のドレスを着て最高のアクセサリーを着けて、つけ入る隙を与える訳はいかない。わたくしはね。この王国をダレス王太子殿下と共に良くしていきたいの。だから、わたくしをズルいだなんて言わないで。貴方にはわたくしが幼い頃に王太子殿下と共に、王国の為に命を捧げると決めたその覚悟。解らないでしょうね。王太子殿下との間に愛はあるかって?彼とは同志なのよ。彼もわたくしの事を同志だと思っているわ。だから、貴方になんて渡せない。彼もわたくし以外の女を未来の王妃にしたいと思わないでしょうね」
凛としたエメルディシアの物言いに、マリリアは反省した。
「お義姉様。私、ごめんなさい。私って本当に何も出来なくて。ただただ、お義姉様が羨ましくて。ズルいって言ってごめんなさい。私はどうしたらよいの?」
エメルディシアは微笑んで、
「学びなさい。少しでも高みに上りなさい。貴方をお父様がこの公爵家に婿を迎えて継がせたいと言われるようになりなさい。貴方の為よ。庶子だからって、平民生活が長かったからって、貴方の事を馬鹿にしてくる人達はいるでしょう。今からでも必死に学びなさい。せめて馬鹿にされないようなマナーを身につけなさい」
マリリアは歳は16歳。今からマナーを身につけるとしても、生まれもった貴族のマナーを学ぶには難しい歳である。
「解ったわ。お義姉様。私、必死に学びます。もう、市井に戻ってひもじい思いはしたくありません」
「そう。それならば、協力は惜しまなくてよ」
忙しい合間にエメルディシアは、色々と教えてくれた。
家庭教師も増やして、マリリアは必死に学んだ。
マナーや勉学は難しくて、ちっとも様になってくれない。
それでも、ちゃんと食べられるようにならないと。
せめて最低限のマナーを。
一日一日が飛ぶように過ぎていく。
公爵家の令嬢に、せめてふさわしいように。
夜会に出席して、ドレスを着て踊れますように。
エメルディシアが、結婚して王太子妃となって、この屋敷を出て行った後も、マリリアはマナーと勉強を学び続けた。
マリリアが20歳の時に、やっと父公爵から、夜会の参加の許可が下りた。
マリリアは嬉しかった。
憧れの夜会に出られるのだ。
思いっきりおねだりして、綺麗な空色のドレスを作って貰った。
綺麗に髪を結って貰い、張り切って夜会に出たのだ。
だが、誰にもダンスに誘ってもらえなかった。
誰も声をかけてくれなかった。
「いかにロデルク公爵家の娘でも庶子ではねぇ」
「本当に。あの娘、公爵家を継ぐのかしら。息子を婿入りさせたくても、公爵にその気がないのでは?」
「市井育ちの娘よ。マナーとかどうしようもないのではなくて?」
自分のマナーが試されている。
すると一人の黒髪の美男子が近づいて来て、手を差し出して来た。
「貴方はお見掛けしない顔ですね。私はマルク・エンデルク。エンデルク伯爵家の次男です。私とダンスを一曲踊って下さいませんか」
「喜んで」
とても素敵な男性にダンスを申し込まれてしまった。
舞い上がるマリリア。
これが恋なのかしら。頑張って良かったわ。
胸がドキドキして、マルクにその時、恋をした。
マルクとのダンスが終わると、手を握り締めて来て、マリリアはテラスに連れ出された。
そして、熱っぽく間近で囁かれる。
「貴方がマリリア様。ロデルク公爵家の」
「ええ、そうなのです。わたくしがマリリア・ロデルクですわ」
「では、いずれロデルク公爵家を継ぐのですか?」
「いえ、まだ父から許可が下りなくて。でも、最近のわたくしの頑張りを見ているはずですから、きっとわたくしがロデルク公爵家を継ぐことになりますわ。ですから、素敵なお婿さんが見つかればと」
「それならば、私を……美しいマリリア様。我が伯爵家から婚約を申し込めば受けて頂けるでしょうか」
「え?それは父が決める事ですから。でも、わたくし」
嬉しかった。一気に未来が開けたような気がした。
「ああ、どうか、私と婚約をして下さいませんか?」
マルクに口づけをされた。
幸せで幸せで。マリリアはうっとりした。
ロデルク公爵である父に、夜会での事を報告した。
ロデルク公爵は、
「あそこの家の次男のマルクは女性関係が激しくて有名だぞ。だから、伯爵家から申し込みがあっても、私は断るつもりだ。それに、マリリア。いつお前にこの家を継がせると言った?」
「だってお父様。わたくし、大分マナーも覚えましたのよ。わたくしが継いだっていいではありませんか」
「あんな男に引っかかっているようではな」
「お父様。私だって素敵な人と、結婚して幸せになりたいの。お父様なんて大嫌い」
部屋に閉じこもった。
