第6話「僕が成すのはファンタジー①」
◆4月17日(月)
月曜日。そのフレーズだけで、何人もの学生が気分を沈めただろうか。1週間の始まり、というのは元来もっとこう、ワクワクウキウキさせるべきだと思うのだが、今の世の中でなんの理由も無しにそう思う人は少ない。
まだ春の季節。始まったばかりの2年生という新生活もあり、僕はそこまで苦痛には感じないでいられている。現状は。
これだけ朝から元気を保てるシーズンは夏休みや冬休みを除くと春のこの頃しかないので、動けるだけ動いておきたい気持ちもある。
まあ、全部気持ちの問題なんだけどね。
人間、やろうと思えばできないことはそんなに無くなるものだ。
うむ、意思が大事。
なんてことを考えながら、今日が始まる。
いつも通りの日常が、幕を開けるのだ。
少し違うとすれば、それは僕に、やるべき事が生まれたこと。
叶恵ちゃんとの、過去のすれ違い、その事実を明らかにするという今の僕の目的ができたのだ。
4月の学校はどこか清々しい。
新入生がやってきたから、という理由はもちろんあるだろう。
在校生にしても、クラスが変わったことで、環境がガラリと変化する生徒も少なくないだろうし。
ちなみに、僕はクラス替えの影響が少ない方である。例えば、よく話す聖也と宙川さんに関しては中学の頃から同じクラスのまま、別のクラスに分けられたことがない。
奇妙な縁である。
確か、聖也は中一、宙川さんは中二の時からずっと一緒のはずだ。宙川さんに関しては本当に、友人と言っていいのか分からないくらいの関係だと思っていたので、先週の木曜日の昼休みはかなり動揺していたのだ。
彼女は教室に居ないことがほとんど、だったのは昔から変わってないような気がするんだよなぁ。いつ面識を持つようになったのかも曖昧だ。
とりあえず、今それは置いておくとして。
結論から言うと。
僕の気分が晴れている理由の大部分を大きく締めているのは、幼なじみの存在に他ならない。
僕にとっては、死者が蘇ったようなものなので。それが、自分の中でも特に大事に思っていた人なんだから、尚更だろう。
と、そんな風に思い馳せていると、既に校門の前に差し掛かっていた。
そして、今日はいつもと違うことが起きている、とひと目でわかる出来事を目にするのだった。
「あの、取材はまたの機会にしてくれると助かります」
「そんなこと言わないでさ。少し、ほんの少し。挨拶だけでも付き合ってよ」
「本当に困ります!遅刻したくないので勘弁してください!」
何やらうちの学生と、私服の大学生?が揉めているようだった。
通りたくねえ…。率直にそう思ったけど、裏門を平日の朝に使うのはめちゃくちゃリスキーだ。絶対に遅刻できない日にくらいしか利用したくない。
そういう個人的な事情もあり、校門を通らなければ学校に入れない。
風景に溶け込むように、やり取りしている男女の近くを通りながら、パッシブスキル:人間観察が勝手に発動した。
うちの制服を来ているのは女子で、リボンの色から察するに2年生の子っぽいけど、多分面識がない。パッと見てわかる程度には色白で、背の高さは平均的、薄紫色の眼鏡をかけているのが特徴的だけど、名前は分からない。
私服の男は何とも陽キャ、という感じの雰囲気を漂わせていた。少なくとも、そんなに歳を食ったような外見には見えないし、こんな朝っぱらから私服だし、高校生ではなさそうだと思った。
「警察呼びますよ!」
「あーもう、分かった分かった。じゃあ、時間ある時にでもここに電話してよ。姫宮さんなら1コールで出るからさ」
男は言いながら名刺?を女子生徒に渡すと、何事も無かったかのようにその場を去っていった。
メンタルが鋼でできてるのか?
警察呼ばれそうなところだったのに、図太い人だな。
いや、そういう手合いに慣れてる感じか。
嫌にしつこそうな印象を受けてしまった。
「あの、大丈夫ですか?」
正直、僕も何事も無かったかのように他の生徒たちと同様スルーして学校に入ろうかと思ったんだけど、少し気になったので声を掛けてしまった。
いやほら、ストーカーとかだと大変だし。
思いながら、まじでストーカーだとしたら自分に何ができるんだよ、とつっこみたくなった。
せっかく気分よく登校してたのに、気分が悪くなるやり取りを見ちゃうとこう、素直に放っておけない気分、分かりませんかね。
見た感じ、彼女に責任はなさそうだけど。
「あ、はい。大丈夫です。お見苦しいものを、すみませんでした」
彼女はそれだけ言うと、名乗ることも無くそそくさと玄関へ走っていった。
正直に言おう。
もうちょい構ってくれても、良かったのでは?
