第7話「僕が成すのはファンタジー②」
■回想・走り出した秋(僕のつっこみあり)
「だからさ、静かな場所でご飯食べてみたくない?」
「いーや、俺は学食で十分だね」
当時、学食通いだった僕は、弁当が用意されない日の方が断然多く、1週間のうち4日は学食か菓子パンで腹を足していた。
利用者が多く、毎度のように並ぶ学食は、バカ正直に授業終了後に行ったところで、目当ての昼食にありつける可能性はそんなに高くなかった。かといって食券を授業に合間に買いに行くには、教室から学食までの距離は手間だと感じるくらいのものなのである。
高頻度でワイワイガヤガヤとした空間で否応なく過ごすことにもなり、食べ終わっても居座る生徒も普通にいたりして、正直ストレスに感じる日が無かったとは言えないと思う。
それを上級生がやってた日なんかは、何かを言う気すら失せてしまう事がほとんどだったけど、それも、たまに突っ込んだりした日にグチグチと嫌味を言われてしまったからだ。
帰宅部の生徒が上級生に目をつけられると非常に面倒くさいのである。
そういうこともあり、できれば教室と学食以外での食事場所をこの頃探していたのだ。
「舞島先輩一派のことなら気にすんなって。俺からも言っといたし、何より来年には居ないんだからさ」
「まあ、あの人が受験生で、内申とかに響くから僕に直接手を出して来てないんだろうなってのは思ってるよ」
「ルール違反を注意するのはいいけどさ、言うこと聞く人ばっかじゃないんだから、あんま突っ走んなって前から言ってるのによ」
これまでの僕は、割と物怖じしない性質だったのか、目の前で気分の悪いことが起きると、口出ししてしまう癖があった。
と言っても、そんなに大したことはしてない。
学食での注意も、受付は超行列って感じで、食べ終わってるのにいつまでも離れないから口を出しただけだ。そもそも、10分は確実に待ってるので、これでも譲歩してる方だと思うんだけどな。周りが言いにくそうにしてたことや、空腹で少し腹が立っていたこともあるだろう。
「お気遣いどうも。僕だってやりたくてやってる訳じゃないんだけどな」
「体が勝手に動いてたってか?」
「ざっつらいと」
あれ、そんなにヒーロー気質だっけ僕。
今こうして思い返している僕は、言うほど体は勝手に動く気がしない。今朝みたいに女子生徒が絡まれているのだって、スルーすることが頭をよぎったくらいだ。
結局、声をかけたのも諸悪の根源っぽい私服の男が去っていった後だったし。
あの子、本当に大丈夫なんだろうか。
「そんなに静かな場所がいいなら、この学校で一番、人が立寄る可能性が低い場所を教えてやるよ」
「聞かせてちょうだい」
なんで聖也はそんな事まで分かるの?
なんで僕はそこに突っ込まないの?
振り返ってみると聞きたいことが色々と出てくる。聖也が色々とバグっているのは連絡先関連のことから分かっているので気になりこそすれ、理解はできる。一方の僕も、物語に流されているだけの僕なので、疑問とか何も抱かなかったんだろうな。
「体育館の裏口だよ。厳密にはその扉の前。あそこ、中から開けることはめちゃくちゃたまにはあるらしいけど、外から開けることはほぼ無いの。普段は鍵かかってる上に、あそこの扉の前って、階段上の段差あるから腰下ろせるし、屋根もあるから正午の日差しなら防げると思うぞ」
その通りだ。未来の僕の認識ともあっている。
実際、ここまでの約半年間の間であそこに昼休みに、外から立ち寄る学校関係者はゼロだった。中から、換気のために生徒が扉を開けることは冬とかにあったかもしれない。まあ、冬は寒いし今ほど毎日のように通ったりはしてない。
「後で校舎に戻る前に行ってみるよ」
そう言って、僕と聖也は食事に戻るのだった。
■回想終わり
というわけで、僕はこの後現場を目にし、翌日から実際に利用することになったのである。本当に人が来ないので、静かに過ごしたい時は毎度利用していた。
単純に選択肢として増えたのが大きかった。
午後の授業の予習のために、移動の手間を惜しんだ時は教室。
弁当を忘れた日、用意できなかった日は学食。
特に何も気にすることがない日は空きスペース、みたいな。
振り返ってみて思い出したけど、僕は割と敵を作るタイプだったようなので、ひとり飯が気性にあっていたのだろう。自分では分からないものだ。特に、今の僕には。
弁当の中身を半分ほど食べ終わった頃、2人の生徒が来訪してきた。
「よう、待たせたな」
「見ての通り、待ってない」
聖也の呑気な挨拶に、弁当を指さしながら、僕は返事をする。
そしてもう1人、予想出来たことではあるが、何故かここで会うのに慣れない女子も居た。
「待たせてごめんね、たっくん」
「こっちこそごめん。お腹ぺこぺこでさ」
自分の物言いに少し笑ってしまいそうになる。
別に叶恵ちゃんとは、お昼を一緒にする約束を交わしたとかじゃないのに。
少し身勝手にも感じたが、気恥ずかしさもあって、そんな言い方になってしまったのだ。
てか、どうしよう。聞くべきか?
