第8話「僕が成すのはファンタジー③」
正直、書くまではまったく思わなかったんですけど。
ポイントもらうとめっちゃ励みになりますね。
放課後。この街で一番大きい図書館に向かうため、いつもとは違う道を歩いていた。
隣に、叶恵ちゃんを連れて。
「いい人だね、壱村くん」
「それについては保証できるよ」
冗談めかしながら、そんな風に言ってやった。
人柄は間違いなく良いし、そういう奴じゃないと、あそこまで他者と関係を築くことを得意とするのは無理だろう。
連絡先の所持数然り。
「そういえば一つ気になってたんだけど」
「うん、どんな?」
「たっくんって、その…私が死んでると思ってたんだよね?」
「う、……うん。そうだけど…」
突然の質問に、一気に沈んでしまう。心に重りを付けられたような。それも飛びっきり重たいのを。
そんな僕を置いて、彼女は続けた。
「お墓、とかあったのかな、私」
「……たしかに気になるね。僕、葬式に出た記憶とかもないんだ」
「私は、親族だけで執り行ったって後から聞いた。一命は取り留めたけど、まだ入院してる途中だったから、よく覚えてなくて…」
けれど、まだこの街に居たのは確か、と彼女は加えた。
彼女の両親の葬儀はこの街で執り行われた。
僕は、そのことすら知らなかったはずだ。
「僕が叶恵ちゃんに会いに行こうと病院に行ったのは、事故からおよそ5日後くらいのことだったと思う」
事故の日、僕はいつものように彼女を待っていた。それから何日か、彼女が来れないことを知らず、待つ日々が続いたはずだ。
やがて。両親は近所からの言伝ではあったものの、月城家の事故のことを知り、僕にそれが伝わった。その時の母が、
―――叶恵ちゃんは、二度と来ないかもしれない。
そんなセリフを吐いていた気がする。
この時点で、彼女の両親が他界していたことを僕の両親は知っていたのだろう。ただ、叶恵ちゃんのことはどうかハッキリしなかったため、病院に連れて行ってもらったんだ。
「私が目覚めたのは、事故から1週間後……たっくんが来た時、私はまだ意識不明の状態だったはず」
「だけどそこで、僕たち家族は、君が既に息を引き取っている、そう伝えられたんだ。…遺体は、親族の方が連れ帰ったって」
「そんな……。そんなことって…」
言葉を失っていく彼女。
ああ、何度振り返ってみても信じられない。
現にこうして、彼女は生きて目の前に立っている。
こんな事なら、あの時無理やりにでも彼女の病室に入りでもすれば良かったんだ。
……まてよ。病室?
「そうだ…。そういえば」
「どうしたの…?」
「あの時、なんで僕たちは病室に案内すらされなかったんだ、って思ってさ…」
そもそも、訃報を受けとったのは本当に院長からだったか?
男の声だったのは間違いない…のか?いや、それも定かじゃないかもしれない。だって、どんなセリフだったか、一言一句思い出すことが出来ていないんだから。
その場所は一体どこだった?
覚えがあるのは病院の受付で両親が話をしている光景。そこまでは鮮明なのに、その後何が起きたのか上手く思い出せない。
僕は両親と同伴していた。患者でもないそんな複数人を相手に、彼女の病室でもないどこで、僕たちは話を受けたんだ?
