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旦那様との就寝

 間もなく寝室に到着した。フェリシアはクッションを力いっぱい抱き、それから深呼吸をする。


「ふぅ……」


 メイドたちは、深呼吸するフェリシアを待ってくれた。


「よろしいですか?」

「はい」

「旦那様、お連れいたしました」


 ノックをして返事を待つ。


 すると、すぐに扉の向こうが騒がしくなった。何やら揉めている気がする。


 と、不意に扉が内側から開いた。


「旦那様コノヤロー! お待ちなさいと言ったでしょうに!」

「会いたかったよジャスミン!」


 室内から、ロジャーとイヴァン飛び出してきた。


「きゃああああああっ!」


 二人の男の急接近を見て悲鳴を上げたフェリシアは、思わず両手でクッションを前に突き出して壁にしていた。


「なぜ僕から離れるんだ、いつも一緒にいただろう?」


 ロジャーにはまったく効果がない。彼はにこやかな笑顔で前進してきて、フェリシアはさらなる悲鳴を上げる。


 そんなことお構いなしに彼がクッションを掴んだ。


 引きはがされそうになって、フェリシアは両足を踏ん張ると、今度は自分のほうへクッションを引き戻しにかかる。


「あはは、お前はクッションがほんと好きだね」

「なぜ!?」


 かなりの力で抵抗しているのに、ビクともしない。


 そこに動揺していると、そばからメイドがこそっと教えてくる。


「フェリシア様、旦那様は王国剣術大会で第三位の腕です。王宮で王族護衛部隊のうちの一つを任されているほど実力は持ち合わせています」

「えっ、彼には部隊があるの?」

「はい。軍人の部下たちもいらっしゃいます」


 なんてことだ。


 つまり、軟弱なフェリシアにはとうてい敵わないということだろう。


「さて、一緒に寝ようか」


 不意に手元が軽くなった。


 それはロジャーがクッションを魔法みたいに取り上げてしまったせいだ。彼はフェリシアが両手でどうにかだったそれを軽々と持ち上ると、後ろにあった室内へ放る。それをイヴァンが両手を頭上へ伸ばし「こいこい」と言い、受け止めているのが見えた。


(――て、そうじゃない!)


 視線を戻した時、フェリシアは眼前にロジャーを見た。


「え」


 近い、そう言おうとした口が次の瞬間に閉じる。


 ロジャーに正面から抱き締められ、あっさりと持ち上げられてしまった。ふわりと足が浮いた途端、スリッパが脱げてぽとりと落ちる。


「お前は僕が寝ないと、寝ない子だったね。寝不足はよくない。さあ、もう寝よう」


 ロジャーが優しい顔で微笑む。


 この距離で見つめられれば羞恥が込み上げるものだが、フェリシアは警戒心がほどけてしまう。


(彼は――私を見ていないわ)


 フェリシアを通して、自分が大切にしている愛犬に微笑みかけているのだ。


 その眼差しはひどく優しく、下心は一切感じない。


 ロジャーがくるりと後ろへ身体を向けて、ベッドへと向かう。特大級の抱き枕のようなクッションを寝椅子に置いたイヴァンが、振り返ってその光景を見ると、額に手を当てて溜息をもらした。


「はあぁ……旦那様、できればそんなふうに気持ちを向けてくださる妻を娶っていただけると有難いのですが」

「妻? 何を言っているんだ。僕は愛犬以外にいらないぞ」


 どうやら、そちらにもお困りのようだ。


 だが、この構図は確かに新婚みたいにイヴァンたちの目には映るだろう。


(彼の中では抱っこしている私の感触さえ犬に変換されているの? 信じられない。そんなに触り心地さえも悪いというのかしら)


 ある意味で密かにショックも受けていた。フェリシアは口元を引き結んで言いたいのを耐える。


「きゃっ」


 ふと、ベッドに上がったロジジャーが一緒になってぼすんっと横になる。


 ふんわりとした枕が頭にあたって痛くはなかったが、ベッドのそばから見下ろしたイヴァンが『さすがに』と言いたそうに眉を潜めた。


「旦那様、ものではないのですから丁重に扱ってください」

「ジャスミンだが?」

「……もういいです」


 よくない。もっと言って欲しい。


 大型犬(?)だったジャスミンは、いつもこんな感じで遊ぶようにベッドに共に入っていたのかもしれないが、フェリシアは心臓がばくばくしていた。


(じゃれられている気分だわ……)


 とはいえ、抱き締められている距離感が、かなりまずい。


 どうしていいのか分からず固まっていると、メイドがロジャーの手をそれとなく離してくれる。


「さ、旦那様、彼女をおやすみさせませんと」


 いつやってきたのか、エリーゼが素早く二人を並べ、掛け寝具をロジャーとフェリシアの肩まで上げる。


 そうすると抱き締める隙はなくなった。


「ははは、ジャスミンはオスだぞ?」


 まさかの、オス!


 フェリシアは叫ばないよう口をかたく閉じていた。


「旦那様、上機嫌でございますね。そんなふうな笑い声を聞いたのはいつぶりでしょうか」

「イヴァン、僕だって笑ったりする」

「――そうでございますね」


 フェリシアは、イヴァンが笑顔の奥に感極まった思いを隠したように見えた。そのせいで『二人にしないで』という言葉が、出てこなかった。


「ご機嫌のようでございますが、きちんと眠ってくださいね」

「もちろんだ。主人が起きていては、ジャスミンも眠らない」


 彼の世界は『ジャスミン』で回っていたみたいだとフェリシアは感じた。その存在がある意味で彼の健康に貢献していたみたいだ。


 メイドが室内を消灯し、ベッドサイドテーブルの灯かりも小さくする。


「旦那様、それでは朝に起こしにまいりますので」


 イヴァンが告げ、彼らはあっという間に出て行ってしまった。


(……ほ、本当に二人きりにさせられてしまったわ)

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