よし、聞こう。
「2人は一緒に来てた感じ?」
「うん、壱村くんにね、たっくんのこと聞きながら向かってたら、少し遅くなっちゃった」
「そうだぞ。てかお前、月城さんの転校初日にこの場所で一緒してたんだな。びっくりしちゃったよ」
「僕が一番びっくりしてたっての」
2人とも、僕の隣に腰掛けながら各々が持参したお弁当の包を開いていく。
聖也はコンビニのっぽい、いかにも販売されてる弁当だったようだが、温められているので途中で学食に寄ったのだろう。
叶恵ちゃんの方はというと、薄ピンクの布の中に、弁当箱が包まれている、この前と同じもののようだった。いや、あの時はそれどころじゃなくてあんまり覚えてないんだけど。
こうしてじっくり見てみると、いかにも手作りされました感がある。
雑なのではなく、丁寧なところにこの感想を抱けてしまうのは、彼女の能力が高いからだろう。
「いーや、俺含めクラスの連中みんなの方が驚いたね。さっきもそうだけど、月城さんって、拓人の前じゃあんな感じなんだね」
その言葉は僕に向けたものか、彼女に向けたものか。語尾的に彼女向けだな、こりゃ。
叶恵ちゃんは少し恥ずかしそうにしていた。
その様子を見て、恥ずかしかったのは僕だけじゃ無かったんだな、と理解出来た。
「ああ、小さい頃からの縁なんだ」
このくらいな、と両腕でその小ささを表現する。少しオーバーなくらいに。
実際、隠すような事じゃなかったなと思う。
ひけらかすことでも無いし、聞いてくれれば答えるけど、くらいの感覚。
世が世ならその容姿だけで別世界の住人かと間違えられるレベルくらい美しく成長した彼女と、何もかも平均的な自分。
いつだって引け目を感じるのは自分の方だ。
周りも相手も、必要以上に他人を見下す事なんてそうそうない。
それでも、自分が誰よりも自分と他者を比較してしまうせいで、勝手に思い図るのだ。
これを自意識過剰、というのだろう。
思った通りになった時、1番苦しいのは自分なのにな。
「たっくん……」
「なるほどね。だいたい分かった。お前が最近変だったのも、全部じゃないけど納得した」
「…いろいろ考え過ぎてたんだよ。気になることは一つ一つ片付けていこう、って思えてきたから今は落ち着いたけど」
「それって?」
一人で考えるだけじゃ、どう足掻いても限界はやってくる。
だけど、僕が気づいた違和感、その事実を僕以外が理解できるとは思えない。理解できるなら、とっくにその誰かが動いてる。
ここは、物語にとって必要がないもの…例えば猜疑心、それ自体を備えられない、そういう世界なんだ。
それでも、頼ることはできる。
理解してもらう必要なんてないんだ。
この世界が創られたものであることを、信じてもらう必要だってない。
この世界が、創られたものである以上。
この世界で生きていく、僕が成すこともまた、幻想なのだから。
そんな僕の、個人的な探究心。
2人にも付き合ってもらうことにしよう。
「まずは、病院だ」
僕はそう言って、叶恵ちゃんに視線を向ける。
彼女は何も言わなかったけれど、 その小さな顔を首肯させた。
それを、OKサインだと読み取った僕は、話し始める。
「12年前、この街にあった天河病院。そこにあった、悪い噂について調べたいんだ」
「天河病院っていえば、何年か前に院長が亡くなってそのまま病院自体も無くなったあの病院か」
「うん。多分、当時この街で暮らしていた人たちで知らない人は居ないんじゃないかと思う。規模も大きかったし、救急車の出入りもよく目にしたから」
事実、僕は救急車という車の名前を、この病院に子供の頃通っていたから覚えたんだと思う。
