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メイドとしてお仕事スタートしたはず(ですが旦那様に攫われました)

 ロジャーが仕事にあたっている間に、フェリシアは臨時雇用のメイドとして身支度も整えた。


 屋敷仕事に従事するメイドたちと同じ制服だ。


 本来だと髪は結い上げるかまとめるのが基本なのだが――髪で愛犬と間違われているようなので、背に下ろしたままでいいとメイド長にも言われた。


 フェリシアは二十三歳であるし、屋敷によって頭飾りも違っている中で、彼女たちのレース尽きのホワイトブリムを可愛く思った。しかし、犬役、という雇用を思い出して潔くそこは諦めた。


 そもそも、そんなこと希望できる立ち場でもない。


(通常だと身元も紹介できない私が雇われるなんて有り得ないし、臨時雇用していただけただけでも有難いわ)


 初日から日当も発生するというので頑張りたいところだ。


 スカートはコルセットがなく窮屈さとは無縁で、掃除をするのに動きやすい。同じくひらひらとした可愛い長いエプロンはポケットといった機能性も充実しており、フェリシアとしてはかなり仕事がしやすそうで期待も抱いた。


「旦那様がお仕事を終えられるまで、よろしくお願いしますわね」

「はい。よろしくお願いいたします」


 手の空いているメイドが協力してくれて、掃除の方法を教えてもらえた。


「フェリシア様は手際がいいですわね。何かこれまでお仕事を?」

「父の書斎がすぐちらかっていたおかげです。母も、いろいろと教えてくれましたから」


 それは嘘ではない。

 フェリシアは、結婚できないのではないかと薄々感じていた。そこで貴族学校に通いながらも、母に家の役に立ちたいのだとたくさんのことを学ばせてもらった。


 卒業してからも家のことや父の仕事、メイドたちや厨房の手伝いだってやった。家にとって役立つことがしたかった。


(そうしたいな呼吸をしているのも申し訳ない気分に襲われて――)


 ただのフェリシアの思い込みか、錯覚だ。


 けれど多感な年頃はいろいろと考えてしまうものであるし、成人の十八歳という節目も彼女に深く考えさせた。


 小さな子爵家だ。すべてを使用人たちにやってもらうほど裕福ではない。


 慎ましげな暮らしだったから、母の亜麻色の髪をさらに明るくしたような、波打つ黄色に近い髪を持った妹の華やかさはかなり浮いていたとも言える。


 いや、太陽みたいに家の中を照らし、いつだって彼女が中心だった。


 フェリシアが十八の成人を迎えても縁談の話はまるでなかった。両親は、そこに関しては何も言わなかった。


 それが、またフェリシアを傷つけることになる。


(――シエンナが十六歳になった時には、そろそろ縁談もあるかもしれないと、十八歳に向けていろいろと服を揃えていたっけ)


 物思いに時々耽ってしまい、フェリシアは反省する。実家のことを吹っ切れるために来たのに何を思い出しているのだろう。


 おかげで、いつ指摘しようかタイミングを逃し続けていた呼び名をまた聞くことになった。


「フェリシア様は繕い物もとても綺麗ですわ」

「これは助かりますわね」


 針子部屋での会話にはどきりとさせられた。しかし、貴族学校で必須項目の刺繍についてメイドたちが何かを勘ぐったみたいに聞いてくることはなかった。


「私は臨時で雇われた身ですから、敬語でなくとも大丈夫ですよ」


 話題を変えるようにしてフェリシアはそう言った。


 ひとまず『様呼び』は落ち着かなかった。これだと、実家にいた時と変わらない。


「いいえ、そう呼ばせていただきます」


 客人のような扱いでもあるのか、そこはぴしゃりと断られてしまった。



 屋敷の間取りや簿得る仕事も多く、時間はあっという間に過ぎた。

 差し込む日差しも西日に変わり出している。


 それにフェリシアが気付いたのは、乾いたシーツを取り込んだ際だ。二階の廊下をメイドたちと歩きながら、大都会の美しい景色に目を留めた。


 ロジャーがある意味『引きこもり』という言い方は間違っていないらしい。


(いえ、お忙しいお方なのかも)


 伯爵だ。すべきことも多いだろう。


「予定より早く終わりましたわね。人手が増えると助かりますわ」


 メイドたちの話しによると、使用人は増やしたくない――というのがロジャーの考えであるらしい。


 領地にある伯爵家の屋敷にいた頃から執事として仕えていたイヴァンと両親、もともといた使用人たちが採用の面接をして、ようやく現在の屋敷勤めの者たちが決定した。みんながずっといるメンバーなのだとか。