そう思ったのは内緒だ。言ってて悲しくなってしまった。
少々事情が気になるものの、今の僕には色んなことに首を突っ込めるほど、タスク的余裕はなかったんだった。
まずは、過去のすれ違いの謎を解かないと。
「やば、急がないと」
予鈴が鳴る。
無遅刻無欠席の記録を破らないために、僕も急いで教室に向かうのだった。
朝のHRに何とか間に合い、無事に終えて一息をつく。
声をかけなかったらこんなに慌てなくて済んだんだけどな。とひとりごちる。
似合わないことはするもんじゃないな、と自分に呆れていると、声が掛けられた。
「おはよ、たっくん」
「おー…はよう。叶恵ちゃん」
条件反射で挨拶を返したつもりだったけど、一瞬だけビクッとなり、挨拶の頭が伸びてしまった。
挨拶はもちろん、叶恵ちゃんから。いつもの、髪を下ろした学校での姿だ。
そういえば朝の挨拶を交わすのは初めてだな、と思った。
「やけにギリギリだったけど、どうかした?」
「や、ちょっと目を引くものを見てしまって」
なんて会話が教室の中で自然に交わされる。
少しだけ、視線が痛い。
僕のことは気にしなくて大丈夫、と言った手前、情けなく訂正することはしない。
きっと時間が解決してくれるだろう。そんな風に思って、この好奇の目をやり過ごすことに注力する。
そんな風に思った直後のことである。
「委員長、ちゃんと月城さんの相手してたんだね」
そんな声が、僕の隣の席から聞こえてきた。
その声の主を僕は、もちろん知っている。
桐澤舞凪。このクラスの副委員長であり、風紀委員にも属している女子である。誰がどう見ても気が強い印象を受けると思う人で、宙川さんと鉢合わせると面倒なことになる。要するに相性が悪い。宙川さんの素行不良に正面切って口を出せる性格な上、格闘技も習っているらしく、めちゃくちゃ強いらしい(体育教師と聖也の評)。
そうは言うが性格に関しては男勝り、という程ではなく、人当たりが良く、人間的に魅力のある人であることは間違いない。
正直、僕がこのクラスの委員に了解したのも、彼女が相方だったからである。
ていうか、そうだった。
そう言えば僕はクラス委員長だった。立候補じゃなくて推薦で強制だった上に、まだクラスでの日も浅いからすっかりその事実が頭から飛んでいた。
いや、その時の僕はまだ所謂、これまでの僕だったので、流されることが義務、みたいなところあったし。
「委員長は君もでしょ、桐澤さん」
「その割には、私がぜーんぶ月城さんの対応引き受けた気がするんだけど?」
校内の案内とか、とつけ加える彼女。
うーん、何も言い返せない。
今の今まで忘れてたとか言えないなこりゃ。
クラス委員を決めてから一週間経ってないのに忘れてた、非常識にもほどがあるし。
事実はそうなんだけども。
記憶喪失にでもなってないと、無理な理由付けだよなぁ普通に。
「申し訳ございませんでした」
「桐澤さん、許してあげてくれませんか。私は気にしていませんし」
「月城さんが気にしてないなら許しはするけど、何か埋め合わせしてよね、逢沢くん」
「わ、分かったよ」
叶恵ちゃんのひと押しが効いたのか、彼女の鉾を収めることが出来たようだった。
新学期始まって以来のピンチだった気がする。
本当に。
いやでも、こういう記憶の抜け漏れには気をつけないとなと思う。
あと、埋め合わせって何すりゃいいんだろ。
そんなこんなで、午前の授業が始まる前のちょっとした時間は終わりを告げるのだった。
昼休み。今日は聖也に声をかけておいた。
木曜は宙川さんの事もあって置いてっちゃったし。
いや待てよ、あいつ確かニヤニヤしてたような。じゃあ別に申し訳なく思う必要なかったりするのか?
とはいえ、もう声がけしてるし、宙川さんも今日は現れていない。休みって感じだ。
当然、最初に空きスペースに着いたのは僕。
腰を下ろして、弁当の包身を開いていく。
「いただきます」
お腹が空いていたので一人、食べ始めることにした。
ゆっくりとおかずを口に運びながら、どこでもない空間を見つめる。
思えば、僕は授業中に色々考えすぎだったと思う。
授業は授業、学生の本分な所あるし、それで成績を落としたりするのはいただけない。
まあ、平凡な高校生を謳っていたような僕が好成績なわけないんだけれども。マジで普通。可もなく不可もなく、一番微妙な位置である。
やはり、学校の中で周りに注意せずに考えにふけることが出来る時間帯と言えば、全面的にフリータイムな昼休みだけだろう。
いよいよ授業も本格化してきたし、別のことを考えながら集中することはできない。
なので、今日以降は授業中に世界がどうとか、違和感がどうとかは考えないようにしていきたい。
とはいえ、そこは性分。常に頭を動かすことは授業中の居眠り対策になることもある。現状はまだないけど、眠くなるような退屈な授業の時などはいたし方なし、というやつだ。
控えようとは思うけど、必要に応じて思考は切り替えられるようにしておきたい。
思うだけならタダだしね。
「にしても本当、ここって静かだな」
普段なら口に出さないような、ふと思ったようなことを口に出してみる。
静寂を破りたい、というささやかな望みもあったのかもしれない。
そういえば、この場所でお昼を過ごすのが日課になったのはどういうきっかけだっただろうかと振り返ってみる。
それはもちろん、僕が僕になる前の思い出。
記憶に刻まれていた、去年の秋の出来事だった。
次回、第7話「僕が成すのはファンタジー②」に続きます。
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