今思えば、大病院と言われても差し支えないくらいの施設だったはずだ。
そんな病院が無くなったのは、正確には7年前のこと。昨日の夜、インターネットで調べたら直ぐに出てきたのだ。とは言っても、病院のあった場所に介護施設が建設された、というニュースが近頃出ていたため、病院が無くなった年にはすぐに辿り着けたのだ。
「俺も小さい頃、熱出した時とかは通ってたような気がする。けど、そんな悪い噂なんてあったのか?」
「患者の関係者に、嘘の症状を伝えていたかもしれないんだよ。理由とか、まるで分からない」
「なんだそれ。病院がそんなことしたら一発でニュースになるんじゃないのか。聞いたことないけど」
「噂は噂だ。事実かどうかは分からない。けど確かに、日常的にそんなことをしてたらいつ問題になってもおかしくないよな」
僕と彼女のケースを、噂として聖也に伝えることにした。
それで、都合がいいと思ったから。
事実としてあった出来事だが、彼女のプライバシーをむざむざ侵害することは無い。
彼女の事故については、僕が明かしていい事じゃない。
「そういう記事とか出てないか、図書館で新聞とか漁ってみるつもり。当時のゴシップ雑誌とかもあると、調査は捗りそうなんだけどさ」
僕の言葉に、少しだけ考え込んだ様子の聖也。
正直、人の手は借りられるだけ借りたい。ここからは目の数があればあるほど助かりそうだし。
やがて、口を開いた聖也が言葉を投げかけたのは、僕じゃなく叶恵ちゃんに対してだった。
「月城さんは?君と拓人の関係は分かったけど、こんな面倒なこと付き合う必要ないと思うけど」
「…いいえ壱村くん、それは違います。あの病院の噂は、私がたっくんに教えたことだから…」
「……そういうことだ。聖也、手を貸してくれるとめっちゃ助かるんだけど」
「なるほど。お前がそこまで言ってくれるほどのこととはね」
頼み事をするのは、今も昔も得意じゃないと思っている。
それでも、長い間過ごしてきた聖也とは話が違ってくる。空きスペースの情報を教えて貰ったり、色々と力を貸してもらったし、借りるのも気楽にできた。
今回は、それらとは少し違う。
思えば、僕は聖也から、例の連絡先についての助力を得たことが1回だけある。その1回は、今くらい本気で彼に力を貸してほしいと頼んだんだ。
軽くおねがいするのとは、少し違うニュアンス。
自分のわがままに、他者を巻き込むエゴイスティックなお願いだ。
貸してくれるだろう?お前なら、といっているようなものだな、と心の中で自分に毒づく。
親友の優しさに漬け込んだような気がして、やっぱり頼み事は苦手だなと思った。
「分かった。あんまり手応えなさそうだけど、俺も手伝う」
「ありがとう。すごい助かる」
この日の昼休みは、そうやって終わりに向かっていった。
自分がやりたいから、やるべきことだと思ったから動こうとする。これは、紛れもなく”今”の逢沢拓人の意思だ。
だけど―――――。
小さな不安の種が、心の隅に植え付けられたような、そんな感覚があった。
もし、以前の僕だったら、こうなっていたのだろうか。叶恵ちゃんとの記憶をほとんど喪失していた僕が、こんなにも早く、彼女のために動くことを選んだだろうか。
ひょっとしたら、無視してはいけないものまで無視してしまっているのではないか。
今の僕には、この不安の正体を、明確な言葉に置き換えることはできなかった。
次回、第8話「僕が成すのはファンタジー③」に続きます。
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