反対されれば反対される程、燃え上がるのが恋。
翌日、エンデルク伯爵家に訪ねて行った。
王都にエンデルク伯爵家の屋敷があるのだ。
マルクに面会を求めた。
「外で話をしよう」
と、馬車で外へ出かけた。馬車は、とある宿の前に止まって。
「マリリア。君はとても可愛い。私は一目見て、君の事を好きになってしまった」
「まぁ、嬉しい。わたくしもですわ」
「だから、マリリア。宿で二人の愛を確かめよう。きっと、両親も、公爵様も認めてくれる。私達が本気で愛し合っていると解ればね」
胸がドキドキする。
マリリアは真っ赤になって頷いた。
そして、マルクと身体の関係を持ってしまった。
一晩、帰らなかったマリリア。
マルクに連れられて翌日、ロデルク公爵家に戻った。
ロデルク公爵はマリリアの顔を見て、
「心配していた。夕べはどこにいた?」
共に部屋に入って来たマルクを見て、怒り出し、
「お前はなんだ?」
「私はマルク・エンデルク。私とマリリアは愛し合っているのです。夕べも宿で、互いの愛を確かめ合いました。私はマリリアと結婚したいと思っております。どうか、ロデルク公爵様。二人の愛を認めて下さいませんか?」
マリリアは、マルクにしがみついて、
「私はマルクを愛しています。どうか、お父様、認めて下さいませんか」
ロデルク公爵は顔を歪めて、
「身体の関係までもってしまったのでは仕方がない。エンデルク伯爵と話し合い、二人の婚約を結ぼう」
マリリアは幸せだった。
黒髪でとても素敵なマルク。
お義姉様の婚約者であるダレス王太子殿下には劣るけれども、それでも、自分が努力して夜会にまで出席できるようにマナーを身につけたから、素敵なマルクという男性が婚約者になったのだ。
きっと、きっと幸せになれる。
マリリアはマルクの手を握り締めて、マルクも優しくこちらを見つめ返してくれて。
そう、その時は幸せを信じていた。
婚約が結ばれてからのマルクは態度がおかしくなった。
会いに来てくれて、マリリアに甘い言葉をいい、綺麗な薔薇の花束をプレゼントしてくれる。
だが、なんとなく態度がおかしいのだ。
そんな中、マリリアは吐き気を感じて、医者にみてもらったら妊娠していた。
子が出来てしまった。
父に報告すれば、ロデルク公爵は、
「早く結婚させないとまずいな。籍をいれてマルクにはこの屋敷に住んでもらおう。結婚式は子が産まれて落ち着いてから改めて行った方がよいだろう」
マルクの婿入りが早まった。
愛しいマルクと一緒に住むことが出来る。
マリリアはマルクに抱き着いて、
「嬉しい。今日から一緒に住めるのね」
「ああ、私もとても嬉しいよ。愛しのマリリア」
そう言って口づけをしてくれるマルク。
だが、夜はふらっといつの間にか出かけてしまう。
マリリアは不安な夜を過ごすことになり、心配した父がマルクの行動を調べてくれた。
彼は色々な女性の知り合いがいて、夜な夜な、遊び歩いているとの事。
マルクを追い出したくても、お腹にマルクの子がいる。
怒り狂うロデルク公爵に、マルクを追い出さないでと頼んだ。
お腹の子の為、愛しいマルクを追い出す事なんて出来ない。
そんな中、とある夜、豪華な馬車が公爵家の門の前に止まり、王太子妃であるエメルディシアが家に戻って来た。
「わたくしが来たのは、マリリア、貴方が心配だったからよ。貴方、何の為にマナーや勉強を頑張って来たの。何でマルクみたいな男と身体の関係を早々に持ってしまったの?貴族の令嬢ならば、もっと貴方の身体を大事にしなければならなかったのではなかったの?相手を見極めて、しっかりと。それは貴族の令嬢というだけではなくて、女性としてとても大事な事なのよ。あのマルクという男を追い出しなさい。この男は貴方に取って、害悪でしかない。この公爵家に取っても」
「お義姉様。わたくしが愚かでした。でも、お腹の子の父親はマルク様なのです。お腹の子の為にもマルク様が必要なのです。子が産まれればきっとまともになってくれます。わたくしと子だけを愛して、この公爵家の為に頑張ってくれますわ」
「人は変われないものよ。悪い父親は子にも悪い影響を与えるわ。貴方が泣き続けて暮らせば、子供だって心配するわ。愛しいマリリア。わたくしはいつだって貴方の事を心配しているのよ。貴方はわたくしの大事な妹なのですもの」
そう言って抱き締めてくれた。
マリリアは義姉の心がとても嬉しかったけれども、マルクを追い出す決心がつかなくて。
結局、ズルズルとマルクは公爵家に居座っている。
女の子が産まれたが、マルクが夜出かけるのは変わらなくて。
「マルクっ。貴方はわたくしの夫なのよ」