「ごめん叶恵ちゃん。ちょっとだけ、電話してもいいかな」
「ど、どうぞお構いなく!」
彼女が言うより早く、スマホを触る指が動いていた。連絡先一覧から僕は、母親のものであるそれをタップして、電話をかけるのだった。
「もしもし母さん?拓人だけど今大丈夫?」
「どうしたのよ。あ、もしかして夕飯要らない感じ?」
「違くて。ほら、昨日話した叶恵ちゃんが運ばれた病院の話、天河病院ってとこ!叶恵ちゃんお見舞いに行った時、僕らどこで誰と話したっけ?」
「そんなこと急に言われても……。受付、じゃなかったかしら」
やっぱり母さんもそこまでしか思い出せないのか……
この調子じゃ恐らく父さんもだろう。どちらかと言うと母さんの方が記憶はいいはずだから、ほぼ間違いない。
「じゃあ、誰と話してたかは覚えてる?」
「そうねえ…。あの時、受付以外で誰かと話した覚えなんてあったかしら」
受付ではお見舞いに来た旨を伝えたはず、それは子供だった僕でもなんとなく覚えている。
その後が肝心なのに。
僕も母さんも、思い出せていない。
そもそもその後、誰かと話したりしてないのか?だったらどうして、僕たちは誤った情報を手に入れてしまったんだ。
「じゃあ、病院で何言われたかは覚えてる?いや、この場合何を知ったかって感じか」
「ああそうだわ、思い出した。受付で手紙を受け取ったじゃない。やけに達筆な字で書かれた手紙を」
「そんなのもらってた?」
「ああ、貴方はまだ小さかったから、漢字も多くて読めなかっただろうけど」
「手紙にはなんて書いてたの?」
「正確な文言までは覚えてないけど、たしか…ツキシロカナエが息を引き取ったって、そんな内容よ」
「は?」
「その言葉通りに貴方には伝えてあげたのよね。息を引き取るっていうのは、もう会えなくなったってことだって」
「そんな紙に書かれたことを、信じたってこと…?」
「信じるも何も、彼女が入院した病院からもらったのよ?疑うことないじゃない」
「………」
言葉が、出なかった。
意味が分からなかったから。
母の言い分はめちゃくちゃだ。直接説明を受けてないのに、その患者を担当していた病院から受け取ったものだから、誤った情報であるわけがないという、不自然だらけの固定された認識だ。
そんな紙切れ1枚に書かれたことを鵜呑みにした両親。
そんな紙切れに嘘を書いた誰かの存在。
身近な人の、違和感にまみれた実態。この先、行き詰まる未来を容易に想像させてくる現実。
一つだけ、信じたくない、信じられないことが頭をよぎった。妄想としか思えないその思考を、僕は吐き捨てることができなかった。
僕はこの世界が、どこか作為的であると疑っている。
だったら、この謎を”今”解けるようにできているのだろうか。
筋道がたてられた世界を前提としたとき、この謎を解くために段階的にすることがあるんじゃないのか。もしくは、何かしらのイベントが起きる可能性がないとは言い切れないんじゃないのか。
物語は、誰かに読んでもらうためにある。
僕は、それを無視しようとしている。
世界がそれを容認しないとしたら?
今、この道は行き止まりなのかもしれない。
「ふざけるなよ…」
答えは、出せない。今、僕の知る人たちだけでは絶対に。
そのことが、心の底から理解できてしまった。
心の中でどこか、そうであって欲しくないと思っていた予感の正体を、体の髄まで理解してしまった。
この世界で生きる僕たちは、空洞のように、どこかすっぽりと。
常識を蓄えるための場所に、穴が空いている。
用意されている情報を、不足させられている。
そんなことで、謎を解き明かせるわけ、なかったんだ。
これは、解くとか解かないとかの範疇じゃない。
”今”は解くべきじゃない、解くことのできない、不都合の壁。
剥奪された自由の檻の中に、自分が居ることを痛感してしまった。
「分かった。ありがとう母さん、もう切るよ」
あまり遅くならないでね、という母の声を最後に電話を切った。
彼女には伝えよう。
この不完全な世界で。
いや、不完全な世界だったからこそ。
僕が気づいた真実と、起きてしまった物語を。
他者からすれば、妄想もいいところの僕の真実。馬鹿にされようが何だろうが、”今”はどうやっても進められない現実がある。
要は、フラグが足りていないのだ。
物語はまだ第一章なのに、最終章でようやくたどり着ける謎を解こうとしている。そんな感覚。
「叶恵ちゃん、これから伝えることは、信じ無くてもいい。信じてもらいたいと思わない…だけど、僕らに起きた事実だと思うから、聞いて欲しい」
「え?う、うん」
「聖也には悪いけど、図書館には行かない。僕の方でその事は伝えとく」
困惑した彼女を横に、僕は行き先を告げた。
ついてきて欲しい、そういう意味を込めて。
「僕らの思い出の公園。あの場所で、話そう」
人の人生は物語。どんな些細な出来事も、物語とってはイベントで、選択を常に迫られる。そうして、可能性の数だけ結末を辿る道は分岐する。
子供の時もそれは変わらない。その時々の色んな因縁結びつきが、物語に感情を持たせていく。
十数年ぶりの再会。
もう会えないはずだった十数年ぶりの再会。
どちらの方が劇的で、感情を揺さぶられることになると思う?
答えは明白だ。
彼女が死んだと僕が思うこと。
それ自体が、この物語における重要で必要な分岐点だった。
結局最初から、僕が主人公だと決めつけられていた。
こんな幻想、許せるか?
次回、第9話「創られた想い」に続きます。
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