第5話「創られた物語②」
彼女は、どう思うだろうか。
酷い人だ、と軽蔑するだろうか。
事実だから否定できないのが苦しいところだけど、僕にはどうしようもなかった。
君の喪失を、忘れ去っていた僕には。
「あの日の後、何日も君が来ない夕方を過ごした。一人で、二度と叶わない時間が来るのを待ってたんだ」
ポロポロと、言葉が出てくる。
当時の僕は、その喪失の意味を知らなかった。
二度と叶わないなんて思ってなかった。
僕の日常はいつも通りで、君が来ないことだけが、周りで起きた変化だったから。
「何日か後、君はもう来ないって、親に知らされた。叶恵ちゃんたちが運ばれた病院にも行ったけど、君とは二度と会えなくなったことをお医者さんからも伝えられただけだった」
それが、何を意味するのかがこの時点で理解出来た訳じゃない。
君のいない日常がくることを認めることが出来た訳でもない。
ただ漠然と、どうすることもできないことだけは子供ながらに思い知ったんだ。
「だから、会えてよかったって本気で思ったんだ、あの時」
僕の言葉はそこで、なりを潜めてしまった。
彼女は驚いた表情をしていたけれど、すぐにその顔を曇らせて言った。
「私ね、ずっと、なんでたっくんと会えないんだろうって思ってた」
「奇跡的、だったみたい。息を吹き返したのは私だけで、パパもママも居なくなっちゃった。退院してすぐに、叔母さん夫婦に引き取られて、田舎だったけど、不自由のない生活を送ってこられた」
「私、ちゃんと生きてきたんだよ?」
涙をこらえているのか、声が震えているのが分かった。
僕は、うん、とそう応えることしか出来なかった。
彼女が死んだと思っていたのは、そう聞かされていたのは僕と家族だけで。
彼女は大切な人を一気に失った悲しみ、悔しさを抱えながら、ここまで生きてきたんだ。
僕はそれを、ただ知らなかった、で済ませたくないと思った。
「事故の時にね、一生大事にするって言った…あ、あのストラップ、無くしちゃったんだ」
そのせいでたっくんと会えなくなったんだ、と彼女はもう涙を隠すことなく、そう語っていた。
泣くように、叫ぶように。
だから、ゲームセンターでのあのセリフ、あの感情だったのか、と今更ながら納得する。
「こんなこと、やっぱり言う資格は無いかもしれないけど。僕も、叶恵ちゃんにずっと会いたかったんだ」
「……死んだと思っていたから?」
い、意地悪だなと少し動揺してしまう。
けど、事実は事実だ。受け入れるしかない。
「その気持ちがなかった、とは言わないよ…でも、また会えたことに本当に感謝してる。僕にとっても、奇跡だったんだ」
びっくりしすぎて今の自分が目覚めたことも含めて。
「正直な所は全然変わってないね、たっくん。……私、実はね、たっくんが天邪鬼学園に居ることなんて知らなかったんだ。あの日、あの教室で、あなたを見た時、びっくりしたけど、一目で分かったよ。たっくんだって」
「名前を聞いた時、僕は信じられなかったよ…生きてるだなんて、本当に知らなかったから」
そっか、と彼女は落ち着いた様子で相槌をうつ。
彼女にとっても、衝撃的な瞬間だった。
その事実は、お互いのすれ違いを意味している。
これを運命の気まぐれと呼ばずして何と呼ぼうか。
「ストラップならさ、一応さっきのやつも、あの頃と同じ気持ちであげたつもりなんだけど」
別に形見にして欲しい、だなんて思いはしない。それでも、それで彼女が安心できるのなら、それを否定する気もサラサラない。
「ちょっとだけ、驚いてるんだ。私と同じ風に、たっくんも覚えてるんだって」
「…大切な、思い出だから」
「入院してた時とか、なんでお見舞いに来ないんだろって不安になったりしたんだよ?」
大切なら来るよね、と言いたげな顔の彼女に苦笑してしまった。
彼女の視点なら、そりゃそうだよな。
仮に友達以上に大切だと思っていたとしても、お見舞いにすら来ないその人へ、それ以降も変わらず同じように想いを向けられるだろうか。
「なんて、ね。たっくんは知らなかったんだもんね。すごいスッキリした気分だよ、私。ずっと分からなかった謎が解けたんだから」
「謎、か…」
「お医者さん、なんで本当のことを伝えてくれなかったんだろうね」
その問の答えを解くために、出来ることはあるのだろうか。
「あそこの病院さ、院長先生が亡くなったとかで無くなっちゃったんだ」
僕は言いながら、不思議に思っていた。
その事実は、もう何年か前に起きたこと。この時の僕はその事にさして思うことは無かったんだと思う。つくづく、創られた自分に嫌気がさす。今こうして思い返したから、繋がりが理解出来た。
明らかに都合がいいような、気がする。
院長先生は間違いなく、僕ら家族へ叶恵ちゃんの死という嘘を伝えた張本人だ。
やっぱり、この世界はどこか雁字搦めだ。
知ろうとすることは余計で。
知りたいと思う頃にはその鍵がない。