「ですから新しい人が来るのも数年ぶりのことです。仕事に集中したい、というより、仕事と愛犬に没頭したいというのが旦那様の本心のようでしたわね」

「それなら余計に人を雇わなければならない気がしますが……」


 フェリシアがおずおずと意見すると、前を歩くメイドたちきょとんと視線を返し、それから笑った。


「ふふっ、旦那様に人嫌いのイメージはないでしょう?」

「はい」

「信用する人間の数を、自分が必要とする以上に求めない方なのですわ」

「かかわりがない、関心がないお方にはかなり冷たいとも知られています。悪い人ではなのですわ。わたくしたちの雇用体制もよいですし」

「イヴァン様が子供休暇のたび頭を抱えていますけれどね」


 メイドたちが華やかな笑い声を上げる。


 使用人たちがそうやって笑うことを許されているくらいに環境はよいらしい。


 伯爵家とはいえ、フェリシアは実家の環境を思い出して居心地のよさを覚える。


「旦那様の興味関心の方向は、仕事と犬、ですわね」


 やりとりしているメイドたちの後ろをついて歩きながら、フェリシアは聞こえてきたとあるメイドの言葉に納得する。


 なるほど、よく分かる意見だ。


 何しろ、と思った時にはフェリシアは口から言葉が出ていた。


「そうでなければ私を『犬』なんて勘違い、しませんよねぇ……」

「ま、まぁ、そうですわね」


 途端に、場の笑い声が乾いたものになる。


「はっ。ご、ごめんなさいっ、空気を悪くしてしまいました」

「いいえ、大旦那様のところから来たわたくしも今回のことはかなり動揺しています」


 他のメイドたちも頷く。


「いったいどういうことかさっぱりですわ」

「フェリシア様こんなに慎ましく愛らしいお方なのに、どうして大型犬と同じになるのか……」

「愛犬様は大きかったのですか?」

「はい。獲物を見つけると、もうわたくしたちの手におえないほど、頼もしい番犬でもありました」


 なんだかフェリシアは、自分の中の『ジャスミン』のイメージが定まらないのを感じた。


(闘犬だったりするのかしら?)


 自国ではお金を持っている家が少なく買っている程度だ。


 都会だと見かけることも少なく、縁がないフェリシアには犬種もよく分からない。


 とはいえ『番犬』という言葉には、なんとなくショックを受けた。


(私ってそんなに魅力がないのね……)


 今のところロジャーに認識されているのは『髪』くらいだろう。それ以外のどこをどう見てたのもしい番犬のように感じたのか、少し気になる。


(笑顔は癒されると言われていたのだけれど)


 家族にも言われていたそれが自分をなぐさめてくれた唯一の長所だった。つい、シーツを抱えた手で頬に触れる。


 するとメイドたちが、揃ってフェリシアに視線を集めた。


「まぁ……フェリシア様ってほとん優美だわ」

「ほんとね。犬というより猫様だわ」

「え、猫様?」


 彼女たちは猫派だったりするのだろうか。


 フェリシアの知る都会の貴族たちは、圧倒的に猫飼いが多かった。オリバーも『美人な猫様がいるんだ』とはにかんで語っていた。


(オリバー様……)


 つきり、と胸が痛む。


 妹は彼のもとで女性としての幸せを感じている頃だろう。


 その時だった。どこかでけたたましく扉が開かれる音がして、フェリシアは憂愁の気分も吹き飛ぶ。


「ひゃっ」


 メイドたちも何かしらと振り向く。


 廊下の向こうから、何かがドドドド……と猛ダッシュしてくる音が聞こえてくる。


「何かしら?」

「わ、分かりません」


 私は来たばかりですしと、フェリシアが不安を覚えて言葉を続ける暇はなかった。


 数秒後、角を曲がって現われたのはロジャーだ。走って来た彼は、すれ違いざまにフェリシアをガバリと脇に抱えた。


「よし! 仕事は終わった! 行こうか!」

「きゃあぁあぁ!?」


 勢いのまま連れ去られた彼女の手から、シーツが飛んだ。それが宙を舞うのをメイドたちが唖然と眺める。


 あっという間に彼女たちの姿はフェリシアの視界から遠ざかった。


「さぁ庭で触れ合おう!」

「触れ合うって何!? いやぁあああ変態!」

「何を言っているんだ? ははは、いつもみたいに木の下でゆっくりして、散歩したりしよう」


 走るロジャーの顔が正面を向く。


(そうだったわ、私は今『犬』だった……)


 女性一人を片腕に持ち上げているなんてすごいわ、という感想が呆けたフェリシアの頭に浮かんだ。

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