「ああ、解っている。でも、ほら、私はまだ若いんだから、他の女性も楽しみたいんだ。解ってくれるね」
そう言われると何とも言えなくて。可愛い娘を抱き締めながら、泣くマリリアであった。
そんなマリリアを義姉のエメルディシアは心配してくれて、忙しいのにまた、公爵家に訪ねてきてくれた。
「泣いてばかりいると、身体によくないわ。ほら、アリアも泣き出したわよ」
産まれた子はアリアと名付けられた。マリリアが泣いているとアリアもつられたように泣いて。
乳母がアリアをあやしてくれた。
そして、父ロデルク公爵を呼んで、
「お父様。あの男をどうして追い出さないのですか?」
「マリリアが追い出さないでと言うのでな」
「公爵家を潰したいの?お父様」
「解っている。解っているんだ。だが、私は、マリリアには負い目がある。早く迎えに行ってやれば……この子の母は死なずにすんだ」
「愛人を持っていた事をとやかく言うつもりはありませんわ。でも、あの婿ではこの公爵家はつぶれてしまいます」
酷いことを言う義姉だと思った。
酷い男でもアリアの父なのだ。
「お義姉様。この子の父親なのです」
「マリリア。いい加減にしなさい。貴方とお父様はロデルク公爵家を潰したいのね?」
「潰すだなんて」
「でも、あの男が爵位を継いだら、遊び暮らして潰れるわ」
「きっと真面目になってくれる。だってこの子の父親なのよ。子供の為にあの人は変わってくれる」
「マリリアっ」
酷い義姉。本当に酷い義姉……
涙がこぼれる。わたくしはあの人を信じたい。
ロデルク公爵が、マリリアの方を見て、
「お前に甘すぎたようだな。マリリア。あの男は離縁する。伯爵家に送り返す。あの男は害にしかならない」
「お父様もお義姉様も酷いっ」
「この公爵家は養子を迎えて、養子に継がせる。マリリアと子には生活に困らないだけの金を与えて、そこに住まわせる。マリリア。お前がこの公爵家を継ぐ事はない。屋敷の準備が出来たらそこで暮らすがいい」
公爵家を追い出された。
マリリアは酷い父と義姉に涙が溢れて、止まらないのであった。
マルクと離縁されて、小さな屋敷で暮らすことになったマリリア。
赤子を抱っこして、馬車でエンデルク伯爵家に向かった。
マルクに会いたいと門番に言ったが、取り次いでもらえなかった。
「どうして?マルク様の子を連れてきたのですわ。会いたい。会いたいの」
門番は首を振って、
「会わせるなと、ロデルク公爵家からも通達が出ております。それにマルク様はこちらにはいらっしゃいません。ここだけの話、素行が悪すぎて、辺境にある騎士団へ身体を鍛えに押し込まれたとか」
もう、マルクに会えない。
悲しくて胸が潰れそう。娘を抱き締めて泣いた。
小さな屋敷に帰って、面倒を見てくれているメイドにその話をすれば、メイドのサリーは、
「辺境騎士団ってあの騎士団?マルク様は整った顔をしていますから、きっと、餌食になっていますよ」
さらっと言われて、更に涙がこぼれる。
サリーは慰めるように、
「あんな男と縁が切れてよかったではないですか。色々な女性と付き合いがあったって。ちっともお嬢様を大事にしなかった人なんて忘れた方がいいですよ。このアリア様だって、屑な父親がいない方がいいに決まっています」
赤子のアリアがにこにこ笑っている。
しっかりとアリアの為にも生きないと、マリリアは決意を新たにした。
「ロデルク公爵家の養子に入ったエリックです」
そう挨拶に来たエリック。わざわざ、家を追い出された自分に挨拶に来ることはないだろうに。
マリリアはサリーに命じて茶を淹れさせる。
「ご挨拶有難うございます。でも、わたくし、家から出た身ですのよ」
「でも、公爵家のお嬢様なのですから。私は遠縁に当たるだけの者で、優秀だと言われてこちらへ養子に入ったのです」
「そうなのですか」
「このまま、ここでくすぶっていていいのですか?」
「え?」
「貴方は頑張り屋だとお聞きしました。公爵様からも、王太子妃殿下からも」
「まぁお父様とお義姉様から?」
二人はあれから訪ねて来ない。
見捨てられた。そう思っていたのに。
エリックはにっこり笑って、
「夜会へ出てみませんか?人生はいくらでもやり直すことが出来ます。私がエスコートして差し上げますから」
「ええ、そうですわね」
もしかしたら、エリックが養子になる条件は、自分との結婚なのかもしれない。
それだけ、父と義姉は自分の事を心配しているのだ。
でも、子までいる自分が、いえ、子がいるからこそ、父は……
ならば、義姉の子を、先行き、公爵家の跡継ぎに迎え入れればいいのではないのか?その方が、王家としてもよいのではないか?
