サバイバル 4
「十二人の選ばれしインストラクターの皆さん、お疲れ様でした! そして、お待たせしました! いよいよ最終の第三次審査に進出する六名の方を、特別審査員のガブリエラ山中さんと、『エクソダス』のオトヤさんから発表してもらいます!」
二次審査も終了し、いよいよ最終審査進出者の発表となった。
一人十分ずつしかない模擬レッスンとはいえ、十二人ぶんなのですでに二時間以上が経過しているが、長いはずの待ち時間は観客にとっても、そして翔子たちにとってもあっという間だった。二次審査に残ったイントラたちの技量はやはりさすがのひとことで、他の人の演技を見ているだけでも楽しかったし、何より勉強になる。みくなどは「あ! あのステップいいなあ。レッサーっぽい手振りと合いそう!」などと言いながら、翔子や獅子神を苦笑させていた。
フロアの参加者たちは、さすがに百二十分間ぶっ通しというわけにはいかないので、出入りは自由とされている。佐々木と平沼も「翔子先生とみく先生の三次審査にも出なきゃいけないから、ここで一休みしないとね」と嬉しいことを言ってくれながら、後半の三人ほどを残して客席に戻ってきていた。
MCのアナウンスが終わった直後。
ステージ右手からガブリエラ、反対側から長髪の男性が現れた。
「はーい、みなさ~ん! お待たせしましたあ! 最終審査への挑戦権を獲得した、栄えある六人の、ウルトラスーパーゴージャスセクシーなイントラさんを発表しま~す! オトヤちゃんも、アー・ユー・レディ!」
「もちろんOKです!」
一次審査が終わってから着替えたらしく、ガブリエラは『IOI』のロゴが入った大会公式Tシャツ姿になっている。とはいえ、暑苦しいほどの笑顔は相変わらずだ。一方、並んで立つ、同じく日焼けした顔に無精ひげを生やした男性は、黒いTシャツに黒いスーツというカラスのような格好である。翔子にはさっぱり見分けがつかないが、同じような見た目の十数人が歌って踊るグループ『エクソダス』の一人らしい。
「やばい! 生オトヤさんですよ、翔子先輩! かっこいい!」
「ああ、そうなの?」
黒いスーツをつなぎに変えればむしろ土木作業員にしか見えない気もするが、みくのようなミーハーな人々にとっては、あれも「かっこいい」範疇に入るようだ。
そんなことより、二次審査の結果発表である。
さゆりたちもさすがに緊張した面持ちで、ガブリエラとオトヤが手にしたメモをじっと見守っている。ただ一人、隣に座る獅子神だけがにっこりと微笑んで、背中を軽く叩いてくれた。
それが何を意味するのか計りかねたとき、ガブリエラが叫んだ。
「まずは私から、三人一気にいくわよお!」
番号が読み上げられる。
「エントリーナンバー四番、志村かおるさん! 十番、斉藤京四郎さん!」
大きな拍手が湧き起こった。客席の一部から悲鳴にも似た歓声が上がっているのは、四番の女性イントラと彼女の身内だろう。
さらに、もう一人。
「三十番、杉山真美さん! お・め・で・と~!」
翔子ももちろん手を叩いた。が、さり気なく唇を噛み締めてしまう。
……だめだった。
四番、十番、三十番という順でのコール。ということは、残りは三番目に呼ばれた三十番以降のナンバーだろう。
調子はよかった。たった十分だけど、すべての客と一体になれて楽しかった。人と競い合ったり誰かをやっつけたりするためじゃない。みんなと一緒に笑顔になる。自分のエアロをする。その目標は達成できた。少なくともさっきの十分間、翔子は心から笑っていられた。
でも。やっぱり悔しい。
せっかく健君に、沢山支えてもらったのに……。
申し訳なさとともに彼の顔を見た瞬間、ハッとした。
斉藤との約束!