僕と叶恵ちゃんの過去を紐解く上で、最後に残された伝達の謎。何かメリットがあるとは到底思えない。だからこそ、この謎が僕と彼女のすれ違いの原因となってしまったのだ。
それは、紛れもなく明らかだった。
これは、もしもの話。
すれ違いを起こすことそれ自体が、目的だったとしたら。
そんな、嘘だろとしか思えない疑念が1つ、浮かんだけれど。
やっぱりどうしても、冗談にしか思えないそのもしもを、バカ真面目に信じてみることはまだ、できそうになかった。
もちろん、彼女に話すことも。
展望施設でお互いのすれ違いについて話した後、とても気分が晴れていたように思う。
それは、彼女の方もきっと同じことで。
手すりに両手を置いて、どことなくリラックスしながら。
どこがぎこちなかった僕らは、もとの形に戻ることが出来たのだと、そう思った。
「ぎこちなかったのは僕だけだな」
思い返してみれば、彼女は僕の前では昔のままだった。
良い機会だと思ったので、気になっていたことを聞いてみた。
「叶恵ちゃん、その、ちょっと気になったんだけど」
「うん?どうしたの?」
「そのキャラ、疲れない?」
言いながら、めっちゃデリカシーないこと言ってないか、と焦ってしまっていた。
僕の前では昔の彼女のような口調だけど、他のクラスメイトの前などでは敬語口調な彼女。
そのことが、気になっていたのだ。
てっきり、僕は彼女が過去の姿に合わせてくれていたと思っちゃってたんだけど。
よくよく考えれば、なかなか自惚れてるなと我ながら思った。
それ、逆なのかもしれないのに。
「ぜーんぜん。ずっと素で居られたら、って思うくらい」
ということは、今の彼女が素なのであろう。
そのことに、嬉しいような、身に余るような、複雑な気持ちになる。
「学校での私も、私なんだけどね。事故にあってからは、どの人とも同じ距離感で接するようにしてきたから。…それが楽だったし、そのために使う敬語は全く苦じゃなかったもの」
特別仲のいい人はできなかったけどね、と付け加える彼女。
誰もがみんな、他人を望む訳じゃない。
程よい距離感、程よい関係、それはきっと心地が良いものだ。
ましてや彼女は、深い傷痕を持っている。
それをひけらかすようなまでの仲になりたいと思える人は、居なかった。そういう事なのだと思う。
ちょっと極端な考え方かもしれないけど。
彼女はもう、傷を傷だと思わせない。それだけの人間に成長しているのだから。
傷は消えない、癒えない、そんな風に当事者でもない僕が思うのはきっと失礼で、とんでもなく侮辱的に思えた。
ああ、きっと。
彼女のそういう強さに、僕は惚れ直したんだ。
「ごめん。失礼なことを言っちゃった」
「…うん、許す」
「一つだけ。みんなの前でも、僕のことは気にしないで接してもらって大丈夫だから、ね」
なんて、自惚れてるかな。今日何回目かの、そんな恥ずかしさ。
彼女がやりたいように接してくれればいい。
自分のことなんて気にしないでいい、と。
彼女にそう伝えたくて言った言葉だったけれど。
「…分かった。なんてね。最初からそのつもりだったけど!」
「そ、そうだったんだ」
「体育館でも、そうだったでしょ?」
そういえば、宙川さんの前でも彼女はこの感じだった。
なんだ、気にしてたのは僕だけか。
やっぱりまだまだだなと、自省する。
人は、人が思っている以上に周りを見ているようで。
人は、人が思っている以上に周りを気にしていない。
自意識過剰もほどほどにしないとな、と思いつつ、僕は彼女に伝えた。
「……変な学校だけどさ、これからもよろしくね、叶恵ちゃん」
言葉はいらなかった。
返事などなくても、彼女の笑顔が意味を物語っていたから。
頷いてくれただけでも、充分だった。
こうして、僕と幼なじみは本当の意味で再会を果たした。
それが、世界の用意した物語のイベントかどうかなんて、気にするまでもない。
誰がなんと言おうと、僕は自分の意思で、彼女に真実伝えることができた。
今の僕は、この世界の主人公じゃない。
だから僕は、この物語の主人公でもない。
そんな、大それた役割はいらない。
僕は、この世界に生きる、ただ一人の、他と変わらない人間なんだ。
だから、謎はちゃんと明らかにしてみせる。
僕が主人公だからじゃない。
僕が逢沢拓人で、月城叶恵の幼なじみだから。
この世界に生きる人間として、その不自然なすれ違いの謎を解く権利があるはずだ。
屁理屈だと笑ってくれて構わない。
結局動かされてるだけじゃないか、そうやって、いくらでも自問しよう。
それでも、僕がこの世界に根付いた人間の1人だという事実は変えようがない。
後から生まれ出てた意識が、他の人と違うだけ。
ならば、この世界で僕が成すのはきっと。
僕にとっては 幻想。
それでいい。
第6話「僕が成すのはファンタジー①」に続きます。
面白かったらブックマーク、下の評価よろしくお願いします!