色々と考えてしまう。
ただ、久しぶりに夜会に出たいと、マルクと初めて会った夜会以来、出席してはいないけれども、気晴らしに出たいと思ったマリリアであった。
エリックはマリリアをスマートにエスコートしてくれた。
黒髪碧眼のエリックは、それなりに背が高くて、整った顔をしている。
マリリアはエリックを見上げて、
「貴方はわたくしと結婚するように、父に言われました?だから、わたくしと?」
「それもありますけれども。でも、私も、愚かな恋をして、それに縋っていたのですよ。酷い女だったというのにね。貴方が離縁した夫に縋っていたと公爵様から聞きました。その気持ち、とても解ります。相手が屑だと解っていても忘れられないんですよね。それが人間なのですから」
「まぁ、貴方はどのような方と」
「私は婚約者にさんざん裏切られていたんですが、彼女はとても魅力的で、笑顔が素敵な人で。何でも許してしまいたくなって。甘やかしたのがいけなかったんですね。だから、彼女は浮気して。色々な男性と。私はそれでもなかなか別れられなくて。ああ、ロデルク公爵様から養子の話が出た時、貴方の事を聞いたのです。できれば貴方と結婚を前提に付き合ってやってくれないかと。結婚出来なくても、養子として迎え入れてくれるとは言って下さいましたが。私は忘れる事に致しました。あんな屑女の事、思い出している時間が無駄だと思います。ですから、貴方も忘れませんか?」
「あの人との間に娘がいます。忘れられないわ」
「貴方の娘だって可愛がります。父として、ちゃんと接しますし、貴方との子が出来ましたら、区別なんてしません。前を向きませんか?どうか、マリリア様」
嬉しかった。
確かにそうだ。自分は嫌って言う程、努力してきた。
貴族になる為に。
愚かな過ちで、酷い男と結婚したけれども、確かにそんな酷い男の事を忘れて、前を向くべきかもしれない。
エリックにそっと手を差し出して、
「子持ちですけれども、よろしくお願い致しますわ」
「有難う。こちらこそ、よろしくお願いします」
エリックと婚約する事になったマリリア。
ロデルク公爵とエメルディシアが喜んでくれて。
父は安堵したように、
「やっと、まともな婿が来て、公爵家も安泰だ」
義姉もわざわざ会いに来てくれて。
「本当に、心配かけて。マリリア。貴方の幸せをわたくしは祈っているわ。いつでも。だってわたくしは貴方の姉なのですから。ね?」
そう言って抱き締めてくれた。
義姉の腕の中は暖かくて。
マリリアは涙が零れた。
なんて親不孝、そして、どれ程、義姉を心配させたのだろう。
父が優しい眼差しで、こちらを見ていて、
エリックもニコニコとこちらを見ている。
アリアがきゃっきゃっとご機嫌よく笑っている。
やっと本当に幸せになれる。
マリリアは義姉の腕の中で、嬉し涙を流し続けていた。
3か月の婚約期間の後、マリリアは再婚した。
エリックはとても優しくて、娘のアリアも可愛がってくれて。
マリリアは毎日、微笑みが絶えず幸せだ。
随分と遠回りしたけれども、この幸せを壊したくはない。
いずれはエリックが爵位を継いだ時に、公爵夫人として、隣に恥ずかしくなく立つように、更に勉強していこうと決意を新たにするマリリアであった。