そうだった。翔子はもう一度、さっき以上に強く下唇を噛んだ。
このままでは、健が斉藤に土下座させられてしまう。それだけは防がなければ。自分がかわりに土下座でもなんでもして、絶対に彼を守らなければ。
ごめんね。今度は私が守るから!
けれども目が合った健は、なぜか涼しい顔をしている。
「え?」
思わず声に出てしまったほどだ。こちらは泣きそうなくらいなのに、どうして?
疑問に対する答えのように、彼が何かを確信した笑顔で頷いた瞬間。
「では、僕の方からも」
オトヤの声が聞こえた。そして――。
「エントリーナンバー十七番、天野翔子さん! 二十一番、長峯さくらさん! 五十九番、木村良介さん! 以上三名の先生、おめでとうございます!」
え? アマノショーコさん? あれ? 私? だってさっき、ガブリエラさんは三十番まで紹介したよね? あれ? あれ?
何が起こったのかわからない翔子は、周囲から身体を揺すられてようやく我に返った。
「ショーコ!」
「翔子先生!」
「翔子先輩!」
「天野先生!」
ジャイナバが、綾乃が、みくが、佐々木や平沼を初めとするクラブの常連たちが、そしてさゆりまでもが、肩を抱いたり背中を叩いたり手を握ったりしてくれている。
「ほら、大丈夫だったでしょ? ねえ、健ちゃん?」
「そうですね。贔屓目抜きにしても、翔子さんは抜群の演技でしたから」
獅子神と健、そして無言で微笑む神だけが余裕のある表情をしているが、それでもやはり、何度も頷く様子に喜びがにじみ出ている。
「わ、私……残ったの?」
「そうですよ、翔子先輩! 私のぶんも頑張ってアメリカ旅行、取ってきてくださいね!」
「よかったわ! 替えのTシャツもおんなじロゴ入りのにしといて大正解! 翔子先生、最終審査も活きのいいマグロみたいに、盛り上がって踊っちゃうからね!」
「ちょっとあんた、マグロってむしろぐったりしてるたとえじゃないの?」
佐々木と平沼のいつものやり取りで、翔子は本当に自分が、最終審査の六人に残ったのだということを実感できた。
「ありがとうございます! ありがとうございます、皆さん!」
何度も下げる頭の向こうで、ガブリエラとオトヤの妙に息の合ったトークがくり広げられている。
「ふっふっふ。オトヤちゃん、何気に上手くいったんじゃなあい?」
「そうですね。客席の皆さんの空気が、いい感じで上下するのがわかりましたし」
「でしょでしょ? 偶数番号は私が」
「奇数番号は僕が」
「っていう風に発表しましょう、って直前でひらめいたの! ドキドキした? ワクワクした? コーフンした? まさに大・成・功!」
「というわけで六名の先生方、本当におめでとうございます。最終審査、僕たちも引き続きしっかり見させていただくので、頑張ってください!」
続いてMCの声。
「それではお名前を呼ばれた先生方、どうぞステージへ! いよいよこのあと、六名のトップ・オブ・トップインストラクターの方々による、『IOI』最終審査レッスンを行ないます! さあ、今年のナンバーワン・エアロ・インストラクターはどなたでしょうか!」
「ほら翔子ちゃん、行ってきなさい」
「はい!」
ふたたび獅子神に背中を叩かれ、翔子は元気に立ち上がった。
「行ってきます! 頑張ってきます!」
「頑張って、翔子先生!」
「日本で六人に入る先生だったなんて、ピラティスも受けなきゃね」
「そうよね。坪根さん、翔子先生のギャラも上げてあげなさいよ?」
会員たちの明るい声に囲まれながら、一度だけ振り返る。
すぐに目が合った。
最後まで自分を応援して欲しい、見ていて欲しいと伝えたトレーナーが、約束を決して忘れないとばかりに優しく微笑んでくれている。
「行ってらっしゃい。頑張って」
「行ってきます!」
ポニーテールを大きく揺らし、翔子は最後のステージへと一歩を踏み出した。




